Devil Master Limited

アーシュラの雑多な一日 - 2.我が相棒は、悪魔か天使か

一年と経たないうちに、Common Evil社のデヴィット=ボーンは有名人の仲間入りを果たす。
概ねアーシュラの活躍による知名度だが、それでも彼はご満悦だった。
遣い魔が活躍できるのは、すなわち優秀な悪魔遣いが側にいるからだ。
己が褒められているも同然である。
客観的に見た場合、デヴィットの悪魔遣いとしての能力は、あまり褒められたものではない。
褒めるどころか悪魔遣いとしての役目を果たしてないと言い切ってもいいだろう。
デヴィットときたら、アーシュラをまるっきり野放しにしていたのだ。
建物を壊そうが獲物をミンチにしようが周りに被害が及ぼうが、一切知らんぷりを決め込んだ。
一応任務を達成しているから依頼主には喜ばれているものの、社長には問題児扱いされていた。
アーシュラが暴れ回った二次被害の補償は全て、会社が負担しなければいけない。
今はまだ払える額で済んでいるが、下手すればデヴィット一人の所業で会社が倒産の憂き目に遭う可能性だって充分あり得る。
潔くクビにするか、活動停止を命じて様子見するか。
社長は決断を迫られた。
しかし社長の悩みとは裏腹にデヴィットを指名してくる依頼は日に日に増え、厄介者を否応なしに会社のエースへと祭り上げた。

その頃、アーシュラは遣い魔としての活動に些か飽き始めていた。
強さを求める心が挫けたわけではないのだが、倒す相手の弱さに辟易していたのだ。
もっと手応えのある相手はいないものか。
そんなある日、珍しくデヴィットが探索の依頼を拾ってきた。
探索はアーシュラに不向きであるにも関わらず。
『何を探すのだ?』
尋ねるアーシュラへ、デヴィットが答える。
「珍品だよ。聞いて驚け、悪魔の魂が入った水晶玉だってさ」
『悪魔の魂が?』
水晶玉とは人間の占い師が愛用している、透明な水晶で作られた球体だろう。
その中に悪魔の魂が凝縮されて封印されているのだとか。
確かに珍品ではあるが、依頼主の目的は何だ。
何故、そのようなものを作ったのか。
「昔ね、可愛がっていた悪魔がいたんだって。そいつが死んだ時、魂を水晶玉に封じたんだよ。でも、その水晶は心ない泥棒に盗まれてしまってね。どうしても取り返したいんだってさ」
デヴィットにしては、やけにセンチメンタルな依頼を引き受けたものだ。
アーシュラがからかうと、彼はさも嫌そうに「社長命令だから仕方ないだろ?」と眉をしかめた。
彼自身が見つけてきた、或いは指名された依頼ではなく、社長に押しつけられた依頼らしい。
大方始末書と引き替えに、とか何とか言われて、やらざるを得なくなったのだろう。
日頃デヴィットに一泡吹かせたかったアーシュラは、にやりと口元を歪ませる。
だが、困ったことに余波が自分にまで回ってきた。
先ほども言ったが、アーシュラは探索が不得手である。
探索に使える能力がないというのもあるが、細々した捜し物をする地味な作業は性に合わない。
社長がデヴィットに、この仕事を押しつけた意図は何だろう?
