DOUBLE DRAGON LEGEND

第二十六話 作られた力


エジカ博士の乗ったトラックが山道へ差し掛かる頃には、坂井達の前にはキングアームズ財団の残党が到着していた。
MD軍団を率いる男の顔に、美羽の見覚えはない。
あの建物内には居なかった人物であった。
まだ若い、年の頃はせいぜい二十代と思わしき青年だ。
やたら甲高くて神経質な声を張り上げ、彼はJ侯爵と名乗りをあげた後、四人の顔を上視線で睨みつける。
「こちらが貴様らに要求するものは二つある。一つはエジカ・ローランドの引き渡し。もう一つは、貴様らMSどもの無力化だ!」
「無力化?つまりは俺達に死ねって事か?」
坂井が眉間に皺を寄せ、ミスティルは肩をすくめる。
「話にも、ならんな」
「そうですわねぇ。第一、博士はとうに避難してしまいましたわぁ。この取引はご破算ですわねぇ」
美羽も赤い舌をチロチロ出して、小馬鹿にしたようにJ侯爵を睨み返した。
気障ったらしく髪をかきあげたJ侯爵は、突き放す。
「なら仕方がない。当初の予定通り、お前らは皆殺しだ。そして……フフフ、お前らを倒した後に、ゆっくりと語り部の末裔と博士を追いかけるとしよう!」
「そ、そんなこと!させるもんかッ」
真っ青な顔でふるえながら、葵野が怒鳴る。
坂井も横へ並んで、牙をむきだして威嚇した。
「雑魚が何匹集まろうと俺達の敵じゃねぇよ。B.O.Sも俺達に潰されたのを知らねぇのか?」
だが威嚇に脅えることなく、侯爵は肩をすくめる。
「我々とて馬鹿じゃない。君たち、いや伝説の二人を相手に真っ向から力任せで押し切ろうとは初めから思っちゃいないよ」
パチンと彼が指を鳴らすのと同時に、屈強な体格の男が二人、前に出る。
「こいつらは、我々が開発した中でも一番の実力者でね。能力だけなら十二真獣をも上回る結果を出している」
「上回る?おもしろい冗談ですこと」
美羽は目を細め、ミスティルもせせら笑った。
「貴様らの疑似テストで出した結果など、実戦では通用せん」
「あぁ」と坂井も一歩前に出て、鼻を鳴らす。
「御託は聞き飽きた。とっとと始めようぜ、こっちは他にも予定が詰まってんだ」
坂井の言葉を皮切りに、二人の男が雄叫びをあげ、体がゴワゴワとした体毛で覆われてゆく。
メリメリと筋肉は盛り上がり、熊にしては逞しすぎる肉体へと変貌を遂げた。
大地についた四本の足は、葵野の腰より太いのではなかろうか。
彼らの攻撃を待つまでもなくミスティルは空に舞い、後方から押し寄せるMDの群れへ炎を放つ。
炎に包まれながらも前進してくるMDは、容赦なく虎の爪が薙ぎ払った。
後ろ足で立ち上がる二匹の熊に対抗するのは美羽とレクシィ、それから大鷲のリラルル。
戦力外通知を出された葵野も一応、この三人の後ろにくっついて睨みをきかせていた。
いや、後ろで応援しようと思っていたのだが気が変わった。
身を翻して「やれ!」と号令をかける男、J侯爵を追いかけて走り出す。
その葵野の行く手を塞ぐのは、二匹の熊と化した男達。
「グワァァァ!!!」
咆吼と共に、鋭い爪が振り下ろされる。
しかし爪は空を薙ぎ、襲いかかってきた一匹は目を押さえて退いた。
間一髪。葵野への攻撃を防いだのは、大鷲リラルルの一撃だ。
まぐれ当たりの嘴が、熊の目を突いて血を噴き出させる。
もう片方にも、鼠と蛇が躍りかかった。
振りかざされる腕、そして踏みつぶそうとする足を華麗なフットワークでかわしたレクシィが懐に飛び込む。
レクシィの動きを囮に美羽も足下から熊の体へ這い上ると、股間に思い切りガブリと牙を突き立てた。
MSは巨大であればいいというものではない。
美羽やレクシィのように、小柄なほうが有利な時もある。
くるりと白目を剥いて倒れる熊を背後に、葵野はキョロキョロと目視でJ侯爵の背中を探した。
――いた!
戦場など振り返りもせずに、一目散に逃げている。
部下を戦わせて先に逃げるとは、上司の風上にも置けないヤロウだ。
「ま、待てーッ!」
追いかける葵野、逃げる侯爵。
あと少しで手が届きそうだという時、またしても邪魔が入る。
「危ねェ、力也!」
耳元で坂井の怒鳴り声がしたかと思うと、葵野の体は十メートル近く横手へ飛び退いた。
シャツを咥えられて吊り下げられた格好で藻掻いたのも一瞬で、すぐに葵野は地面に降ろされる。
「あたッ!」
少々乱暴な降ろし方に涙目で葵野が坂井を見上げると、坂井は四つ足を踏ん張って威嚇の唸りをあげている。
彼の見ている方向を葵野も見て、ぎょっとなった。
なんだ、あれは。
そいつは葵野の知る、どの動物とも一致しない姿をしていた。
胴体は獅子、なのに首から上には胴体付きの人間が生えている。
