DOUBLE DRAGON LEGEND

第四十四話 君の声は届かない


西の首都を焼いた炎も、次第に鎮火されつつあった。
しかし、全ての脅威が去ったわけではない。
東からは、サンクリストシュアを目指して新たな軍勢が近づいてきている。
『ノース・ヴァイヴル』と名乗る謎の軍隊だ。
表向きは首都を襲ったMDの殲滅、となっているが実際は何をしに来るのか知れたものではない。
逃げまどう民衆を森の方向へ誘導し、且つ街を襲う殺戮MSと戦いながら、新生レヴォノース軍は、間もなく到着するであろう彼らとの戦いに備えた……

「パーカー、無事だったか!」
王宮へ駆けつけた司の目に入ったのは、そこかしこに転がる兵士の死体。
血の臭い漂う中を走り抜け、やっと生存者を一人見つけた。
それがサリア女王の忠実なる臣下にして執事、パーカーであった。
「お、おぉ、白き翼様!まさか、こうしてまた貴方様と生きてお会いできようとは……!」
血だまりで腰を抜かしていた老人が駆け寄ってくる。司は油断なく周囲を見渡した。
ここにもミスティルの姿は、ない。代わりに倒れているのは皆、貴族だ。
民を見捨てて、ここに怯え隠れていた者達だろう。
息がないのは一目でわかる。鋭い爪で引き裂かれた跡、MSの所業によるものだ。
「さ、サリア様は、サリア様はご無事であらせられますか?」
パーカーの問いに「あぁ」と頷き、安心させようと司は微笑んだ。
「無事ですよ。僕達の砦で保護しています」
「お、おぉ……ご無事だった……よ、よかった」
サリアの無事を知り、緊張の糸が解けたのか。
ヘナヘナと腰砕けに座り込むパーカーを横目に、司は考える。ここを襲った奴の目的を。
僕達がサリア女王を仲間へ引き込んだことを、パーフェクト・ピースは知っているはずだ。
それでも女王不在の王宮を襲った理由は?
一つしかない。目的はサリアではなく、そこのパーカーだ。
パーカーがサリア女王に最も信頼された臣下なのは、首都の民も知っている周知の事実。
彼を人質に取り、サリア女王との会見でも目論んだ。大方そんな処だろう。
サリアは万が一を考え、彼をここに残していた。だが、最早ここも安全な場所とは言い難い。
パーカーもレヴォノースへ保護した方がいい。人質に取られてからでは遅いのだ。
「パーカー、サリア女王の命令で貴方を迎えに来たんだ」
背中を向ける司へ、パーカーは首を傾げる。
「女王様の?し、しかし女王様は私に残れと命じられたはずですが……」
「状況は刻一刻と変化している。以前はそうでも今は違う」
「そ、それはそうですが」
「さぁ、急いで」
まだ訝しがるパーカーを急かし背中へ乗せると、白い犬は忙しなく羽ばたいた。
サリアが何か行動を起こす前にパーカーを送り届け、彼もろとも本拠地へ縛り付けておかなくては。
女王の気性を、司はよく知っている。
民を愛し部下を愛する彼女が、いつまでも留守番という立場に我慢できるとは思えない。
きっと今頃はサンクリストシュアへ行くと言い張って、待機組の連中を困らせているかもしれなかった。
パーカーを背に乗せた司は、窓から城下町を見下ろす。
街のあちこちでMS同士が火花を散らしている。攻めてきた殺戮MSと、こちらの仲間が戦っているのだ。
敵の数は多いが、こちらだって負けてはいない。それに該や美羽も残っている。
自分が一時離脱したとして、苦戦することはあるまい。
ミスティルの行方も気になるが、今もっと警戒しなければいけないのはサリアの動向と手薄な本拠地。
一応、第二陣を二手に分けて、守りにつかせてある。敵に勘づかれていないと、よいのだが。
「振り落とされないよう、しっかり捕まっていてくれ」
は、はい、と震える返事を背中に聞きながら、司は窓を蹴って大空へ飛び出した。

首都上空にMDの姿はない。
あらかたミスティル率いる飛行部隊が倒してくれたのか。
おかげで司は襲われることなく、ハイスピードで飛んでゆける。
しばらく無言の飛行を続けていたが、やがてパーカーが不意に口を開いた。
「ときに司様」
「ん?何だい、パーカー」
サリアの居ない場所では、司もパーカーに対してフレンドリーな態度だ。
前大戦の英雄である司は、先代サンクリストシュア王の懐刀でもあった。
サリア女王の子守を務めたこともあり、立場で見れば司はパーカーよりも上位にあたる。
「こう戦乱が続くとあっては、サリア女王に跡継ぎがおられないこと……不安に思われませぬか?」
サリアはクルトクルニア王家最後の生き残り。パーカーの心配も判らないではない。
しかしながら彼女はまだ十七か、そこらになったばかりの少女だ。
跡取りの心配をするには早すぎるのでは?