失脚させたいのなら、いっそクビを飛ばせばいいだけだろうに。
アーシュラにまで役立たずの烙印を押させるつもりか。
まぁ、構わない。それで契約が外れるのであれば。
「社長はコンビを推奨してきたけどね、勝手にやらせてもらう事にしたよ」
つまりは、いつも通りの単独行動だ。
手がかりは一つ二つあるという。
一つは古物商か美術商に売られた可能性、そしてもう一つは悪魔遣い協会の関連ギルドだとデヴィットは言った。
「驚いたことにね、悪魔遣いの中には自分の悪魔に悪魔を食べさせるやつもいるんだそうだ」
しかめっつらの相棒に、アーシュラがさらりと言い返す。
『驚くほどの事でもない。常套手段だ』
「えっ?」と意外な返事に驚いたか、デヴィットがアーシュラをマジマジと見つめた。
「食べて、どうするんだ?同族の肉っておいしいのかい」
アーシュラは首を真横に振り、相棒の間違いを訂正する。
『食らうのは肉ではない。魔力だ』
悪魔が強くなるにはアーシュラのように実戦を重ねるより、もっと手っ取り早い方法がある。
それが同族食いである。別の悪魔を食らうのだ。
正確には相手の魔力を吸い取る。
吸い取られたほうは腑抜けとなり、吸い取った側は吸い取った分だけ魔力が高まる。
魔界では多くの同族食いを見てきたが、アーシュラは彼らを真似しようとは思わなかった。
魔力を高めたところで、使いこなせないのでは意味がない。
真に強さを求めるのであれば、やはり実戦に勝るものはなかろう。
そう、頑なにアーシュラは考えていたのだが――
古物商を巡り巡りて、ようやく水晶玉を見つけた時、デヴィットが戯れに、とんでもない発言を繰り出してきた。
「どうだろ、アーシュラ。君、そいつを食べてみちゃ」
『何?貴様、頭は大丈夫か……?こいつは依頼の品であろう。破壊しては元も子もない』
片眉を跳ね上げる遣い魔にお構いなく、デヴィットは水晶を太陽にかざす。
中に入っているのは、ぼんやりと薄く輝く桃色の光だ。
力づくで水晶を取り上げてやった古物商曰く、死んだ悪魔の魂を水晶に封じ込めると光の塊と化すらしい。
魂とは抽象的な呼び方で、正確には魔力だ。
肉体が滅んでも魔力は消滅しない。
こうして水晶の中に封じ込めている限り。
「悪魔が他の悪魔の魔力を吸い取って強くなるって言ったのは君じゃないか。そういやアーシュラ、君は聞いたことがあるかい?巫女の血ってやつを。あれも悪魔にとっちゃ極上らしいねぇ」
『巫女の血、とは?』
アーシュラは話を促したのだが、デヴィットはそれ以上何も言わず話を元に戻す。
「ま、それはともかく。君は強くなりたいんだろ?実戦で腕を磨くのも結構だけど、基本数値をあげてみるのも悪くないんじゃないかな」
それだが、何故依頼の品を使わせようとするのか。
水晶玉だけ持って帰っても仕方あるまい。
依頼主にとっては、水晶玉に入っている悪魔の魂こそが重要なのだろうし。
「生きた悪魔を一匹調達するのは大変だ。君の食料を調達するのと同じぐらい手間がかかる。けど僕達は今、手間のかからない魔力を一つ持っているんだぜ。これを使わずして、なんとする?大丈夫さ、依頼主には似たような水晶玉を作って持っていけばいい」
とんでもないワルだ、デヴィットは。知っていたが。
封じられていても、死した悪魔の魔力の強さは水晶越しに伝わってくる。
アーシュラの見立てでは第三級か第四級、少なくとも雑魚ではない。
吸い取る誘惑に迷い沈黙する遣い魔に、デヴィットが尚も囁きかける。
「調べたんだよ、僕なりに。依頼主の素性と可愛がっていた悪魔が、どんな奴だったのかって」
依頼主の素性を調べるのは、Common Evilの社則で禁止されている。
が、デヴィットがそんなものを律儀に守る男ではないのはアーシュラも重々承知の上だ。
