Dagoo

ダ・グー

18.見返り

「くだらねぇな」
あっさり切り捨てると、白鳥が踵を返す。
森垣は慌てて追いすがった。
「ま、待って下さい!やらず嫌いは、よくないと思いますよ」
休校が解けた登校一日目、の放課後――
龍騎に命じられ、森垣は白鳥へ声をかける。
用件とは、剣道部へのお誘いだ。
白鳥は二年の途中で転校してきた生徒だ。
従って、未だ何の部活にも所属していない。
それじゃつまらないだろう、剣道部では体験入部を行っているから来て欲しい。
龍騎の考えた作戦の導入部であった。
そいつを、白鳥は一蹴した。
彼がついてきてくれない事には、何も始められない。
森垣が焦るのも当然だ。
無論、剣道部へ誘ったのは彼と仲良くしたいから、なんて友情心ではない。
学校が再開する前、龍騎達と一緒に考えた、ある計画を実行する為にあった。
「剣道、だったか?そんなもんをやっている暇はねーんだよ」
白鳥はしつこく追いすがってくる後輩へ冷たい目を向けると、さっさと歩いていく。
「でも、先輩はまだ二年でしょ?三年と違って、それほど忙しくもないんじゃ」
「てめぇの推量で勝手に人を判断すんな」
にべもない。
校門を出ていく白鳥の背中を、尚も森垣は追いかける。
「うわっ!」
外の道路に出るやいなや、黒塗りの大きなリムジンが彼の横を、すごい勢いで通り過ぎていった。
白鳥の姿は、どこにもない。
さっきの車に乗って帰ったんだと森垣が気づくまで、そう時間はかからなかった。
「……くっそ、お坊ちゃんがナメやがって……」
悪態をつき、森垣はUターン。
勧誘に失敗した以上、別の手段を考えなきゃいけない。
奴を剣道部の道場へ誘い込む方法を。


すっかり部外者のたまり場となった用務員室にて、茶菓子をモグモグ食べながら。
「白鳥コンツェルンの一人息子ってなぁ、ホントに存在するらしいな」
御堂探偵の報告を聞き、即座に犬神が相づちを打つ。
「それはそうでしょう。警備員とは事情が異なります」
「ただ、その息子ってやつが公の場に出てきた事は、ねぇらしい」
報告書を取り上げ、ダグーが唸る。
相変わらずミミズののたくった字が羅列していて、解読不可能だ。本人以外には。
「幼少から病弱で、学校に席はあったものの一度も登校しちゃいねぇ。すり替わるにゃ〜うってつけの人物だよな」
「親は、気づいているんでしょうかね?」と言い出したのは、佐熊だ。
いくらなんでも、自分の息子が魔族とすり替わっていたら気づきそうなモノである。
佐熊は再度ぽつりと呟いた。
「奴ら、いつまで滞在する気なんでしょう。警備員と違って、生徒には保護者面談や家庭訪問があります」
「親が存在しているかってのも、ちゃんと調べたぜ」
御堂がバサッと机の上に放り投げたのは、週刊誌と一枚の写真だ。
週刊誌によれば白鳥事業の総帥は毎月どこかへ必ず顔を出しており、広報に忙しい。
隠し撮りされたらしい写真と、週刊誌に載っている総帥の顔も一致する。
「知っていて匿っているのか……或いは、洗脳されている?」
「ありえるとしたら、後者の可能性が高いだろうね」
笹川がウンウンと頷き、全員の顔を見渡した。
「で?白鳥家を調べて、まさか乗り込もうなんて考えてんじゃないよね」
「乗り込むまではしませんよ」
ダグーは答え、読めぬ報告書に目を落とす。
「外との繋がりがあるなら、クォードを何とか出来るんじゃないかと思って」
「そうかな」と、笹川は首を傾げた。
「俺達は本物の息子が、どんな奴か知らないんだぞ。いや、俺達だけじゃない。親以外の全ての人間が、彼を知らないんだ。なのに、こいつは偽者ですって騒ぎ立てても意味がないんじゃないかな」
全員で腕を組んで考え込んでしまう中、犬神が静かに茶をすすって結論を下した。
「やはり当初の作戦通り、おいぬ様に尾行させましょう」
「それっきゃねーか」
御堂も頷き、茶菓子をごくんと飲み込んだ。


