Dagoo

ダ・グー

19.ダグーのお願い

ダグーが魔族に連れ去られたのは、新宿から北に向かった先――北区にある高級住宅街であった。
邸宅の表札には『白鳥』と書かれている。
何のことはない。クォードが仮の姿で根城としている、白鳥家に連れ込まれたのだった。
二階の窓から放り込まれたダグーが部屋の中をきょろきょろ見回していると、遠慮ぶかげに二度三度、扉がノックされて、初老の中年男性が顔を覗かせる。
「直輝、帰ってきていたのか。いや、物音がしたものだから」
男の顔にはダグーも見覚えがあった。
週刊誌で見た白鳥財閥の総帥、白鳥秀造だ。
部屋に入ろうとする中年を睨みつけて、クォードが答える。
「何か用か?」
子が親にする態度ではない。
だが秀造は、さして気を悪くした様子もなく、却って息子の機嫌を伺うように、そっと尋ねてきた。
「……そちらの方々は?お友達かね」
「干渉するなと言っておいたはずだが?」
クォードは低く、ぽつりと呟いて、秀造を黙らせる。
「あとで紅茶を持って行かせよう」と気を遣うのへも「いらねぇ」と答えると、クォードは乱暴に扉を閉めた。
鍵のかかる音を聞きながら、ダグーがクォードへ質問する。
「今の、お父さん……なんだよね?」
クォードは「本当の父親じゃねぇが、な」と答えると、ダグーの為にベッドを整え、そこへ座るように促してきた。
おとなしくベッドへ腰掛けたダグーに、今度はクローカーが話しかけてくる。
「さて、ダグーさん。我々は訳あって魔力を集めなければいけない使命を受けています。それは貴方一人の魔力を抽出した程度では到底足りない膨大な量なのです」
一旦言葉を切るクローカーに、とりあえず何か言わなきゃいけない気分になったダグーが相づちを打つ。
「そ、そうなんだ。大変だね」
「そうです」
口の端を、ほんのり歪めてクローカーが微笑む。
「大変な使命を受けてしまったのですよ、我々は」
「君たちに、その使命を授けたのは誰なんだ……?」
ダグーの追求は、横合いから抱きついてきたキエラに流される。
「おっと!ここから先を知りたかったら、それなりの代償を払ってもらわねーと」
「だ、代償って?」
顔の近さにドン引きするダグーの頬へ唇を寄せると、キエラが小さく囁きかける。
「そうだな……まずは、キス?」
「えっ」「駄目なのだー!!」
ダグーを庇ったのは、ランカだ。
さっと飛び出してきてキエラを突き飛ばすと、ダグーの前で踏ん張っている。
「何度言ったら判るのだ!ダグーはランカの婿なのだ!!」
「悪ィ悪ィ」と全然悪びれた様子もなくキエラは謝ると、「じゃあ、お前が吸い取るか?ランカ」と促してきた。
それに待ったをかけたのはクォードだ。
「こいつの魔力を吸い取るのは、こいつが仲間になるか否かを決めてからでも遅くはなかろうぜ」
「そうですね」
クローカーも頷き、再度ダグーを勧誘する。
「ダグーさん、いかがでしょう。我々の仲間になれば、あなたへ危害を加えなくて済みます」
「え、でも……」とダグーは視線を彷徨わせる。
危害を加えられるのは、もちろん嫌だ。お断りする。
しかし仲間になれと言われてホイホイ頷いたら、どこへ連れて行かれるか判ったもんじゃない。
それに彼らが何故、魔力を集めているのかも判っていない。犯罪の片棒を担ぐのは御免だ。
仲間になれば教えてくれるのかもしれないが、仲間になってからでは遅すぎる。
第一、あの学園では、まだやり残したことがある。
秋吉に頼まれた、イジメっ子達への制裁だ。
今のところ雪島と多少話をしただけで、何もしていないも同然である。
悩むダグーへクォードが言う。
「――そういや、お前を知っている生徒に会ったぜ。あの学校の生徒だ。蔵田って名前の警備員じゃなく、ダグーって名前の何でも屋であるお前をな」
