Friend of Friend's

酒木のお誕生日

中学生に入って以降の誕生日は、知らない人にまで祝われる退屈なものだった。
もっと小さい頃は、雪と二人だけで祝うことも出来たのに。
高校を卒業した酒木は、思いきって一人暮らしを始めた。
もちろん、その影には過保護な両親との熾烈な戦いがあったのは言うまでもない。
ともあれ実家から半径五十キロ以内のマンションという約束の元、晴れて一人暮らしの大学生活を勝ち取った。
本当はカレシである火浦と同棲してみたかったのだけれど、火浦本人には親の同意を得られたら一緒に住んでもいいと遠回しに断られてしまった。
両親には、まだ彼を紹介していない。
カレシが土建屋だと聞いた時に、彼らがどんな反応を示すのかも大体予想できたので。
両親は絶対、財力と知力を兼ね備えた人物を娘の婿に据え置きたいと考えているに決まっている。
実際、高校に入学した辺りから両親によるカレシ調査が始まり、お見合いの流れへ持っていこうとする動きを感じた。
だからこそ、一人暮らしは必要だった。
実家にいて、意のそぐわぬ見合いをさせられるぐらいだったら、一人で暮らしたほうがマシである。
親の財産を存分に利用しつつも、プライベートには踏み入ってもらいたくない娘心なのであった。


チリ一つ落ちていない完璧な掃除を終える頃、チャイムが鳴らされる。
「よっ。おじゃまするぜ」と入ってきたのは火浦で、続けてドヤドヤ入ってきた人影に酒木の目は点になる。
火浦一人だけを招待したはずの誕生会は、一通り友人の知るところとなったようだ。
「ちょ、ちょっと、俊くん。あたし、誰にも言うなって言ったわよね!?」
カレシに詰め寄ると、火浦はちらりと後方へ目をやる。
「あー。俺は喋ってねーんだが、キモデブと黒鵜戸は知ってたみたいだぞ」
酒木とトシローは高校時代からの友人だが、誓って彼に誕生日を教えた記憶はない。
そこまで親しい訳ではないし、そもそもが口封じの為の監視で始まった友情だ。
黒鵜戸にしても同様、誕生日を教えた覚えは全くないのだが、目があった瞬間、黒鵜戸は真相を話し始めた。
「酒木って、この辺じゃ有名人だったんだな。うちのアパートの管理人さんが言っていたよ、毎年酒木家では誕生会をやっていたのに、今年はお嬢さんが家を出たからやらないのねって」
アパートの管理人が情報源か。
さすがに、そこまでは箝口令を敷くに敷けない。
「酷いぜ、サカキン。毎年パーティーやっていたんなら、俺にも教えてくれて良かったのにー!」なんてトシローまで調子に乗っているが、冗談ではない。
実家での誕生会は、実質両親が取り仕切っており、招待される相手も両親による厳選だった。
友人枠は雪ぐらいなもので、同級生を呼ぶ権利は祝われる本人に与えられなかったのだ。
万が一、自分で選べたとしてもトシローは絶対呼ばなかっただろうが。
「栃木くんと里見ちゃんは居ないのね」
ふと気づいた酒木を「居たほうが良かったか?」と火浦が茶化してくる。
栃木はともかく、あの小うるさい火浦の妹は居ないに越したことはないのだが、俊平が連れてこなかったのは意外に感じられた。
同棲条件に両親の了解を持ち出してきたけれど、本音じゃ妹を一人にしておけなかったのではと酒木は勘ぐっている。
彼ら兄妹には親がいない。兄が妹を養っているのだ。
「里見な、今日は出かけてんだ。先約だってよ」
そう言って火浦が鞄から取り出したのは、小さな箱だ。
可愛い包装紙に、ピンクのリボンが結びつけられている。
「これ、里見がお前に選んだプレゼントだ。貰ってやってくれ」
酒木が驚くよりも早く、大声で驚愕したのはトシローだ。
「えーッ!?里見ちゃんが、サカキンにプレゼントォォォーー!?」
「そこまで驚くことか?」と驚く兄には即座に黒鵜戸のツッコミまで入って、酒木が口を挟む暇もない。
「だ、だって里見さん、お兄ちゃんにカノジョが出来るのは嫌だったんじゃ!?」
全くもって同感だ。
初対面の時点で里見は酒木に異常なほど突っかかってきたし、『お兄ちゃんにカノジョなんていらない』とハッキリ言われたこともある。
客観的に考えたって、酒木にも里見に好かれている気が全然しない。
そんな彼女が自分に何をプレゼントするというのだ。開けるのが怖い。
しかし皆の反応など何処吹く風で、火浦は、あっけらかんと言い放つ。
「里見、カレシできたぞ。俺よりずっとイケメンで、今日もそいつとデートなんだよ」
数十秒の間をおいて、三人は一斉に叫んだのであった。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

