Dagoo

ダ・グー

15.奇異なる者たち

刺すような風が顔に真っ向から当たるのは、気持ちがいい。
この感触を最後に受けたのは、いつだったか。
長い年月の間、狼に変身していなかった。
だって人間が狼に変身するのは、おかしなことだから。
そう言って、先輩が封じてくれたのだ。催眠術をかけて。
だから、もう狼に変身することなんて一生ないと思っていた。
何故、暗示が解けてしまったのだ。
奴らに殺されかけて、本能が理性を押しのけてしまったから?
足が痛い。
ずっと走り続けていたせいだ。
――ここは、どこだろう?
東京に、こんな緑の多い場所があったなんて。
綺麗だ。それに、生き物の匂いがする。
そういえば、腹も減った。久しぶりに全力疾走したせいで。
ここになら食べ物がありそうだ。この姿でも食べられるものが。
灰色狼はコクリと頷くと、皇居の堀を易々と飛び越えた。


学校の屋上から飛び降りて地上へ激突する直前、ふわっと下から持ち上げられるような風を感じ、三人は無事に着地した。
「こここ、殺す気ですか!?」
涙目で騒ぐ佐熊を横目に、犬神は手持ちの小箱を軽く揺さぶる。
「おいぬ様、出ませぃ。かの灰色狼を追いたまえ」
たちまち箱からは黒い煙がひゅっと出て、上空へと消えていった。
「アホか、ショートカットしてやったんじゃねーか」
反省の色など全く見せず、御堂探偵はヘラヘラ笑っている。
「それにな、みんな無事だったんだからいいじゃねーかよ」
「いいわけありますか!寿命が五年ばかり縮みましたよ!!」
なおも続きそうな口論を遮り、犬神は二人を促した。
「口喧嘩は後にして下さい、今はダグーさんを探すのが先決です」
「おいぬ様の追跡範囲ってなぁ、どんぐらいだ?」と、御堂。
空を見上げながら、犬神が答える。
「獲物を見つけるまでは執拗に追いかけます」
「歩きか?タクシーか、それとも此処で待つのか」
さらなる問いにも、犬神は即答した。
「かなり遠くまで行っているようです。僕達も足が必要かもしれません。タクシーを呼んで貰えますか?」
「どうして判るんだ?」
探偵に聞かれ、犬神はもう一度空を見た。
「あいつは……おいぬ様は、陸ではなく空を選びました。陸では追いつけない距離まで行ったと考えるのが妥当でしょう」
「つまり、ショートカットってやつか」
ニヤリと笑う御堂に、犬神もほんの少しだけ口の端を釣り上げる。
「その通りです。空には障害物がありませんからね」
やがてタクシーがくると三人とも乗り込み、追跡を開始した。
おいぬ様の気配を辿る犬神の指示を受け、御堂が行き先を運転手に知らせる。
最初そう伝えた時、タクシーの運転手は嫌な顔を見せたものの、長距離になりそうだと犬神が呟いた途端、ノリノリで車を走らせた。
深夜の長距離走行ほど、儲けになる客はない。