四つ足なのに、さらに上半身に腕が二本生えているのだ。
生物としての構造を頭から無視している。
「なるほど、開発か」
坂井の呟きが聞こえ、葵野は彼を振り返った。
「開発って、どういうことだ!?まさか」
「ゼロから作り出したんだろうぜ、財団の奴らが。だから、どの動物とも一致しねぇ姿ってわけだ」
開発というから、先ほどの熊二人に強化改造を施した程度かと思えば、とんでもない。
ゼロから命を作り出すなど、神をも冒涜する行為だ。
奇妙な生き物は、腕に槍を抱えていた。あれで葵野を串刺しにしようと狙ったものらしい。
ハッと気づけばJ侯爵の背中が、地平線へ消えていく。
「奴を追いかけるのは、こいつを倒してからだ。気を抜くんじゃねぇぞ、葵野」
坂井にも言われ、葵野は渋々頷く。
戦えないなら、せめて主格犯を取り押さえようという彼の目論見は早くも露と消えた。
目の前の奇怪な生き物をどうにかしない限り、追いかける事もままならない。
「おい、化け物」
坂井が話しかける。
「お前の名前を聞いといてやる。話せるんだろ?人の言葉を」
槍を手の中で弄びながら、生き物が答えた。
「我が名はKドール。トレイダー様の命令により、貴様ら源病主を破壊に参った」
聞き覚えのある、しかも懐かしい名前に、坂井と葵野が見事にハモる。
「トレイダーだって!?」
生きていたのか、やはり。
トレイダーの部下が財団の手先となって現れた以上、彼も財団にいると見て間違いない。
だとすれば、この戦い、絶対に負けられない。
「こいつを倒して、トレイダーを引きずり出してやるぞ!!」
吠える坂井へ、葵野も頷いた。
「うん!」
「葵野力也、龍の印……」
目を細め、一方のKドールはなにやら小さく呟いていたようであったが、ひたと槍を構え直す。
「龍の印は未だ目覚めておらぬと見える。まずは坂井達吉、貴様の命を絶つとしよう」
「ヘッ、簡単に俺を殺せると思うなよ!!」
虎が砂を蹴って走り出すと、一気に間合いを詰めてくる。
高く飛び上がり、喉笛目掛けて噛みつこうとするのを、Kドールは槍で受け止め、受け流す。
さらに身をひねり、反動で尻尾が虎の目に勢いよく叩きつけられた。
「うッ!」と呻く坂井に逃げる隙など、Kドールは与えない。
体勢を整える前に槍を振り下ろした。
だが槍は虎に突き刺さることなく、軌道を曲げられる。
横合いから飛んできた石が、Kドールの腕を直撃したのだ。投げたのは、もちろん葵野である。
その間に坂井は後ろへ飛びずさり、葵野へ声をかけた。
「ナイスアシスト、力也!」
「どっ、どう致しまして」と答える葵野は、ガッチガチに緊張しまくっている。
戦場に出るのは初めてではなくても、こうして直接誰かと戦うのは初めてである。
彼は初めて『死』を意識した。緊張は、それの表れだ。
「後は俺に任せて、お前は後ろに下がってろ!」
吠える坂井だが、すぐさま後ろに殺気を感じて葵野のシャツを引っ張った。
再び宙づりの格好で強引に横手へ引っ張られた後、砂場に投げ出された葵野は頭から砂だらけに。
だが文句を言う暇もなく、今度は自分から後ろに転がった。
直後、彼のいた場所が大きく抉られる。
鈍感な葵野ですら気づくほどの殺気を振りまいてきたのは、殺戮MSであった。
こいつが、Kドールの戦いに乱入してきたのだ。
狂気を宿した赤い目が葵野を睨みつけ、思わず震える彼を叱咤したのは上空のミスティル。
周りを飛び交うMDを片っ端から燃やしながら、葵野をどやしつける。
「小龍!臆病者は遠目に眺めていろ、邪魔だ!!」
「うるせぇ、葵野は俺がサポートしてっから大丈夫だッ!」
負けじと坂井が言い返し、青くなって座り込む葵野を己の背中へ引っ張り上げる。
「しっかり掴まってろよ?」
語尾を和らげ気遣うようにささやいた後、まっすぐ一直線に突進してくるKドールのタックルを、ひらりとかわして反対側に着地した。
毛を引っ張られる感触がある。葵野が、しっかり掴んでいるせいだ。
少し痛いが自分で言った手前、我慢してやるしかない。葵野を振り落とすよりはマシだろう。
坂井は身を屈め、後ろ足でザッザと砂を蹴る。
もう一度奴が突進してきたら、頭上を飛び越えて同時にアタックを仕掛ける。
奴に体勢を整える暇など与えるものか。今度こそ喉笛を噛み切ってやる。
Kドールが槍を水平に構えた。
何をするつもりだ?垂直でなければ、敵を突き刺すこともできないではないか。
不審に思う坂井の前で、槍を回し始める。
唸りをあげるほどのスピードで槍を回しながら、一直線に奴が突っ込んでくる。
回されるうちに、槍の柄の部分に鋭い刃がジャキンと生えるのを、坂井は見逃さなかった。

