満場一致でバイバイバイ♪

半年という異例の速さで全世界が停戦を告げ、長かりし覇王戦争に幕が下りた。
戦争は、どの国にも実入りがない、まさに無駄としか言いようのない年月であった。
「これに懲りて、しばらく、どこも戦争しなくなるといいんですけどねぇ」
じゃばじゃばと大量の衣類を洗濯しながら、フォーリンが呟く。
片っ端から物干し用の綱にぶらさげ、可憐も相槌を打った。
「大丈夫でしょ。今後は毎年四回、四国合同協議会も開かれるようになるし」
これはクルズへ戻って、すぐの事だが、可憐はクラウンに頼んで皇帝と取り次いでもらい、異世界の政治知識を披露した。
四国合同協議会の元ネタも、可憐による提案だ。
王様が独断で決める危うさを、これでもかとばかりの例題を出して熱弁してきた。
もっとも、クルズはワンマン国家の危うさを、どこよりもご存じのはずだ。
覇王戦争を始めたのも、当時の王家が原因だったのだから。
そうそう、世界を平和に導いた功績として、あれから恩賞も貰った。
クルズ王家のみならず、イルミの最長老やセルーン王家、ワの帝からも届いている。
セルーンは機械王停止後、人が治めるスタイルに戻ったそうだ。
可憐が受け取った恩賞は全てミルの母親、エリザベートに預かって貰った。
自分で持っていたら、瞬く間に浪費してしまいそうな予感がしたので。
エリザベートは、可憐の予想通りに美女であった。
くっきりした目元に、張りのある肌。
燃えるようなオレンジ色の髪を長く伸ばし、黒いローブに身を包んでいた。
子持ちでありながら老いを感じさせない若々しさで、ミルと同等の強気な性格。
近辺の村々で最強魔女と噂されるだけはある猛烈な強さを誇る魔法使いでもあり、この強さならば世界平和の旅にも同行してほしかったぐらいだ。
エリザベート家での同居は、えらい歓迎された。
可憐は毎日清潔にしているだけでいいよと言われたのだが、時折お手伝いをやっている。
家事全般が全滅モードだったフォーリンの手伝いぐらいには、なれているのはなかろうか。
あいにくと、トイレや風呂場でバッタリ遭遇したのは、今のところミルだけだ。
「お母さんも牽制してやったんだ。クルズ皇帝は当分戦争しないよ」
二人の雑談に混ざってきたミルをチラリと見やり、可憐は、そっと溜息をつく。
ミルは――幼女ではなかった。
風呂場で見たミルは背丈が自分と同じぐらいに伸びており、髪の毛も母親と同じぐらいの長さになっていて、ついでに言うと股間には、あってはならぬものがぶら下がっていた。
トイレでも鉢合わせて二回確認してしまったが、ぶっちゃけ可憐のモノよりビッグで悔しい。
可憐より華奢な体格のくせして、アソコだけデカイとか。反則だ。
男だとバレた後は、すっかり本性をさらけ出して、幼女の擬態をやめた。
年齢は、本人曰く十九歳だそうだ。
本当は十五歳で自立する予定だったのが、フォーリンが居ついてからはエリザベートが自立に反対して、そのままズルズル同居しているのだという。
騙された。ハーレムだと喜んだのも、つかの間の幸せであった。
いや、まだ女は二人残っている。
聞けばフォーリンはフリー、エリザベートも未亡人だというではないか。
しかしミルには毎日一緒に遊ぼうよとせっつかれ、二人をナンパする暇すら与えてもらえない。
遊ぶったって、森のど真ん中に建った一軒家だ。
周辺は森と湖しかない。
最初に言われた通り、森でモンスターを狩り、木の実を集めて、湖で魚を捕る、実にハングリーな自給自足生活が待っていた。
収集はミルとエリザベートがやっているが、いずれ魔女が死去したら、この役目が自分にも回ってくるのではと可憐は恐々している。
一番近い村はクラウンの故郷サーフィスなのだが、モンスターがうろつく森を突っ切った先にある為、護衛なしに一人で抜けるのは無理だ。
従って可憐はミルと毎日ガチガチ寒さに震えながら湖で行水したり、森でビクビク小動物を追いかけまわしたり、泥まみれになって地下に生えた植物を掘り起こす作業に明け暮れた。
嗚呼、懐かしき文明生活よ、さらば。
今になって初めて、ファンタジー世界の恐ろしさを実感した可憐であった。
一人では自由に出かけられない。
ここから一番近い文明、村という名の集落にすら!