そう突っ込む司に執事は小さく微笑み、胸の内にある想いを告げる。
「司様がサリア様と一緒になって下されば……民も、それを望んでおります」
途端にブッと吹き出し、司は慌てて首を振った。
「ぼっ、僕が?それに、民が喜ぶって?冗談はよせよ、パーカー」
サンクリストシュアはクルトクルニア王家を中心に、絶対平和主義を貫く王国である。
武器を持たず、他国に攻め入らず。何をされようと人を恨まず、MSを差別せず。
そのように王家を導いたのは他ならぬ司本人であり、この世界の為を思っての処置だった。
最後の『MSを差別しない』というのだけは司の思うように進められなかったものの、他の項目は王家統治の元、上手く働いているかのように見えた。
「冗談では、ございませぬ」
おごそかにパーカーが言い返す。
「司様はMSでありながら、何度も我が国を救って下さった英雄でございます。サンクリストシュアの民は皆、貴方様を慕っております。勿論私めも、そしてサリア女王様も」
パーカーに言われずともサリアが自分を異性として慕っているのは、とっくに気づいていた。
それでも司は、女王の気持ちに答えてやることが出来ない。
MSだから、というのではない。
彼自身、心の整理がまだ、つきかねているからだ。
葵野有希。
共に研究所で産まれ、前大戦を戦い抜いた仲間でもある龍の印。
司は有希を、ずっと慕っていた。
姉のように、時には、それ以上の大切な存在として愛した。
彼女の死を知った数年後。
最近になって、ようやく吹っ切れたと思った矢先、有希の記憶を持つ少女が現われた。
少女は友喜と名乗る。先代龍の印と文字違いの同じ読み名だ。
たとえ記憶を共有していたとしても、所詮は他人。
有希とは別人のはずなのに、司は彼女が気になって仕方ない。
第二陣として出発した友喜は途中で本隊と別れて、D・レクシィらと共に本拠地の警備にあたっている。
何事もなければないに越したことはないのだが、司には予感があった。
パーフェクト・ピース或いはジ・アスタロトが手薄な本拠地を攻めてくるのでは、という予感が。
友喜に回復の力はない。彼女本人が言っていた。
自分は記憶を受け継ぎ、龍の力は葵野力也が受け継いだのだ。
その力也だが、彼は未だMSに変身することも出来ず、本拠地での留守番を任せてある。
出がけ、該が葵野と坂井の両名に何かを持ちかけていた。
第二陣に坂井の姿はなかったから、坂井も留守番させるほうに回したのか。
坂井と葵野、そして友喜の三人を分散させてはいけない――
漠然とだが、司は、そう考えるようになっていた。
特に友喜と力也。二人は常に一緒の行動を取らせた方がよかろう。
もし何かのきっかけで、力也が龍の力に目覚めるとしたら、きっかけを作るのは友喜であろう。
二人とも有希の力を受け継いだMSだ。なんらかの関連性は、ありそうである。
そして、坂井。未熟な二人を守るにあたり、彼以上の護衛はない。
「――やぁ、さすがは白き翼様の背の上ですな。もう森を越えてしまいましたぞ」
不意にパーカーの声で現実に引き戻され、司も地上を見下ろした。
考え事をしているうちに、森の上空をも無事に越えたようだ。
追いかけてくる影はない。
パーカーを本陣へ送り届けたら、再び首都へ戻ってみるとしよう。


白き翼がパーカーと共に首都を発って、すぐ、戦場には『ノース・ヴァイヴル』と名乗る新たな参戦者が到着した。
