Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

26.作られた命であっても

ランカを無事に連れ戻せた魔族一行は、最初の目的に戻るという。
すなわち、人間から魔力を回収する作業だ。
人狼の里で一緒に暮らす気はないと言われて、ダグーは無性に寂しくなってしまった。
知り合ったばかりの頃は、早く約束を終わらせて別れたいとさえ思っていたはずなのに。
「たまにだったら、会えるかな?」と尋ねるダグーに肩をすくめ、クォードが次の目的地を告げる。
「どうだかな……まぁ、たまになら顔を見に来てやってもいいか。俺達はアメリカに渡るが、空を飛べば来られない事もねぇ」
何故アメリカ?とも首を傾げる人狼たちに、クローカーが言うには。
「どうも現代人の魔力は信仰心と関係しているようなのです。日本人は低かった。神が不在なせいでしょう」
「けど日本にも宗教は、あるだろう。確かシンドウっていうんじゃなかったか?」と、うろ覚えの知識を総動員するブルーノへ薄く笑い、再度否定した。
「あるからといって皆が皆、その宗教を信じているわけではないのですよ。多くの国民に信仰されていないのでは事実上、神はいないも同然です」
そうした理由で宗教が生活と密接状態にあるアメリカや中近東を目指すのだという結論に落ち着いたクローカーに、人狼たちは判ったような、そうでもないような顔で頷いたのであった。
残る問題はロゥイだが、クローカーは彼を自分たちの旅へ連れていく予定だ。
ここへ残されても何だしと本人も納得していたし、一件落着だ。
「……それで、ランカ。お前は?」とダグーに尋ねられて、ランカが首を傾げる。
「ん?ランカが、どうしたのだ」
「いや、ランカも旅へついていくのかなって」
「もちろんだぞ」と少女は頷き、しかしとも続けた。
「けど、ダグーが寂しくなったらメールを送るといいのだ。ランカは、いつでも駆けつけるぞ!」
ダグーは驚いた。
「えっ?お前、いつの間にメアドなんか取ったんだ!」
「今回の件で彼女には散々苦労させられましたのでね」と、クローカーが横入りしてくる。
「二度と音信不通にならないよう、連絡手段を渡しておこうと思いまして」
救出後、クローカーが取得してやったようだ。意外や手慣れたネットの扱いに、ダグーは二度驚かされる。
「インターネット、使えるんだ!?ていうかプロバイダーと契約できるんだ?魔族でも」
「お前だって使ってんだろうが、住所不定のくせに」とクォードがダグーを見上げる。
「こちとら人間社会に紛れて生きてんだ。使いこなさなきゃいけないってんなら、何だって使いこなしてみせるぜ」
「そういや、ずっと疑問だったんだが」とヴォルフも雑談に混ざってきて、クォードを見下ろした。
「お前らは空を飛んだり空間を渡ったりと異質な力を持っているくせに、妙なところで不器用だよな。そっちの元警備員くんにしてもそうだが、住居で悩みを抱えたりとか。人間社会に紛れるとしても、無理に人間ルールへ従う必要はないんじゃないか?」
「だから、何度も言ってんじゃん」とキエラが混ぜっ返す。
「俺達は二、三、異なる力を持つってだけだっつの。それに洗脳にしろ魅了にしろ、効果は永遠じゃないんだ。だったらフツーに契約して金払ったほうがよくね?」
「その点では我々も人狼と同じです」と、クローカーも頷いて皆の顔を見渡した。
「人間は群れの中に異質が紛れるのをヨシとしません。互いに動きを監視しているのです。我々は目立ってはいけない……同じ群れの一匹だと思われなくては行動に支障が出ます」
「住所不定って……契約は一応、先輩の家が身元確認になっているんだけどなぁ」と小さく呟き、ダグーは、ふと気づく。
「先輩、先輩も人狼の里で暮らすんでしたら、インターネット契約を見直さないと」
「唐突に所帯じみてきたな、会話の内容が」とヴォルフは苦笑して、ダグーの頭を撫でてやった。
「変更するのはネット契約だけじゃないぞ。引っ越すんだ、向こうの家にある荷物だの家具だのを運び込まなきゃならん」
「あっ、それでしたら私達も、お手伝いします」とミンディが手を上げて、人狼の何人かが協力を申し出てくるのを横目に、キエラが腰を上げる。
「んじゃあ、俺らは先に出かけるとしますか。ダグーちゃん、今度会う時は千本の薔薇を抱えて求婚しにくっから」
「だーかーらー!ダグーはランカの婿だと言ってるのだ!!」
「戯言はいいから、さっさと退去しましょう」
キエラの戯言はランカの怒号とクローカーの冷めきった一言で遮られ、魔族一行が出ていった後、しばらくは「最後まで騒がしい奴らだったなぁ」だの「引っ越しは手伝わないんだ」だのと酒場はざわめいていたのだが、それも次第に収まり、人狼たちは次のイベント、すなわちダグーとヴォルフの引っ越しに意識が移っていった。


