彩の縦糸

大学でのつきあいも楽しいものだが、就職難という躓きがなかったら一歩踏み出すこともなかっただろう。
一歩世間に踏み出したおかげで、九十九は最良の友達と出会うことができた。
数いる友達の中で、最も大切な存在。親友と言い換えてもいい。
それが長門日源太である。
冬を迎える前に、源太とは照蔵の家にも行った。
ふかし芋をごちそうしてもらい、旅館並みの大風呂にも入り、大変満足なお泊まり会だった。
照蔵には"タメグチ"を要求され、先輩との距離が少々縮まった。
たまたま選んだ流派が、たまたまフレンドリーな方針で良かった。
今時流行らないガチガチの上下関係を強いられていたら、如何に九十九が積極的な性格といえど嫌気ぐらいは差していたかもしれない。
師匠である大婆様が、見た目の怖さと反して優しいのも嬉しい一面だ。
九十九が数ある霊媒師の流派で猶神流を選んだのは、ここが一番大手だったからだ。
いくら霊媒師が世間一般からは隔離されているといっても、何カ所にも渡って資料請求すれば、どこが大手かなど素人目にも一目瞭然である。
検定の日にカップルや就職難な連中が集まっていたのも、今となっては良く判る。
みんな、猶神流という大手に何かを求めて集まったのだ。
何かが何なのかは、個人差があろう。
単に高給料を求めてなのか、或いは仲間の繋がりが欲しかったのか。
九十九の場合は職場を求めての検定であったが、それ以上のものを得た。
初めて来た日を懐かしく思いながら、九十九は道場に立つ。
懐かしくと言ったって、今年の夏の話だ。
だが、あの頃と比べると、自分は大きく成長したと思う。
霊力が使えるようになり、悪霊にも出会ったし、戦う術も覚えた。
大学でだらだら過ごしていたら、これらは手に入らなかった。
無論、これらは手に入れなくても生きるのに支障はない。
しかし、誰かの為に役立ちたい――
そう考えていた自分には、必要不可欠なものではなかろうか。
世の中には、悪霊に困らされている人々がいる。
実際に悪霊と遭遇して九十九も大変困った目に遭ったのだから、彼らの気持ちは存分に判る。
自分の能力を彼らの為に役立てたい。
その為にも、日々の修行は必要だ。

二年目からは、術の強化に励んだ。
三年目は、術の応用と急場の対応について学んだ。

年を重ねれば重ねるほど九十九は強くなっていき、大婆様らを喜ばせた。
やがて光来が引退し、照蔵とも滅多に道場で出会わなくなった頃、源太、南樹、九十九の三人は、同時に道場を卒業する。
霊媒師の資格を与えられたのだ。
「明日からは全員独り立ちで、なかなか会えなくなってしまうな」
寂しそうな九十九の横顔をチラリと眺め、源太が肩を叩いてくる。
「なぁに、連絡さえくれれば、いつだって会いに行ってやるぞ」
九十九も、にこりと笑い返して拳を併せてきた。
「そうだな。俺が危機に陥った時には、必ずお前に連絡するから」
「危機時じゃなくとも連絡して構わんぞ?」と、一応突っ込んでおいてから。
源太は、ちらりと南樹の様子も伺った。
これで修行も解散だというのに、やはり、こちらの会話に混ざってこない。
ちらほら失言をかまして九十九に気があるといった体を始終見せていたのに。
ただ、その失言に九十九が気づいた様子も、これまた全くなかったのだが……
これで別れてしまって、南樹は、それでいいのか?
源太なら、親友の立場を使って九十九へ助言することもできるが、それを南樹本人がヨシとするかどうか。
本人が言わないのに周りが言うのは、お節介というものであろう。
「大丈夫だ。一人で何とかしてこそのプロだしな」
源太のツッコミを気遣いと受け取ったのか、九十九が、そんな事を言う。
「源太こそ、困ったことがあったら一番に俺へ連絡しろよ?」
「おう。迷わず、お前に助けを求めるわい」
源太も笑顔で返し、二人は階段の下で別れた。
道場を出た後は、霊媒師は原則個人事業となり、別々の道を歩く。
だが、同流派同期なのだ。たまには力を併せて進むのもアリだろう。
源太の背中を見送ってから、九十九もアパートへの帰路を歩き出した。


=完=
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