アンナとミラーの造船所 二人まとめてお持ち帰りィ!

造船所とは、その名の通り船工場を指している。
しかしアンナとミラーの店は船を造るだけに留まらず、船のレンタルや船乗りのレンタル、はては船販売から修理まで手広くやっていた。
「船の事なら何でもごされ。それがアンナとミラーの造船所でござい!」
ビシッと明後日の方向でポーズを決めるアンナの背後で、ミラーが補足する。
「あ、ちなみにお店の名前はグランドシップっていいます〜♪」
「グランドシップ……どういう意味?」と尋ね返したのは可憐。
「世界の船っていう意味です。世界中の船を取り扱うのが私達の夢ですので」と答えてミラーは、にっこり微笑む。
店内を見渡しても、この二人しかいないところを見るに、船を造る場所は余所にあるのだろう。
ここは窓口ないし販売用店舗か。
「ところで、密入国の件だけど」
さっそく用件を切り出す可憐へ、アンナがずずいと近寄ってくる。
「はいなはいな。イルミでしたよね。しかし今の時期にイルミへ行くたぁ、お客さんも豪の者ですねぇ」
「今の時期?」と、首を傾げる可憐へ答えたのは傍らのクラウン。
「……霧の事を言っているのだろう」
「霧?」
またまた可憐は首を傾げる。横でクラウンが続けた。
「今の時期はイルミを霧が覆い隠す。海路にしても霧が発生して、進路を取るのは困難だ」
「えぇっ?じゃあ、行かない方がいいんじゃあ……」
ビビる可憐に首を真横に振ってクラウンは否定する。
「しかし、時期を逃したら最長老には二度と会えまい」
難しい二択だ。
迷うのを承知で海原に乗り出すか、時期を外してからイルミへ向かうか。
だが時期を外せば、向こうの"会おう"という気持ちが削がれるのも予想できる範囲。
一か八か、海へ乗り出すしか道がないように思われる。
「どうしても最長老へ早く会いたいんでしたら、いくっきゃありませんぜ」
話の前後も判らないくせに、アンナが話に混ざってくる。
悩んだのも一瞬で、可憐の決断は早かった。
「まぁね……しょうがない、じゃあ船の手配をお願いできるかな」
「では、まず、お見積もりから計算させていただきます」
にこにこ微笑みながら、ミラーがさっと出してきたのは一枚の紙。
「この用紙に、ご希望のサービスをご記入下さい。別途オプションもございます」
ごそごそと大量のパンフレットを取り出してくる。商売熱心だ。
用紙には船の種類やサイズのみならず、食事掃除入浴サービスなんてのも書いてある。
望めば豪華客船並の待遇での船旅も可能なのであろう。
しかし、あまり目立つのは禁物だ。予算の都合もある。
「……あっ、そうだ」
予算といえば、二人とも金を持ってきていない。
「如何なさいましたか?」
笑顔で尋ねてくるミラーへ、可憐が誘いをかける。
「俺達の金蔵が宿屋にいるんだ。見積もり出すなら、彼女達にも相談しないと」
「ほぅ、金蔵が」
アンナの瞳が、きらーんと光る。
「大勢でのご密入国なのでしょうか?」とも、ミラーに尋ねられ。
とにかく一旦宿へ行こうと強引に話をまとめ、可憐は二人を連れ出した。


――そして――


気づけばイルミ国へ向かう船の中にいた、アンナとミラーであった。
「どーして、こうなんじゃーいッ!」
アンナが絶叫する横では、同じく呆然とするミラーの姿が。
「どどどど、どうして同行する事になっちゃったんでしょう!?」
「あんたが悪いんじゃないの!あんたがクラウンさんの笑顔にコロッといって五割引きでいいです、なんて言うから!」
アンナには力一杯鼻先に指を突きつけられて、ミラーも反論する。
「何よぉ、アンナだってカレンさんハァハァ、クラウンさんと仲良しすぎぃ!もっとくっついてハァハァ、って始終へんな妄想ばかりして全然見積もり請求してくれなかったじゃない!」
「仕方ないでしょーが!あの二人、仲良すぎるんだもん」
わけの判らない逆ギレで返すと、アンナは両手を組んで天井を仰ぐ。
「美しいにも程がある……カレンさま、尊い……」
「カレンさんが美形なのは私も認めるけど!結局ただで、しかもなんで私達まで同行することになったワケ!?」
同じく天井を仰いで嘆くミラーには、キッと鋭い目つきでアンナが振り返る。
「だから、あんたが!あんたが全部決めちゃったんでしょうがッ。五割引きにした挙句、クラウンさんのお願いにホイホイ頷いて!」
「だってだって、あんなイケメンに真顔で迫ってこられた上に『君が居なければ駄目なんだ』みたいな困った表情で囁かれたら、どんな乙女でも陥落するから、絶対!」
一体何があったのか。
可憐に連れられて宿まで行ったのが、二人の敗因だったのかもしれない。