到着するや否や、彼らは無言でMSへ襲いかかる。
それこそ無差別に殺戮MSであろうがなかろうが襲いかかってくる軍団に、該達は確信した。
『ノース・ヴァイヴル』の目的が、首都の救出だけではない……ということを。
「住民の先導、一通り終わりましたッ」
叫んでくる黒猫へ頷くと、該は次の指示を与える。
「奴らの殲滅は俺達に任せろ。疲れてきた者、乱戦に自信のない者は全て、住民の護衛に当たれ」
「了解ですぅっ」
声を張り上げた黒猫が、ひょいっと壁に飛び乗った。
幾つもの影が該を目がけて押し寄せてきて、黒猫の姿など、すぐに見えなくなる。
もはや誰が味方か敵かも判らない。誰もが皆、必死の形相で戦っていた。
MSは全員、鎧兜に身を包んだ『ノース・ヴァイヴル』に斬りかかられ、めった打ちを食らっている。
鎧の中は恐らく生身の人間だろうに、何故MSと対等以上に渡り合えるのか。
そもそも中身は本当に生身の人間なのか?
該は素早く伝達を試みる。
――倒すのではない。鎧を剥げ。奴らの正体を、太陽の元に晒し出せ――
はたして伝令はうまく伝わったのか、一部のMSの動きが一斉に切り替わる。
殺そうと襲っているのは敵のMSだから、無視していい。
鎧を剥ごうと奮闘しているMSを見つけ、該はそちらに加勢した。
「おぅ、ごっつぁんです!」
鎧の隙間に爪をいれようと頑張っていた熊が振り向き、該も彼へ頷くと、身を低く構え、鎧の足下に突進する。
足を取られ、それでも何とか踏ん張った鎧兵に、間髪いれず熊の爪が襲いかかる。
ガッと鈍い音がした。
「おぅっ!」
熊が短く叫び、己の腕を、もう一本の腕で庇う。
押さえた指の合間からは血が滴っていた。
「どうした、どこか怪我をしたのか!?」
尋ねる該へ苦しげな表情で頷いたドーンは、小さく舌打ちをして吐き捨てる。
「こいつの鎧、なんちゅうハンパない硬さじゃ!オイの爪を弾くたぁ」
爪を弾かれ、爪が剥がれたか。
鉄を噛み切り引きちぎるほどの威力を持つMSの攻撃。その攻撃を防ぐ金属に、該は覚えがあった。
前大戦が終盤に近づいた頃、一度だけ見た。
MSではない人間、ストーンバイナワークの連中が作った産物だった。
大きな戦乱なき今、あの技術も戦争の記憶と共に埋没したとばかり思っていたのだが……
「俺が奴の体力を奪う、お前はフォローに回れ」
なんにしろ鎧を被っているのが人間である以上、突破口はいくらでも見つかる。
いくら鎧を構成する金属が無敵でも、中身も無敵とは限らないからだ。
「おうよ!騎士殿の援護、見事に勤めてみまっしょい!!」
怒鳴った側から大きな声が風に乗って届いてきたもんだから、せっかくいれた気合が、どこかへすっ飛んでしまい、ドーンは思いっきりズッこけた。
声は、こう叫んでいた。


「戦いを、やめてください!争いは何も生み出しません、いいえ、生み出されるのは憎悪だけです!!」


聞き覚えのある声に、該も耳を逆立てる。
「サリア!?」
馬鹿な、彼女が此処にいるわけがない。しかし、今の声は確かにサリアの物である。
あちこち視線を走らせる間にも鎧兜の連中が襲いかかってきて、それらを寸での間合いで避けながら、やっと該の視線が捉えたのは首都の背後にある高い丘の上。
車が一台止まっている。側に立っているのは、見まごうことなくサリア女王その人であった。
傍らには葵野や坂井の姿も見える。なんとしたことか、アリアやタンタンまで一緒ではないか。
