DOUBLE DRAGON LEGEND

第七十九話 サンクリストシュア攻防−2


ジ・アスタロト本拠地の地下深く、その一角にある部屋に小さな黒猫が、するりと滑り込む。
「虎の印と龍の印が、サンクリストシュアに到着した模様。現在シークと交戦中です」
「そうか……」
報告を受け、トレイダーが振り返る。
「では、ここへ来る日もそう遠くあるまい。彼らを歓迎するための準備を急ぐとしよう」


サンクリストシュアの広場には、かつての美しさなど見る影もない。
地面には無数の穴が空き、今も多くの血が流され、建物と大地に飛び散った。
中央に構えるのは一見すれば巨大な獅子。無論、普通のMSではない。
土手っ腹には二つ目の頭が生えている。
トレイダーの創造MS、SドールとAドールの合体した姿だ。
図体はでかくとも、蠢く無数の触手が邪魔していては迂闊に懐へも飛び込めない。
「気をつけて!あいつら、どっちも妙な能力を持っているわッ」と叫んだのは、タンタンだ。
かつてB.O.Sが存在していた頃、人のなりをしていたSドールと戦ったことがある。
彼女がひとたび甲高い悲鳴をあげれば、割れるほどの痛みが脳を襲い、動きがとれなくなってしまう。
防ぐ方法は、ただ一つ。Sドールを倒す、それだけだ。
Aドールも同様におかしな力を持っていたと、ウィンキーから聞かされている。
人の心に忍び入り、思うがままに操ってしまう能力だ。
縦横無尽に動き回る触手だけでも厄介なのに、鉄壁の鱗防御はMSの攻撃をも弾き返す。
加えて奇妙な能力まで持っているんじゃ、並のMSでは太刀打ちできないではないか。
――否。
たとえ、どれだけ強大な敵だったとしても、生き物であることに代わりはない。
「疲れを誘え!攪乱しろ!!」
リオは仲間へ指示を出し、自らも走り出す。
「腹から生えている奴、あいつを先に潰すんや!同士討ちだけは勘弁やで!!」
ウィンキーも叫び、向かってきた触手を払いのけた。
「潰すのは疲れさせてからで充分よ!」
タンタンが叫び返して、リオの背中をパンパン叩く。
「リオ、馬の脚力をあいつらに見せておやり!醜い短足をもつれさせてやんのよっ」
言われるまでもなく、そのつもりだ。
そう答える代わりにリオは身を屈めて、弾丸のように突っ走る。
襲い来る触手の隙間をかいくぐり、近づいては離れ、近づいては離れの走行を繰り返す。
総合戦力では、自分は十二真獣の足下にも及ばないだろう。
まともに戦ったところで、巨大MSの体に傷をつけられるかどうかも怪しいものだ。
自分の役目は決まっている。攻撃すると見せかけて、奴の体力を奪ってやる。
「シェイミー、タンタン、万が一を考え、お前達は降りていろ。遠く離れた場所で様子見するんだ」
「この混戦の中で降りろって、無茶言わないでよ!」
例によってタンタンは文句を言うが、シェイミーは違った。
「ボクたちが乗っていると、囮役に支障が出るんだね。わかった、タイミングを見計らってウィンキーの上に飛び乗るよ」
「ちょっと!?あんたがやるのは勝手だけど、あたしまで巻き込まないでよ!」
タンタンの前足に軽く触れ、シェイミーはニッコリと微笑んだ。
「大丈夫、あなたはボクに捕まっていて。ボク、動く場所から飛び移るのには慣れているんだ」
「本気なのォ!?」
砂埃が立つほど、全員がめまぐるしく動き回っている。
こんな処で飛び降りるのは自殺行為に等しい。
だが、その中で一人だけ立ち止まっている者がいた。ウィンキーだ。
巨大猿と化した彼は皆のように機敏な動きが出来ない代わり、触手の猛攻を片手で払いのけている。
目の前の敵と互角の大きさなのも、ウィンキーただ一人。
彼の上に飛び乗ったら飛び乗ったで、今とは違った意味で危険な目に遭いそうなのだが……
しかしシェイミーは飛び移る気満々、リオも巨大MSの懐へ飛び込む気満々のようである。
もはや何を言っても無駄だと腹をくくったのか、タンタンはシェイミーにぎゅっと抱きついた。
再びシェイミーは微笑み、あとは飛び降りるタイミングを計るのに集中する。
急ダッシュ、急ブレーキ、急ターン。
突っ込んでくる触手を低くかわして、仲間とスレスレに行き違いながら、反対方向まで駆け抜ける。
一度でも見誤ったら終わりだ。自分はともかく、タンタンを巻き添えにするわけにはいかない。
