Dagoo

ダ・グー

16.特殊能力

翌日、学園は臨時休校となった。
言うまでもなく、壁に開いた大穴を塞ぐ突貫工事を行う為である。
不思議なことに警備員へのお咎めは一切なく、逆に学長からは怪我などしなかったかと労れて、大原や山岸は居心地が悪くなった。
壁に穴が開いた原因は、不法侵入者による爆発物だと伝えてある。
不法な侵入を許してしまったというのに、何故クビにならないのか。
何故、怒られもしないのか。
警備員達には判らなかったが、ダグーには、すぐピンとくるものがあった。


学校が休みでは、当然、警備の仕事も休みになる。
一同は犬神の事務所に集まっていた。
無論、今後の対策を練る作戦会議を開く為である。
「ありがとうございます。笹川さんが口利きして下さったんですね」
頭を下げるダグーへ「まぁね」とソファーにふんぞり返り、笹川が頷く。
「俺ぁ、学長公認の調査官だからね」
「調査官だァ?何の」と尋ねてくる御堂へは、少々めんどくさそうに答えた。
「お前らと違って、俺は表玄関から堂々と入れる立場なの」
それでも、まだ納得がいかない顔の探偵へはバッジを突きつけた。
「なんだそりゃ、サツのバッジか?」
刑事のつけているバッジにも似ているが、色が違う。
刑事のバッジは赤だが、笹川が手にしているのは青だ。
書いてある文字もS1Sではない。SSS、Sが三つ並んでいる。
「Special Secret Security。この世に隠された秘密を、極秘裏で片付ける機関の略称だ」
探偵は、なんだそりゃ?を繰り返した。
ダグーや佐熊にしても同じだ。首を傾げている。
そんな機関、ニュースはおろか、フィクションでも聞いたことがない。
「民間人は知らなくてもいい組織なんだが、まぁ、警察や機動隊のオトモダチだと思ってくれれば判りやすいかな」
バッジをしまい込む笹川に、御堂が悪態をつく。
「サツの仲間か。なら、最初からそう言えってんだ」
「で、学長には何と説明したんです?まさか本当にテロリストに襲撃された、なんてことは」
横から割って入ったのは、佐熊だ。
笹川は彼を横目でちらりと眺め、首を真横に振った。
「んーにゃ、正直に言ったよ。悪しきものが侵入してきたってね」
「悪魔が入り込んだって言ったのか!?」
これには全員が驚いた。
否、全員じゃない。
犬神だけは黙って話を聞いていたが、やがて静かに口を開く。
「SSS……本物のバッジを見たのは初めてです。あなたがSSSの調査員だったとは、予想外でした」
「犬神くんは知っているのかい!?その秘密機関ってのを」
驚くダグーには、犬神の代わりに笹川が片目を瞑って応える。
「言っただろ?世の中には知らない方が幸せになれる物も多いって。これも『そういう系の話』だったんだよ」
だが、もう知らぬ存ぜぬと言って済まされる状態ではない。
魔族を名乗る者達と、三人も遭遇した後となっては。
いや――ランカも併せれば、四人か。
「そういやランカ嬢ちゃんは、キエラの妹なんだってな?」
話をふられ、ちょうどランカの事を考えていたダグーは頷いた。
「やつの弱点が判りゃ〜、こっちに勝機が見えてくると思わねぇか?」
「弱点……あるんでしょうか、魔族に弱点など」
首を傾げる犬神の横で、ダグーが立ち上がる。
「ランカを呼んでくるよ」
