CAT
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怪盗キャットファイター

もしもネオンダクトにハロウィンがあったら

そもそも何故、怪盗団キャットファイターは下半身丸出しなのか。
遡れば団結成時、ボスの悠平が言い出したことにある。

――俺達は犯罪者だが、暴力で物事を押し進めるのはスマートじゃねぇ。
――キャッと脅かして、その瞬間にヒョイッと盗んで一路脱兎。
――平和な方法でいこうじゃねぇか。

脅かして奪い取る。ネオンダクトに蔓延る悪の中では、一番温厚な手段を選んだ。
下半身露出のユニフォームには男子も女子も仰天した。
だが当時すでに団のマスコットだった誉が、いともあっさり脱いだのを、きっかけに、誉ちゃんがやるなら俺も私も、となって全員が脱ぐことになった。
誉が何を考えているのか、龍輔にも未だ判らない。
もっと言うなれば、何故怪盗団にいるのかも。
「あなたの狙いは、なんなの?」
目の前の女に話しかけられて、龍輔は我に返る。
このヘンテコな箱入り娘と対峙して、二十分は経過している。
驚かない相手じゃ、物を奪うわけにもいかないのだから、とっとと立ち去るべきだ。
そう龍輔の本能は告げていたが、足が動かない。去りがたいものを、彼女に感じた。
「どうして、逃げないの。泥棒なのに」
黒い大きな瞳が、じっと龍輔を見つめてくる。
誰かに似ている――と考えて、誉に似ているのだと気づいた。
「……いや」
小さく首を振り、逆に龍輔が尋ね返す。
「お前こそ、俺みたいな変質者に構ってないで、お菓子をあげたい相手の元に行ったらどうだ?こんな場所で時間を無駄に潰す必要もないだろ」
「あげたい人……特に考えもしなかったわ」
意外な答えが返ってくる。
「私、街へ出られるのが、ただ、嬉しくて」
これが何を意味するのかも本当は判らないの、と言ってバスケットを掲げた女に龍輔は苦笑した。
「今夜はハロウィンだ。菓子を持っている奴の役目は二つに一つ。悪戯を受け入れるか、菓子を渡すか。お前は、どちらがいい?」
じっと見つめ合うこと数秒置いて、女が答えた。
「悪戯――と言ったら、あなたは、どうするの?」
「そりゃあ、もちろん」
一歩、二歩と距離を詰めても、女性は逃げる素振りを見せない。
手の届く範囲まで近づいて、龍輔は足を止めた。
おもむろに手を伸ばし、女性の頬を軽く摘んだ瞬間――
「こらぁぁぁっ!民間人に暴力ふるうとか、何やってんのよアンタは!」
後方から謂われなき罪を被せられたばかりか金玉に激しい痛みを覚え、たまらず龍輔は、その場に蹲る。
このキンキン声……もとい、愛らしい女の子の声は聞き間違えようもない。
涙目で見上げると、眉をつり上げた風花と目があった。
「あんたねー、お菓子を奪えない相手からは、とっとと逃走する!それが、あたし達のルールでしょッ。何?このか弱い娘さんに、にじりよって、頬を掴んで何する気だったの?あたしの目が届く範囲で性犯罪は許さないわよ!」
「ご……誤解だ……」
そんな大それた真似、龍輔だってしようと思っちゃいない。
ただ、ほっぺを摘んでプニプニする程度の予定だった。
女性にも目をやると、彼女は怯えた瞳で真っ直ぐ風花を見つめていた。
「ほら、逃げるわよ!いつまで蹲ってんの」
「お、お前が蹴り上げたんだろうが」
思いっきり不意討ちで金的しといて、逃げろも何もないものだ。
だが龍輔の訴えにも風花は、何処吹く風。
「ほら、早くしなさいってば」
ぐいっと引っ張られ、まだ痛む股間を手で揉みほぐしながら、龍輔も渋々立ち上がる。
「あ、あの」と気遣ってくる女性へは、にっこりと微笑み、別れの言葉を投げかけた。
「今夜のことは、俺と君だけの秘密だ。警官には内緒だぞ」
「は、はいっ」
「それじゃ、また来年。ハロウィンの夜に会おう!」
顔はサワヤカに、しかし股間をモミモミした、さまにならない格好で龍輔は立ち去った。
頬を上気させた女性を、その場に残して。

数キロ走って、ようやく誰もいない場所まで来て、風花が先に立ち止まる。
「……何格好つけてんのよ」
「えっ?」
聞き返す龍輔をジロッと睨み、もう一度風花は言った。
「何が来年またハロウィンで会おう、なのよ。どうせ名前も知らない相手なんでしょ?」
見れば、彼女はムッスリと怒っている。
いつもは龍輔が何をしていようと全然気にしないのに。
「あれ、もしかして風花……お前、妬いて」
「んなわけがないっ!」
すかさず膝蹴りが襲ってきたが、間一髪。
二度目の金的はギリギリで飛び退いて避けると、龍輔はスケベ笑いを浮かべる。
「そっかぁ〜、うんうん、風花が俺とあの人との仲に嫉妬をねぇ」
「違うって言ってるでしょーが!ほら、さっさとついてきなさいよ。ボスが今夜の集計するって言ってたんだから」
たちまち不機嫌全開になった風花の後を軽い足取りでついていきながら、そういや、お菓子は一個も奪えなかったなぁと、ぼんやり考えた龍輔であった。


あぁ、もちろん。
お菓子強奪大作戦は誉がぶっちぎりの一位で優勝した。
悠平は二位、三位が莉子。
龍輔は一つも取れなかったのだから、当然ビリだ。
「誉、なんでも好きなもんをねだっていいぞ。何が欲しいんだ?」
悠平に問われ、間髪入れずに誉が答える。
「龍輔と一緒にいたい」
「なんで、そうなるんだよ」
呆れ顔で首を振る本人を筆頭に、メンバーもピーチクパーチク大騒ぎ。
「誉ちゃん、龍輔はモノじゃないから」
「たまには違うものを欲しがったっていいんだよ、お金とか、宝石とか!」
「そうよ、例えば、あたしとか!」
「いやいや、風花もモノじゃないでしょ、モノじゃ」
だが誉ときたら、ぎゅっと龍輔にしがみついて「……龍輔と一緒にいる、それが一番いい」なんて欲のない事を言うばかりで。
「も〜、誉ちゃんは龍輔が好きで好きでしょうがないんだねぇ」
団員一同からの嫉妬の視線を一身に浴び、龍輔も苦笑いするしかなかった。


おしまい