Friend of Friend's

11.これは、とんだフラグですね

その日、黒鵜戸は驚きすぎて顎が外れるかと思った。
いや、本気で。
天変地異の前触れか、或いは青天の霹靂とでもいうべきか。
それは、いつものように工事現場で休憩中の火浦を見つけて、なんとなくダベッていた時の事――

「お、俺が里見さんとデート!?」
「嫌、か?」
「いや、いや!だって、だって俺、里見さんには嫌われてるはずだぞ!?」
「里見がそう言ったのかよ、お前に直接」
「いやぁ……言われてないけど……」
「ならキマリだな」
「決まりじゃないって!誰が見ても俺を嫌ってるだろーが、あの子はっ!」
突然切り出されたのは、なんと妹とデートして欲しいというお誘いだった。
それだけでもブッたまげだってのに、話には続きがあった。
「嫌ってねーよ、お前のことは。あいつが嫌ってんのは、デブオタだけだ」
「え〜っ?」
「あぁ、あと酒木も……まァ、酒木を嫌う理由はわかってんだ。あいつ、女は嫌いだからな。俺と同い年だと余計」
笑っているが、何故妹の里見が兄と同い年の女性を嫌うのかまでは把握していないと思われる。
「んでな……悪いんだけど、頼まれてくんねーか?」
「なにを?」
「酒木に伝言して欲しいんだ。今度の日曜、俺とデートしてくんねーかって」
「どっっ、どえぇぇえええぇぇえええっっ!!!?
「なっ!なんだよ、そこまで驚くこたぁねーだろが!」
「け、けど、本気なのか?だって、つい最近まで嫌ってたじゃないか、酒木さんのこと!」
「あァ、本気だ。そりゃあ、里見を虐めた張本人だかンな。最初はいけすかねーって思ってたよ。けど」
「けど?」
「……あいつ、眼鏡取るとケッコー可愛いよな?や、可愛いっつーか美人っつーか」
「え〜〜〜ッ!?」
「な、頼むよ。酒木とは同じガッコいってんだろ?話つけてきてくれ」
などと照れまくった顔で頼まれては、黒鵜戸も迂闊に嫌とは言えなくなってくる。
どうやらディズニーの一件で、火浦の酒木に対する評価が一変したらしい。
一日一緒に遊んだだけで惚れてしまうってのも尻軽だなぁと思うのだが、恋愛は本人の自由なので黒鵜戸に口を挟む権利などない。
それに友達同士が仲良くなるなら、それに越したことはないじゃないか。
酒木は黒鵜戸の友達ではないけれど。
「う、うーん……でもクラス違うし、俺が酒木を誘ったら多分、トシローや栃木も知っちゃうと思うんだけど、いいのか?」
「構わねーよ、この際。とにかく、頼んだぜ」
休憩が終わり、意気揚々と持ち場へ戻る背中を見送りながら、早くも胃の辺りがチクチク痛み出してきた黒鵜戸であった。

放課後、教室に誰もいなくなったチャンスを見極めて、黒鵜戸は酒木にお伺いを立てる。
酒木との交渉は難航を極めた。
といっても、酒木は火浦を嫌っているからデートを拒否しているのではない。
彼女の言い分は、こうだ。
「あたしがデートするより、あんたがデートしなさいよ」
「ハァ?」
「そっちのほうが、あたしとしても萌えるし。ねっ、そうしなさい」
「いや、無理」
「なんで無理なのよ!」
「だって俺、里見ちゃんのお守り任されてっから。同じ日に、同じ場所で里見ちゃんの面倒を見てくれって頼まれたんだ」
「ハァン?妹とデートの奴を同伴させて、さらに、あたしとデートしようっての?何考えてんのよ、彼」
「それは俺も知りたい……でも、とにかく俺が火浦とデートするのは無理ってことで」
「チッ。なら栃木くんでもいいのよ、ヒビキンだって構わないわ」
「いや、火浦のご指名は酒木さん、君だ。君以外を誘ってきても、あいつは喜ばないよ」
「大体、なんであたしなのよ!こないだはグーで思いっきり殴りかかってきたくせにッ」
「そうそう、それなんだけど。その件はチャラにするって事で」
「……あ、そ。つまり、誤解が解けたってわけ?」
「らしいね」
「まぁ、それは良かったけど。それで何でデートなのよ?こないだのチケット代なら、現金で渡せって言っといて」
「や、そーゆーお礼の意味じゃないと思う」
「じゃあ、何なのよ?」
「たぶん、多分だけど……君のことが、好きなんだと思う」
しばらくの間が空いて、酒木は目線をさまよわせながら、ぼそぼそと呟いた。
「な……なによ、それ。ど、どうして黒鵜戸くんに言えるわけ?そんなことが」
てっきりハァ?と怪訝に眉をひそめて食ってかかってくると思っていたので、黒鵜戸としては意外な反応だ。
「えっ、だって本人がそう言ってたし。酒木さん、可愛いって」
「ちょ、やだっ、やめてよ!もぉ、からかわないでっ!」
「いや、からかうも何も、本人が」
「判ったから!!……他に、なんか言ってた?」
「え、と……あ、眼鏡取ると美人だって!」
「そ、そう……じゃあ、日曜はコンタクト入れてみようかしら……」
「あ、じゃあ行ってくれるんだ?日曜のデート!」
「おっきな声で言わなくていいから!!お、OKって伝えといて」
「オッケー」
酒木が褒め言葉に、ここまで弱かったとは。
黒鵜戸は内心ニヤニヤしながら、表面上は普通の笑顔で火浦にメールを送る。
日曜日が楽しみになった。