いつものように全員で見回りながら、ふと思い出したように御堂が言う。
「そういやぁ、よ。お前、最初の目的は果たしたのか?」
「え?あぁ、いや、まだです」
ここへ来た最初の目的とは、イジメ問題の解決だ。
依頼主の頼み通りにやるなら、イジメっ子三人を見えない場所で殴りまくってネットで嘘八百のデッチアゲ話を流しまくって、恥ずかしい写真を学校のあちこちに貼りつけて、泣きながら土下座させてやらなければ、いけない。難しい注文である。
「けぇー。何やってんだよ、ドンくせぇなぁ!お前、この俺がせっかく調査してやったもんを無駄にすんじゃねーぞ」
御堂には恩着せがましく罵られたが、今はそれどころではない。
魔族撃退と平行してやろうってほうが、無理だ。
ダグーはハイハイと適当に流し、懐中電灯であちこちを照らしてみる。
誰もいない。
教室は静まりかえり、廊下にも怪しい人影は見あたらない。
こりゃ、今日は空振りかなとダグーが考えていると。
「――しっ」
短く制し、佐熊が前方を注意深く見やる。
「どうした、奴らが」
言いかける御堂を手で制したのは、笹川だ。
「いや、この気配……奴らじゃ、ない?」
「ハァッ!?奴らじゃないって、どういう」
最後まで言い終わる暇も与えられず、ダグーの懐中電灯が一つの影を照らし出す。
影は一直線に走ってきて、ダグーの胸元へ飛び込んできた。
「じゃじゃーーーん!ランカ様の登場なのだぁっ」
「ラッ、ランカ!?」
予期せぬ襲撃だ。
だって、彼女は犬神の事務所に置いてきたはずなのだから。
「ランカ、どうしてお前、ここに」
「ずるいのだ!ランカだけ置いてけぼりで、皆でコソコソ肝試しか?」
「違うよ、見て判らないのか?見回りだ、仕事だよ」
「なら、ランカも混ぜるのだ!」
言い合いをする二人を眺め、佐熊が首を傾げる。
「いつから、後をつけてきていたんでしょう。さっきまで全然気配を感じなかったのに」
「だな」と笹川も同意し、ランカを興味深げに見つめた。
「不意に出てきたよな。彼女、よっぽど気配を隠すのが上手いと見えるね」
「殺気は全く感じませんけど」と、佐熊。
ランカはダグーに首っ丈だ。
殺気なんて、あるわけがない。
それなら何故気配を隠して後をついてきたのか。
ダグーも不思議に思ったようで、それを問いただすと、ランカは無邪気に答えた。
「学校へついてしまえば、追い払われないと思ったのだ」
「そんなわけないだろ。さぁ、帰った帰った」
シッシと邪険に急き立てられても、彼女に帰る意志は窺えない。
「女の子に夜道、一人で帰れと言うのか?酷い男なのだ、ダグー」
帰るどころか上目遣いにダグーを見つめると、ぎゅっとしがみついてきた。
「ダグーも一緒じゃなきゃ帰りたくないのだ」
ついにはダグーも根負けて「……しょうがないな」と溜息を漏らし、皆へ尋ねる。
「ランカも同行しますけど、いいですよね?」
「いいですよねって、俺達に選択権はあんのかよ?」
質問に質問で御堂が返し、他三人は、というと。
「ランカさんが一緒だと、闇の気配を探りにくいですね……」
渋い顔の犬神に、佐熊も同意する。
「それに彼女、キエラの妹なんでしょう?いつ裏切られるか判ったもんじゃない」
「裏切りは、心配しなくていいと思うけど」
ちらりとランカを一瞥し、笹川は溜息を吐き出した。
「むしろ心配すべきなのは、足手まといになる可能性だな」
「そうですね。ただでさえ足手まといが一人いるってのに」
佐熊も、ちらっとダグーを睨みつけると、廊下の先へ懐中電灯の光を向けた。
今日は空振りなのか、他に動く気配は見つからない。
気負って何かしようという時に限って、何も起きないのは、やる気が削がれる。
テンションが大幅に下がった佐熊は、肩をすくめて笹川を促した。
「今日はもう、適当に見回りを済ませて帰るとしましょうか」
「だねぇ」と気持ちは笹川も同じなのか、気の抜けた返事が返ってくる。
「そうですね。ランカさんを夜遅くまでつきあわせるわけにも」
言いかけて、犬神はハッとなって後方を振り返る。
気づいたのは彼だけじゃない。ほぼ同じタイミングで笹川と佐熊も振り返った。