財団の放った追っ手は、Kドールだけが敵ではない。
上空の飛行MDはミスティルが一手に引き受け、地上の殺戮MSは美羽とレクシィの二人で応戦していた。
一応リラルルも参戦しているのだが、これが全くの的外れな攻撃ばかりするのでアテにできない。
「えぇ〜い!」と甲高い気合と共に突っ込んでは出会い頭に嘴を殴られ、ピーピー泣きわめいて退散する。
一回や二回なら、ドジだなぁと笑って許せよう。
しかし彼女は同じ行為を、四度か五度は繰り返しているのだ。笑いを通り越して呆れるばかりである。
もはやリラルルは戦力外と切り替えた美羽は、傍らの鼠へ指示を出す。
「レクシィ、ワタクシはアイツらを相手にしますわぁ。右手にいる猿どものお相手を、頼みますわねぇ」
「ウ、ウン……ワカッタ、ミワ……無理しないで……」
「アナタに心配されるほど、ワタクシは弱くなくってよ」
今は該もいない。
レクシィが該の代わりになるとも思えないが、足止め程度ならできるだろう。
葵野と違ってMSに変身できる上、大群を相手に全く怯んでいない。
なりは小さいが、度胸は大人以上だ。
リラルルとも違い、レクシィは無謀に突っ込んだりしない。引き際と攻め時を弁えている。
意外や戦場慣れしている彼女に、美羽は驚かされた。
どうせ鍛えるならアリアではなく、レクシィを鍛えてやればよかった。
美羽は、そんなことを思ったりもしたが、すぐさま目の前の熊二匹に意識を戻す。
上から降ってくる足を難なくかわし、ジグザグに砂場を這って翻弄する。
混戦であればあるほど、相手が大きければ大きいほど、小さなMSにとって戦場は有利になる。
美羽は機敏にスピンターンで向きを変えると、目にもとまらぬ速さで熊の足を這いのぼり、腱に牙を立てた。
途端に情けない悲鳴をあげて、熊が足を押さえる。
美羽も振り落とされたが、音もなく砂の上に落ちると、すぐさま体勢を整えた。
足下が砂で助かった。
これが固い地面だったら、叩きつけられて重傷を負っているところだ。
ここで大怪我を負うわけにはいかない。龍の印は、未だ力に目覚めていないのだから。
一方の熊は、足を押さえたまま呻いている。立ち上がれる余力もないらしい。
当然だ。腱を噛み切ってやったのだ、そう簡単に立ち直られては困る。
苦し紛れに振り回される腕を巧みによけて、美羽はもう一匹、無傷の相手へ突撃する。
まっすぐ突き進んでも攻撃が単調にならないのは、砂が彼女の味方をしているからだ。
奴らが大きな足を踏み降ろすたびに、砂は捲られ、四方に吹き飛んで目くらましとなった。
敵は、自分で自分の首を絞めているも同然である。
美羽は小さい上、素早いから、滅多なことでは踏みつぶされまい。
波乗りならぬ砂に乗り、もう一匹の腕にも思いっきり牙を立ててやった。
悲鳴と一緒に振り回され、美羽は、すとんと砂の上に着地する。
「開発されたMSといっても、所詮この程度なのかしらぁ?」
嘲る美羽だが、次の瞬間。
アブナイ!!!
レクシィの叫びが周囲に木霊し、蛇のいた場所を一筋の光線が貫通する。
間一髪、レクシィの注意が間に合ったのか美羽は直撃を免れたものの、今の攻撃に青ざめた。
「な……なんですの、今の攻撃はぁ!?」
チョロチョロと走ってきた鼠が、美羽をかばう位置で立ち止まる。
「Zイレイザー……当たらなくてよかッた。当たってたらミワ……消滅してたよ」
レーザー砲というものがある。
前大戦にて、MSではない人間達が開発した兵器だ。
光線の威力は凄まじく、波動の直線上にあるものは全てが焼き尽くされた。
有希と司の手によって壊されるまでレーザー砲は実に多くの同胞、その命を奪っていった。
今の攻撃、レクシィによればZイレイザーというらしいが、それはレーザー砲の波動と似ていた。
しかし、レーザーは武器が生み出すものである。
MS、生身の生き物がレーザーを出すなど聞いたこともない。
レーザーの軌道を調べてみれば、直線上に立っていたのは先ほどの熊であった。
熊の両目が眩しく輝いている。あまりにも眩しくて、直視できない。
レクシィがボソッと呟いた。
「Zドール……あの人の研究成果。ミワ。ここは、レクシィに任せて。レクシィ、が、やらなきゃいけないの」
あの人?
あの人とは、誰だろう。
聞き返そうとして、美羽は言葉を失った。
レクシィは体を震わせたかと思うと、なんと一気に大きく膨れあがったのだ!
二倍、三倍……いや、小さな鼠は子供並の大きさまで膨らみ、そこで成長を止める。
「レクシィ、やるよ。力を、使うよ!」
たどたどしかった言葉遣いまでが、力強いものに変わっている。
レクシィの赤い両目が殺気を帯びる。
彼女の気迫に押され、熊が一歩後ろへ下がった。
怯んだ瞬間、レクシィが動く。
灰色の大きな毛玉が熊に襲いかかるのを、美羽は見た。
レクシィの牙が熊の喉笛に突き刺さり、熊は口からヒュー、という音にならない音を出して崩れ落ちる。
変化は、その直後に起きた。
熊の茶色かった毛並みが見る間に紫へと染めあがり、悶絶した顔はブクブクに醜く腫れ上がった。
これと同じ症状を、美羽は過去にも見た記憶がある。
そうだ。
この症状を起こせるMSは、過去にも未来にも一人しかいないはずだ。