あれだけ残っていろと言ったのに、言いつけすらも守れないのか。
一瞬は憤ったものの、すぐに該は思い直す。
そうじゃない。
守らなかったんじゃない、守れなかったんだ。サリア女王に言いこめられるか、なんかして。
丘の上でサリアが怒鳴っている。よく通る、高い声で。
「例え武力で相手を倒したとしても、その勝利は一時的なものでしかありません!武力による勝利は殺された者の遺族から恨みを買い、さらなる戦いを生むでしょう!」
その間も鎧騎士達はMSと死闘を繰り広げており、誰一人として彼女の演説に耳を傾ける者はいない。
該も鎧どもと戦いながら、時折は丘の上へ目をやった。すると、丘の上でも動きがあった。
葵野がサリアに何事か話しかけ、サリアがそれに答える。二人は車へ乗り込んだ。
彼女に続いてタンタンらも車へ飛び乗ったから、てっきり一旦退却するのかと思いきや、だんだんと大きくなる車の影に、こちらへ近づいているのだと判り、該は再び仰天した。
「平和主義のお姫様が、こちらへ来ていると聞きましたわぁ」
そこへ、するりと足下に這い寄ってきたのは美羽だ。
慌てふためいて飛ばした該の伝達を、ちゃんと受け取ってくれたものらしい。
「しかも戦場へ乱入するつもりだ。どうする?」
「演説をワタクシ達へ直接お聞かせしたいという気持ち、判らないでもありませんけれど」
蛇の目がキラン、と光り。接近する車に釘付けとなる。
「……邪魔、ですわねぇ」
邪魔なばかりか、流れ弾に当たってサリアが死んでも困る。なんとかして、お引き取り願わねば。
走る車の座席に立ち上がり、サリアは尚も叫んでいる。
「どうか皆さん、戦いをやめて下さい!!皆さんも、わたくし達も、平和を愛する心に代わりはないはずです!」
彼女を落とすまいと支えているのは葵野だが、いっそ土手っ腹でも殴って気絶させてくれれば良いものを。
確かに、サリアや葵野には民衆の説得を頼んだ。頼んだのは自分だ。しかし今はまだ、その時ではない。
「車はワタクシが止めておきますわぁ。該、アナタは皆を率いて鎧軍団を退治して下さいませ」
「判った」
どういう手でサリアを説得する気か知らないが、該よりは美羽のほうが適役と思われる。
「真の平和は、武力を使っては掴めません!どうか皆さん、戦いをやめて私の話を聞いて下さい!!」
爆走してくる車に該は身を翻し、美羽は真正面に立ち塞がって待ち構える。
車を運転している坂井にも美羽の姿が目に入ったのか、轢こうかという寸前で車は急停止した。
「オイ、危ねぇだろうが。とっとと横に避けるかなんかして、どきやがれ」
ぶぅたれる彼には冷ややかな一瞥をくれただけで、すぐさま美羽はスルスルと車の上へ這い上がる。
鎌首をもたげ、メガホンを持ったサリア女王を真っ向から見据えた。
「平和主義のお姫様が、戦場に何の御用でいらして?ここは危険ですわぁ、ただちに避難なさいませ」
小さな蛇へメガホンを向けると、ことさら大きな声でサリアが答える。
「争いが生むのは憎しみ、怒り、悲しみです。武力による制圧では、真の平和など永久に訪れません。あなた方は平和を求めるために、わたくしへ力を貸せとおっしゃいました。ですが、現状はどうです?MSの能力を持って、力づくで相手を倒そうとしている。これでは、MSを殲滅すると言ったパーフェクト・ピースと変わらないではありませんか!」
「……その通りですわぁ、姫様」
嘲るようにチロチロと赤い舌を見せ、蛇が笑う。