真っ暗な道は住宅街と共に抜け、車は今、靖国通りを走っていた。
「今、どの辺だ?」
ひそひそと囁く御堂に、しばらくしてから犬神が答える。
「大久保通りの辺りでしょうか」
「そんな処まで!?」と、佐熊。
驚いてはいるが、声は小ボリュームだ。
「おいぬ様ってなぁ、随分早く飛べるんだな」
おいぬ様の移動が速いのは、さして驚く部分ではない。
速いのは当然だろう。空には渋滞も障害物もない。
驚異なのは、ダグーの移動の速さだ。
わずか数分の間に、どこまで走っていってしまったんだろう。
タクシーを使っても空を飛んでも追いつけないほど遠くに行ったとなれば、より多くの人に目撃された可能性もある。
警察や狙撃騒ぎが出る前に、なんとしてでも捕獲しないと。
外苑東通りを抜け、ようやく大久保通りに入った。
車のスピードが、これほど遅く感じたことはない。
おいぬ様は既に大久保通りを抜けた上空を飛んでいる。
まだ発見の報告は来ない。
一体ダグーは、どこを目指して走っていったのか。
――いや、目的地などなかったのだろうと犬神は考え直す。
逃走する寸前、彼は混乱していたはずだ。
混乱したのは、こちらもだが、こちらの反応に困惑しているように見えた。
でたらめに走って、そして何処まで走る気なのか。
不意に犬の遠吠えが脳裏に響き、犬神はハッとなって顔をあげた。
「どうした?」
御堂に問われ、小さく頷く。
「おいぬ様がダグーさんの残り香を見つけました。一番新しい残り香です、それが一カ所に留まっている」
「そこにいるってわけだな。で?どこなんだ、そりゃ」
「皇居です」と答え、犬神は運転手を急かした。
「すみません、大至急皇居までブッ飛ばして下さい!」
「気持ちは判りますけどね、ブッ飛ばすのは」
「よしきた、任せろ!」
助手席に座った佐熊と運転手の声が重なり、えっ?となった佐熊は次の瞬間、重力に引っ張られて、ぐえっとなる。
シートベルトが痛いほど体に食い込んできた。
運転手が思いっきりアクセルを踏んだせいだ。
いくら真夜中で道が空いているからって、まさか本当にブッ飛ばすとは。
速度メーターを見て、佐熊の顔が青ざめた。
高速道路でもあるまいに、とんでもないスピードで走っている。
「いっ、急ぐのは構いませんが、安全運転して下さいよ!?交通違反で捕まったら、余計時間を食うハメになるんですからねッ」
と叫んだのが、彼の精一杯であった。