――きたるべき、日曜日がやってきた。
「うっす」
「おぅ」
待ち合わせ場所に時間通りにやってきたのは、火浦兄妹と黒鵜戸だけ。
酒木の姿はない。
ぶすっとしている里見を黒鵜戸の横へ押しつけると、火浦は周囲を見渡した。
「まだ来てねーのか、ユイナ。時間にゃうるさそうに見えたんだけどな」
「結菜って、呼び捨て!?」
「お兄ちゃんを待たせるなんて、信じらんない!サイテーだわ、あの女!!」
「いや、まだ一分も過ぎてないし……」
「色々時間がかかってんだろ?お前だって今日着ていく服決めるだけで三十分かかったじゃねーか」
「そ、それは!お兄ちゃんと一緒にお出かけだと思ったから!黒鵜戸さんとあの女も来るなんて、聞いてないしッ」
「言っただろ。お前が聞いてなかっただけで」
「知らないッ!」
時計の針が約束の時間から二分を刻んだ時、酒木が走ってきた。
「ごっめーん、遅くなっちゃった!」
「いや、セーフでしょ。二分しか経ってないし」
「おっそぉぉぉい!!二分もお兄ちゃんを待たせるなんて、サイテーよ!」
「えーっ!?」
「ゴメンゴメン。里見ちゃんと違って、あたしは身だしなみにも気を遣う女なのよ」
「なんですってぇ!?」
「っと、今日はコンタクトなのか」
酒木の雰囲気が違うのには、黒鵜戸も気づいていた。
今日の彼女は清楚な白のブラウスに、ふんわりギャザーの入ったスカートという出で立ちで、髪型だって、いつもの三つ編みをほどき、ストレートで流している。
眼鏡もやめていた。
以前予告していたとおり、コンタクトに換えたのだろう。
大人しく黙って立っていれば、お嬢様学校の生徒に見えなくもない。
「お、おかしいかしら?」
「いんや。似合ってる」
「そ、そう……ありがと」
「ちょっと、お兄ちゃん!なに鼻の下伸ばしてんのよ、この女はオタ、むぐぐぐぐっ!」
秘密をバラしそうになった里見の口は、黒鵜戸が慌てて塞ぐ。
グッジョブ!とばかりに親指を立てて応じた酒木は、何事もなかったかのように火浦へ振り向いた。
「それで、今日はどこへいく予定なの?」
「ん。映画でも、一緒に見ようかなって」
ビンボー一家のくせに、映画のチケットを二枚も買うとは奮発したものだ。
と思っていたら、どうやらそれは黒鵜戸の早とちりというやつで、新聞配達のアルバイト先で、会社の人から譲ってもらった招待券だった。
「『アメイジング・スパイダーマン』……?あぁ、スパイダーマンのリメイクだとかで、ヒビキンが散々叩いていたやつね」
「嫌いだったのか……?」
「あ、違う違う。ヒビキンは、ほら、女の子以外あんまり興味ない奴だから」
「あんまりっていうか全然だけどな」
「あたしは好きよ、こういうアクションものも。開演十時なら、そろそろ行かなきゃね」
「あれ、でも、二枚しかないけど?」
「あ、お前らとは、ここでお別れだ。あとは好き勝手にやってくれ」
「はぁっ!?」
「お兄ちゃん!やだよ、こんな奴と二人っきりで間違いがあったらどうするの?」
「それはナイナイ」
「平気だろ、黒鵜戸は紳士だぜ」
「どこが紳士なのよ!」
「紳士なんだよ。お前、俺の言うことが信用できねーってのか?」
「うっ……」
「とにかく、そーゆーわけで。里見のコト、よろしくな紳士様」
「お、おう……そっちも、気をつけて」
「ちょっと黒鵜戸くん、誰に気をつけろっていうのよ!」
「あぁ、違う違う、俺に言ったんじゃなくて、お前に言ったんだろ。じゃーな」
酒木と火浦を二人っきりにするのも不安だが、本人が希望しているんじゃ仕方ない。
あとはダブルデートという口実のお守りを、精一杯務めるだけだ。
ぶすくれた里見を促すと、彼女はここぞとばかりにワガママを言い始めた。
すなわち「あれ、おごってよ!」という、いかにも年下の女の子らしいワガママを。