月も見えない曇り空。
先ほどまで、何もいなかったはずの真っ暗な廊下に佇む影が一つある。

「――キエラか!!」
笹川が叫んで身構える。
素早く印を結ぶも、反対側からの歓声には完全に虚を突かれた。
「クローカーなのか?久しぶりなのだ〜♪」
「しまった、後ろにも!?」
キエラだけに気を取られていた佐熊と犬神が振り返って見たものは、黒髪長髪の男と対峙するダグーと、彼に抱きかかえられたまま喜ぶランカの姿だった。
完全に二人とも、クローカーの間合いの範囲内にいる。
こちらが何かを仕掛けるより先に、ダグーを取り押さえられかねない。
探偵は、ダグーよりもクローカーとの距離を置いている。咄嗟に飛び退いたのだろう。
ダグーは蛇に睨まれた蛙の如く、動けずにいた。
脂汗を額に滲ませる彼を見て、クローカーが薄く笑う。
「お望み通りに出てきてあげましたよ。さぁ、今夜は何をするおつもりなのです?」
「お、俺達は……」と答えるダグーを遮ったのは、ランカだ。
「クローカー、キエラ兄ちゃんも!今はドコに住んでるのだ?」
目を輝かせて尋ねるも、クローカーはランカの問いを無視した。
代わりに彼女へ話しかけてきたのは、キエラであった。
「ランカ、どこへ消えたのかと思っていたら、人間界に来ていたのかよ。お前こそ、今は何処に住んでいるんだ?」
「ダグーの家に決まっているのだ!」と、ランカ。
「へぇ、いいな。俺も居候させてもらおうかな」
二人の軽口を遮ったのは、クローカーだ。
「時間が惜しい。さっさと片付けてしまいましょう」
「そうだな」
あっさりキエラも雑談をやめ、手前の三人を睨みつける。
「また、お得意の火角封印か?やめとけ、俺達にチャチな封印が効かねぇってのは、こないだやりあって散々思い知ったんじゃねーのか!」
「こないだは手加減してやったんだ」と、笹川とて一歩も退かず。
「俺が全力で戦ったら、この学校が崩壊しかねないんでね」
見破られていた印を解き、すぐに別の術を唱え始める。
術の完成を待つよりも早く、攻撃を仕掛けてきた者がいた。
一直線に廊下を飛んできた光線を、間一髪のタイミングで黒いもやが弾いてかき消す。
もやは犬神を守るかのように彼の体にまとわりつくと、巨大な犬の形を取る。
「ほぅ、その式神に魔光弾を跳ね返す能力があったとは」
感心した様子で呟くクローカーに、涼しい顔で犬神も応じる。
「おいぬ様を、そこらの式神と一緒にされては困ります。僕の家を代々守り続けてきた式ですよ」
犬神はクローカーから目を離さず、且つ廊下の先をも睨みつけた。
真っ暗で何も見えないが、必ずいるはずだ。廊下の先には、クォードが。
「それより今までは逃げ回っていたのに、どういう風の吹き回しですか?」
犬神の問いに「なぁに」と答えたのは、キエラだ。
「用があるのは、そこのダグーちゃんだけだ」
名前を呼ばれて「えっ?」と振り返るダグーの背後にクローカーの手が伸びてきて、おいぬ様をけしかけるよりも早くダグーが奴に捕まった――
と、思いきや。
ダグーを抱きしめようとするクローカーを、ランカが思いっきり突き飛ばす。
「何するのだ!ダグーはランカの婿なのだっ」
戦力外だと思っていた少女の思わぬ乱入には、佐熊も御堂もポカーンとするばかり。
「クローカーにダグーは渡さないのだ!」
驚いたのは、佐熊達だけじゃない。
クローカーもキエラも一瞬呆然として、やがてクローカーが天井を見上げて笑い出した。
「ふっ……ふふふ、ははははっ」
「何がおかしいのだ!」と憤慨するランカの頭を軽く撫で、黒髪の魔族は言う。
「なるほど、ではランカ。お前も我々に協力しなさい」
「協力?」
佐熊が杞憂していた展開になりつつある。
首を傾げるランカへ、クローカーが命じる。
「その男を、お前が取り込むのです。取り込んだ魔力はキエラへ渡すと良いでしょう」
ランカは言われている意味が判っているのか、いないのか、ブンブンと首を真横に振り命令を拒否した。
「洗濯物じゃあるまいし、取り込んだりしないのだ。ランカはダグーのお嫁さんになるのだ。死ぬまでラブラブなのだぁん」
「死ぬまでラブラブになるには、彼を完全に手元に置かないとできませんよ」
クローカーも譲らず、物わかりの悪い少女の説得に入る。
「人間界にいたままでは、無理でしょう。繋がりを排除しなければ」
「繋がり?」
「そう。彼を現世に繋ぎ止めておく人物を」
クローカーの視線を辿って、ランカがにんまりと笑う。