里見からのプレゼントは、小さなブローチであった。
見るからに安物だったが、そこは大した問題じゃない。
年頃の少女が一生懸命考えたのだろう、自分の兄に似合う恋人でありますようにと。
あんなに反発していても、自分にカレシが出来てしまえば、今度は家族の幸せを祈れるようになる。
改心の証として、快く受け取っておこう。
「つーか、あんな極度のお兄ちゃんっ子だったのにカレシはイケメンなのかよ」と突っ込むトシローには、酒木が噛みつく。
「あら、俊くんが基準なら当然の結果じゃない」
「あーうん。そうだね」と遠い目になる黒鵜戸やトシローを視界の隅に追いやって、酒木は自分のカレシを惚れ惚れ見つめる。
火浦家のタンスにお洒落着といった服は存在しないのか、いつもどおりのラフなTシャツとジーパンな格好だが、こちらも問題ない。
彼は何を着ようとイケているし、なんなら丸裸だったとしても格好いいのだから!
いや、まだ裸は見ていないのだが、二人でイチャつく妄想を酒木が、これまでしてこなかったと言えば嘘になる。
ベッドに入ってから寝つくまでの間、脳内妄想タイムを過ごすのが日課だ。
これまでは百パーセント男性同士の腐妄想だったが、今は違う。自分と火浦でのイチャイチャ妄想である。
本物を拝んだことがなくても、今はインターネットで検索できる時代だ。
酒木の脳内ではビッグマグナムの持ち主にされているなんて、当の本人は知る由もない。
今日だって本当は、二人っきりの誕生会からのぉ〜イチャコラモードまで持ち込む予定だったのだ。
しかしトシローと黒鵜戸がいるんじゃ、イチャイチャできないではないか。来年に持ち越しだ。
「サカキン、俺のプレゼントはコレだー!」
今も酒木の心情を推し量る事すらせず、トシローが元気よく大きな箱を取り出した。
「大・奮・発!!まんだらけBL同人誌詰め合わせセットだぜ」
「すげーんだか、すごくねーんだか、わかんねーな」とは、オタク文化に理解がない火浦の弁。
黒鵜戸は一応お義理程度の拍手を送り、トシローを褒め称えた。
「さすがオタク仲間、俺には思いつかないプレゼントだ!」
トシローのプレゼントは、まんだらけで買い求めた古同人誌が十冊ほど。
どれも酒木の好みに併せたつもりか、彼女が高校生時代にハマッていた作品での推しカップリング本だ。
だが、甘い。
そのカップリングに関する本は、ハマッていた時期に軒並み買い尽くした。
大手から弱小サークルまで即売会に参加している分のみにあらず、通販やオンラインイベントまで網羅している。
さらに言うなら、その作品のブームは酒木の中で既に終了している。
それでも裏表紙に書かれたサークル名を眺めて、幾つか大手が含まれているのを確認がてら、彼女はお礼を言っておいた。
「ありがとう、ヒビキン。あんたがあたしの趣味に合わせてくるとは、ちょっと予想外だったわ」
大手の本は古本でも横流しできる。有効活用させてもらおう。
セレブの娘として生まれながら、そこんとこは、きっちり打算的な酒木であった。
「あ、俺からはコレ。二人のプレゼント見ちゃった後だとショボくて恥ずかしいんだけど」と謙遜しながら黒鵜戸が渡してきたのは、綺麗な柄のハンカチがニ枚。
地味な彼らしく、安定した贈り物だ。
「贈り物の価値を決めるのは贈った側ではなく貰った側よ、黒鵜戸くん。ありがとう、大事に使うわね」
ハンカチは同人誌以上に数多く持っているが、ニ枚増えたところで困る物でもない。
さて、あとは待望のカレシ、火浦のプレゼントを残すのみとなった。
内心ワクワクしながら、しかし催促するのもはしたないと我慢しつつ、ジュースで乾杯した後はオードブルをバキュームカー並に吸い込むトシローを眺めながら、他愛ない雑談で過ごして小一時間が過ぎてゆく。
やがて日が暮れる頃にはトシローと黒鵜戸が立ち上がり、おいとまを告げてきた。
「そんじゃ、今日はごちそうさまー!またな、サカキン」
「今度は栃木も誘って、皆で遊びに行こう。じゃあね」
二人が去っていくのを表面上は笑顔で眺めながら、酒木は内心やきもきする。
雑談に興じている間も、トシローがオードブルに夢中な間も、火浦は一度もプレゼントがあると口にしていない。
もしや、プレゼントは妹の分しか持ってこなかったのでは、あるまいか。
いやいや、まさか、そんな。カノジョの誕生日に何もプレゼントしないカレシなど、カレシ失格だ。
じっと彼に視線を注ぐと、どこかテレた様子で火浦が小さく呟いた。
「……やっと、二人きりになれたな」
「え?」
「ん。やっと渡せるな、プレゼント」
いつまでも勿体ぶってないで早く渡してよ、と酒木が文句をいうより先に、顎をくいっと持ち上げられてキスされる。
それも、いつもの軽いキスじゃない。何度も求めてくる、濃厚なやつだ。
唇が離れて、ぽぉっと呆ける酒木へ彼が言うには。
「今日は泊まっていく。いいだろ?その、俺たちも、そろそろかな、と思ってよ」
「え、えぇ……」
何が『そろそろ』なのかも判らないまま呆然と頷く酒木の背を押して、火浦は後ろ手に扉を閉めた。
ずっと妄想でしかなかったのが今日、妄想ではなくなる。
それに酒木が気づいたのは、火浦の手でベッドへ押し倒された直後であった――


おわり
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