彩の縦糸

テルの歌〜縁の横糸〜

達磨照蔵が十和田九十九と出会ったのは、九十九が霊力検定に出向いた日であった。
その日以降、照蔵は九十九にゾッコン(死語)となってしまったのだ――

住所を教えてやったら、その年のうちに、遊びに来てくれた。
勿論、一人ではない。長門日源太も一緒だ。
源太に関して言うなれば、興味がない。
いや、長門日流後継者としての興味はあったが、筋肉的な意味では全然無関心な対象であった。
同期の光来尊にも言ったが、既に完成された肉体には興味がない。
まだ成長しきっていない筋肉こそ、愛でて育てる価値がある。
そうしたわけで、九十九の来訪は大歓迎だ。
ふかした芋などを、ごちそうしてやったら大層喜ばれた。
「さすが照蔵さん、気が利くぅ」
「遠方わざわざお越しいただいたんじゃ、それぐらいは持て成さにゃあ」
「こら源太、図々しすぎるぞ」
縁側にて、まるで我が家のように寛ぐ若者二人に照蔵は目を細め、さりげなく九十九の横に腰掛ける。
彼らの修行を何度か見てやったが、この二人、いや南樹芳恵も併せた三人は成長が早い。
特に九十九の背中から尻にかけての曲線美は、照蔵のお気に入りであった。
何時間も撫で回したくなるほどの芸術作品だ。
今も無防備に足を投げ出して縁側に腰掛けている。
着物だというのに大股を広げて、正面から覗いたら下着が丸見えなのではないか。
想像しただけで興奮する。
前に回ってしゃがみ込みたい欲望を抑えながら、照蔵は芋を頬張る九十九に話しかけた。
「よかったら今日は泊まっていってもよいぞ。あと、儂のことは気軽に照蔵と呼んでくれぃ」
「え、いや、それは。あ、泊まるのは喜んで、ですが」
「おう九十九、本人が呼んで欲しい名前で呼んでこそ礼儀じゃぞ」
「うむ。大婆様も千鶴様と呼ばれるよりは大婆様、婆様と呼ばれる方が気楽でよいと以前漏らしておったしな。儂も照蔵と呼んで欲しいのじゃ」
本山へ来る者で、千鶴様ないし猶神様と婆様を呼ぶのは光来ぐらいしか見た覚えがない。
近所の人々も大婆様と呼んでいる。
本人が徹底させているのかもしれない。
そして大婆様を千鶴様と呼ぶ光来も、照蔵のことは照蔵と呼ぶ。
光来のは同輩の気安さなのかもしれないが、本人が希望している以上は呼び捨てで呼んでやるべきだという源太の言い分も判らないではない。
「そ、それじゃ、その……て、照蔵」
「うむうむ。よきかな、よきかな」
少しテレた様子で視線を外した九十九は可愛い。
頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめてやりたくなる。
子供扱いするなと怒られそうではあるが、照蔵と彼とでは親子ほどの年齢差がある。
故に照蔵が九十九を可愛がりたくなるのも仕方ない。
かつては照蔵も九十九ぐらいの年齢で門下入りしたのだ。
あの頃は師範が今の千鶴様に替わったばかりで、前師範の弟子達が照蔵の先輩であった。
朝から晩まで理不尽なしごきにあったのだが、今にして思うと、あれは先輩諸氏による憂さ晴らし、単なる虐めだったのではあるまいか。
九十九には、そうした嫌な思いをさせたくない。
「大婆様は和気藹々な流派を目指しておるのでな、上下関係は取っ払いじゃ。呼び捨てだけじゃない、かしこまる必要もない。そのほうが、こちらも嬉しいでの」
「そりゃあいい。実を言うと、俺はかしこまるのが苦手なんじゃ。ほんじゃ照蔵、ここからは十年来の親友なノリでいこうかい」
真っ先に源太が賛同し、年齢差なんぞ乗り越えた態度で話しかけてくると、満面の笑顔を浮かべる。