どう考えても、こちらに対して友好的とは言い難い笑みだ。
「要するに、犬畜生とヒゲ野郎とその他諸々を倒せばいいのだな!?」
敵が四人に増えつつある。
しかもダグーは、敵の手の内に落ちているも同然な距離に立っている。
全員で追い立てて逃がして追跡するはずが、面倒な形勢になってきた。
「だ、駄目だ!ランカ、皆には手を出すな」
ランカに腕を掴まれた格好で、ダグーが騒ぎだす。
「え〜?けど、」と文句を言いかけるランカを強く睨み、こうも続けた。
「もし誰かを傷つけたりしたら、お前とは絶交だ!」
「フフ……強気ですね。ですが、あなたの後ろには私がいることも、お忘れなく」
背中越しでも、ビンビンと鋭い殺気が伝わってくる。
途端に先ほどまでの威勢の良さは、どこへやら、ダグーは再び脂汗を流し、蛇に睨まれた蛙に戻った。
「ダグー、反抗しちゃ駄目なのだ。クローカーは怒ると怖いぞ?」
ランカには心配そうに見つめられるし、まるでイイトコなしである。
「ゼッコーがなんなのかは判らないけど……でもランカはダグーと一緒にいるから、安心していいのだ。ランカが一緒にいる限り、ダグーには指一本触れさせないのだ」
ほぼ、人質状態と言っていい。
もし一歩でも逃げるそぶりを見せれば、クローカーは容赦なくダグーの心臓を打ち抜くかもしれない。
「全く……二度も足を引っ張って」
佐熊の悪態が聞こえてきて、申し訳なさと情けなさでダグーはしょんぼり項垂れる。
こっちだって、好きで足を引っ張っているわけじゃない。
皆と違って気配を読む真似なんて出来ないし、敵が常に自分を狙ってくるせいだ。
そうだ。常に狙われているのは自分だけじゃないか。
逆にいえば、自分が奴らと一緒に行けば、この学校は平和になる――?
「判ったよ」と、ダグーがクローカーを振り返る。
「判った、とは?」
聞き返され、ダグーは言った。
「君達と一緒に行く。それなら、文句ないだろ?」
即座に犬神が「駄目です!!」と叫び、佐熊や御堂も必死に止めた。
「おい、やめとけダグー!おめーが無駄に命を散らす必要なんかねーだろ」
「そうですよ、ここは一旦退けば済む話です」
ところがダグーときたら、気弱な笑みを浮かべて、かぶりを振るではないか。
「大丈夫、心配しないで」
そう言われても、安心できるわけがない。
なにしろ、校舎の壁を吹き飛ばすような連中が相手である。
ついていったら、何をされるか判ったもんじゃない。
「やっと観念しやがったか」
暗がりから声がして、クォードが姿を現す。
クォードを視界に入れ、ダグーは「その代わり」と強調した。
「この学園からは、手を引いて欲しい。それが、君達と一緒に行く条件だ」
「交換条件か」
クォードに睨み返されて、ほんの少し怯んだけれど、ダグーは、彼にしては勇気を出して話を続けた。
「魔力を集めるなら、ここじゃなくても出来るだろう?俺も……協力するよ。だから」
少し離れた場所では、犬神が悲痛な面持ちで叫んでいる。
「駄目です、危険です!行ってはいけません、ダグーさんっ!!」
その後ろにいたキエラが、ふわっと宙を舞って彼らの頭上を飛び越してくると、ダグーの前に降り立ち顎をすくい上げた。
「ま、いいだろ。俺としちゃあ、ダグーが手に入るなら、ここで無理に狩りを続ける必要もねーし」
「しかし――」と難色を示したのは、クローカーだ。
「まだ充分といえるほどの魔力は集まっていません」
「だが、ここに固執する必要もねぇ。だろ?」
クォードが混ぜっ返し、ダグーを見据える。
「いいぜ、お前の望み通りに狩り場を変えてやってもいい。だが、そいつはお前が俺達の仲間になると約束した時だ」
それは困る。
ダグーとしては、魔力を引き抜かれたら、とっとと戻るつもりでいたのだ。
まだ、イジメっ子問題を解決していない。魔族達と長期旅行に出る気もない。
「えっ……と」
返事に悩むダグーを、キエラが横から抱きかかえる。
それを合図に、窓ガラスが派手に四散した。
窓枠を乗り越えて、クローカーとキエラ、ランカが窓の外へ飛び降りる。
一歩踏み出した笹川は、クォードに牽制された。
「てめぇら、追ってくるんじゃねぇぞ。追ってきたら、ダグーがどうなるかぐらいは予想できるだろうがな!」
「うっ」と呻いた笹川を鼻で笑い、クォードも窓から飛び降りる。
落下するかと思いきや、途中でふわりと舞い上がり、魔族達は空を飛んで去っていった。