料金を払い、タクシーを大通りで待たせておいて、一行は皇居に近づいた。
一般開放されている場所とはいえ、今は真夜中だ。
当然、門は閉まっている。
なのに「見回りがくる前に侵入しましょう」などと平然と犬神が言うもんだから、佐熊は目を白黒させる。
御堂といい、この式神遣いといい、笹川といい、どうしてこうも非常識な輩ばかりなのか。
いや、自分がここにいる原因となったダグーだって非常識極まりない。
狼男なんて、フィクションの世界だけかと思っていた。
今だって信じられない。自分の目で見たものが。
人が、どうやったら狼に変身できるというのだ。
骨格が、まるで違うじゃないか。
溜息をついていると、探偵には苦笑と共に突っ込まれた。
「幽霊は信じているのに、狼男は信じられねぇのかよ」
そういや、この男は狼男を見ても、あまり驚いた風には見えなかった。
変な風を起こす能力と、何か関係しているのだろうか。
「幽霊と狼男は全くの別物ですよ」
首を振り振り、佐熊は応える。
「幽霊は死者の残留意識ですが、狼男は生身だ、生きているんです」
「魔族だって生きているぜ。そいつは信じたじゃないか、お前さん」
さらに突っ込まれ、むぅと佐熊は唸り、決まり悪そうにぼやいた。
「本当にいるとは信じていませんでしたよ。ただ、それで押し問答しても話が進まないと思ったものですから」
佐熊の言い分に、探偵が首を傾げる。
「じゃあ、魔力について垂れたご高説。ありゃ〜何だったんでぇ?」
「あれは……」
昔に読んだ本の受け売りだ。
お祓いをビジネスにしようと考えた時、己の持つ力に疑問を持った。
霊と会話が出来、霊を乗り移らせる自分の体質は一体何なのか。
祖母は霊力だと言った。
霊力について調べていくうちに、魔族の存在を知った。
フィクションの類だとは思いながら、一通りは目を通し。
記憶は知識として、佐熊の中に留まった。
「フーン。ガリ勉くんは本の中の出来事は信用できても現実の出来事は信じられませんってか?」
「そんなんじゃない」
カチンときて、感情で言い返した後。すぐに佐熊は言い直した。
「書物の中で起きるなら、話半分に物語として読めます。それを現実に引っ張り出すのは、あまりにも荒唐無稽で」
「でも、現実なんですよ」と、犬神が口を挟んでくる。
「僕のおいぬ様も、あなたの霊能力も、御堂さんの不思議な力も」
視線を佐熊から御堂へ移すと、彼へ尋ねた。
「あなたは狼男に変身したダグーさんを見ても驚きませんでしたね。……どうしてですか?」
御堂が頭をかく。
「どうしてって、狼男を見るのは初めてじゃねぇからなァ〜。見慣れているんだ、何しろ身内に一人いるもんでね」
「身内に!?」
佐熊が仰天する横で、なるほど、と犬神は独りごちる。
それで、あの時は咄嗟に口から言葉が飛び出たのか。
狼男は日本全国どこにでもいる存在なのか?――と。
「狼男が存在すると知っていたんですね」
犬神の呟きに、御堂が素直に「あぁ」と頷く。
「では、狼男となった人間が皇居の中に入った場合、何をしに入ったんだと予想できますか?」
「何って……」
この質問には、御堂も面食らったようだった。
ぽりぽり顎髭を指でかいて考え込んでいたが、ややあって。
「まぁ〜、緑が多いし、休憩しに入ったんじゃねーか?ずっと走りどうしだったろうし、疲れたんだろうぜ」
「散々思案して出した結論が、その程度ですか」
間髪入れず佐熊には嫌味を言われたが、本人は全然聞いていない。
真っ暗なお堀を見つめて、再び何か考えていたようであった。
御堂は、不意に犬神と佐熊のほうへ振り返る。
「よし、一気に飛び越えるぞ」
「またですか!?」
佐熊の声が裏返る。
おいぬ様を肩に乗せ、犬神が頷いた。
「行きましょう」
「いや、行きましょうって!!」
騒ぐ佐熊を左手に、犬神は右手で抱え込むと、御堂が叫ぶ。
いや、叫びながら走り出した。
「いっくぜえぇぇぇっ、オラァァァーーー!!!
「ひっ、ヒィィィーッ!?」
――かくして。
またしても佐熊の絶叫を響かせながら、三人は堀へ向かって大ジャンプ。
しかし飛距離が足りず水の中へドボンするんじゃないかと思った瞬間、下のほうから吹き上げられるような感覚を受け、ギリギリの場所で尻もち着地した。
「痛ッ!」
尻を打って悲鳴をあげる佐熊など見もせずに、犬神がおいぬ様へ囁きかける。
「おいぬ様、ダグーさんの隠れている場所を探し当てよ」
黒い霧がグルグルと渦を描き、御所の方向を指し示す。
犬神はホッと溜息をつき、安堵した。
よかった。今いる地点と御所は、目と鼻の先だ。
不法侵入している以上、あまり長居したくない。
夜中は昼間より警備の手も多かろう。警察の厄介になるのは御免だ。
とっとと探し出して、さっさと説得して、誰の目にも触れないうちに連れ帰る。
問題は、当人が素直に説得へ応じるか否かだが……
逃走する前、ダグーはずっと自分を見つめていた。犬神だけを。
犬神くん、君だけは信じてくれるよね。俺が化け物ではないと――
曇りなき瞳が、そう語りかけているようにも見えた。
何故、あの時すぐに狼男がダグーだと認めてやれなかったのだろう。
異形のものは、おいぬ様で見慣れていたはずなのに、狼男という予想外の姿を見た程度で度を失ってしまうとは。
狼狽えて対処できなかった己を思い出し、犬神は胸が痛んだ。
「よぉ、ダグーの居場所はわかったのか?」
御堂に声をかけられ、我に返った犬神は、御所の方角を指さした。
「森の中にいるようです。脅かさないよう、そっと近づきましょう」
「まったく……手間のかかる狼男ですね」
やっと落ち着いたのか佐熊にも毒舌が戻ってきて、三人は、そっと足音を忍ばせ歩いていく。

