act8.初陣
それからというもの。
来る日も来る日も特訓の日々を重ね、ついに彼女達にも初陣の日がやってきた。
どの顔も、怯えの色はない。
むしろ期待と野望で瞳は爛々と輝いていた。その心は、というと――


「えぇ〜っ!?MVPをとった者には、一日司令官といっしょ権〜〜〜〜!?」
初陣、前日。
重大発表と称して工場に集められたアルマ達は、シズルの口から飛び出した一言に全員目をむいた。
「あっ、先に言っとくけどエロ禁、おさわりも禁止な。一日いっしょにくっついていって、ヤイバのやることなすことを見守るだけの権利だ」
「くはッ!なんという最高のご褒美……ッ」
真っ先にブバッと鼻血を出してサイファが握り拳を固める横では。
「一緒についていくってことは、お風呂もトイレも!?」
斜め上な発言をかますアルマに「たった今、エロ禁って言われませんでしたか?」とマジレスするカリンの姿が。
「そうだ、エロ禁だ。約束をやぶったら、その場で権利終了だかんな」と、シズル。
「トイレと風呂とベッドは別だが、他は全部一緒だ。その他ヤイバに誘われたら、一緒に本を読んでもよし、食事をするのもよしだぞ」
「そ、そんなに至れり尽くせりなイベントを受けてしまったら……もう、元の生活に戻れませんわ!」
ガクガクと震えるミラに、ケイも激しく同意する。
「一日といわず全日程一緒に過ごしたいよね!」
「そうもいかないのが最前線で戦う軍人ってやつで。けど逆に、これぐらいのご褒美じゃなきゃ命をかけて戦う軍人の報酬にはならないよな?」
シズルの弁に、その場にいた全バトローダーが頷いた。もちろんクロンも例外ではない。
このこと、宗像教官や副官には内緒だぞとも念を押され、やはり誰もが強く頷いた。
死んだって口を割るつもりはない。口を開けば不敬しか言わない鬼教官になど。

38小隊空撃部隊の初めての出陣は、アヴァロン海域に決まった。
ここは最前線でも比較的、敵の数が少ないのだそうだ。だからといって油断は禁物だが。
「アヴァロン海域は障害物が何もないので攻撃しやすい分、こちらも攻撃されやすい区域です。従って、短期集中戦で一気に仕留めるのが最良かと」
刃の目の前には映写スクリーンがぶらさがっており、真っ青な海が映し出されている。
「この区域で敵とされているのはセルーン国の空撃部隊です。編成数も少なければ、腕のたつパイロットもいない……初陣を飾るに相応しい戦場ですわね」
アヴァロン海域は現在、イルミ国の領域となっている。
しかし、この区域を飛び回る戦闘機は、ほとんどがセルーン国のものだ。
イルミ空軍は、ワ国軍とセルーン国軍の戦いに介入してくる事もない。
戦力を温存しているのか、或いは両者共倒れを狙っているのか。
いずれにせよ、イルミ軍は相手にしなくていいとの通知が届いた。
それよりも、セルーン軍はイルミ領域を通過してワ国へ攻め入ろうとしてくる。
これを阻止するのが先決だ。
「敵の行動パターンは判っているのか?」
刃の問いに、由希子が手元のボートへ視線を落とす。
「えぇ。これまでの戦闘履歴によれば、敵機は常に四機編成。フォーメーションはラインが確認されています」
そこまで判っているのに、何故殲滅できないのか。そう尋ねると、由希子は肩をすくめた。
「司令。戦争とは一日一年で決着がつくものでは、ございませんわ」
単純に、ワよりセルーンの空軍のほうが人数も多いということであろう。
彼らを完全に殲滅したいのであれば、まずは毎日ちくちく倒して数を削っていくしかない。
気の遠くなる話だ。
「ですが戦地は、この空域だけではありません。他も同時に攻めておりますし……皆でちからを併せれば、私達の後に続く世代での戦争終結も夢ではありませんわ」
グッと握り拳で力説されて、そういうものかと刃も納得した。
一日二日で戦争を終わらせられるとは、こちらも考えていない。
この戦いは、もう200年近くも続いていて、それでいて決着がつかないのだ。
空だけではない、陸でも海でも戦っている。四国の軍人達は。
――それに。
些か不謹慎かもしれないが、ここで戦い続けていれば、もしかしたら帝になるのを回避できるのでは、といった下心が刃の心に生まれつつあった。