まぁ、こいつは躊躇も遠慮もしないであろうと照蔵も予想していた。
なんせ婆様が相手でも、初対面で気安く話しかけたそうだし。
九十九はというと困惑の表情を浮かべていたが、ややあって上目遣いに照蔵を見つめてよこしてきた。
「お、俺も敬語をやめたほうが嬉しい、ですか……?」
「うむ。儂のことは、そうさな、親父だと思って気安く甘えてくれると嬉しいぞ」
「親父……!そうですね、あっ、そ、そう、だね?親父ぐらいの年齢だよな、確かに」
後半はぶつぶつと独り言のようでもあったが、一応敬語を取っ払えるぐらいの器用さは九十九にもあったらしい。
こちらは頑なに敬語を貫かれるのではないかと、内心危惧していた照蔵である。
或いは、もしかしたら九十九も源太のようにタメで話したいと思っていたのだろうか。
「九十九、うちの風呂湯は天然の温泉じゃ。ゆっくり浸かって身体を休めていくとよい。湯上がりには按摩もしてやるでな」
「えっ、すごい!ここらでも天然湯が出るんですか。あっ、で、出るのか?」
「うむ」
いちいち言い直すところが、また可愛い。
ころころ表情も変わり、先ほどまで困っていたかと思えば、今は驚きと、それからテレで頬に赤みが差している。
まったく、一対一だったら、とっくに押し倒して唇を奪っている。
源太が一緒なのは、照蔵にとっても幸いであった。
照蔵は九十九を年齢差や後輩の意味で可愛いと思うだけではなく、性的にも好きになっていた。
やはり何といっても、特筆すべきは未熟な体つきにある。
九十九は筋肉質というわけではない。全体で見れば細身のうちに入る。
しかし、腕や足には筋肉がついている。 聞けば、大学では登山倶楽部に入っているらしい。
何故登山をするのかと問うと、体を動かすのが好きなのだと答えた。
霊媒師を目指して入門してきたにしては、外派な趣味とは珍しい。
照蔵の望む、筋肉美になってくれそうな趣味でもある。
これが甚平、九十九達の前に入ってきた朱雀甚平なんかだと家で遊ぶ方が好きな、典型的な内派なのだが。
大体あれは、ひょろりと手足も細くて、はなから問題外である。
肉体だけでも好みな上に、性格が、これまた素直で従順と可愛い。
もう速効で契りを結びたいほど愛してしまっているのだが、肝心の九十九がどうも、恋愛に疎い有様だ。
大学での浮いた話は一つもなく、これまでにつきあった相手もいない。
好きな人物理想像を聞いても、はっきりしない。
男友達と山登りしているほうが楽しいお年頃なのか。
源太には恋人がいるという。
正直に言って、九十九に彼女がおらず源太に彼女がいるとは照蔵にも予想外であった。
見た目は九十九のほうが圧倒的に良い。
肉体的な話だけではない。顔も含めての見た目だ。
彼の通う大学の女性は、男を見る目がないようだ。
欲望をぶつけたいだけならば源太がいようといまいとぶつけているが、照蔵は九十九が悲しむ真似はしたくなかった。
九十九には、いつでも愛らしく笑っていて欲しいのだ。故に、手が出せない。
毎晩九十九で抜いているほど、身体は飢えているというのに。
照蔵が一人悶々としているうちに、芋を食べ終えた二人は立ち上がる。
「んーっ……ここって空気が澄んでいて気持ちいいよな」
「中心部から、かなり外れているからのぅ。乗り物も、このうち来るまで全然見あたらんかったし」
「そうだよな。皆、どうやって移動しているんだろ」
「そりゃあ、やっぱ徒歩じゃろ、徒歩」
何やら酷く田舎扱いされているが、田舎なのは事実なので、照蔵は黙っておいた。
それより九十九がウーンと伸びをした瞬間、袖の隙間から脇がちらっと見えたので良しとする。