映画を見る前までは期待に膨らんでいた火浦だが、見終わった後には、ただひたすら苦い感情でいっぱいになった。
酒木ときたら、外見と反して映画中もブツブツ独り言の多い女だったのだ。
それも、なにやら気持ち悪い男同士のホモ恋愛に突っ走った感想を述べるもんだから、周りに聞こえてやしないかと火浦のほうがハラハラしたものだ。
酒木がオタクで腐女子で男同士のホモ恋愛が好き――という前情報なら、黒鵜戸から既に聞いていた。
だが、それにしたって。
自分という生身の男が一緒だというのに、こっちには目もくれず映画に夢中、しかも中身は腐妄想たぁ、どういうこった。
「ユイナ、お前ってホント中身もオタクなんだな」
「あら、そうよ?気づいてなかったの。っていうか今、ユイナって呼んだわね」
「あぁ。駄目か?」
「駄目とは言わないけど……なんていうか、ねぇ。気が早すぎるんじゃない?」
「響だって、お前のことサカキンとか呼んでんだろ?だったら俺がユイナって呼んだっていいじゃねーか」
「あぁ、あれは、あたしが先に彼をヒビキンって呼んだから……つか、今ヒビキンのこと響っつった?」
「あぁ」
「ふぅん……いつもキモオタって呼んでるわけじゃないのね」
「あいつ、一応お前の友達なんだろ?だったら、名前で呼ばなきゃ失礼だかんな」
「なんかよく判らない独自のルールを持っているのね、あなたって」
「まーな」
しばらく会話が途切れ、また火浦から話しかける。
「なぁ」
「何?」
「手、つないでもいいか?」
「ハァッ?」
「んな眉間に皺よせなくたっていいだろ?それとも嫌なのか、俺と手ェつなぐってのは」
「い、嫌っていうか!あたしとあなたって出会って何ヶ月目でしたっけ?」
「半年?」
「半年以下よ!それで手ーつなぐって、気が早すぎるにも程があるんじゃないの?あたしはあなたのカノジョでしたっけ?違うでしょッ」
「カレシじゃなかったら、手もつないじゃいけねーのかよ?」
「っつか!どうして手なんか繋ぎたいのよ!子供じゃあるまいしっ」
「そんなん決まってんだろ。繋ぎたいからだよ」
完全に会話が平行線だ。
「なぁ、いいだろ?」
「駄目!」と突っぱねた酒木が、不意に何かを思いつき、ニヤリと微笑む。
「……と思ったけど、こっちの条件飲むならいいわよ?繋いであげても」
「条件?何だそりゃ」
「ちょっと、こっちきて」
「なんだよ、もったいぶんなよ」
「いいから、早く!」
火浦を路地裏へ誘い込むと、酒木は彼の耳元で囁いた。
「あなたのオチンチン、見せてくれる?」
身をひくと、しばらく火浦は何か考えていたようだったが、口の端を上に歪めた。
「……へっ。手ー繋ぐのすっ飛ばして、そっちがお望みだったってか?意外と肉食だったんだな」
「なによ、肉食って」
「肉食は肉食だよ、肉食女子。いや、お前の場合は肉食系腐女子か?」
「肉食系腐女子……いいわね、そのフレーズ。もらったわ」
「まっ、とにかく見たいってんなら見せてやるよ。ただし、こんなトコじゃなく、見せるに相応しい場所でな」
「えっ?」と、これには酒木のほうが驚いて、火浦の顔をマジマジと見つめた。
「ホントにいいの?」
「いいも何も、誘ってきたのはソッチだろ?」
「誘ってって、あたしは単に」
「見たいんだろ?なら、行こうぜ。まだ時間早ェけど、チェックインだけでもしとくか」
「えっ?チェックインって、何の話?」
「何って、ホテルだよ。俺とヤりたいってこったろ?要は」
ブッ飛んでいたのは、酒木ではなく火浦だったようだ。
間髪入れず、酒木は殴った。
火浦の頬を平手打ちで。
