アクア

1.一つの時代が終わった日

たった一回の大地震で。
それだけで世界はあっけなく崩壊してしまったんだ。


沙由が地震に立ち会ったのは、寮制の学校にいる間のことだった。
この時ほど、沙由は寮制の学校に入ったのを悔やんだ事はなかったと言うよ。
街に残っている父や母は無事だろうかってね。
でも校内では先ほどから、やかましいぐらいに警報が鳴り響いているし、先生が指示してくるもんだから、沙由にぼ〜っとしていられる時間は与えられなかったんだ。


荷物を外に放り出して!体力のない人は家に戻っても構いません!!
とにかく、研究材料と機材を優先的に外へ運び出すことッ



先生にとっては生徒の命よりも機材の方が重たいらしい。
でも生徒は頑張ったよ。
文句も言わずに機材をバケツリレーの要領で運び出したんだから。
そうして体力のない沙由は、運んだ机を最後に家へと走ったんだ。


空から大きなビルの一部が降ってきて、沙由はひゃっと首を竦めた。
ビルの破片は遙か上空で学校の建物にぶつかり、粉々に砕かれてゆく。
まるで映画のワンシーンをコマ送りで見ているような情景であった。
しかし、暢気にそれを眺めているわけにもいかない。
足下は揺れ始めているし、家が心配だった。
沙由の家は二階建ての一軒家である。
崩れてきたビルの破片が家にぶつかろうものなら、ひとたまりもないだろう。
父が、母が、死んだら……そう思うと、沙由は涙が止まらなかった。
泣きながら走る。
家族の安否を胸に。
途中、同じように帰路を急ぐ人達と合流した。

どうなっちゃうんだろう
終わりだよ、終わり
世界の終わりだよ


などと、とりとめもなく会話にもならぬ会話をかわした。

大地震が来る、という前兆は過去にも数回あった。
最初は北部で、次は南部で。
でも誰もが、都会だけは大丈夫だと思っていた。
確たる証拠もなしに、自分の住む場所だけは安全だと思いこんでいたのだ。

足下の揺れが激しくなる中、飛び出してきた車を反射的に避ける沙由。
と、その暴走車が急ブレーキをかけた。
運転席には見知った顔。
父だ。沙由の父が運転していたのだ!
パパ!と叫ぶ娘に、父も安堵の顔を見せる。
聞けば、沙由が心配で学校まで迎えに行くところだったと言う。
思いは同じであったのだ。
助手席には母の姿も見え、沙由はホッと一安心。
いや、安心している場合ではない。地震はまだ続いている。
これからどんどん激しくなるのだろう。
遠目にビルが崩壊していくのが見え、沙由たち一家の不安は増していった。

これからどうなるんだろう
明日からどうしよう
なるようにしかならないわ


そんな会話を両親と交わした。
確かに母の言うとおり、なるようにしかならない。
こんな大地震は沙由にとっても、そして人類にとっても初めてだったのだから……

あっ

誰が発したのかは知らない。
もしかしたら沙由があげた声かもしれなかった。
頭上に大きな破片が降り注いでくる。
崩れ落ちたビルの一角だ。
もう、逃げる暇もない!
崩れてくるビルの破片がスローモーションで迫ってくるように、沙由には感じられた。


そして世界は崩壊した。
とてもあっけなく、簡単に。
全ての建物が瓦礫と化した後、ぼく達は地上へとあがっていったんだ。
大地の力で浄化された、楽園への居住を目指して――


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