すると間髪入れずランカが、ひょこっと「なんなのだ?」と、顔を出すもんだから。
「うわっ」
不意を突かれて、思わずダグーはソファーの上に尻餅をついた。
正しくは、ソファーに座った笹川の上に。
「ギャフン!」と些か昭和な悲鳴をあげる笹川を尻目に、犬神が冷ややかにランカを詰問する。
「いつの間に入ってきたんです」
鋭い視線もなんのその。ランカは、あくび混じりに答えた。
「さっき。ダグー、ランカと一緒に遊んで欲しいのだ〜」
来客が来ている間、ずっと一人で部屋に閉じこめられていたのだ。
いい加減しびれを切らせて、抜け出してきても仕方がないというもの。
「この子がランカ……魔族の子ですか」
じろじろと佐熊に眺め回され、たちまちランカは頬を膨らませてご立腹。
「なんなのだ?ランカは見せ物じゃないのだ!」
「やはり、火を吐いたり空を飛んだりするんですか?」
「しないのだ!ランカを何だと思っているのだ!?」
ぷんぷん怒る彼女を宥めようと、今度はダグーが声をかけた。
「ランカ」
「ダグー、遊んでくれるのか?」
ダグーが相手だと、ランカの態度もころっと変わる。
目を輝かせてすりよってくる少女の頭を撫でてやりながら、ダグーは要点を尋ねる。
「キエラの弱点、お前は知らないのか?」
「キエラの?キエラを弱らせたいんだったら、キンタマでも蹴ってやればいいのだ!」
乙女らしからぬ下品な発言には、犬神や佐熊が眉をひそめる。
ダグーも内心ドン引きしつつ、それでも我慢強く会話を続けた。
「い、いや、そういうんじゃなくて……例えば十字架や聖書といった弱点になるアイテムは、ないのかなって」
「そんなもん、魔族には通用しないのだ」
あっけらかんと即否定し、ランカがダグーの膝の上に腰掛けてくる。
「でもキエラ兄ちゃんを退治するなら、もっと簡単な方法があるのだ」
「なんだ?」
「ダグーが見つめてやれば、それだけでメロメロなのだ〜」
それはもう、なっているから意味がない。
ランカの言葉を聞いて御堂が何か思い出したか、笹川を振り返る。
「そういや、お前、前に変なこと言ってなかったか?」
「うん?」と顔をあげた彼へ、重ねて言った。
「キエラはダグーにホの字だとか何だとかって、言ってただろ」
「あぁ、言ったね。そんなこと」
ソファーから立ち上がり、歩いてきた笹川がダグーの真横に立つ。
「ダグーには特殊な能力があるんだ。狼に変身するだけじゃなくてね」
「特殊な能力?」と聞き返したのは、犬神達だけじゃない。
言われた当の本人も、きょとんとしている。
「そう」と笹川は頷き、ダグーを見つめた。
「ダグーと直に見つめ合うと、彼を好きになってしまう……フェロモン、或いはカリスマと言い換えてもいいだろう。それだろ、ランカ?君が言いたいのは」
「その通りなのだ」
ダグーの膝に乗っかったまま、ランカが頷く。
「ダグーを見ていると大好きって気持ちが強まるのだぁ〜ん」
うっとりとダグーを見上げる様は、まさに恋する乙女そのものだ。
御堂が呆れたように突っ込んだ。
「そりゃ、お前さんがダグーを好きってだけだろ」
ランカが何か言い返すよりも先に、笹川から反論があがる。
「もちろん、好意も少なからずあるだろう。だが彼の魅惑は、それまで面識のなかった奴にも効果がある。どうかな、君自身にも覚えがあるんじゃないか?全然知らない人に、いきなり告白されたり赤面されたりって場面が」
