Dagoo

ダ・グー

27. ラスボス

世の中には、生まれつき弱い奴と強い奴がいる。
どんな群れの中でも、そうだ。
特に人間社会では、それが顕著な傾向として見られるだろう。
強い奴は弱い奴を虐げる。
何故、虐げるのか。
他人から見れば、非常に些細な理由だ。
気に入らない、目障り、といった己の都合による障害を取り除く意味で虐げるのだ。

今、目の前で気絶している子供、淀塚 龍騎も、その手の輩だ。
ぐいっと襟首を引っつかんで持ち上げると、白鳥は彼の頬を手荒く叩いて無理矢理起こした。
「おい、起きろ」
「あ、あの、暴力は……」と、まだ何か言いかけるダグーを、ひと睨みで黙らせる。
「う、うぅん」と小さく呻いて意識を取り戻した龍騎は、定まらない視点で白鳥を見た。
「お前が学校にきやがらねぇから、わざわざ来てやったんだ。感謝しろよ」
白鳥からは上段に言われ、しばらくボーッと考えていた龍騎であったが、思考がクリアになるや否や、「あぁっ!」と叫んで、わめき立てた。
「どうして、お前、勝手に人んちに入ってきているんだ!?母さんが止めたはずなのに」
「あぁ、止められたよ。だから無理矢理突破してきた」
何でもないことのように言われ、龍騎もカッとなる。
頭に血が上った勢いで、白鳥に詰め寄った。
恐怖心は、どこかへ飛んでいた。
「無理矢理だって!?お前、お前まさか、俺の母さんに何かしたのか!もし、そうなら許さないぞッ」
ところが白鳥ときたら、余裕綽々で。
龍騎のほうが背は高いというのに生意気な視線で見上げると、偉そうに顎をしゃくった。
「許さない?お前が、俺をか?ふざけんなよ。許さないってのは、こっちの台詞だぜ。いや、正確にはコイツのだがな」
「こいつの?」と聞き返して、初めて龍騎は残り二人の存在に気づいたようであった。
一人は緑秋吉だが、もう一人は知らない顔だ。
そういえば、さっき母が言っていた。学校の先生らしい人が来たって。
だが、こんな男は教師にいない。何者だろうか?
黙り込んだ龍騎へ、おずおずと秋吉が話しかける。
「あ、あの……すみません、大勢で押しかけてしまって……」
イジメの被害者であるはずなのに何故か下腰加減な彼にイラッときたのか、白鳥が遮った。
「なんで、お前が謝ってんだ。今日は何しにココへ来たのか忘れちまったんじゃねぇだろうな?」
「な、何しにきたんだ……」
龍騎の小さな呟きを聞き漏らさず、白鳥は答える。
「決まってんだろ?お前を謝罪させにきたんだよ。緑を散々いたぶってくれたそうじゃねぇか、このクソ野郎が」
「いたぶるって、何を言って」
反論をも封じ込める勢いで、白鳥が続ける。
「剣道と称して、こいつを虐めただろうが。掲示板に裸の写真を貼りつけたのも、お前らの仕業だろ?雪島と森垣が吐いたぜ」
間髪入れず、龍騎が叫んだ。
「俺は緑くんを虐めていない!」
この期に及んで、まだ言い逃れをするつもりなのか。
白鳥やダグーは勿論、そして許す気になっていた秋吉も驚いた。
これが学園のアイドルの真の姿かと思うと、悲しくもなった。
礼節と信義が聞いて呆れる。
かつて、それを秋吉に説いたのは、他ならぬ龍騎本人であったのに。
剣道の心構えは残念ながら、龍騎の心には根付いていないようだ。
学園のアイドルは口の端に泡をため、熱弁を振るっている。
それも、聞いているこちらが虚しくなる内容の。
「俺は彼に剣道を教えただけだ!写真を撮るって言い出したのは森垣で、俺は関係ないっ」
「なら」と語気を強めて白鳥も龍騎を睨みつける。
「なんで、それをお前は止めなかった?お前だって現場に居合わせたんだろうが。お前が止めておけば、こいつは酷い目に遭わなかった!違うか!?えぇ、剣道部の主将さんよ」