せっかく近いのに、クラウンの家へ遊びに行くことも叶わない。
何故かミルは、クラウンの家までの護衛を嫌がるし。
クラウンと仲が悪かった記憶もなし、恐らくはタダ働きが嫌なのだろうと可憐は見当をつける。
何でも魔法で出来るんだったら、食品も魔法で召喚できないか?
そう尋ねたこともあったが、同居する魔法使い達には失笑されて終わった。
エリザベート曰く、魔法にも限度があって出来ない事のほうが多いのだと諭される。
以前、誰かも同じようなことを言っていた気がする。確かドラストではなかったか?
彼女とも久しく会っていない。イルミで別れたっきりだ。
そういやクラウンと一緒に皇帝へ談判しにいった時、エリーヌとは面会できなかった。
一度別れてしまえば、庶民と王族。そう簡単には会えなくなってしまうのか。
アンナとミラーの故郷は、クルズ城よりも遠く離れた港町だ。
彼女たちの連絡先も知らない。
ジャッカーの故郷も知らない。
旅の仲間はミルとフォーリン以外全員、疎遠になってしまった。
クラマラスは、きっと山頂に住みなおしたんだろうけれど。
「可憐。どうしたんだい?手が止まっているよ」
ミルにツンツン突かれて、可憐は、ハッと我に返る。
全部を洗い終えたのか、フォーリンが立ち上がって笑顔で話しかけてくる。
「可憐さん、そういえば、これはお伝えしてありましたっけ?今日は午後、お師匠様やミルと一緒にサーフィス村へお出かけする予定なんですけれど」
まったくもって初耳だ。
「な、なんだってー!?」
可憐は必要以上の大声をあげて、二人を驚かせる。
「森じゃ取れない食物もあるからね、山羊のミルクとか。そういうのを受け取りに、月に一度近辺の村へ出かけるんだよ。可憐も覚えといて」
それで護衛を頼んだ時は拒否されたのか?
どうせ月一で出かける場所だから、と。
可憐の複雑な表情に気づいたか、ミルは、ぼそっと愚痴を吐き出す。
「サーフィスには行くけど。あんま、ボクの見える範囲でクラウンとイチャイチャすんなよな」
これには可憐の声が「ハァ!?」と裏返ってしまうのも致し方ない。
イチャイチャするなと言われても、した覚えがないんですけど?その相手とは。
「え、なんだい?可憐には恋人がいるのかい?」
あろうことかエリザベートは興味津々、フォーリンが嬉しそうに「違いますぅ、クラウンさんは可憐さんと永遠の親友なんですよぉ〜」と修正するのを聞き流し、可憐はミルを問いただす。
「妙なことをお母様の前で言うのは、やめてもらえるかな!?軽く風評被害だぞ、今のは!」
「だって」
ジロリと可憐を睨みつけて、ミルが反論する。
「クラウンとは旅の間、ずぅ〜〜っと仲良くキャッキャしてただろ。ボクとよりも。そういう光景を見せつけられるのは、君と仲良くなりたい人間からしたら嫉妬にしかならないんだぞ」
言われた瞬間、可憐の脳裏に、すぅっと光が差し込んだ。

あの旅で、俺はモテなかったんじゃない。
自分でモテるチャンスを手放してしまっただけだ。

クラウンと仲良しこよしになりすぎた結果、女性陣は全員遠巻きに眺めて、可憐との恋愛を遠慮してしまったのだ!
今からでも、挽回は可能だろうか。クラウンとの距離が空いた、今ならば。
以前サーフィスに行った時は、あちこち見渡す暇もなかったけれど、あの村にだって若くて可愛い未婚フリーの女子が住んでいるはずだ。
フォーリンとエリザベートの二択で落ち着いている場合じゃない。
可能性を諦めるな、俺!
