Friend of Friend's

黒鵜戸のお誕生日

その昔、こことは違う世界に住んでいた頃は、誕生日を祝うなんてイベントがなかった。
二つの大陸が啀み合う殺伐とした世界で、呑気に誕生日おめでとうなんてやっていられる心の余裕が誰にもなかったのだ。
それは辺境の村とて同じこと。
だから黒鵜戸が誕生日を祝われるのは、ここ異世界――千葉にある、とあるアパートが初になった。

「イェーイ十八歳!誕生日、おめでとー!」
やたらテンションの高い酒木が紙パックのジュースを高く掲げて音頭を取る。
「よぉーし、クロードもついに解禁だな!今日は夜に、俺んちで御開帳アニメ祭りしようぜ」
トシローにもテンション高く誘われて、御開帳アニメとは何のことやら、判るような判らないような。
「やだ、エロイ。黒鵜戸くんとヒビキンで十八禁ポルノるの?BLっちゃうの?皆の目前で」
酒も入っていないのに、酒木は絶好調だ。
――ここはアパートの一室。黒鵜戸が、いつの間にか住んでいることになっていた部屋である。
右も左も分からない異世界生活で彼を助けてくれたのが、先ほど御開帳アニメがどうとか言っていた少年のトシローであった。
トシローは典型的なキモオタ、クラスでは陰キャに属する仲間外れ枠にあったのだが、黒鵜戸が異世界トリップしてきてからは学校での人権を得た。
双方ウィンウィンの関係、今じゃ親友と呼んでも差し支えない仲良しだ。
トシローの対面でBLがどうのとオタク発言していたのは酒木。
トシローのオタ友であり、腐女子なのだそうだ。
「なんでもBLに考えるの、やめろよ。オタバレしても、知らねーぞ?」と酒木をからかっているのは火浦で、放課後での招集だというのに、よく集まってくれたものだ。
彼は普段、土木業で働いており、この中では唯一の社会人である。
だからといってパッと見で一番老けている栃木よりも精神的に大人かというと、そうでもない。
やっぱり同年代、精神年齢は全員どっこいだ。
栃木は先ほどから大人しい。
その代わり、じぃっと穴のあくほど黒鵜戸を見つめてくるので少々居心地が悪い。
「な、なに?」と話題を振ってみれば、一言ぼそっと「……いや。俺より歳上なのかと思うと、急に大人びて見えるもんだ」と返ってきて、酒木より栃木のほうが、よっぽどBL思考なんじゃないかと疑いたくもなる。
趣味も思考も全然違うメンバーが、今日は自分の誕生日を祝いに集まってくれた。
あの時、元の世界へ帰らなくて良かったと心底思う。
元の世界では、いわゆるボッチだった。
村に同世代はいたけれど友達と呼べる相手が一人もおらず、一人暮らしに不都合はなかったけれど、何処か物足りなさを感じていた。
世界は二つに分かれて争っていようと辺境の田舎村には関係のない話で、代わり映えのしない毎日を送る日々。
このまま何事もなく、友達が現れることも結婚すら自分には訪れないまま人生が終わるのか。そんなふうに考えていた。
だから、だろうか。異世界へトリップしたのは。
神様が気まぐれを起こして飛ばしたんだとしても、感謝している。

こんなふうに、毎日が楽しいと思えるなんて。
友達と呼べる相手が、いっぱい出来るだなんて。
何をしても楽しい、面白い。この世界は、喜びがあふれている。

――なんてことは、けして友達には絶対言えないけれど。
言ったら、きっと変なやつだと思われる。
黒鵜戸が元異世界人だったことでさえ、今はまだ非公開なのだから。
けど、いつかはカミングアウトしたい。
その上で向こうと此処の違いを話して、この世界が、どれほど素晴らしいかを伝えたい。
ジュースとスナック菓子で盛り上がる仲間を眺めながら、初の誕生会を満喫する黒鵜戸であった。


おわり
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