「えっ!?」
慌てて顔をあげてクォードを見やると、彼はニヤリと口の端をつり上げた。
「確か名前は秋吉っつったか?学校へは行ってない、不登校児ってやつだ。三人がかりで虐められてんのを、お前に相談したらしいが……お前が中間報告してくれないもんだから、やきもきしてやがったぜ」
寝耳に水だ。一体どこで、不登校児の秋吉とクォードが知りあえたというのか。
不思議がるダグーの前で、クォードは秋吉本人から聞いたんじゃないと判らないような内容を話した。
緑秋吉が不登校児なのは、少し調べれば判る事だろう。
だが誰に虐められて不登校になったのかまでは、彼と仲の良かった司書でも知らない情報だったのだ。
「見るからに意気地のなさそうな野郎だったが、まぁ、仕方ねぇよな。虐めてくる相手が学園のアイドルだってんじゃ、あんなヘタレが勝てるはずもねぇ」
見ず知らずの他人であるクォードに、秋吉は洗いざらい話してしまったようである。
自分と同じ能力を持っている――クォードは前にダグーの能力を、そう評した。
クォードも、他人に心を開かせる能力があるのだろうか。
「お前がなんで、あの学園に入り込んでいたのかも、そいつは教えてくれたよ。お前が俺達の仲間にならないってんなら、あいつを利用させてもらうか」
「い、一体なにをするつもりだ!?」
ダグーと違って、秋吉は正真正銘ただの少年だ。
クォードが魔族だと知ったら気の弱い彼のこと、きっと腰を抜かしてしまうに違いない。
腰を抜かす程度で済めばよいが、危害を加えられては、たまったものではない。
彼はもう充分苦しんでいる。この上、余計な気苦労を与えたくない。
「あいつを俺の魔力で操って、女どもをかき集めるんだ。俺達が直接手を下さなくて済む上、問題が起きても全部あいつのせいにできる」
案の定、外道な答えが返ってきた。
絶対に、そんな真似をさせるわけにはいかない。
考え込んだのも、ほんの一、二秒で、ダグーは真っ直ぐ魔族達を睨みつけると、きっぱり言った。
「判った。君達の仲間になろう。その代わり、一つ頼みがあるんだ」
「頼み、とは?」
クローカーが首をかしげる。
「俺のやり残した任務……イジメッ子達の成敗を、手伝って欲しいんだ。それさえ済めば、俺もあの学園には用がなくなるから」
「ふぅん。ま、手伝ってやってもいいけど?」
もっとゴネるかと思いきや、意外やあっさりキエラが承諾する。
「んで、どんぐらいやっつければいいんだ?とりあえず、息の根でも止めとく?」
トンデモ発言にぎょっとするダグーなど構わず、クローカーも薄い笑みを浮かべて会話に加わる。
「息の根を止めるだなんて、キエラ、あなたにしては優しい対応ですね。彼らは、たった一人を三人がかりで痛めつけたのですよ。死よりも残酷な目に遭って頂きましょう」
急いでダグーは付け足した。
「あ、あの、できれば殺さない方針で!秋吉くんが感じたのと同じぐらいの屈辱と心の痛みを与える程度で、いいんだからね?」
「そうか?」と異を唱えてきたのは、クォードだ。
「あいつ、俺と会った時は廃屋ビルの屋上にいたんだぜ。俺が話しかけなかったら、あそこから飛び降りる気だったんじゃねぇのか」
これまた初耳だ。何故秋吉は、そんなところに行っていたんだろう。
驚くダグーを白けた目で眺めていたが、やがてクォードは軽く肩をすくめると。
「ま、俺の知ったこっちゃねぇがな」と呟き、改めてダグーのお願いを聞き入れる。
「いいぜ、手伝ってやる。で?どういう方針なら、お前のお気に召すってんだ」
「だから」と言いかけるダグーの声に、ランカの元気な声が重なる。
「イジメっ子達を見えない場所で殴りまくって、ネットで嘘八百のデッチアゲ話を流しまくって恥ずかしい写真を学校のあちこちに貼りつけて、泣きながら土下座させてやればいいのだ!」