――人に治せぬ毒を植えつける――

子の印。
十二真獣の一人、鼠に変身するMSも、この時代に生まれていたのか。
「レクシィ……アナタ、アナタが十二真獣だったなんて」
全然気づかなかった。
語り部の末裔アリアだって何も言っていなかったのだから、美羽が気づくはずもない。
それ以前に子の印は巨大化したりなど、しなかった。
子の印の力を使いながら、子の印らしからぬ能力も持っている。
子の印ではないとすれば、一体、彼女の正体は何なのだ?
狼狽する美羽を一瞥し、レクシィは肯定するでも否定するでもなく、周りの軍勢へ視線を向ける。
「美羽、敵はまだ去っていない。戦いを続行して」
冷たい一言で質問を却下すると、レクシィは美羽を戦いへ促した。


砂漠都市へ向かう途中、アモスとリオは無事、砂漠王キュノデアイスと合流した。
砂漠のMS部隊も同行している。まだ誰一人、欠けていない。
「あぁ……アモス、無事でよかった。君が居てくれれば百人力だ」
喜ぶ王へ頭を下げ、アモスが問い返す。
「間に合って安心致しました。しかし何故また、急に?私が戻るまでお待ち頂ければ共に出兵できたものを」
「……うん」
申し訳なさそうに項垂れたのも一瞬で、すぐに王は懐から一枚の紙切れを取り出す。
「実は、このような手紙を受け取ったんだ」
王の元へ届いた手紙には、近く財団の連中が基地を留守にすると書かれていた。
詳しい日程はおろか、留守にする理由や出発するメンバーの名前まで書いてあったという。
罠というのは充分考えられた。
だがキュノデアイスは、あえてこれを密告と受け取り、真実を確かめるために出発した。
森の都は半分以上を財団に乗っ取られた状態にある。
しかし、全ての住民が財団の言いなりになっているわけではない。
善良な住民が困っているのならば、助けるのが軍隊を持つ国の義務というものだ。
ついでに財団を討ち滅ぼしてやれば、首都にとっても一石二鳥。
サリア女王も喜んでくれるであろうと考えての出兵であった。
平和主義の女王が喜んでくれるかどうかは内心怪しいと思ったが、リオは突っ込まず受け流した。
「打倒財団には俺も力を貸します。手足として、ご自由に命じて下さい」
少年王の顔が綻ぶ。
「ありがとう。リオ・マンダ、あなたの協力に感謝します」
馬と化したリオへアモスが跨り、砂漠の軍勢は一路、森の都を目指す。
そこで待ち受けているものが何であるかも、全く知らずに――

←Back Next→
▲Top