DOUBLE DRAGON LEGEND

第七十八話 サンクリストシュア攻防−1


西の首都・サンクリストシュア。
桃色の鬣をなびかせ、巨大な生き物がポツリと呟く。
「来ますわ、最後の十二真獣が」
一時は大砲の出現で奪還できるかと思われたが、相手はMS化した坂井を倒すほどの強敵である。
人々も、そして大砲も合体ドールの手によって粉々に砕かれ、再び首都は無人と化した。
「葵野力也と坂井達吉……マスターを苦しめた悪い男達ね」
巨大生物の腹から生えた首が、それに頷く。
首都を占領した巨大な獅子MS。
その正体は、かつてトレイダーが作り出したMSの二人、SドールとAドールの融合した姿であった。
――いや、融合したのは二体だけではない。
背中には新たに、もう一つ頭が飛び出ていた。坂井が戦った時には、なかった物だ。
鼠の形をした頭は、ギョロリと目を剥き鼻先をひくつかせた。懐かしい匂いが近づいてくる。
「……クル……!」
遠くから鬨の声が響き、続いて地鳴りにも似た大勢の足音。
聞こえるのは、そればかりじゃない。足音に混ざって、かすかな歌声も聞こえる。
黒い軍団は見る見るうちに近づいてきて、遠目にも、それが一人一人のMSであると判る。
獅子は口元を歪めた。
「ホホッ、力では勝てないから援軍を頼んだようね」
「何が来ても、何度来ても私達には勝てない。それを判らせてやる必要がある」
腹の首が応え、カッと大きく口を開く。
直後、口から吐き出された光線が、黒の軍団目がけて放たれた。
だが光線が当たるかという直前、黒い絨毯は、さぁっと二手に分かれる。
大きく取り囲む形で、なおも押し寄せてくる。ある者は空を飛び、ある者は地を駆けて。
誰一人、怯えて背を向ける者などいない。
歌だ。先ほどの歌が彼らに勇気を与え、臆病な心を吹き飛ばさせた。
先頭を走る黒馬の背で、誰かが叫ぶ。
「見つけたわよぉっ!さぁっ、皆!あの化け物を、ちゃっちゃと退治しちゃいましょ!」
「この声は……!」
SドールにもAドールにも、そして背中の鼠頭にも聞き覚えのある声だ。
馬の背中に二体の小さな兎の姿を見つけ、Sドールが吼える。
「小癪な!シーク、あなたも手を貸しなさいッ」
それを聞きとがめ、タンタンは眉を潜めた。
「シークゥ?誰よ、それ」
首都を占拠しているのは巨大な獅子MSだと、葵野からは聞かされている。
もう一匹いたなんて、初耳だ。
走りながら、ゼノが言う。
「誰であろうと、何がいようと、俺達は前へ進むだけだ」
「そっ……そうよね!期待してるわよ、ゼノッ!」
安堵するタンタンの横では、もう一匹の兎、シェイミーが訝しげに前方を見やる。
見えるのは巨大な獅子MSだけ。シークと呼ばれた者は、どこに潜んでいるのか?
「気配は……感じる?」
ゼノに問うと、彼は小さく頷いた。
「あぁ。隠しているつもりのようだが、完全には消えていない。奴は獅子の後方に潜んでいる」
獅子が待ち構えているのは大通りを抜けた先の広場だ。
シークとやらは更に向こう、王宮にいるようだ。
「俺は先行する。シェイミー、お前はタンタンと共にリオの背中へ飛び移れ」
「えっ?でもゼノ、一人じゃ危ないよ!」
ゼノの発言にはシェイミーも心配し、タンタンがキーキー怒鳴りつける。
「そーよ、そーよ!それに、飛び移れって無茶言わないでよ。皆に踏みつけられんのだけは御免だわ!」
「無論、一人でいくつもりはない」
チラリと後方へ流し目をくれてゼノが言い返す。
後ろをピッタリつけてくるのは、黒と黄色の縞々。坂井だ。
彼も王宮から放たれる気配には、気づいているはずだ。獅子よりも巨大な殺気を。
「じゃあ、坂井と二人で?」
尋ねるシェイミーへ、「あぁ」とゼノが頷く。
「ジョーダン言わないでよ!」
タンタンだけが必死に反発したが、もはやゼノの耳には届いておらず。
「そう……気をつけてね。絶対に無理だけは、しないで」
潤んだ瞳の恋人に念を押され、黒馬は頷いた。
「勿論だ。お前を置いて先立つ気はない」
「ちょっとォ!あたしの話も聞きなさいよッ。二人だけの世界作ってんじゃ、キャァッ!」
ヒステリックに騒ぐタンタンの罵声は途中で途切れ、馬の背から乱暴に振り落とされた二匹の兎は間髪入れず、後方を走ってきたリオの背中に着地する。
後を振り返らずに黒馬、そして、すぐ後方を走る虎のスピードが増す。
「ゼノ!死なないで、絶対だよ!」
リオの背中から乗り出して、叫ぶシェイミー。
その横ではタンタンが、ぺたんと座り込んで心臓の辺りを強く押さえる。
今のは、本当に不意討ち行動だった。その証拠に、今も彼女の心臓はバクバクいっている……
二、三度深呼吸してから、タンタンは怒鳴った。
「あっ、あっ、あっ……あっぶないじゃないのよォォッ!!