「けど、ここ来るまで店も何もなかったぞ」
「自給自足、かのぅ?」
「それもありか……」
「いや、一応一日一本バスは通っているでのぅ。皆、それで買い出しにゆく」
「あ、そうなんですか」
同じ中津佐渡でも中央部と辺境では田舎具合に差があるから、中央部に住む九十九らにとっては、辺境の過疎地が珍しいのであろう。
「歓楽街も何もない土地じゃがな、自然の実りに恵まれておる。それに天然湯も出る。自給自足だってしようと思えば可能じゃ。先ほどの芋も、儂が育てた。裏に畑があるでの」
「なるほどー……こういう暮らしもいいもんですね」
「毎日やっとったら飽きそうじゃがの」
「ところで照蔵さ、いや、照蔵。その、できれば部屋は源太と別々がいいんですが」
「ふふ、敬語に戻っておるぞ、九十九」
「あっ、はい、すみません。どうにも抜けなくて……」
「謝らずともよい。して、源太との相部屋が嫌なのは、イビキでもかくと?」
「そうなんですよ!こいつのイビキ、ものすごくて」
それを知っているということは、以前、九十九は源太と同じ部屋に寝たことがあるという結論になる。
上辺は笑顔で話を聞きながら、内心嫉妬でグラグラはらわたが煮えくりかえった照蔵であった。
いつの間に二人だけで、お泊まり会などしていたのだ。ずるい。
「よいよい。では、九十九は儂と一緒に寝るかの」
「やった!ありがとうございますっ」
「そこまで嫌がらんでもよいじゃろ……お前とてイビキはかくじゃないか」
「自分のは聞こえないから、いいんだ」
もっともである。
夕飯は照蔵が近場の川でつりあげてきた鮎と、山で拾ってきた栗ご飯であった。
何度もおかわりを要求してくる源太に飯を盛る傍ら、照蔵は、もりもり食べる九十九のほっぺについたご飯粒を取ってやった。
不意にクスッと九十九が笑う。
「ん、どうしたのじゃ?思い出し笑いか」
「いや。照蔵、ほんとに親父みたいだなぁって。俺が小さい頃の」
「ほぅ。九十九の親父殿は優しかったんか」
「あぁ。うちの親父は昔、いや今もかな、過保護でさ。俺が山で怪我してきた時も、すごい大騒ぎして、俺を背負って病院まで走っていったんだ。バスで行きゃ数分でつくのにな」
「山で怪我するほど、やんちゃな子であったか。うむうむ、今時珍しい活発さんじゃ。登山が好きなのは、その頃から?」
「はい、山は昔から好きで……何も考えず、ひたすら登って、山頂にたどり着いて上から景色を眺めた時の気分が、最高に好きなんだ」
「判る、判るぞ、九十九よ。無心の末やり遂げた瞬間の気持ちは最高じゃ」
嬉しそうに頷きあう二人は、清々しいほど体育会系思考だ。霊媒師には珍しい。
いや、ほとんどいないと言ってもいい。
霊媒師とは、昔から小賢しい屁理屈を振り回す知性派の集まりだ。
その中で長らく白い鴉状態にあった照蔵にとって、二人の入門は改めて喜ばしいものとなった。
「うちの親父も、俺が食事マナー悪くても頭ごなしに叱ったりしないで、さっきの照蔵みたいに、そっと汚れを拭ってくれたりして……こういうさりげない優しさは見習うべきかなって思うんだ」
「そ、そうかの。そこまで褒められると照れ臭いのぅ」
きらきらした賞賛の目で九十九に見られるのは、こそばゆい。
飯を食べ終えた後は、一緒に風呂でも入ろうとなって、三人一緒に風呂へ向かう。
屈強な体躯の男二人が入っても、まだ余裕があるぐらいには照蔵宅の風呂は広かった。
「なんで、こんな無駄に広い風呂を一軒家に作ったんじゃ?」
「ふふん。儂は風呂が好きなのじゃ。風呂はいいぞ、開放的で」