笹川に尋ねられ、改めてダグーが過去に思いを巡らせている間、やはり納得できないといった顔で御堂は唸った。
「けどよ、俺ぁダグーを、そこまで好きじゃねーぜ?」
「そうです」と佐熊も頷き、笹川を睨みつける。
「俺だってダグーさんを守りたいだの、愛しているだのと考えたことは一度もありません」
「そりゃあ、だってお前ら」
やや呆れた口調で笹川も言い返す。
「お前ら、相手の目を見て話をしないじゃん」
ビシッと二人を指さした。
つられて犬神やランカも彼らを見て、深く納得する。
御堂も佐熊も、前髪が目におっかぶさったヘアスタイルだ。
相手の目どころか、前が見えているのかどうかも怪しい。
「言っただろ?ダグーの魅惑にかかるのは、彼と見つめ合った奴だって。お前ら、俺と話をする時だって、俺の頭の斜め上、何もない空間を見て話してんじゃないかよ」
笹川にズバリ指摘され、御堂も佐熊も正直に認めたものの。
「じゃあ、お前はどうなんだ?」と御堂が聞き返してくる。
「どうって?」
首を傾げる笹川へ、再度問いた。
「お前もダグーにホの字なのかって聞いているんだ」
「まさか」と笑い、ちらりとダグーを一瞥すると、笹川は肩をすくめる真似をする。
「俺は精神攻撃に耐性があるから、効かないよ。けど、普通の奴ならガード不可だろうね。なんせ魔族であるキエラにだって効いちゃうぐらいだし」
ただし、とランカを見て付け加えもする。
「魔族の中にも、見破れる奴がいたみたいだけど」
「あぁ、もしかして白鳥ってガキか?」と、御堂。
笹川は頷いた。
「正しくは、クォードっていうらしいね。名前」
「白鳥は偽名ですか」
佐熊が呟き、犬神や御堂も無言で頷く。
魔族の仲間と判った時点で、本名じゃないだろうとは思っていた。
クォードやクローカーの名前に聞き覚えは?
そう笹川に尋ねられ、ランカは即座に受け応える。
「クォードは知らないのだ。でもクローカーなら知ってるのだ。クローカーはフェザー姉ちゃんの恋人なのだ」
「フェザーというのは?」
犬神の問いにも即答した。
「ランカとキエラの、お姉ちゃんなのだ!」
キエラは姉の恋人と同行しているらしい。
そしてクォードは全くの他人。
しかし彼らの相関図が判ったところで、どうしようもない。
知りたいのは、彼らを撃退する方法だ。
「クローカーにも弱点は……ないんだろうね」
呟くダグーの顔を見上げ、ランカが一言。
「あるぞ?」
「あるのかよ!?」
一斉に驚く面々の顔を眺め回し、ランカは得意げに言ってのけた。
「ダグーと見つめ合えば、クローカーでもメロメロなのだ♪」
話が、どうにも進まない。
「どのみち、ダグーさんのメロメロフェロモンですか?それはクォードという奴に見破られているんでしょう。ならば効かないと考えたほうが、良さそうですね」
佐熊が話に一区切りつけ、一同は額をつきあわせて考え込む。
「やっぱ力づくでいくしかないんじゃねぇか?」と、御堂。
佐熊は、かぶりを振った。
「それで、また壁を破壊されて逃げられるんですか。同じ作戦のままじゃ、いつまで経っても堂々巡りですよ」
力づくで無理矢理押さえ込もうとすれば、逃げられる。
かといって罠を張るにしても、奴らの出現する場所は学校だ。
あまり危険なトラップは仕掛けられない。
学校の外へ誘き出せれば――それも一応考えた。
だが、どうやって?
