アクア

8.心

沙由さん?

大胡が訝しげに尋ねてくる。
だが、沙由は黙って泣き続けた。

私の邪魔をしないで。
私はサザラが好きなの。
サザラと一緒に住みたいから、だからここへ来たの。
邪魔をするなら大胡など、いなくなってしまえばいい。
シズクもだ。
私が邪魔だから殺そうとしたのね。
うぅん、それは構わない。
皆がシズクにしたことは許される事じゃないから、同じ人間である私を憎むのも仕方がないよね。
でも、あなたは私を殺せばサザラが悲しむのを知っていたはず。
サザラを悲しませるのは許せない。
たとえ、それが彼の肉親であろうとも……

少なくともサザラは沙由を必要としてくれている。
うぬぼれと言われようが、沙由はサザラからの愛を確信していた。
それは彼が沙由を血眼になって探した処からも伺えるだろう。

僕は……
いえ、僕達は彼女を傷つけてしまった
沙由は争いが嫌いなのです
なのに、僕は感情にまかせて君と争ってしまった


ぽつり、とサザラが呟く。
その顔には後悔の色が、はっきりと浮かんでいた。
負の感情に任せて怒鳴り散らしたことを後悔しているのだ。

僕は本当に最低だ

また同じ言葉を呟いた。


沙由の涙が悲しみであると大胡が気づくまでには、少々時間を要した。
彼は、沙由が自分を縛りつけるサザラに対して泣いていると思いこんでいたからだ。

沙由さん
怒ったならごめんよ
でも、俺は本当にあんたを助けに来たんだ
あんたが魚人に拉致されて監禁されてるっていうから
どうしても助けなきゃって思って、それで
なぁ 何で泣いてるんだ?
俺が悪い、のか?


そうだと言ってしまいたかった。
銃を背負ったあなたに魚人を責める資格はない、とも言ってやりたかった。
だが、沙由の意気地のなさが、それを邪魔した。
沙由は争いが嫌いな穏やかな性格なのではない。
彼女は、他人に強く言える気の強さがないだけであった。
本当の沙由の心は、皆と同じように暗く醜い部分も潜んでいる。
彼女がそれを表に出さないから、誰も気がつかないだけで。
そう、サザラさえも沙由の内に秘められた黒い感情には気づかないでいる。

でも、これだけは言える
そう、これだけは
沙由を連れていかないで下さい
沙由が僕を軽蔑してしまったとしても、僕には彼女が必要なんだ


バケモンは黙ってろ!!

意を決したサザラの告白は大胡の一喝でかき消された。
一喝した後は人が変わったように優しい声色で沙由に尋ねる。

泣いてばかりじゃ判らねぇよ なぁ沙由さん
教えてくれよ
こいつの言うとおり、あんたはこいつらの家族なのか?
脅されて、そう言えって言われてんなら、俺はあんたの為にこいつを倒してやるぜ


倒す。
倒すとは、殺すということか。
黙っていたら、サザラは殺されてしまうのか。
何故サザラは殺される?
姿が違うから?
バケモノみたいだから?
違う。
サザラはバケモノじゃない。
たとえ見かけは人間じゃないとしても、彼の心はバケモノじゃない。
海のように澄んだ心を持っている。
その彼を、見栄えが違うからというだけで殺されてなるものか。
沙由は涙をぬぐい鼻をすすると、つっかえつっかえ話し始めた。
大切な人を、守るために。




あの日
世界が崩壊したとき
父も母も死にました
一人、私だけが奇跡的に助かって
でも、一人だけ助かっても
私は嬉しくなかった
死のうと思って
街をふらついていたんです
その時に彼と
サザラと出会いました
一緒に来ませんか
と、声をかけられて
すごく嬉しかった
死のうとしていたのに
声をかけられただけで
すごく嬉しかった
私は一人じゃないって
そう思ったんです、そのとき
父も母も友達も失って
これからどうしようって
でも、まだ地上には優しい人が残ってた
嬉しかった
私がこの家にいるのは
その気持ちが今もあるから
種族なんて関係ない
サザラが、いるから私はここにいるんです
無理矢理つれてこられたんじゃない
あのとき、断ることもできました
でも私には断れなかった
いえ、断れる人なんて……
いるんでしょうか?
優しさを
真っ向から向けられているというのに







エピローグ.

瓦礫の街には行ってみたかい。
立派な家が建ち並んでいただろう?
その真ん中にあるのが、魚人の屋敷さ。
うおじんを知らないって?
彼らは海からやってきた新しい種族なんだ。
見かけは恐ろしいが、怖がっちゃいけねぇぜ。
彼らは純粋に、俺達人間と仲良くしたいだけなのさ。
その証拠に遠目から見てごらん。
屋敷の中に何人か人間が混じってるだろ。
あの中でも一番のおばあちゃん。
あれは魚人と結婚した女の人で、名前を沙由さんっていうんだ。
若い頃は、交流の架け橋となって随分頑張ってくれたんだぜ。
今じゃ彼女も五人の孫持ちだってんだから、やるねぇ………



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