ダグーは意外や、あっさり見つかった。
ちょうど森から出てきた処、ばったり鉢合わせたのだ。
くるりと背を向け逃げ出そうとする狼を、犬神が呼び止める。
「待って下さい、ダグーさん」
大声は出せないので、小さく囁いた。
それでも狼は振り向き嬉しそうに近づいてくると、犬神の足へ、すりすりと頭をこすりつけてきた。
『犬神くん、犬神くんは、俺を俺だと認めてくれたんだね』
「えぇ。最初は、驚きましたけれど」
しゃがみ込み、灰色の毛並みを撫でてやりながら犬神が問う。
「あなたは狼男だったんですね」
するとダグーは頭をあげて、訂正した。
『違うよ。俺はアーティウルフだ』
「そのアーティウルフとは何なんです。狼男とは違うのですか」
『うん。狼男は自然に産まれた病気だけど、アーティウルフは』
二人の会話を、御堂が遮る。
「おい、おしゃべりは後だ、後。とんずらすんのが先だろうが」
犬神、そしてダグーもコクリと頷き、北方を見やった。
「向こうから出ましょう」
「でもタクシーは?」と、佐熊。
行きで使ったタクシーは堀の向こう側に待たせてある。
犬神は首を振り「別の車を取ります」と答えた。
また堀をジャンプするのは危険が伴う。
それよりは警備の目をかいくぐり、門をよじ登ったほうが早い。
だが携帯電話を取り出す犬神を更に制したのは、ダグーだ。
『車は必要ないよ』
たちまち佐熊の眉間には縦皺がより、彼は狼に詰め寄った。
「歩いて帰れっていうんですか?新宿まで」
狼は、ふるふる首を真横に振ると、ぐっと体に力を込める。
そして、言った。
『俺が三人を抱えて走れば、堀ぐらい軽く飛び越えられる』
「三人も?大丈夫なのですか」
驚く犬神の目の前で、狼が狼男へと変化していく。
何度見ても摩訶不思議だ。
四本足の生き物が、二足歩行へと姿を変えるのは。
『みんな、俺の側に寄って』
仕方なく、御堂、犬神、佐熊の三人は狼男へ近づく。
「ふわっ!?」
一瞬体の浮く感覚に、佐熊が驚いて悲鳴をあげる。
犬神も振り落とされそうな重力に、思わずダグーの二の腕にしがみついた。
木々が、建物が、景色が流れるように消え去ってゆく。
ダグーが、すさまじいスピードで走っているのだ。
と気づいた時には軽々狼男の体が宙を舞い、見事な軌道を描いて反対側に着地した。
「……ハッ。行きは難々、帰りは楽々……」
ぶつぶつ呟く佐熊の独り言を耳にしながら、どこをどう走ったのかも検討皆目つかぬまま、三人は無事に帰り着く。
新宿にある犬神の事務所へ。


事務所に入るや否や、どっかとソファーに腰を下ろし、御堂が言った。
「さぁ、説明してもらおうか。アーティウルフってなぁ、何なんだ?」
「その前に」と横やりを入れてきたのは、佐熊だ。
「何故隠していたんです?狼に変身できる能力を」
怒り心頭に詰め寄られ、今は人の姿に戻ったダグーは下がり眉で答えた。
「別に隠していたんじゃないんだ。もう変身できなくなったと思っていたから、言わなかっただけなんだよ」
「どういう意味です?」
犬神にも弱った目を向け、ダグーの言うには。

子供の頃は、いつでも自由に己の意志で、狼や狼男へ変身できた。
だが、ある日、一緒に暮らしていた"先輩"に釘を刺された。
普通の人間は狼に変身できないのだから、みだりに人前で変身するな……と。
"先輩"はダグーが迂闊に変身しないよう、催眠術で暗示をかけてくれた。
その効果あって、大人になっても変身しないようになった。
否、できなくなった。
だからダグーは、ずっと狼男である事を隠してきた。
変身できないのに狼男だと名乗るほど、愚かな行為もあるまい。