再び走り出した馬の直線上にウィンキーの背中を見留め、シェイミーは勢いよく空中へと飛び出した。
「それっ!」「んぎゃあ!!」
シェイミーがウィンキーの背中にしがみつくのと、触手が彼の頬を薙いだのは、ほぼ同時だった。
かすった程度でもシェイミーの頬は切れ、血が垂れてくる。
痛みに顔を歪めながらも、座り心地の良い肩まで這い登ったところで、ようやく彼は息をつく。
「……もう大丈夫だよ」
頑なに両目を瞑ったタンタンを揺さぶると、彼女は目を開けるや否やキンキン声で尋ねてきた。
「あ、あんた血が出ちゃってるじゃないの!大丈夫!?」
「耳元で怒鳴らんといてぇや!静かに乗っとき!?」
即座にウィンキーには怒られて、二人ともヒャッとなる。
「ご、ごめん……」と、ついつい押され気味なタンタンに、シェイミーが小さく答えてやる。
「このぐらいの傷なら大丈夫。それに触手にやられた皆は、もっと痛い思いをしているんだ。この程度の傷で、ボクが泣き言を言っちゃ駄目じゃないかな」
「でも、痛い時は痛いって言っていいんだからね?」とタンタンも小声で返し、ぎこちなく微笑んだ。
「もちろん戦えなくなった時は、ちゃんと言うよ。だからタンタンもウィンキーも、無理だけはしないでね」
シェイミーの言葉に、次々と迫る触手を打ち払いながらウィンキーが怒鳴り返す。
「アホ言わんとき?今無茶せぇへんで、いつ無茶すりゃエェねん。無茶でもせなぁ、あいつらにゃー勝てへんで!」
「無茶して負けるよりは、いったん逃げて再戦した方がいいよ」とシェイミーも言い返し、前方を見据えた。
シークとやらを探しに行った二人は、まだ戻ってこない。
でも、二人の勝利を信じよう。
ボク達に出来るのは、今ここで巨大MSを倒すこと。
その為にもウィンキーの言うとおり、多少の無茶は必要だ。命に関わるほどの無茶は、しないにしても。
「ウィンキー、まずは、お腹の顔を先に倒すんだったよね!なら、あいつの側まで近づける!?」
ウィンキーに尋ねると、彼も目を細めて前方を見やる。
「近づくだけなら出来んこともないやろけどな、他の仲間を踏みつぶすかもしれんで?」
「踏みつぶさないよう行くに決まってんでしょ!」
即座にタンタンには耳元で突っ込まれ、ウィンキーが顔を顰める。
「せやから、耳元でキーキー怒鳴るなっちゅーとるやん!」
「キーキー怒鳴って悪かったわね!」
今度はタンタンも調子を取り戻し、続けて怒鳴った。
「あっ、危ない!」
「危ないこた、あらへん!」
注意はウィンキー自身の声と重なり、彼の顔面に当たろうかという寸前で触手がバシッと跳ね返される。
「おしゃべりしとっても前方は見えとる、安心しぃや」
大猿の肩越しに地上を見下ろし、シェイミーは考える。
相変わらず砂埃で視界が悪い。皆が攪乱のために走り回っているせいだ。
巨大MSへ近づくだけなら簡単だろう。走り回る仲間を踏み潰して、最短距離で中央に出ればいい。
しかし仲間を避けながら近づけと言われたら、いかなウィンキーでも苦戦は免れない。
同士討ちを避けた上で奴へ近づくには、大きく迂回するしかない。
だが彼を今、前戦から外すのは愚行と言えよう。襲い来る触手の大半は、彼が引き受けているのだから。
「……じゃあ、触手を掴むことはできる?」
「ちょっとアンタ、何考えて」
「触手の上を綱渡りするんかいな?」
タンタンとウィンキーの質問がハモり、シェイミーは笑って頷いた。
「言ったでしょ?動いている場所から飛び移るのは得意だって」
「ホンマかいな!?せやけど――」と言いかけるウィンキーを制し、一転して真面目な顔に戻る。
「ウィンキーも言ったじゃない、無茶しなきゃ勝てない相手だって。それに皆を巻き添えにしないで近づくには、この方法が一番近道だよ」
「シェイミー、あんた……」
タンタンも絶句する中、シェイミーは彼女と大猿を交互に見据え、説き伏せる。
「二人とも、ボクを信じて。出来ないことを出来ると言えるほど、ボクは無謀な人間じゃないつもりだよ」
ややあって、ウィンキーが溜息をつく。
「判った、やったるわい。触手を捕まえるだけでエェんやな?」
「うん」とシェイミーは頷き、肩先から首筋へと移動した。
「後はボクに任せて」
