EXORCIST AGE

act16.学院  大切なひと

「最近、神隠しが流行っているんだって」
昼休み。
そんな話題を持ち出してきたのは智都だ。
すぐさま佐奈が「何それヤダ、怖いー」と話に乗ってきた。
行方不明者の多発事件なら、倭月も知っている。
今朝の新聞にも載っていた。
ただし、神隠しとは書かれていなかったが。
行方不明になるのは、いつも学生。
それも倭月と同じ、高校生ばかりだ。
問題児でも優等生でもなく、ごく普通の子供が、何でもない日常の中で、こつぜんと姿を消す。
警察が総動員で捜しているらしいが、梨の礫。
今のところ、見つかったというニュースもない。
そして行方不明者は倭月の通う桜蘭学院でも出ている――というのが、もっかの噂であった。
「二年の相良さんっていたでしょ、テニス部の。あの人も行方不明なんだって」と、智都。
相良 良子の名前なら、覚えている。春の大会に出場して準優勝をかざった選手だ。
「家出する様子もなかったし、誰かに虐められていたってわけでもないんだって。だから、いなくなる理由が判らなくて、ご両親も心配しているらしいよ」
智都は言うが、何故行方をくらますのか、何故家出をしてしまうのか。
そんなものは本人に聞かない限り、判りはしない。
「じゃあ、なんだろー?もしかして、誘拐?」
「にしては身代金の要求もないし、何処かで死体があがったって話も」
もりあがる二人に水を差したのは、倭月だ。
「やめようよ。いなくなった人の話で、盛り上がるなんて……」
きっと家族も友人も心配している。
警察も必死の捜索をしているのに、あれやこれや言うのは不謹慎だ。
「う、うん……ごめん」
智都はシュンとなり、佐奈は弁当のウィンナーをモグモグやりながら天井を仰ぐ。
「けど、なんか嫌だよね〜。最近暗い噂ばっかで!こーゆー時はさ、パァーッと気分転換に、どっか遊びに行かない?今週の日曜あたり」
「え?うん、いいけど……でも、どこに?」
倭月の問いに、佐奈はニッカと微笑んで答えた。
「そーだねぇ〜、遊園地とか、どぉ?もち、わっつんのおにーさま達も誘って!」
遊園地なら夏休みの間、散々行ったような気がしないでもないが。
しかし日頃の鬱憤晴らしになるのなら、また行ってみるのも悪くない。