「学園から逃げた後、奴らはどっちに向かったんだ?お前、あの時、最後まで屋上に残っていたんだろうが」
御堂が笹川へ問う。
笹川は首をふりふり答えた。
「どっちって言われてもねぇ〜。空飛んでっちゃったからねぇ」
「空も飛べるんですか……」
落胆する皆を見て、ポツリと笹川が付け加える。
「ま、でも方角は判ったよ。北だ、北に飛び去った」
となると、北に根城があるのかもしれない。大雑把な情報だが。
犬神が提案した。
「次に遭った時、わざと逃がして追跡してみては如何でしょうか」
「おいぬ様に?」とダグーに尋ねられ、彼は頷いた。
「おいぬ様なら空を飛べますし、反撃を受けても平気です」
根城を突き止めておくのは、悪い作戦ではない。
学園内で捕まえようとするから、いらぬ被害や無理が生じるのだ。
学園外で戦うなら、或いは勝算が見えてくるかもしれない。
「それしかない、ですね。今のところは」
佐熊がシメに入り、ひとまず作戦会議はお開きとなった。


皆が帰り、ランカをベッドへ寝かしつけた後、犬神とダグーは応接間で向かい合い、珈琲を飲んだ。
しばらく無言で珈琲をすすっていたが、ややあってダグーが口を開く。
「笹川さんは、俺に魅了の能力があると言った」
「えぇ」
「……君も、そうなのかい?」
「君も、とは?」
質問に質問で返され、ダグーは真っ向から犬神を見つめる。
「君も、俺の能力で魅了されたクチなのかって聞いたんだ。だから、俺に色々と親切にしてくれるのかなって」
「違います」
即答であった。
犬神は首を真横に振ると、ダグーを見つめ返してきた。
「多少は効き目があったかもしれませんが……僕が貴方に協力したいのは、僕の意志でやっていることです」
「本当に?」
「本当に」
頷いて、犬神が、にっこり微笑む。
「今でこそ、僕は相手の目を見て話すことが出来ます。職業柄、話し相手の感情を読むのは必要ですしね。でも、あの当時――貴方と出会ったばかりの頃の僕には、出来なかった。あの頃の僕は、怖かったのです。相手の目を通して伝わってくる、感情の動きを知るのが。だからこそ、確実に断言できます。あの頃の僕が貴方に感じた好意は、けして貴方の能力の影響ではない。百パーセント、僕自身の意志によるものです」
ダグーも、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう」
「お礼を言われるほどでは、ありませんよ」
しばらくまた、二人は無言で珈琲をすする。
再びダグーが口を開いた。
「考えていたんだ。イジメっ子達のこと」
内容が唐突に飛んだが、犬神は頭をフル回転で巻き戻す。
そうだ、元々はイジメっ子を何とかする為に、あの学園へ潜り込んだのだ。
いつの間にか魔族捕物帖になって、すっかり忘れてしまっていたが。
「雪島くんってのがいるんだが、あぁ、イジメっ子の一人にね。彼の様子が変だったなぁって思うんだよ」
「どう、おかしかったんです?」
尋ね返すと、ダグーは話し始めた。
わざと偽のラブレターで誘き出し、イジメっ子を失恋させる作戦に出た。
作戦は大成功、だが傷心の雪島へ近づいた時に異変は起きた。
彼は何故かダグーを見て赤面し、大いにテレながら逃走したというのだ。
「女にフラレたばかりにしちゃ、おかしい態度だって思ったんだ。でも、その時はそれほど真剣に考えちゃいなかった。今にしてみれば、俺に魅了されていたのかもしれないね」
「……なるほど」
「だから、逆にこれは利用できるかもしれない。うまくいけば他の二人も魅了できるんじゃないか?もちろん目を見て話す機会さえ作れば、だけど」
魅了して、操る。
そんなことが出来るのならば、イジメっ子問題を解決するのは簡単だ。
しかし、その後は?解決した後、魅了は解けるのだろうか。
ずっとそのままだったりしたら、ダグーを好きな人が無尽蔵に増えてしまう。
「そうですね。試してみる価値は、あるかもしれません」
冷静に相づちを打っているつもりでも、ついついカップを握る手に力がこもる。
本音を言うと、試して欲しくないのだが……
ダグーを見ると、やる気になっている様子が窺えた。
目が爛々と輝いている。
こうなってしまった人間を説得するのは、難しい。
仕方ない。
自分の意志で協力すると決めたのだ、最後まで協力するしかないだろう。
犬神は、重たい溜息をコーヒーカップの中へ吐き出すと。
「では、残り二人へ近づく方法を考えましょうか」
ダグーを促し、作戦会議第2Rを始めたのだった。


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