「ワタクシ達には、その方法しかございませんもの。姫様と違って、崇拝する民もいなければ味方となる属国もありませんものねぇ」
「味方となる属国なら、あります!」
脳髄にまで響き渡る声で、美羽の言葉をサリアが遮った。
「サンクリストシュアは、あなた方の味方です!!」
嫌な目つきで見上げると、嘲りを含んだ小声で美羽は囁く。
「あなた方……ではなくて、白き翼の味方なのでしょぉう?」
シュウシュウと息を漏らしながら、女王の目を覗き込んでくる。
「白き翼はサンクリストシュアの守り神ですもの。何度も守ってもらっている身としては、彼に味方しなければ世間体も悪くなりますものねぇ」
何もかもを見透かすような蛇の視線に耐えきれず、視線を外したサリアに代わって坂井が怒鳴った。
「オイ、美羽!テメェ、一体何が言いてぇんだッ」
「アナタは黙っておいでなさぁい?」
冷たく言い放つと、坂井を無視した形で美羽は話を続ける。
「平和を愛し暴力を嫌うアナタの演説、ワタクシの心にも響きましたわぁ。ですが……このような行動、アナタの司は本当に望んでいたのでしょうかしらぁ?」
あなたの司、と言われて、キッと顔をあげたサリアが反論してくる。
「わ、わたくしのではありません!司は、白き翼は、この世界の英雄にしてサンクリストシュアの盟友ですッ」
言葉は毅然としていたが、顔が赤らんでいては説得力の欠片もない。
うぶな反応を楽しみながら、美羽は意地悪な笑みを口元に浮かべる。
「あぁら、サンクリストシュアの盟友だというのなら、アナタにとっても司は大切な友達なのではなくて?……まぁ、いいですわぁ。ワタクシが一番言いたいのは、そこではございませんもの」
サリアの動揺が静まる前に、ピシャリと言い切った。
「はっきり申し上げましょう。アナタの行動、これはワタクシ達にとっても司にとっても計算外でしたわぁ。アナタの出番は、もう少し後。この戦いが終わった後に予定されていたのです」
「ど、どういうこと?」
サリアを支えたままの葵野が尋ねてくるのへは小さく嘆息して、美羽は周囲を見渡してみせる。
「葵野力也、アナタは、この戦いをご覧になって、どう感じまして?」
「どうって……」
敵も味方も、MSは必死になって鎧軍団と戦っている。
鎧軍団は言葉を一言も発せず、ただひたすらMS相手に剣を振るっていた。
鎧を着込んだ騎士、あれが察するに『ノース・ヴァイヴル』だろう。
傍目に見れば、MSから首都を救いに来た正義の味方に見えないこともない。
だが実際には良いMSも悪いMSも、一緒くたに淘汰しようとしているだけだ。
正義も大義名分もない。彼らはMSを全滅させるためだけに、首都へ現われたのだ。
「……殺し合い?」
首を傾ける葵野へ舌を出し「よくできましたわぁ」と一応は褒めの言葉を向けると、再び美羽は女王へ話を振った。
「殺すのが目的で現われた連中に、大儀はございませんわぁ。無論、他人の大儀に耳を傾ける気もありません」
「だから、結局テメェは何が言いたいんだよ?結論だけを述べやがれ」
イライラしながら尋ねる坂井。
及びサリアと、その場にいる全員に向けて、美羽は冷たく言い放つ。
「この戦場に、アナタの大儀は届きませんわぁ。戦う気のない者は、さっさとお帰り下さいませ」
「ですが――」
なおも食い下がるサリアの耳に、小さな溜息が一つ聞こえてくる。
「だから、何度も申し上げましたのに」