「いやいや、シェイミー、なんだかお前がオレらのリーダーみたいやなァ〜」
ウィンキーの軽口には、たちまちタンタンが血相を変える。
「なんですってェ!?ウィンキー、それっ、あたしに対するアテツケなの!?」
「だって、そやろ?あんなデッカイ敵の近くに走り寄るなんざぁ――よっと!」
話途中で飛んできた触手を握りしめ、ぐいっと引っ張り引き寄せる。
「いったれェ、シェイミー!」
「うんっ!」と弾丸よろしく桃色の兎が触手の上を走り抜け、一気に獅子MSの体を駆け上る。
「あんなデカブツの近くに寄ろうなんざァ、タンタンは死んでもお断りやろ?」
「あ、当たり前よ……っ!」と頷いたものの、タンタンもシェイミーの動きには目が離せない。
「クッ、このぉッ!」
飛び乗ってきた兎の存在に気づいたSドールが触手を振り回すも、狙いは寸前で外されAドールに当たる。
「痛いッ、やめろ、馬鹿!」
悲鳴をあげるAドールに、Sドールが喚き立てた。
「えぇい、かみ殺してしまえ、そんな奴!」
だがしかし、相手は自分の何十分の一にも満たない小さな兎だ。
そいつにチョコマカ体の上を走り回られては、いくらAドールが鋭い舌を持っていても捕捉しきれない。
シェイミーをねらった触手は全て獅子MSの体へ突き刺さり、Sドールも悲鳴をあげた。
「くそっ、このチビムシが!弱いくせにウロチョロとッ」
「小さいからってボクを侮るな!」
ぎりぎりで触手をかわし、シェイミーも踏ん張る。少しでも気を抜いたら、地上へ振り落とされてしまう。
「小さい体には小さい体なりの戦いかただって、あるんだ!」
ウォォォッと地上からは歓声が上がる。仲間もシェイミーの活躍に気づいたのだ。
「シェイミーの頑張りを無駄にするなッ」と怒鳴るリオへ、後方からは指示が飛ぶ。
「ただ闇雲に走り回るだけでは向こうの体力が尽きる前に、こちらの体力も尽きてしまいます!彼女たちの動きそのものを封じなさいッ!あなた達にならば、それが出来るはずです!!」
なんと、怒鳴っているのはサリア女王じゃないか。
傍らの葵野が投げてよこしたものを、リオは己の首にひっかけ受け止めた。
「……ロープ?なるほど……これで奴の足を絡め取れと、そう言いたいのか」
そうと判るや、機転は早く。リオは側を走る仲間の何人かを促した。
「おい皆、手を貸してくれ。こいつで奴の足を絡めて、転倒させる」
「よしきた、やってやろうぜ!」
口々に声を揃え、仲間がロープの端を咥える。ロープは全部で四本ある。
端と端を咥えた両者が、お互い反対方向へ走り出せるぐらいの長さと強度もありそうだ。
先ほどと同じように走り回るフリをして、絶対に何を狙っているのか悟られないようにしなければ。
「――サリア?サリア・クルトクルニアだと!?平和主義の女王様が、何故戦場へやってきた!」
彼女を見つけて吼えるSドールに、怪物に跨ったサリアも毅然と返す。
「ここは戦場では、ありません!わたくしの国、サンクリストシュアです!!」

ここまで来れば、妙なマグマも吹き出してこない。
首都から少し離れた裏手の森で、坂井とゼノは立ち止まる。
「もう、終わりだな」
坂井の呟きに、追ってきたシークが眉をひそめる。
「なんだ、死ぬ覚悟を決めたのか?」
「そうじゃねぇよ」と、ふてぶてしい笑みで返すと坂井は一気に吐き捨てた。
「テメェが年貢の納め時だってんだ。テメェだけじゃねぇ、ジ・アスタロトもトレイダーも!」
「言ったな……だが、マグマを封じた程度で私に勝てると思うな!」
「勝てるさ」
そう答えたのは、坂井じゃない。ゼノだ。
いつの間にやら人の姿に戻った彼は、大剣を構える。
「何故変身を解いた?」というシークの質問は真っ向から無視し、坂井へ囁きかけた。
「持久戦は時間の浪費だ。一気に仕掛ける」
「あぁ」
だが、どうやって?奴の衣はMSの力でも、びくともしなかった。
それにマグマは封じても、シークにはまだ光線がある。
あの光の渦だって一撃必殺とまではいかなくても、思い出すだけで額の火傷が疼いてくる。
「光線を俺の剣で弾き返す。お前は、その一瞬の隙を突いて奴の顔面を食いちぎれ」
「お、おぅ……?」
頬を流れる緑の血を思い出し、しかし、と坂井は首を傾げる。
いくら不意を突くといっても、シークとて、むざむざ顔面を噛みつかせてくれるだろうか?