なのに今日、その暗示が解けてしまった。
多分、屋上で殺されかけたのが原因ではないかと思う。
「ったく、迷惑な悪魔どもだぜ。んで?アーティウルフってのは狼男とは、どう違うんだ」
再度の問いに頷くと、ダグーは話し始める。
「一般に狼男と呼ばれるのは、産まれながらに狼に変身できる人達です。けど、俺は違う。俺は、産まれた時は普通の人間だったはずなんだ」
「はず?」と、佐熊が首を傾げる。
ダグーは頷き、こともなげに続けた。
「俺は、誘拐されて改造された」
あまりにもさらりと言われたので、一瞬三人とも何を言われたのか判らず。
しばらく経って、御堂が「……はいィ?」と間抜けな声で聞き返す。
その反応も本人には予期できていたのか、ダグーはニコリとも笑わず頷いた。
「俺の一番古い記憶は、施設の風景です。物心つく頃には、俺は狼と狼男の二種類に変身できた。俺は人類の未来を担うアーティウルフだと、そこで聞かされて育った。アーティウルフってのは、造られた狼。そういう意味だそうです。でも、ある日施設は襲撃を受け、俺とシヅは建物を逃げ出した」
「お、おいおい、ちょっと待て。シヅってなぁ誰だ?」
新たな登場人物に御堂が困惑して口を挟むと、ダグーは即答する。
「妹です。いえ、妹分といった方が正しいでしょうか。俺と一緒に施設で育ったアーティウルフです。俺たちは逃げ出す際、アイリーンって人に言われたんです。フェンリルの娘ミンディを探して、彼女を頼れって。でも逃げ惑ううちにシヅとも離ればなれになって、森で倒れたところを先輩に拾われて、一緒に過ごすうちに、そんなの全部忘れてしまったんだ」
予想外の身の上話には、三人ともポカーンとするしかない。
ややあって一番最初に口を開いたのは、やはりというか探偵で。
「それで改造バッタ人間は悪の秘密組織を抜け出した後、人間社会に潜り込んでいたってわけか」
「バッタじゃありません、アーティウルフです」
大真面目に訂正すると、ダグーは皆の顔を見渡した。
「俺の言っていることは、到底信じられないだろうけど、これだけは信じて欲しい。俺は、絶対に人間に危害を加えたりしない。本能のまま暴れる怪物とは違うんだ。俺には、人の心がある」
「それは……まぁ……」
佐熊が言葉を濁したのとは対照的に、はっきりと犬神が応える。
「判っています。ダグーさん、あなたは人間です。あなたは、魔物にはない優しさを持っている」
「……ふぅ」
溜息をつき、佐熊もそこだけは同意した。
「確かに、ダグーさん。あなたは魔物を見て腰を抜かしていましたね。本当に怪物だったら、怪物同士で殺し合うぐらい造作もないでしょうし」
だからといって、と眉根を寄せて付け足すのも忘れなかったが。
「出生を隠していたのはペナルティーですよ。たとえ変身できずとも、異質な能力の存在は明かすべきです。俺たちは現にこうして、全員が手の内を見せているんですから」
霊の見える霊媒師、佐熊。
不思議な風を起こす能力の持ち主、御堂。
そして、式神を操る犬神。
「……あれ?そういえば、笹川さんは」
ふと気づいたようにダグーが辺りを見回すのへは、御堂が答える。
「そういや、あいつ。屋上降りた時には、ついてこなかったなぁ。まだ屋上に残ってんじゃねーか?」
慌てて時計を見ると、あれから一時間も経っている。
いくらなんでも、まだ屋上にいるとは思いがたい。
だが、あの場には魔族もいた。戦っているとは考えられないか?
「戻ろう!」と騒ぐダグーだが、しかし三人とも動く気配がない。
「笹川さんなら、おそらく平気かと」
「どうして!?」
驚くダグーへ、犬神が説明する。
彼は最初から魔族が狙いで学園に入り込んでいた。
ならば打倒魔族の秘策をひっさげていても、おかしくはない。
「彼は僕達を利用するつもりだったのでしょう。だからダグーさん、あなたの捜索には加わらなかった。僕達はお役御免となったんですよ、彼の」
「その通りでぇーす」と底抜けに陽気な声がして、慌てて戸口を振り向いてみれば、そこに立っていたのは笹川だった。
「残念ながら、きゃつらには逃げられてしまったのだよぉ〜諸君」
偉そうにドスンとソファーへ腰掛けると、笹川が話を続ける。
「だが、我々には力がある。奴らを追い詰められる能力がな!明日も頑張って、力を合わせて魔族退治といこうじゃないの。ンン?」
調子のいい言葉に、犬神もダグーも苦笑して顔を見合わせた。
笹川の提案に異論はない。
目には目を、歯には歯を。そして異形には、異形を。
改めてダグーの能力も判った今、奴らとの戦いも仕切り直しだ。
「それで……ダグーさん。あなたは狼男に変身すると、どんな能力が使えるようになるんです?」
佐熊の問いに、ぽかんと呆けたダグーは首をしきりに傾げると、申し訳なさそうに、ぽつりと一言答えたのだった。
「さぁ……?狼と狼男に変身できるって、それだけの能力だよ」

盛り上がった場の空気が一瞬にして白けるのを、その場にいた全員が感じていた……


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