金蔵だと紹介されたのは、クルズ王国の第四王女エリーヌ姫であった。
恐れ多くも現役姫君を前にして、ひれ伏すしかなかった庶民二人組は、可憐の「姫様も一緒なんだから、いい船を割引してくれると嬉しいな」という世にも図々しいお願いを聞かされて超困惑したのだが。
可憐に何度も間近で微笑まれ、姫の威光や大魔法使いの娘の威嚇などの様々な圧力に負けたアンナは、豪華客船クラスの砲台付旅船のレンタルを許可。
さらにはクラウンが「船の事が判る人間に同行して欲しい」と言い出して、彼のハンサム具合にクラッときたミラーが同行すると頷いた。
その時に全体の料金を五割引きにする約束もしてしまったのだが、アンナもミラーも可憐とクラウンの顔しか記憶にない。

夢のような一時であった。
だが、船に乗り込んでしまえば部屋は別。
全員個室に割り当てられ、正気に返ったアンナがミラーの部屋へ押しかけてきた。
という次第だ。

「あんな唇くっつきそうな位置まで顔を近づけてくるとか、クラウンさん、絶対私に気があるよね」
真っ赤に染まった頬に手を当てて寝言を呟くミラーには、アンナが鋭くツッコミを入れる。
「駄目よ!クラウンさんはカレン様の受け、穴役なんだから!」
「あ、穴ってダイレクトに言わないでよ!その変な妄想、絶対二人の前で言っちゃ駄目だからね!?」
「なにが変な妄想よ、真実でしょ!クラウンさんの目にはカレン様しか映ってないの、あたしには判るっ」
「二人が向かい合えば、瞳に映り込むのは当たり前でしょ!?ってか、アンナはカレンさんとくっつきたいって願望はないの?」
「カレン様と、あたしがくっつく、だとっ……!?オォッ、恐れ多いッ。イケメンは、イケメンとくっつくのが定めなのよ!」
「どこルールの定めよ、それっ!」
二人して全力で言い争った後、ゼーゼー息を切らして口喧嘩の終わりをミラーが告げる。
「も、もうやめよ……無駄な争いは」
アンナもベッドに手をついて、疲れ切った顔でぼやいた。
「そうね……あたし達、それより命の覚悟をしなきゃいけないかも」
造船所なんてやっているが、大海原に出たことは一度もない。
船乗りは全て雇いの人間がやっていた。
同行にあたり、雇いの者達と両親に店を任せて出てきたのだ。
荷物はポケットの中に入っていた財布しかない。
「向こうに着いたら、クラウンさんとお買い物しよっかなぁ」
すっかりクラウンのカノジョ気取りな相棒に、アンナは釘を刺しておく。
「その前に、無事に村まで辿り着けるかどうかを心配しなさいよね……」
イルミの知識は、ほとんどない。耳の尖った魔法使いの国とだけ。
二人に出来るのは、船の動かしかたのレクチャーぐらいだ。
この船は今、大魔法使いの娘・ミルの呼び出した召喚獣が動かしている。
船乗りのレンタルは断られた。
召喚獣に全部やらせると言われ最初は目を丸くしたものの、今のところは何事もなく海の上を進んでいる。
「……私達、同行する意味あったのかしら……」
ぽつりとミラーが呟くも、アンナは黙って首をふる。
ついてきてしまってから後悔しても遅いのだ。
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