「依頼主は普通の企業に勤めている、悪魔遣いでもエクソシストでもない一般人だ。霊力や魔力は、全くないと思っていいだろう。素質が少しでもあれば、スカウトされているはずだしね。そんな凡人が偶然悪魔と遭遇して、奇跡的にも殺されずに済んだんだ。何故かというと、出会った悪魔がたまたま温厚で、たまたま話の通じる奴だったからさ。一人と一匹は仲良くなった。友達になったんだ。そして悪魔は野良悪魔に襲われて命を落とした。依頼主は悪魔の死を悲しんで、水晶のお墓を作ってあげた――というわけさ」
悪魔の魂なんか持っているから、てっきり悪魔遣いかと思いきや、ごく普通の一般人だという。
どうやって水晶に封じ込めたのか?とアーシュラが尋ねると、デヴィットは、その経緯も調べていた。
「そういうのを生業としている業者がいるんだよ。占い師から枝分かれした業務っぽいんだけどね。もちろん法外な報酬を要求してくるんだけど、依頼主は何年も働いて目玉の飛び出る額を稼いできたんだ。だから、盗まれた時はショックだったろうね。なんとしてでも取り返したいってなるわけだ」
その大切な水晶玉を、さらに横からかすめようというのか。
アーシュラの思考を読んだのか、デヴィットがニヤリと口の端を吊り上げる。
「あれ?もしかして、君は依頼主に同情しているのかい。君にしてはロマンティックだなぁ」
『泥棒の真似事は気にいらぬ』
むっとしてアーシュラが言い返すと、デヴィットはニヤニヤ笑いを崩さず言った。
「こんな不自然な形で封じ込められたものを、美しい愛情だなんて勘違いしちゃいけないぜ。魂ってのは天に召されて初めて成仏したと言えるんだ。これは檻だ、人間のエゴで閉じこめられた哀れな魂だよ。僕達が浄化してやるんだ。吸収という形でね」
『天に召されるとは、まるで牧師か司祭のような言い分だな』
「忘れたのかい?僕の実家は教会だよ。まぁ、教会の教えとは関係なく、これは僕の見解だがね」
水晶を手の中で弄び、デヴィットはクチをへの字に折り曲げる。
「僕はね、こういうのって嫌いなんだ。麗しいエゴを死者へ押しつけてくる愛が」
『貴様の好き嫌いなど、知ったことではないが』
デヴィットの意見を聞いた後に改めて見てみると、なるほど水晶に閉じこめられた哀れな魂という見方も出来る。
もし己が同じ立場にあったら、このような形で末永く暖炉の上にでも飾られるのをヨシと出来るだろうか?
否。
一刻も早く解放されたい、そう願うはずだ。
天へ解放してやるのが正しい命の弔いではないのか。
死して初めて、悪魔も人も完全自由になれるのだから。
『ふむ……』
デヴィットの手から水晶玉を取り上げ、アーシュラも中の光を覗き込む。
――お前も、外へ出たかろう。どうだ、外へ出てみる気はないか?
水晶玉へ念じると、光が弱々しく瞬いたような気がした。
『解放するのに異存はない。だが、どうやって取り出す?』
「こうやるのさ」
言うが早いか、デヴィットが球体を地面へ叩きつける。
水晶球は激しい音を立てて粉々に砕け、中からコロリと丸い塊に凝縮された魔力が転がり出た。
『これが……』
指で魔力の塊をつまみ上げた直後、アーシュラは強い衝動に見舞われる。
こいつを食いたい。食って自分の力にしたい。
抗いきれない、抗う事すら考えられなくなる欲望だ。
外に出してやったら、どこかへ捨てるつもりだった。
その考えは、魂に触れた瞬間アーシュラの中で四散した。
ためらいもせず、アーシュラは摘んだ塊を口の中へ放り込む。
塊は難なく喉を通り抜けアーシュラの胃に収まると、彼の体全体に強い魔力の波動を送り込んできた。
力が漲ってくる。どんな奴にも負けない力が。
つい、うっかり隣に立つニヤケ男を見て、こいつも瞬殺できるんじゃないかと思った途端。
例のキリキリに襲われて『うっ』と呻いた遣い魔に、デヴィットが苦笑する。
「力を得て最初に僕を倒そうと考えるあたりが、いかにも君らしいね。でも、それだけはタブーだっての、いい加減覚えてくれよ。僕達はパートナーなんだから」
きりきりと痛む腹を押さえ、憎々しげにデヴィットを見上げてアーシュラは不承不承頷いた。