「そりゃあ裸になるから、開放的ではあるがのぅ……」
「儂が言うとる開放感は心の話じゃ。ま、裸のつきあいも捨ておけぬがの」
適当に源太との会話を流しながら、照蔵はじりじりと九十九に近づく。
九十九は身体を洗い終え、湯に浸かろうとしていた。
そこを背後からぎゅむっと抱きしめ、乳首を摘んでやると、九十九は「ひゃあっ!」と可愛い悲鳴をあげて飛び退き、こちらを驚愕の眼差しで見つめてきた。
「恥ずかしがるでない、九十九。これも按摩の一種じゃ。乳首を摘んで捏ね回すのは、練気と同じよ。前にも言うたが、身体をほぐすことで気の流れも良うなる」
「ほ、ほ、ほんとにっ!?」
「まことじゃ。ほれ、逃げとらんと近う寄れ」
勿論、まことな嘘なのであるが、九十九はおっかなびっくり戻ってくると、照蔵の真ん前に陣取って座りこむ。
反論もしてこないとは、本当に素直で可愛い子だ。
傍らでは胡散臭そうなものを見る目で源太が照蔵を睨みつけていたが、彼は何も言わずに湯船に浸かった。
改めて乳首を摘み、きゅっきゅと指でこね回す。
捏ねるうちに堅く尖っていく乳首が愛らしい。
最初の頃こそ九十九は「んっ、ん」と小さく呟いて、くすぐったそうにしていたが、次第に慣れてきたのか、照蔵の腕に身を委ねてくる。
「なんか、気持ちいい……照蔵の按摩」
「そうか、そうか、もっと気持ちよくしてやるでの」
「うん。按摩、ずっとしてて欲しい……これ、好きだ」
「儂もな、お主が大好きじゃよ」
「俺も……照蔵といると、安心する……」
湯気にあてられて身体が火照ってきたのか、九十九の頬は赤く染まっていて、視線も、ぼぉっと定まらない。
その顔で好きと言ってくるのは反則だ。
思わず一線を踏み越えそうになった照蔵だが、寸前で源太の存在を思い出して踏みとどまった。
九十九の足の間に生える起立したものを触りたい。
触りたいが、しかし、あぁ、源太が殺気ばしった目で睨んでいる。
奴めは両親を霊媒師に持つ者であるから、照蔵の嘘など、とっくに見抜いているのであろう。
九十九と友達、いや親友の域にかかりつつある源太の事だ、照蔵が一線を越えようとしたら全力で阻止しにくるのは容易に予想できる。
同門同士で諍いを犯すのは、御法度だ。大婆様の教えにも背いてしまう。
ふにゃふにゃになった九十九を抱きかかえて一旦湯船に浸かった後は、すみやかに風呂を出た。
九十九は相当に気持ちよくなってしまったかして、自力で立つことも出来ない。
その彼の身体を丹念に拭いてやると、照蔵は寝間着を着せてやった。
布団の上に寝かせてやると、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。おやすみなさいを言う暇もなく。
九十九は半開きに口を開いていて、普段の活発さからは考えられないほど艶めかしい。
吸いつきたくなるほど無防備な唇が目の前にあるというのに、あぁ、しかし、ここでも源太が無言で照蔵の背中に殺気を放ってきているではないか。
「……九十九に妙な真似をしたら、いかな先輩と言えど許さんぞ?」
「はっはっはっ、源太。馬鹿を言うでない。九十九を不幸にする真似を儂がすると思うたら、大間違いじゃ」
「言うたな。その誓い、九十九が食べ頃になったとしても守りとおせよ」
「ふん。当然じゃ」
源太が照蔵に面と向かって挑戦状を叩きつけてきたのは、後にも先にも、この日だけであったが、この時の脅しを胸に、十数年経った今も誓いを守り続ける照蔵なのであった。

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