「――ってぇな!何すんだッ!!」
「何すんだじゃないわよ、この変態!変態ッッ!!
「路地裏でチンコ見せろなんて言う奴に変態だなんて言われる筋合い、こっちだってねーぞ!?」
「あたしはただ、見たいって言っただけじゃない!やりたいなんて、ひとっことも言ってないわよ!!」
「見るだけって、ストリートキングの逆版かァ!?ふざけんなよ!俺一人見せ損じゃねーか、それじゃッ」
「その代わり、手を繋いだげるっつってんじゃない!」
「手だけじゃ等価があわねーよ!」
「あんたユイナって呼ぶだけじゃ飽きたらず、あたしの体まで狙ってたワケ!?ちょっとイケメンかと思ったら、とんだ野獣だったのね!!この、痴漢!」
「そのイケメンってなぁ、やめろってんだ!俺のどこがイケメンだ?ふざけんのも大概にしやがれ!大体なぁ、俺の良さは外見じゃねぇんだよ!」
自分は酒木を外見で評価していたくせに、完全棚上げである。
「じゃあ何なのよ?内面だって言うつもり?ハン、あんたの内面のどこに良さがあるってぇの?このシスコン!」
「だっ、だったら!だったら何で、今日、俺の誘いに乗ったんだ!?」
「そりゃあ、決まってるじゃない。あんたがイケメンだからよ」
「イ、イケメンって……本気で言ってたのか?」
「当たり前よ」
「…………お、俺も……お前のこと、美人だと、思ってる」
「聞いたわよ、黒鵜戸くんから。だから、こうやってコンタクトにして大サービスしてやったんじゃない」
まぁ、しかし。
酒木も外見以外にイイトコあるのか?と聞かれたら、火浦だって首を傾げるに違いない。
人の話は聞かないし、横暴だし、毒舌だし、急に変なトコ見せろとか言い出すし、お世辞にも良い性格とは思えない。
急に大人しくなってしまった火浦に、オヤ?と思って酒木がのぞき込んでみると、彼は顔も真っ赤に視線をそらした。
「えっ、ちょっと何よ?その態度」
「さっきのは、謝るよ……怒鳴って、悪かった」
「急にしおらしくなったわね。何企んでんの?」
「何も企んでねーよ。……ただ、おトモダチからでもいい。お、俺と、その……つきあってくんねーか?」
「ハァ?」
「……やっぱ駄目か」
「何言ってんの?あたし達、もう、友達でしょーが!友達じゃなかったら、今までのつきあいって一体何だったわけ?」
きょとんとする火浦の両手を掴み、酒木が握りしめる。
「あたしはヒビキンの友達。んで、ヒビキンは黒鵜戸くんと友達よね。黒鵜戸くんは、あなたと友達。なら、黒鵜戸くんやヒビキンの友達は、あたしにとっても友達だわ」
「そ……そーゆーモンなのか?」
ずいぶんとグローバルな友好関係に、火浦の目は驚愕に見開かれたままだ。
そんな彼の様子も酒木は全く気にせずに、自分ルールをご披露した。
「そういうモンよ。今の、あなたとあたしは友達。友達だから、ホテルに行ったりしないわ。アーユー、オッケィ?」
「う……わ、わかった」
ふと、繋がれている手に目線を注ぎ、火浦は嬉しそうに微笑む。
「あ、手……繋いでくれたんだな」
「えっ?あっ!ち、違うわよ!これは、弾みでッ」
「弾みでも何でもいいよ。……ありがとな」
「な、何お礼とか言っちゃってんの?弾みなのに!……も、もう何ニヤニヤしてんのよ!ほら、さっさと次の場所につれてってよ!!次は何処へ行くの!?」

だが路地裏を出た途端、後をつけてきた黒鵜戸と里見の二人とバッタリ遭遇。
火浦と酒木の初デートは、うやむやのうちに終わったのであった。
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