「タンタン、落ち着いて」
宥めるシェイミーにも、タンタンは青筋立てて噛みついた。
「落ち着いて、じゃないわよ!落ち着けるわけないでしょ、死ぬかと思ったじゃない!」
争う二人へ「しっかり掴まっていろ」と声をかけたのは、リオだ。
ゼノが何をするのかを悟り、走るスピードを速めたのは正解だった。
もし受け止め損なっていたら、押し寄せる仲間に踏みつけられて、戦う前から二つの戦力を失っていた処だ。
早くも、先頭のゼノと坂井の前には獅子が迫る。
「通り抜けようったって、そうはいかないよ!」
無数の触手が襲いかかるも、坂井は真横へ飛び、ゼノは走る速度をあげて、これをかわす。
真横を擦り抜け、坂井が怒鳴った。
「てめぇの相手は、リオがしてくれるぜ!」
「あの時のウマ野郎か、なら恐るるに足りないねぇッ」と叫んだのは土手っ腹の首、Aドール。
かつて、彼女の能力の前にリオは理性を失っている。
催眠で操られ、命よりも大切な女性へ襲いかかるという失態を犯した。
足下を駆け抜けて、ゼノが坂井の横へ並ぶ。
「リオは前にも戦ったことがあるのか?奴と」
「あぁ」と頷き、だが、とも坂井は続ける。
「あの時より、あいつは強くなった。今度も同じ結果で終わると思ったら大間違いだぜ」
駆け抜ける二人を追わず、獅子MSは黒い集団を待ち受ける。
どうせ、奥へ向かった二人の目的はシークだろう。なら、奴らの捕獲は彼女に任せればいい。
それよりも、今は――
「雑魚が大勢でゾロゾロとッ!」
大気を震わせる怒声にも、彼らが怯んだ様子は伺えない。
それどころか、リオの背中へ乗り換えたタンタンが生意気にも指をビシッと突きつけてきた。
「あたし達が雑魚かどうかは、戦ってみれば判る事よ!戦いもしないうちから侮っていると、後悔するわよ!?」
「戦えもしない奴が、偉そうにッ!」
風を切って飛んでくる触手を紙一重で避けきると、リオの号令で軍団が獅子MSへ突進する。
「皆!俺に続けッ」

先行したゼノと坂井は、難なく王宮まで辿り着く。
美しく輝いていた白い宮廷は見る影もなく、血と煤にまみれて無惨な風体を晒していた。
「……こんなの、サリアには見せらんねぇな」
坂井の呟きにゼノは肯定するでも否定するでもなく、油断なく辺りを見渡した。
肌へ突き刺さるほどに、鋭い殺気が飛んでくる。
この建物の何処かで、シークと呼ばれる者が息を潜めて様子を伺っているのだ。
「出てこい、ここに隠れている奴!」
坂井の呼びかけへ応じるかのように、城の天辺が大きく揺れる。
壁が内側から爆発し、降り注ぐ破片に混ざって急降下してきた何者かの一撃を、坂井はすんでの所でかわす。
「ナニモンだッ、てめぇ」
大きく後ろへ飛びずさり、坂井は改めて相手と向かい合った。
降りてきたのは女だった。それも、人型だ。
白く輝く衣を身に纏い、金色の長い髪は緩くウェーブを描いている。
美しい。美しいが、しかし人としての生気を感じられない。
暖かみのない青い瞳は、まるで作り物のようだ。
「お前がシークか?」
ゼノの問いに、凛として女が答える。
「そうだ。私の名はシーク。ケンモチが愛した唯一の女にして、十二真獣の祖となる者」
「十二真獣の祖、だぁ?」
訳のわからない自己紹介に、虎の尻尾がピンと立つ。
こいつの言い分が本当だとすると、当然、普通の人間ではあるまい。
元祖だと言うのなら、千年以上生きている十二真獣よりも長生きしているということになる。
それにケンモチって、誰だ?