一番最初は油断もあっただろうが、二度も三度も油断をしてくれる相手ではあるまい。
「この武器の性能を知るのは俺とシェイミー、そしてプレイスだけだ。お前達にも教えていない武器の真価を、今、見せてやろう……!」
「武器の真価?それって、三段階に形が変わるのがウリだったんじゃねぇのかよ」
だが答えを聞く前に「うぉっとぉ!」と叫んで坂井は、真後ろへ飛び退く。
先ほどまで彼のいた場所には大きな穴にえぐり取られ、シークが次の刃を生み出した。
「おしゃべりは、そこまでだ!二人揃って地獄へ堕ちよ!!」
「チッ!」と舌打ちを最後に、次から次へ襲い来る光の刃を避けるだけで坂井は精一杯。
「……形の変化など、子供だましに過ぎん」
一方のゼノにも光の刃は飛んできたが、彼がよける気配はない。
「ゼノ、危ねぇッ!避けろォ!!」
坂井が叫ぶのと、チカッとゼノの剣が光ったのは、ほぼ同時で。
「デスアーム」
ぼそりと呟いたゼノの全身を鎧が覆い尽くし、光の刃は四散した!
それのみならず「何ィッ!?」と驚いたシークは次の瞬間、瞬時に間合いを詰めてきた黒い馬に激しいタックルを食らって、地面を嫌というほどバウンドする。
「坂井、何をやっている?攻撃の手が遅れたぞ」
「わ、悪ィ……」
呆然と成り行きを見守ってしまった坂井も我に返り、ゼノを見る。
彼は――変身していた。
剣を鎧に替えた瞬間、彼もMSに身を変えて鎧ごと、ぶちかましたのだ。
剣と鎧は変身していても使えるものだったのか。
てっきり、人の姿の状態でしか使えないとばかり思っていたのに。
こんな事も出来るなら、何故今までやろうとしなかったんだ?
変身したくない理由は前に聞いた。
人として生まれた以上は人として戦うことに意義があるからだと、彼は言っていた。
「やれるのにやろうとしないってのは、やれないよりも悪質じゃねぇのか!?」
怒る坂井へ、淡々とゼノが謝る。
「……そうだな。その点は、認めよう。俺は長い間ずっと臆病だった。MSの能力に頼った戦いを続けたら、人に戻れなくなるのではないかと……それが怖かった」
だが、と立ち上がってくるシークを睨みつけたまま、こうも続けた。
「MSの能力も俺という人間の一部分である事を、俺は自分で認めなくてはいけないのだ。そうでなければ、この戦い。勝つことなど出来はせんッ」
「その通りだ。よっしゃ、次は俺も戦うぜ!お前は光線を何とかしてくれさえすりゃあいい」
「そうしたいのは山々だが、次はお前を集中で狙ってくるぞ」
俄然やる気の戻った坂井へゼノがポツリと突っ込んで、その突っ込みを図星とするかのように、これでもかという大量の刃が坂井めがけて降り注ぐ。
「集中攻撃、大いに結構!」
対する坂井も気持ちの上では負けちゃいない。口の端を歪め、一歩も逃げずに刃を迎え撃つ。
「俺一人に集中すればするほど、もう一人への攻撃がおろそかになるんだからなッ。俺が無理ならゼノ、お前が代わりに突っ込みゃ〜いい!」
「承知!」
体のあちこちを切り裂かれ、黄色と黒の毛ならず鮮血まで撒き散らしながら、坂井はまっすぐ突っ込んでゆき。
彼と平行してゼノもまた、徐々にシークとの間合いを詰めていく。
やがて二つの線が混じり合う、その一点において、シークのあげる断末魔が、森中に響き渡った。

一方、砂埃の舞う広場では。
「くそっ、小兎だけかと思ったら、こいつら全員がチョコマカと!」
「痛い、痛い痛いッ、Sドール、こいつを何とかしてェ!」
始まる前は劣勢かと思われていた戦いは、意外やサリア軍が押していた。