「よーし、行こう!午後から行こう、レッツサーフィス!あ、ミルは安心しろよ、あんまクラウンとはベタベタしないから♪」
俄然張り切りだした可憐を訝しげな眼で眺めると、ミルは決心する。
大方、村で女の子をナンパしようって腹なんだろうけど、そうは、いくものか。
始終くっついて妨害してやる。可憐と一番の仲良しになるのは、ボク一人で充分だ。


村に到着した可憐一行を迎え入れたのは、実によく見知った顔であった。
「あ〜っ!カレン様、お久しぶりです。アンナです、まさか忘れちゃいませんよね!?」
可憐を見つけた途端、大声で叫んで手をブンブン振っているのは、アンナではないか。
こんな辺境ド田舎村に、造船所の娘が何用か。
後方にはミラーやクラウンもいるが、それよりも一番目を引くのは、ここらじゃ見かけない水色の美しい髪の毛の持ち主だ。
「えっ、ドラスト!?なんで、きみがクルズにいるんだ?」
「数日前から滞在している」
可憐に答えたのはクラウンで、本人も胸を張って滞在理由を伝えてきた。
「カレン、私はお前に会うために長期旅行を決意したのだ。大魔女の家は森の中だと聞き出したまでは良いのだが、あまりにも場所が漠然とし過ぎていてな?一人で森を彷徨うのも面倒だしと考えあぐねていたら、魔女は月に一度この村へ来るというではないか!そういうわけで、ここで待ち伏せることにしたんだ」
ドラストがいる理由は判った。
では、アンナとミラーがいる理由は?
無言の催促に気づいて、アンナが話し出す。
「あっ、あたしはミラーのつきそいで。えぇ、カレン様、聞いてくださいよォ。ミラーってば、クラウンさんと交際を始めたんですよぉ?酷い裏切りですよね、カレン様にとっても!」
可憐が「え?」と目を丸くしたのは、アンナが酷く憤慨している理由が判らない上、可憐にも不利益だと断言する意味も判らなかったせいだ。
彼女には悪いが、ミラーとクラウンの交際に関しての意外性はゼロに近い。
最後の試練じゃチューした仲だし、その前も一緒に買い物へ出かけたりして、フラグは、そこかしこに立っていた。
エリーヌと交際を始めたと言われるほうが、よっぽど仰天ニュースだろう。
やっかみが全然ないとは言わないが、素直に祝福できる恋愛でもある。
「けど、よく森を抜けられたね?見たとこ、護衛が一人もいないようだけど……」
幼女に擬態したミルが疑問を口にし、ミラーが、そいつを否定する。
「護衛なら、いますよ。私達の幼馴染なんですけど。ムーブル〜!ちょっと、こっち来て〜」
手招きされて走り寄ってきたのは、紫髪で背の高い少女だ。
パッと見、目につくのは鍛えあげられた肉体であろう。
巨乳というよりは筋肉が胸の布を押し上げている。
反面、顔は地味で、一度見ただけでは覚えられないほどモブっぽい。
「オッス、そろそろ出発すっか?カレシとのイチャイチャタイムに未練ナシか、コノー」
冷やかす彼女を手で制し、ミラーがムーブルを皆に紹介する。
「カレンさん、この子は私とアンナの幼馴染でムーブルって言います」
「オッス、ムーブルです。アンタが噂のカレン様?」
見知らぬ少女を前に、終戦後での出会いフラグキター!と、可憐の心は激しくざわついた。
村についても、コミュ障の自分がどうやって女性をナンパすればいいのか悩んでいたが、知り合いに知り合いを紹介してもらうって手もありか。
だが、まずは彼女で試してみよう。
久しく使わなかった俺のスマイルが、錆びついていないかどうかを。
可憐は目一杯さわやかな笑顔を浮かべて、ムーブルに挨拶を返す。
「はじめまして、市倉可憐だ。気安くカレンと呼んでくれるかい?」
キラーンと歯を輝かせただけで、ムーブルはポォッと頬を染めて棒立ちに。
チョロイものだ。
しかし、彼女は可憐の好みではない。
他の子を探すとしよう。できれば巨乳で小柄で可愛い顔の女子を。
ついでにアンナやドラストも見とれる中、可憐は久々に会えた親友へ話しかけた。
「やぁ、クラウン、よく似合っているよ。その服、イルミで買ったやつだよね?」
クラウンは見慣れたピチピチ黒上下ではなく、黒シャツに藍色のズボンを履いていた。