バトローダー達は工場を離れ、飛行場へ招集される。
ここから飛び立つのだ。戦場へ。
現場での直接的な指示は、通信機越しに司令が行なう。
「貴様ら!ついに貴様らの初陣空域が決定した!単純な空域だが、油断していれば一撃で墜とされる。戦場で過信は禁物だ!」
拳をふりあげわめき立てる宗像教官へ、ケイが軽くツッコミを入れる。
「そんな大声で怒鳴らなくても判っているよ。あたしたちを誰だと思ってんのさ」
「バトローダーだろう。そんなのは、こちらとて判っている」
仏頂面で応える宗像へチッチと指をふると、ケイは、にっこり微笑んだ。
「バトローダーはバトローダーでも、一味違うよ。なんたって歴戦の宗像家が育てた、バトローダーだからね!」
「一勝を取って凱旋してやるから、教官は楽しみに待ってな!」とサイファも拳を握りしめて叫ぶ。
「それも完勝、パーフェクトだ。やるからには全滅させないとね」
初めてフライトするとは思えない勝ち気っぷりである。
さすがは、戦うためだけに生み出された生命体と言えよう。
おかげで逆に冷静になった宗像は、皆の顔を改めて見渡した。
どの顔も闘志で漲り、飛び立つのを心待ちにしている。
いつもは俯きがちなクロンでさえも、輝いた瞳を向けていた。
「やる気満々なのは結構。あとは司令の指示を聞き落とさぬようにな」
「おーっ!」と一斉に拳を振り上げ、バトローダー達は勝ち鬨の声をあげる。
アヴァロン海域はワ国空軍で結成されたばかりの小隊が一番最初に戦う場所だ。
敵機は少なく、比較的おだやかな戦場だ。しかし、未だに占拠できた試しもない。
なにしろ次から次へとセルーン国が戦力を投与してくるものだから、基地を建てる暇もない。
どれだけ倒しても、彼らの戦力は減ることがないように思えた。
だが、それでも弱気になってはいけない。
次の代、いや次の次の代かもしれないが、とにかく未来の子供達の為にも、誰かが戦わなくてはならない。
その為のバトローダーである。
これで戦争に勝たなかったら、倫理を捨ててまで使い捨ての戦力に手を出した意味がない。
目の前のバトローダー達は、颯爽と飛行機に乗り込み嬉々としてシートベルトを締めている。
彼女達は、自分が使い捨てとして生み出されたことを自覚しているはずだ。
だというのに、この小隊のバトローダーは、実に生き生きとしている。
人間型の使い捨て爆弾ではなく、一人の人間のように明日への生きる道が見えているかのようだ。
これも、あの忌々しき工場長の思惑通りなのだろうか?
シズルの顔が脳裏に浮かび、宗像は速攻でブンブン首をふるい、むかつくツラを振り払う。
「では――出撃!」
宗像が手を額に当てて敬礼する中、次々と戦闘機が飛び立つ。
たとえ一体一体が気に入らない性格だったとしても、一応手塩にかけて育てた存在だ。
誰一人欠けずに戻ってきて欲しい。険しい視線で空を見上げ、宗像は、そんなことを考えた。