ぐうの音も出ず、再び黙り込んだ龍騎へ、そっと話しかけたのはダグーだ。
「……いじめって直接暴力をふるうのだけが、そうじゃないよね。気づいていても助けてあげなかったり、けしかけるように煽るのも一種のいじめだと俺は思うんだ。君は、気づいていたんだろ?森垣くんが秋吉くんを虐めたがっている事に。その時に、やんわり注意して止めていれば、今みたいな事態に陥らなくて済んだんじゃないかな」
その言葉にハッとなり、龍騎が声を荒げる。
「そうか!白鳥、お前がやったんだな!?あの写真!!」
「なんだ、今頃気づいたのか?」
白鳥はせせら笑い、秋吉の肩をぐっと掴んで引き寄せる。
掴まれた痛みで秋吉が眉をしかめるのにもお構いなく、彼を龍騎の前に突きだした。
「お前が、こいつを晒し者にしたって聞いてな。俺が、こいつの代わりに仕返ししてやったんだよ」
龍騎は白鳥と秋吉を交互に見つめ、困惑の表情で尋ねる。
「ど、どうして?どうして、転校してきたばかりのお前が緑くんを」
秋吉の不登校時期と、白鳥の転入時期は重なる。知りあうタイミングがない。
そう考えるのはもっともだが、龍騎の疑問にも白鳥は答えてやった。
「学校外で出会ったんだ、偶然な。その時、いじめの話も聞いた。そういう事をするやつが嫌いなんだよ、俺は。だから――仕返しするってのに乗ってやった」
その言い方だと、秋吉が全ての作戦の首謀者のようにも取られてしまう。
慌ててダグーがフォローに入った。
「秋吉くんは、俺に相談してくれたんだ。いじめられているってのを。復讐してやろうって考えたのは全部俺だよ」
龍騎は、じっとダグーを見つめ、数秒後にぽつりと呟く。
「……誰だ、あんた。学校の関係者って、本当か?」
先ほどまでの必死加減とは異なり龍騎の様子は、だいぶ落ち着いたように見える。
目が完全に据わっており、観念したのか、或いは開き直ったのか。
「関係者といえば、関係者かな……警備員をやっている、蔵田っていうんだけど」
あえて偽名で名乗り、ダグーはじっと龍騎を見つめ返す。
「君達にも嫌な思いをさせれば、イジメの怖さや、やられて嫌な気持ちが判ると思って……でも、このやり方は間違っていたかもしれないね。暴力に対して暴力をふるうような、やり方だ」
ゆっくり話しかけているうちに、ダグーを睨みつけていた龍騎に変化が起きた。
不意に目を見開き、ハッとなったかと思うと、次第に頬が紅潮していく。
胸の辺りを手で押えると、龍騎は俯いてしまう。
白鳥がダグーの能力を思い出した時には、既に遅く。
「あ、あの、その……ご、ごめんなさい。僕……」
なんと一人称までしおらしくなって、龍騎がぽつぽつ謝りだしたではないか。
顔をあげた少年は、キラキラと潤んだ瞳でダグーを見つめている。
「あなたの言うとおりでした。僕は、止められる立場にいながら止めようともしなかった……高校最後に、ハメを外してもみたかったんです。今まで、そういう機会がなかったから」
「そういう機会?誰かを虐める機会かい」とダグーが問えば、龍騎はコクリと頷いた。
「部活は僕が仕切っていたから、イジメなんて発生しなかった。ずっと僕とは無縁だと思っていたんです。けど森垣は、あいつは初めて僕の前に、そういう物件を持ち込んできた……あいつは僕とは全然趣味も考え方も違っていて、結構、普段は面白い奴なんです」
学園のアイドル龍騎とガキ大将みたいな森垣が友達ってのも秋吉には不思議だったのだが、秋吉には見えていない森垣の一面が、龍騎には見えていた。そういう事だろう。