ここで切り出してくるからには重要な人物なのだろうが、坂井にもゼノにも心当たりがない。
友喜か司がいれば何か判ったかもしれない。だが、いない人物を頼っても仕方あるまい。
「テメェが何の祖だろうと、俺達には関係ねぇ!刃向かう奴はブッ潰すだけだッ」
牙を剥きだし坂井が威嚇する。対角へ移動したゼノもまた、低い姿勢で身構えた。
「気をつけろ、坂井……!首都へ配置された以上、こいつも創造MSなのは間違いない」
「あぁ、こいつからはプンプン臭ってきやがるぜ」
口の端を歪めて呟いたかと思うと、地を蹴って坂井が飛びかかった。
「トレイダーの匂いがなぁッ!!」
そいつを、ゆらりと最小限の動きでかわすと、今度はシークが打って出る。
衣の裾から放たれた光の刃が坂井へ向かって一直線に飛んでくる。
スレスレでかわすと、坂井は再びシークの懐を狙って飛び込もうとするが、新たな刃の出現には後退を余儀なくされた。
光の刃はシークが衣を揺らすたびに出現する。
そうと判ったゼノが横合いから飛びかかり、シークの衣へ噛みついた。
「いいぞ、ゼノ!引き破っちまえ!」
坂井が叫び、ゼノも引き裂こうと引っ張ったのだが。
――堅い!
遠目には絹の柔らかさに見えた衣だが、いざ触ってみると鋼鉄の如き歯触りだ。
衣もシークの体の一部なのか?それとも、彼女に託された武器の一つだろうか。
考え込んでいる余裕はない。シークの頭上には、早くも光の渦が生まれている。
そいつをブチ込まれたら、如何にゼノが十二真獣といえど無事では済まないだろう。
「無駄な抵抗すんなァッ!」
ゼノが再び衣を引っ張るのと坂井が飛びかかったのは、ほぼ同時だった。
次の瞬間には鮮血がパッと飛び散り、シークが高く空へ舞い上がる。
シークの頬から流れ落ちる血は緑色をしていた。
かつてのドールシリーズ同様、やはり彼女も普通のMSではなかったようだ。
「サカイ……タツキチ。我がマスターの野望を遮る、憎むべき障害!」
睨みつけてくるシークに、坂井も、ふてぶてしい笑みを返す。
「やっぱ、てめぇのマスターはトレイダーだったか。言えよ、奴は何処にいる!?ジ・アスタロトの本拠地か?」
憎悪の炎を両目に宿したシークが叫ぶ。
「行かせない……マスターの元へ、お前だけは行かせない!!」
醜く歪んだ表情は嫉妬からくるものか。
だとしたら、彼女も一人の人間なのだとゼノは思った。
トレイダー・ジス・アルカイド。
他人経由の話でしか知らない相手だが、シークには唯一無二のマスターであり、同時に守るべき対象だ。
そして葵野には姉の仇であり、中央国の民には憎むべき旧敵でもある。
一体どのような男なのだ。
シークのような創造MSを次から次へと作り出し、先代の神龍をも手にかけたトレイダーという男は。
鋼鉄の衣は、残念ながら馬の顎をもってしても引きちぎれなかった。
だがゼノとて、ただ黙って解放してやるつもりはなかった。
だらんと垂れ下がったシークの右腕からは血が滴っている。頬と同じく、緑の血だ。
「服は堅くても、皮膚は人並みってか」
ならば、こちらにも勝ち目はある。
飛んでくる光線は厄介だが、創造MSとて生き物であることには違いない。
どんな生き物にも必ず体力の限界は訪れる。持久戦に持ち込めば、光線を封じられるかもしれない。
「波状攻撃でいくぞ、ゼノ」
「あぁ」と頷くゼノへ、坂井はつけたした。
「だが、無理はするなよ」
単身で無茶ばかりやらかしてきた男に心配されるとは。知らず、馬の口元には笑みが浮かぶ。
「あぁ……お互い、な」
言うが早いか、二人は左右へ散開する。
どちらを攻撃するか一瞬の迷いが生じたシークへ最初に飛びかかったのは、やはりというか坂井だ。
鋭い牙の猛攻を衣で防ぎ、シークが反撃に出る。
いくつもの光の渦が坂井目がけて飛んでくる。
そいつを引き連れ坂井は後方へ走り出し、今度はゼノがシークへ向かって突進した。
頭からの猛タックルにはシークもよろめき、たまらず上空へ逃げようとするが、そうは問屋が卸さない。
「逃がすかッ」
頑丈な鎧は、時として逃げる障害にもなり得る。
ゼノに衣を噛みつかれ、おまけに下から引っ張られては、上へ逃げようにも逃げられない。
そこへ、光の渦を引き連れたまま反転した坂井が突っ込んできた。
「そぉら、お返しだッ!」
叫ぶや否や、渦もろともシーク目がけて体当たり。
バチバチと激しい光が目の前で瞬き、ゼノも思わず目を細める。
坂井は、無事なのか――?