地上で宗像教官がシリアスに浸っている間、空ではMVPの報酬に浮かれたバトローダー達が、きゃぴきゃぴ通信で雑談していた。
初陣といったって、陸軍と違って体一つで敵へ突っ込むのではないから気楽なもんであった。
『ね、ね、司令の指示まだかなぁ?』
アルマの通信に、カリンが答える。
『私達が飛び立ったのは窓からも見えているはずですから……敵機が出現してからになるのでは』
それらを聞き流し、ケイはMVPについて話題をふる。
「MVPって言ってたけど、どうやって決めるんだろうね?やっぱ撃墜数?」
『でしょ。他に決めようもないし』と、アルマ。
『でも、ここって一回に出る敵機の数が少ないんですよね。取り合いになっちゃいません?』
カリンの呟きにおっかぶさるようにして『取り合い上等!』とサイファも混ざってくる。
『誰が一番撃ち落とせるか、勝負だよ!』
彼女の宣言に併せるようにして、クロンが小さく呟く。
『――敵機、目視で確認』
『え!?もう来たの!どこ、どこぉ!?』『あっ、いた!』
レーダーを見たり前方へ目をこらしたりしてキャアキャア騒ぐ少女達の耳に、凜とした声が届く。
言うまでもない。刃司令の声だ。
『敵機を確認した。パターンはライン。こちらもラインで迎撃せよ』
作戦指示なので口調がお堅いのは仕方ないとしても、これだけで通信が切れるのは寂しい。
なんとか引き延ばしたくて、アルマは雑談を持ちかける。
「司令!司令は今、どんな気持ちですか?あたしは胸がバクバクして死にそうですぅっ」
『死にそうなのか……?大丈夫か、一度戻ってくるか』
「いいえ、凱旋後に司令がナデナデしてくれれば、たちどころに治ると思いまっすぅ〜」
『アルマ、前方に集中しなさい!通信を一旦切ります』
ヒステリックな声に割って入られ、通信は終了した。
あのヒステリックババア副司令め。
司令とのおしゃべりを邪魔するとは、嫉妬?嫉妬ですかぁ〜?やだぁ、醜いっ。
アルマはチッと舌打ちして、前方の敵機に目を凝らす。
なんだ、四機しかいないじゃん。楽勝、楽勝。
宗像教官が使い方を教えてくれたおかげで、ミサイルもバルカンも思いのままだ。
「さぁ、いくよセルーン軍!あたしの華麗な攻撃を受けて、空の藻屑となるがいいわ」
『藻屑って言うの?空の場合』
すかさずケイのツッコミが飛んできたが、アルマは華麗にスルーした。

どんな時にも生真面目なのは刃の美徳だ。
しかし、どうでもいい雑談に答えるのは場の空気にそぐわない。
「あの子達が無駄話をしてきても、今後は一切無視でお願いします」
由希子に再三お叱りを受け、刃も憮然として頷いた。
無駄話というが、無駄と、そうじゃない話の違いが刃には判らない。
今だってアルマが不調を訴えてきたと思ったから、撤退を助言しただけなのに。
胸がバクバクすると言っていた。自分もだ。
たった、あれだけを伝えるのに、ひどく動悸が速まった。
もし、自分の指示が間違っていたら――
初陣で全滅しかねない。責任重大だ。
無事に帰ってきたら、アルマとは一緒に話し合いたい。
どうしたら緊張しないで済むようになるかを。
ふぅ、と小さく溜息をついて額の汗をぬぐう刃に、由希子が囁いてくる。
「大丈夫ですわよ、司令。この空域で全滅した初陣部隊もいないのですから」
初心者部隊は、ここで経験を詰み、腕があがったと思える頃に、さらなる激戦地へ向かうのだ。
そう諭されても、物事に絶対はない。
どうか全員、無事に戻ってきて欲しい。もし全員無事だったら、盛大にお祝いしてやろう。
刃は食い入るように、手元のレーダーを睨みつける。
レーダーで判るのは敵も味方も点表示、フォーメーションと数ぐらいなものであったが。
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