小さく呟いたのは、後部座席に座るアリアだ。
最後までサリアの首都行きを止めようと頑張っていた、語り部の末裔。
彼女も今の美羽と同じようなことを言っていたっけ。っていうか、俺も一応止めたんだけどなぁ……
諦めの悪いサリアに呆れて、なにげなく空を見上げた葵野の顔色が一瞬にして真っ青に変わる。
「ん?どしたの?小龍様」と、つられて上空を見上げたタンタンも「ゲッ!」と驚愕の一言を漏らした。
一直線に、こちらを目がけて白い弾丸が突っ込んでくる。
「ぴゃああああぁぁ!な、殴らないでェェッ」
わめくタンタン、アリアの頭をボカンと殴り、続けて坂井と葵野を勢いよく吹っ飛ばしたソレは、サリアの足下へ降り立つと。
怒り心頭に燃えた目で、彼女を睨みつけてきた。
「一体、何をやっているんだ君は!こんな軽率な行動をおこして、それでも国を率いる女王のつもりなのか!?」
どこをどう飛んできたのか、第二陣に混ざっていたはずの司が何故か、こちらへやってきて怒っている。
一旦は混乱に陥ったサリアだが、さすがは女王。頭の回転は早く、司の怒りに反発した。
「つもりではありません!あなた方のやり方では戦渦が広がるばかりだから、わたくしが来たのではありませんか!」
「現状を見極めろ!君の言葉を聞く奴なんか、一人もいない!!」
感情にまかせて怒鳴りつけると、白い犬はプイッとソッポを向く。
「後は僕達に任せて、レヴォノースに戻ってくれ。パーカーも、そこにいる」
「レヴォノースに戻り、か弱い姫君のように震えていろとおっしゃるのですか?だとしたら、お断りです!」
「そうじゃないッ」
苛ついた調子で振り返った司が、サリアを宥めにかかる。
「説得するにしても、今じゃ駄目なんだ!戦いが一段落した後じゃないと、民にも誰にも言葉は届かないッ」
「どうして、届かないと決めつけるのですか!届くかどうかは、やってみなければ」
言いかけるサリアの袖を、チョイチョイと引っ張る者がいる。
振り返ってみれば、殴られた頭を痛そうにさするタンタンが視界に入った。
「やってみたじゃん。で、どうよ?これでも届いたって思えるの?女王様には」
彼女に言われて、改めてサリアも周囲を見渡した。

何も変わっていない。
ノース・ヴァイヴルはMSへ襲いかかり、MS達はMS同士で戦っている。

司や美羽の言うとおり、サリア女王の言葉を聞いていた者は誰一人としていなかったようだ。
悔しさに唇を噛みしめる女王を、横から葵野が慰める。
「あ、あの、今は無理でも、そのうち絶対、皆も聞いてくれると思います。でも、ここじゃ無理じゃないかなぁ……?誰かの話を聞くには、ある程度、心の余裕も必要でしょ」
出発前にも同じ事を言って突っぱねられたのだが、今度こそサリアは葵野の説得に大人しく頷いてくれた。
「ごめんなさい、司。あなたの話も聞けないようでは、誰かを説得するなど無理なお話でしたね」
しおらしく謝る女王へ僅かに微笑むと、司は白い背中を向ける。
「判ってもらえて何よりです。さぁ、レヴォノースへ戻りましょう。僕がお送りしますよ」
再び舞い上がった司を見送りながら、美羽は、そっと嘲笑う。
やれやれ、女王様のお守りも楽ではないこと。
リーダー役の他に大きな爆弾も背負い込んでしまったが、司本人は気づいているのかしら……?

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