できたてカノジョと会うってんで、おめかししたのか?と勘繰れば、そうではなく。
「あぁ。お前が村に来ると聞いたので、着替えてみた」
クラウンはテレて視線を外し、傍らではミラーが少々むくれたように苦笑した。
「クラウンさんってば私と会う時は全然着てくれなかったのに、今日、カレンさんが来るって村長から聞いた途端、この服を着てきたんですよ?旅が終わってもカレンさん贔屓は健在なんですもの、妬けちゃいます」
「まぁまぁ」
内心こちらも羨ましさで妬きながら、可憐も笑ってやり返す。
「そのうち、クラウンだってミラーと会う時にオシャレするようになるって。今はまだ、付き合い始めたばっかでテレがあるんだよ。そうだろ?クラウン」
「いや、テレているつもりはないが……」といった気の利かない返事をするクラウンの首根っこを掴んでズルズル広場のほうまで引っ張っていった可憐は、しかめっつらで助言する。
「いいから、俺と会う時じゃなくてもオシャレしろって。クラウンは元がいいんだから、もっと自分をアピールしないと駄目だよ」
「アピールって、誰に」
「ミラーに決まってるだろ!?もう暗殺者でもないんだし戦争も終わった今、あのピチピチ上下を着る必要がないって言っているんだ!」
「ピッ、ピチピチと言われるほどには窮屈なサイズではなかったはずだぞ」
「い〜やピチピチだったよ、俺やミラー達から見たら。いいかクラウン、オシャレってのは自己満足のみならず、相手のためにもするもんだ。つまりミラーとデートする時は、ミラーの為に着てあげろ。俺と久しぶりに会うために着たってこたぁ、俺を気にかけてくれたんだろ?それを彼女にもしてやれって言ってんの」
男二人でボショボショ話し合った後。
再びクラウンを連れてミラーの元へ戻ってきた可憐は、ビッと親指を立てて宣言する。
「次からは、この思い出の服、きみとのデートにも着てくるってさ!」
「さすがカレンさん!クラウンさんを説得するのが、お上手ですね」
ミラーには微妙な褒められ方をされて、アンナには「カレン様、クラウンさんを言葉責めでノックダウンさせるとは良きものを見せて頂きました……!」と羨望の眼差しで見つめられた。
そこに、エリザベートが近づいてくる。
「だいぶ盛り上がっているねぇ。あたしらは先に帰るけど、可憐は、どうする?」
今まで何処にいたのか、大量の木箱を抱えている処を見るに食料をもらってきた後か。
いつの間にか姿を消していたミルとフォーリンも一緒だ。
「あ、えっと、どうしよっかな」
一緒に帰らないと身を守る術がない。
さりとて、ここで別れるのも話したりない。
「いいんじゃない。クラウンちにでも一晩泊っていけば。だって可憐は、ボクよりクラウンと話しているほうが楽しいんだろ!」
ミルは、ぶっすりふくれっつらだ。
そういや出がけ、クラウンとの雑談を控えるってな約束をしていたのを、すっかり忘れていた。
そんな約束を忘れてしまうほど、話したいことが多々浮かんできたんだから仕方ない。
ミルの気持ちを知ってか知らずか「いいんじゃないか?カレン、今日はサーフィス村に泊っていけ。小娘と金魚の糞は、どうする?お前らも泊っていくならカレンが寂しがらなくて済むんじゃないか」とドラストが乗っかってきて、アンナやミラーも大喜び。
「いいですね、それじゃ今日は宿屋で再会を祝って宴会しましょう」
「いいっすね、アタシも参加します」とムーブルまで乗ってきて、場の流れには逆らえず、フォーリンも「それじゃ、ミル。私達も参加しましょうか。お師匠様も、飲み会は好きでいらしたでしょう?」とエリザベートに問えば、大魔女は満面の笑顔で頷き返す。
「いいねぇ、飲み会!今日はジャンジャン飲むよ!ほらミル、あんたもふくれていないで参加しな。可憐ともっと仲良くしたかったらさ、こういう時こそ利用しなきゃ」
母まで残るとなっちゃ、ミルも帰るに帰れない。
「……もう、しょうがないなぁ。つきあってあげるよ、バカ騒ぎに」
飲む前から出来上がった状態の母や可憐達を追いかけて、ミルも宿屋へと歩いていった。
おしまい
END

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