魔族達の姿が完全に地平線の彼方へ消えた後、おもむろに犬神が己の式神に命じる。
「おいぬ様、かの魔族達を追いませぃ」
黒いもやが表に出ていくのを見送りながら、佐熊はポツリと呟いた。
「手順はおかしくなりましたが、ようやく本来の作戦通りに動けそうですね」
追ってくるなと言われて、素直に従う気などない。
追いかける為に探していたのだ、今日は。
ダグーまで一緒に行ってしまったのは誤算だが、まぁ、しかし、いざとなったら狼に変身して、うまく逃げてくれることを祈ろう。
いくら役立たずといえど、それぐらいはやってくれなきゃ困るというもの。
「ダグーの魔力を抜いたからって、連中が大人しく狩り場を変えると思うか?」
御堂の問いに「さぁ?」と笹川は首を振り、だが、とも付け加える。
「それよっか、魔力を抜かれた後のダグーが心配だよ。大人しく返してもらえるか、どうか……」
「そうならない為にも、間に合わせましょう。いえ、間に合わせるんです」
暗い瞳で犬神が雑談を締める。
「魔力を奪われる前に、ダグーさんを取り返すのです」


東京の街並みが、ハイスピードで眼下を流れてゆく。
キエラにしがみつきながら、ダグーは初めて見る景色に目を丸くしていた。
「なぁ、ダグー」とキエラに話しかけられたので、意識をそちらへ向ける。
「俺達の仲間になっちゃえよ。な?」
「でも、俺は魔族じゃないし」
渋るダグーには、クローカーの声も飛んでくる。
「構いませんよ、歓迎します」
ダグーは驚いた。
あのクローカーが優しげな笑みを浮かべて、自分を見つめているだなんて。
「でも……ただの人間が一緒じゃ足手まといにならないかい?」
なおも渋ってみせると、今度はクォードが会話に混ざってくる。
「ただの人間じゃねぇだろ、お前は」
「えっ?人間だよ」と否定するダグーの頭をグリグリと撫で回し、キエラが重ねて駄目出しした。
「だよな。どう贔屓目に見ても、人間じゃーねぇよなぁ」
ややムッとして「俺は人間だってば」とダグーが言い返せば、クールな声が遮ってくる。
「ただの人間は狼に変身したりしませんよ」
「いい加減、お前も自分が何者なのか自覚した方がいいんじゃねぇのか」
クォードにも言われ、ダグーは押し黙る。
なんと言われようと、自分は人間だ。ちょっと狼に変身できる程度の。
だが、ここで押し問答するのは無意味だろう。
どうやって彼らの手から逃げ切るか。今、考えなければいけないのは、それだ。
ダグーが悩んでいるうちに魔族達は大きな屋敷へ到着し、吸い込まれるように二階の窓へと消えていった。


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