ゼノが心配するまでもなく坂井はすぐに距離を取り、シークも坂井から間合いを外して後退した。
坂井の額、そしてシークの腹には双方、丸い焼け跡が浮かんでいる。
恐らくは光の渦、あれがぶつかった時に出来た火傷だろう。
随分と派手にぶつかったにしては、意外やダメージの少ない攻撃であったらしい。
坂井が吼える。
「結局てめぇらは、不意を突かなきゃ俺達には勝てないんだ!」
「黙れ……黙れェッ!!」
憤怒の表情を更に醜く歪ませ、シークが次々と光線を飛ばしてくる。
だがゼノも坂井も当たってやるほど、お人好しではない。
逆に光線を飛ばせば飛ばすほど、シークの顔には疲労が色濃くなってゆく。
寸前まで引きつけて光線をかわしながら、しかし奇妙な違和感を坂井は覚えていた。
おかしい。トレイダーに作られた創造MSにしては、攻撃が単調すぎやしないか?
先に戦ったミクリーヤも全く手応えのない敵だった。
あくびの出るような直線攻撃ばかりで、あれなら以前戦ったネオドールのほうが、よっぽど強敵であった。
トレイダーのMSアイディアも、とうとう底が尽きたのか。
或いは、まだ何か隠し球をシークは持っている?
「――おっと!」
戦いの場で考え事は危険だ。かわし損ねて、黄色い毛が何本か飛び散った。
「坂井!」と心配するゼノへ「大したことねぇよ!」と怒鳴り返してから、坂井はシークを挑発する。
奴が何かまだ能力を隠しているのなら、早めに出させておきたい。
「ハッ、トレイダーの創造MSっつぅから、どれだけ強いのかと思っていたら、とんだ拍子抜けだぜ! てめぇがその程度の実力じゃ、トレイダーの頭脳ってのも、案外大したことねぇんだな!」
挑発の威力たるや、見るも露わなもので。
先ほどまでの比ではない。
並の者では当てられただけで気絶しかねないほどの殺気が、前方で膨れあがる。
「……やっと本気になりやがったか」
坂井もゼノも並の者ではない。それでもゼノの全身は総毛立ち、坂井は大きく身震いした。
「マスターを馬鹿にする者は、生かして返さぬ!!」
カッ!とシークが目を見開いたかと思うと、目映い光が辺りを焼き尽くす。
続いて地表からの熱気に、ゼノと坂井の双方は目を見張った。
地面が割れて、湯気と共に噴き出したのは真っ赤なマグマ。
その一部が意志でも持っているかのように飛んできて、坂井とゼノは慌てて飛び退く。
ジュッと焦げる音、そして嫌な匂いを立てて、燃える液体は道路に黒い染みをつける。
「おい、無茶すんな!」と怒鳴ったのはシークへだが、もはや彼女は誰の声も聞いていない。
双眸は怒りの炎で彩られ、それは真っ直ぐ坂井だけを睨みつけている。
「マスターへの手土産には……貴様の屍を献上してくれるわッ!!」
噴き出すマグマ、飛んでくる光線の二段攻撃。
それらを、いつまでも避け続けられるとは、坂井も当然思っちゃいない。
攻撃が始まると同時にゼノへ目配せを送り、ゼノも頷くと踵を返す。
「待て!逃げるのか!!」
叫ぶシークへは振り返らず、全速力で走りながら坂井が怒鳴った。
「そう思うなら、追ってこいよ!ただし、てめぇのバトルフィールドが王宮しかねぇってんなら諦めるんだな!!」
どんな仕掛けかは判らないが、全ての大地を沸騰させられるほどの能力では、あるまい。
そう読んでの行動だ。
奴が誘いに乗ってくれるかどうかは一抹の不安もあったが、逆上したシークは素直に追ってくる。
あれだけ激しく噴き出していたマグマの熱気が次第に遠ざかってゆくのを、ゼノも肌で感じていた。
やはりマグマを噴き出させられるのは、王宮周辺だけだったのだ。
ならば敵の有利なバトルフィールドで戦ってやる必要も、あるまい。
逃げながら、坂井とゼノはシークを森の奥へと誘導していく。
シークを引き連れたまま皆と合流するのは危険だ。皆は、獅子MS相手に手こずっているだろうから。

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