リオ及び足の速い連中が獅子の足下を走り回り、シェイミーは単騎で懐に飛び込むと、Aドールの顔へ嫌というほど噛みついてやった。
むろん大した傷にはならないが、おかげで厄介な舌攻撃も、そしてあの特殊能力も封じている。
「よっしゃ、あとは上の頭を潰せば完璧や!」
無数の触手、その大半を引きつけているのは大猿ことウィンキー。
一人だけ体の大きな彼は格好の標的だったが、反面、格好の囮でもあった。
ウィンキーとて、ただデカイだけが取り柄のMSではない。
十数匹のMSをまとめて片付けられる腕力なら、飛んでくる触手を払いのけるのも造作ない。
だが、突っ込もうとする皆を制したのは、敵の体に飛び乗ったシェイミーだ。
「待って!もう一つ、背中のほうに頭がある!」
「背中ァ?」
「背中にも頭があんのかいっ!」
タンタンとウィンキーがハモり、シェイミーも頷き返す。
「この頭、もしかして……うわぁっ!」
すぐさま身を屈め、飛んできた何かを間一髪でかわした。
「大丈夫かいな、シェイミー!」
慌てるウィンキーへ「なんとか!」と答えて、もう一度シェイミーは獅子の背中を見下ろした。
背中から生えている頭、よくは見えないが、もしかして鼠の鼻面ではあるまいか?
見え隠れするのは灰色のシルエット。長いヒゲが風で揺れていた。
Sドールが背中の顔をどやしつける。
「痛いじゃないか、Dドール!あたしの体に吐きかけてどうするんだい、ちゃんと狙いな!」
Dドール?Dドールとは何者だ。背中の頭が、それに答える。
「ゴメン、狙ったつもり、だけど……動き、素早くて……外した」
背後にまわって項垂れる灰色の頭を見た瞬間、リオの脳裏に、とある少女の姿が浮かび上がる。
「まさか……まさか、レクシィ?レクシィなのか!?」
「レクシィだって!?」と驚いたのは、後方の葵野だけじゃない。
シェイミーもウィンキーも、そして彼女を知る誰もがリオの叫びに仰天する。
「えっ、でもレクシィは友喜と一緒にいたはずだよ!なのに、どうして!?」
訝しがるシェイミーへ答えたのは、リオではなくて当の本人だった。
死角にいる敵に向かって鼠頭が叫ぶ。
「レクシィ、死んだ!一度、死んだ……死んでショーコやエイコと一体になった!」
「ショーコ?エイコ?それが、この獅子の名前なの!?」と、シェイミー。
レクシィは答えず、再び何かを吐き出した。
「知る必要ない!ここで死ぬ人にはッ」
「うわっ!」と叫んで、またもシェイミーは身を翻す。
よけたついでに足場をなくして、獅子の上から落っこちた。
「うっ……うわぁぁぁ――ッ!!」
「うぉっとぉ!」
すぐさま猿の手でキャッチされ、あわや皆に踏み潰される惨事を免れる。
「気ィつけぇな、せやけど、おかげで敵の全貌が見えたわ。潰さなアカン頭は全部で三つ!」
「そうだ。そんでもって俺たちが倒さなきゃいけない相手は、もう、コイツ一人だけだ!!」
猛獣の上から身を乗りださんばかりにして「坂井!」と葵野が叫ぶのを合図として、獅子の足下を走り回っていたリオが号令をかけた。
「今だ、引けェ――――――ッ!!!!!!
四方向に散らばった面々が一斉にロープを引っ張り、そいつに足を引っかけた獅子MSは、たまらずバランスを崩して、よろめいた。
「ぬあっ!こ、この雑魚どもがァッ!」
そこへ、間髪入れず。
「雑魚やあらへん!オレらは、この世界を守る者!真・レヴォノース軍団やぁッ!!」
大猿の張り手がSドールの顔面を捉え、地響きとともに獅子MSは横倒しとなった。

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