Devil Master Limited

アーシュラの雑多な一日 - 3.巫女の血

血と死臭の漂う部屋で。
「君は今のままでも充分強いけれど」
食事中の遣い魔を前に、デヴィットは話を切り出した。
「もっと強くなりたい、と思ったことはないかい?」
アーシュラは、答える代わりに顎を引く。
「そうだよね。君なら、きっと乗ってくると思った。以前言ったかもしれないけどね、覚えているかい?巫女の血の話を」
巫女の血。
名称だけだ。以前、デヴィットが口にしたのは。
深く尋ねても、こいつは答えなかった。
その話を今さら持ち出してくるとは、詳しい情報でも入手したというのか。
「東の国、君は知っているかな。海を渡った隣の大陸に黒真境って国があるんだけど。その国には、太古より代々受け継がれている巫女の一族がいるんだ」
口元の血を拭い、アーシュラは顔をあげる。
『それが巫女の血、か?』
「そう」
デヴィットは、にんまりと笑い、嘘か本当か、こう締めくくった。
「巫女の一族の血を飲むとね、悪魔は絶大な魔力を授かるそうだよ」
アーシュラは即座に吐き捨てる。
『くだらんな』
そのような話を魔界で聞いたこともなかったし、憶測で語られる情報は大抵嘘だと相場が決まっている。
『実際に力を得た奴がいると言うなら話は別だが』
「それがいたから驚いてしまうんだ」
口元に張りつかせた嫌な笑みを消そうともせず、デヴィットがワールドプロセッサを持ち出してくる。
「黒真境の辺境で巫女の一族、正しくは末裔かな、を見つけた悪魔遣いがいたんだ。彼が何故、東西不干渉条約を無視して東の地にいたのかも気になるところだけど」
ついっと指を画面上で滑らせる。すると、ぼやけた写真が流れてきた。
「驚くべきは魔力測定器で観測された数値の違いだよ」
一枚目の写真中央に佇んでいるのは二枚羽の悪魔と人間の男性が、白装束の女性と戦っている場面だ。
二枚目を見ると、白装束は彼らの足下に蹲っている。
写真の下には数字が並んでいて、一枚目では5400だったのが、二枚目では23000と倍以上に跳ね上がっている。
『むぅ……』
ちょっとやそっとの魔力吸収ではない。
この記事が本物であるとすれば是非、己も巫女の血を吸収してみたいものだが……
『巫女の末裔の名は割れているのか?』
「この目撃者の話によると、ツヤマっていうんだってさ。ツヤマ、もにゃもにゃもにゃ。察するにファーストネームは東独特のイントネーションで、聞き取れなかったみたいだね」
『ふむ』
ファーストネームなど知ったって無意味だ。
この女は、もう死んでしまったのだろうから。
ツヤマ。
必要なのは、その名前だけだ。
だが、東の大陸に何人ツヤマがいるのか判ったものではない。
もう少し個人特定に繋がる情報は、ないものだろうか。
あれば、一人でも探しに行けるのだが。
『それ以上は絞れていないのか?』
「う〜ん。でもまぁ目撃者の話だと、ツヤマってファミリーネームは案外少ないらしいよ?彼は東へ渡ってから方々に足を運んだけど、ツヤマって名前の人間に出会ったのは巫女の末裔が初めてだったんだって」
もしかしたら、特別なファミリーネームなのかもしれないね。
と笑って、デヴィットが最後に確認を取ってくる。
「どう?行ってみたくなったかい、東の国へ。行きたいならパスポートを手配して一緒に行ってみようじゃないか」
君は一人で出かけたいかもしれないけど、とニヤニヤ笑いを復活させてデヴィットは付け足した。
「残念ながら東の大陸上空には結界が敷かれていてね。悪魔単体では、なかなか入れないようになっているのさ。じゃあ野良悪魔は、どうやって東の国に入り込むのか?答えは簡単、西の人間にくっついて飛行機かなんかで一緒に飛んでくりゃいいってわけ」
人間の使う乗り物に悪魔も乗り降り可能とは。
『乗車口でのチェックは行なわれておらぬのか?』
アーシュラが尋ねると、デヴィットは肩をすくめた。
「東じゃエクソシストの存在は一般人にはシークレットなんだ。もちろん僕達悪魔遣いの存在だって、知られてはいけないらしい。空港も港もフリーパスさ」
ならば、とっくに東の国とやらは悪魔遣いの手で荒らされているのでは――
といったアーシュラの予想は、デヴィットに鼻で笑い飛ばされた。
「おいおい、何か勘違いしてないか?僕達悪魔遣いは東と戦争したいだなんて一人も思っちゃいないぜ。不干渉条約なんてもんが出来ちまったのは、野良悪魔が原因さ。東の人間には野良と遣い魔の見分けがつかないからね」
表向き、悪魔を使役する悪魔遣いは東のエクソシストからの印象が悪い。
野良悪魔と一緒で、悪さを働く悪魔遣いが全くいないとは限らなかったのだ。
東西不干渉条約は、エクソシストと悪魔遣いが遭遇しないように作られた。
無用な戦いを避ける為にも。
『ふん』と鼻を鳴らすアーシュラに一応は気遣ったのか、デヴィットが小さく囁いてくる。
「……ま、表向きは君を僕のボディガードとしてつれていくけど。向こうについたら、お肉食べ放題を許してやるよ。だから機嫌を治して一緒に行こうか」
『まぁ、よかろう』
肉が食べたいわけでもなかったが、アーシュラも一応機嫌を治したフリをして頷いてやる。
なんにせよ、こいつと一緒じゃないと東へは渡れないのだ。
「よし、決まりだ。じゃあ、さっそく明日辺りから有休を取って東旅行としゃれ込もうぜ」
デヴィットが片っ端から大きな鞄へ荷物を詰め込むのを横目に見ながら、アーシュラも腕組みで考えた。
東へついたら、まず何をすべきか。
やはり巫女の末裔と戦うために、力をつけておくべきか――


かくして東へ入国したアーシュラとデヴィットが強敵ANIMAと戦う羽目になったのは、全てはアーシュラの魔力増幅目的行動が原因だった――と、言えなくもないのだった。
お肉食べ放題。そんな言葉を吐いた当時の自分を死ぬほど詛ったと、後世のデヴィットが語っていたという噂である。

END