一方、魔族の行方を追っていた犬神達は、おいぬ様の報告を受けて悩んでいた。
「よりによって高級住宅地かよ!しかも、白鳥家の豪邸ときた」
天井を仰ぎ、御堂が泣き言をもらす。
「廃屋ビルってんなら簡単に乗り込めただろうがよ、ひとんちじゃままならねぇぞ。どうする?」
「どうするって言われてもねぇ」
笹川は肩をすくめ、東京マップと睨めっこする。
「正攻法では、まず入れないだろうね」
「ってこたぁ無断侵入?」
御堂の意見に「冗談じゃありませんよ!」と即座に声を荒げたのは佐熊だ。
「警察のご厄介になるようでしたら、俺は降りますからね」
「俺だってお縄につくのは御免だよ。だがなぁ」
ちらりと御堂が視線を動かした先を、笹川と佐熊も見やる。
そこには、おいぬ様を肩に乗せて暗い瞳で北方の空を見つめる犬神の姿があった。
「あいつは多分、無理矢理にでも入っていくつもりだぜ?ダグーの事となると見境がつかなくなるみてぇだしよ」
声を潜める探偵に、笹川も頷く。
「彼一人を行かせるわけにゃ〜いかんよな。何より、あの魔族どもは俺のターゲットでもあるんだし」
犬神が言葉を発した。
「時間が惜しいです。こうして額をつきあわせて相談している間にも、ダグーさんの命が魔族に脅かされているかと思うと……」
御堂の予感が的中しそうだ。
佐熊に反対されようと、白鳥家で門前払いされようと、犬神は強行突破する気満々だろう。
溜息をついて、笹川が決断する。
「仕方ないな。誰にも見られず、且つ警察のご厄介にもならない方法で入るとするか」
「ほぉ?どうやって?」と尋ねる御堂の肩をポンと叩き、笹川は輝く笑顔を彼に向けた。
「あんたの風の能力を倍増させる。うまくいきゃあ、空も飛べるかもしれない」
「ハァ?」となったのは御堂本人だけじゃない、佐熊もだ。
「空を飛ぶ?あの変な風を使って、ですか?」
変な風とは、御堂の使う物を吹き飛ばしたり着地寸前で体を浮き上がらせる謎の能力だ。
そういや佐熊は前々から問い質したかったのだけれど、あの風は何なのだ?
笹川は法術使い、犬神は式神使い、そして自分は霊能力者だが、御堂は探偵というふれこみだったはずだ。
ただの探偵が、何故あのような不思議な能力を持っているのか。
改めて問う、こいつは何者だ。
ダグーのように、隠している正体があるのか。
ジロジロ無言で眺め回してくる佐熊に、探偵が尋ね返す。
「なんだよ?」
「御堂さん……あなたは、本当に正真正銘人間ですよね?」
佐熊の問いに、探偵は面食らったようだった。
「なんでぇ、いきなり。人間だよ、ちっとおかしな能力を持っているってだけのな」
その、ちっとおかしな能力が問題なのだ。
なおも疑いの眼で見つめてくる佐熊の視線から逃れるように目線を逸らすと、御堂は弁明した。
「俺ァ生まれつき使えたんだよ、風を起こす能力を。お袋の話じゃァ、婆さんも似たような力を持っていたらしいんだがな。だが婆さんはとっくに亡くなっていて、今となっちゃ確かめる術もねぇ」
納得いかないが、本人もなんだかよく判っていないようだし、これ以上の説明を求めても無駄であろう。
それより――と佐熊は話の矛先を笹川へ替える。
「風を使って空を飛ぶ、とおっしゃいましたね。どうやって」
「だからぁ〜、御堂ちんが風を起こすやろ?んで、それを俺が法術で増幅するやろ?」
いきなり似非くさい関西弁になりながら、笹川が一から説明を始める。
「その風で吹っ飛ばされるようにして、こっからポーンと白鳥家の二階までひとっ飛びするって寸法よォ」
そんな上手くいくのだろうか。
もし途中に高いビルがあったりしたら、ぶつかって全員死ぬのでは?
佐熊の懸念を、笹川はチッチッチと指を振り否定した。
「俺が一緒に飛ぶんだぜ?もちろん法術で角度修正して回避するに決まってんしょ」
「だがよ、そうなると俺はどうなるんだ?」と、御堂。
「俺はココに置き去りって形にならねぇか」
「まぁ、そうだね」と、あっさり笹川は頷き、こうも付け足した。
「けど、御堂ちんは魔族との戦いで使える能力を持っていないっしょ。だから今回は留守番でいいんじゃね?」
そう言われてしまうと、身も蓋もない。
御堂は渋々「判ったよ。んじゃあ風を起こすから全員一っところに固まってくれ」と三人を促して、一カ所に固まった三人の合図で両手を勢いよく振り回した。
吹き飛ばされそうな強い風が佐熊達のほうへ吹き荒れる。
隣で笹川が何か唱えたような気がした。
だが佐熊の意識が、ちゃんとしていたのは、そこまでで。
「わ、あ、ああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!?
素っ頓狂な佐熊の悲鳴を残し、御堂以外の三人は東京の上空に吸い込まれていった。


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