「森垣が言うなら、面白いんじゃないかと思って。けど……写真を撮ったのは、やりすぎでした。あれ以来、緑くんは来なくなって。やっと街で見つけて、最初は謝ろうと思ったんだけど、二人の目があったから、つい」
つい、家に連れ込んでタコ殴りにして、またもや恥ずかしい写真を撮ったというのか。
『つい』の勢いで虐められるほうは、たまったものではない。
もう許してもいいかなという気持ちは、とうに秋吉の脳裏から消え去っていた。
ずっと、心の何処かで信じていた。
雪島や森垣が謝ってくれなくても、この先輩だけは素直に謝ってくれるのではないか。
壮絶な仕返し大作戦を知る前まで、秋吉は、そう思っていたのだ。
だが蓋を開けてみれば、罪を認めないで言い訳を繰り出したのが龍騎一人だったとは。
往生際の悪い龍騎と比べたら、雪島や森垣のほうが何倍も素直であった。
ダグーや白鳥の援護があったとはいえ、一応ちゃんと秋吉に向かって謝罪したのだから。
今だって龍騎は懺悔しているように見えて、話しかけている相手はダグーだ。秋吉ではない。
「……許せない」
ぽつりと呟いたのを白鳥に聞かれ、「そうだな」と相づちを打たれて、秋吉はハッとなる。
いけない。うっかり黒いものが表に飛び出てしまった。
また、やりすぎな復讐劇が続いてしまう。
白鳥は、ずずいと秋吉より前に出ると、意地悪な目で龍騎を睨みつけた。
「俺も、これからは、つい、お前を虐めちまうかもしんねぇな。なぁ淀塚センパイ」
ヒィッと龍騎が身をすくませる。
二人の間へ割り込むと、ダグーが白鳥を牽制した。
「駄目だよ、もう淀塚くんは充分虐められる悔しさを味わったんだから。卒業するまで、いや、した後も二度と、こんな真似をしちゃ駄目だぞ?」
後半は背後の龍騎に言ったもので、何度も頷く気配を感じた。
「は、はい、はいっ、もう、二度と……二度としません、ですから」
「君達の恥ずかしい写真は全部回収されたよ。けどね、もう一度、心から謝って欲しいんだ。秋吉くんに」
振り返って両肩を掴み、ダグーがじぃっと至近距離で龍騎の瞳を覗き込むと、少年は、たちまちポッポと赤くなり、目を泳がせて思案した後に頷いた。
「は、はぃぃ……」
ダグーが、すっと身を離し、秋吉は龍騎と向かい合う形になった。
しばしの沈黙。
ややあって、龍騎が頭を勢いよく下げる。
「ごめん!俺は、なんで君を虐めたいと思ってしまったんだろう。自分でも、よく分らないんだ。ただ、君を虐めた後は、すごく気分がスカッとした。多分、ストレス発散になっていたんだと思う」
さわやかに謝られ、どこまでが本気かと秋吉は疑ってもみたのだが。
「こんな駄目な先輩で、本当に申し訳ない。けど君が許してくれるなら、俺は残りの数ヶ月、君の名誉回復を手伝おう」
仲直りの握手を求められた時には、その手を握り返していた。
「なんだ、許しちまうのかよ。とんだアマちゃんだな、秋吉も」
白鳥の悪態が聞こえる。
そうとも、僕はアマチャンだ。
けど、そういう性格に生まれてきたんだから仕方ない。
さっきまで貯まっていた黒い蟠りが、すっかり消え去っている。
僕には、やっぱり無理なんだ。
誰かを憎み続けたり、復讐したりなんてのは。
酷い復讐劇の全貌を白鳥から聞かされて、なんて酷い頼み事をしたのかと後悔した。
全ての精算がついた今、これ以上彼らを憎み続ける必要がない。
復学できるのか?と白鳥は心配してくれたが、秋吉は出来ると思っている。
――いや、復学しなくては。
いつまでも家に引きこもっていたって、前には進めないのだから。
まだ何かを話すダグーと龍騎を遠目に見つめながら、秋吉は己の中で決意を固めた。


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