ヴォルフの家は最後に別れた時と同じ、イギリスに建っていた。
地図上じゃフィンランドと近くに見えても、実際は海を越えての結構な長距離移動だ。
だが引っ越しを何度も重ねてきた二人には、さして手間じゃない。
それに今回は手伝いの手が大勢あるんだから、引っ越し作業は短時間で終わるだろう。
手当たり次第に荷造りしながら、ヴォルフが感慨深く呟いた。
「この家を建てた頃は、ここでお前と永住するつもりでいたんだがな。人生、何がどう転ぶか判らんもんだ」
「すみません、計画を台無しにしてしまって」と頭を下げて、ダグーは先輩を見つめる。
「けど、俺はどうしてもアイリーンと再会しておきたかった。自分が何者なのか判らないまま過ごすのは嫌だったんだ」
「それで、今は自分が何なのか判ったのか?」との問いに、微笑んだ。
「えぇ。俺はダグー、先輩と同じ時間を生きる人狼です。たとえアーティウルフが誰かの手で作り変えられた人生だったとしても、先輩と出会ったのは偶然です。誰かの作為じゃない」
「ダグー」と荷造りの手を休めて、ヴォルフが向き直る。
「人狼だって生まれつき変な病気、狼に変身する病気を持っていて、一生それと向き合わなきゃいけない。ある意味、作為的に生まれた存在だ。誰の作為かっていやぁ、神様ってことになるんだろうが」
ダグーの頭を撫でて、抱き寄せる。
「お前が何者なのかは最初から判っていた。ただ、お前は自分を納得させたかったんだろう?アイリーンと出会うことで、詳しく話を訊いてみたかったんだ。もしかしたら、生い立ち他を知っているんじゃないかと期待して」
結局、研究所を家探しした彼女にもダグーが何処出身の何人なのかまでは突き止められなかった。
シヅは書類の上では日本国籍だった。
しかし瞳の色が、あきらかに日本人の血筋ではない。
他所の国の生まれで日本人に引き取られた養女ではないか?というのがアイリーンの推測だ。
それが更に誘拐されて、なりたくもない人狼に改造されてしまったんだから、不幸という他ない。
「そのとおりです。どの国の生まれなのかは判らなかったけれど、俺は本当に未来から来たんだってのが事実を知るアイリーンのおかげで確信できて……あぁ、俺の記憶違いじゃなかったんだなぁって、納得できました」
ぎゅっとヴォルフに力強く抱きついて、ダグーが甘える。
「生まれたのが未来じゃ親に会うことは出来ないけど、俺には先輩がいる。独りぼっちじゃない」
「そうです、あなたは独りじゃない」と割り込んできたのは、台所で食器を包んでいたミンディで。
あちこちの部屋で荷造りしていた面々までもが顔を出し、ダグーを口々に励ましてきた。
「この時代には、お前とヴォルフ以外にも人狼がいる。そう、お前の目の前にいる俺がそうだよ」
「これからは、お隣さんだな!よろしく頼むぜ、ダグー」
里には百人近くの人狼が住んでいるというし、これからは全員の名前と顔を覚えねばなるまい。
一気に知り合いが増えて大変だ。でも、悪い変化じゃない。
大勢の手に頭を撫でくりまわされたり肩を叩かれながら、ダグーは知らず笑顔になっていた。
永遠に続きそうな光景を前に、ヴォルフが号令をかける。
「さぁ、荷造りを再開しよう。歓迎会は里へ戻ってから、盛大にやろうじゃないか!」

こうして、ヴォルフの元を離れてアイリーンを探すダグーの旅は無事に終わった。
あの日アイリーンに言われたとおり、今後はミンディの家でご厄介になる。
人狼の里へ住むにあたり、ヴォルフはトレジャーハンターを廃業した。
その代わりといってはなんだが、アイリーンの紹介で人狼研究所に勤めるのだという。
無理に働かずとも家賃はタダでいいですよと言い募るミンディに、そうじゃない、人狼の未来を守るためだと彼は笑い、ダグーにも誘いをかけてきたので、アイリーンの許可を伺いがてら、ダグーも同じ職へつくことにした。
独りでは無力でも、大勢集まって活動すれば、或いは未来を変えられるのではないか。
漠然と、次の人生の目標が見え始めてきたダグーであった――



22/03/28 Up


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