暗いニュースは、拓の元にも届いていた。
失踪者のニュースだけじゃない。
加えて、本社からDNA検査の結果が届いたのだ。
「やっぱりデヴィットの毛だってさ。マッチングは九十八パーセント、ほぼ確定と思ったほうがいいな」
「うへぇ〜」
長谷部に呼び出され、誰もいない視聴覚室で検査結果を受け取った拓は肩を落とす。
親善大使がデヴィットなら、彼の手に渡った自分の毛も今頃は調べ尽くされたに違いない。
「奴らは、この天都で探している物があるようだ」と切り出したのは、東野。
「探しているって、何を?」
拓や長谷部は首を傾げるが、東野だけは淡々と続けた。
「奴らが東に渡ってくるのは、我々の災いとなる戦火をもたらす時だけだ」
「えっ、じゃあ、戦争?戦争ふっかけに来たんスか?」と尋ねる拓の頭を軽く叩いて、長谷部が茶化す。
「たった三人で、か?いくら悪魔遣いでも、そこまで無謀じゃないだろ」
それに悪魔遣いだって、なにも世界をどうこうしたくて悪魔と手を組んでいるわけではない。
彼らも組織で動いている以上、自分の懐を暖かくするのが一番の目的だろう。
エクソシストが己の肉体で任務を遂行するのに対し、悪魔遣いは悪魔を使役することで任務を果たす。それだけの違いだ。
「え〜?だって今、局長が戦火って……」
ブツブツ言う拓の文句を遮るように、東野が言い切った。
「奴らの狙いは判らないが、拓の正体がエクソシストだと判ったのなら連中も本気でくる。エクソシストと悪魔遣いが手を組むなど断じてありえない以上、我々は奴らの邪魔にしかならんからな」
「デヴィット=ボーンがティーガを……?」
ちらりと横目で拓を見て長谷部は、かぶりを振る。
無理だ。
いくら着々と実力をつけてきているとはいえ、今の拓では到底デヴィットには叶わない。
いや、正確にはデヴィットの使役する悪魔に――だ。
なにしろ腕の立つベテランが十数人、全力で立ち向かって、やっと互角の相手なのだ。
「しかし、奴は親善大使ですよ?まさか表立って仕掛けてくる、なんてことは」
「学院内では、な」と東野も頷き、視線を窓の外へ向けた。
「だが放課後を過ぎれば、何にも束縛されない自由時間の始まりだ」
「その時は」
拓が長谷部先生を、じっと上目遣いに見つめて微笑む。
「センセーが助けてくれるよね?」
勿論だ――
そう頷く代わり、長谷部は真面目な顔で答えた。
「そうしてやりたいのは山々だが……俺達のフォローが届かない事態もないとは言い切れない」
自由時間になれば、GENもVOLTも教師という役目を抜けて本来のエクソシストに戻れる。
だがティーガが自宅アパートではなく繁華街や人目の多い場所で襲われたら、守りきれないかもしれない。
いくら週刊誌に書き立てられようと、悪魔の存在は原則タブー。
一般人に知られてはいけない存在だ。
人目につかぬ場所で葬り去るのは、社則にもなっている。
「そ、そんなぁ。GENさん、俺が一人前になるまでは絶対守ってやるって言ったじゃん」
たちまち下がり眉で情けない弱音を吐く後輩を、GENもじっと見つめて考え込む。
本当に、ないのか。
今の段階で、ティーガがデヴィットを退ける方法は。
ここで一気にパワーアップできるような秘策などあれば便利なのだが、そう上手くいかないのが世の常というもの。
そもそも、ティーガでは本当にアーシュラには手も足もでないのか?
素質は、あるはずだ。
ティーガは津山 祀――最強巫女の血を引いている。
足りないのは実戦経験。それと、生きるか死ぬかの緊張感。
GENが盾になっていたらティーガの成長を阻害してしまうのではないか、という懸念は前からあった。
今ここで卒業試験がてら、彼をアーシュラにぶつけてみては、どうだろう?
……いやいや、駄目だ。絶対死ぬ。
GENを頼っている今のティーガでは、実力の半分も出せないまま惨敗するのが関の山だ。
ティーガには緊張感と実戦経験以外にも足りないものがあるじゃないか。
そう、例えば――
「人は愛する者がいると、実力も増すという」
局長のいきなりの発言には、ティーガもGENもポカーンとなる。
「ティーガ、お前にはいないのか?そういった存在が」
「愛する者?なら、いるじゃないですか」と答えたのは、本人じゃなくてGEN。
「倭月ちゃんが……」
しかし言いかける横から、ティーガが否定する。
「倭月が、愛する者ォ〜?なんか、そーゆー感じじゃないッスよ倭月は」
じゃあ、どういう者なんだ。ティーガにとって倭月ちゃんは。
「倭月はねぇ〜、家族って感じ?確かに守らなきゃいけないのかもしれないけど、いざとなれば両親もいるし、あいつには」
「じゃあティーガ、お前が今一番好きな、守りたい人って誰なんだ?」と、GENが問えば。
間髪入れず、彼は元気よく答えた。
「GENさん!」
「おっ、俺ぇっ!?いや、俺は駄目だろ!愛する者なんだから、女の子限定で答えろ!」
思わずたじろぐGENの腕を取り、はち切れんばかりの笑顔でニッコニコのティーガが見上げてくる。
「女の子なんて、キョ〜ミないし。今一番好きで守りたいのはGENさんしかいないよ〜」
GENには予想外、だが局長には大して予想外でもなかったようで。
どこまでも冷静にVOLTが話を進める。
「ならば、ティーガ。GENをアーシュラから守りきると、ここで誓えるか?」
「えっ、ちょっと、局長!俺が守られるんですか!?倭月ちゃんとか、生徒会長じゃなくて?」
慌てるGENの叫びをBGMにティーガもコクンと頷き、真摯な瞳で局長を見つめ返す。
「誓えるよ。絶対、俺がGENさんを守りきってみせる」
「――良い覚悟だ」
VOLTも頷き返し、かと思えば一人蚊帳の外にいたGENへも呼びかけた。
「時間がない。アーシュラと互角に戦えるよう、短期間で鍛えるぞ」
「へっ!?」と間抜け面を晒すGENへ、もう一度判りやすく説明する。
「俺とお前の二人で、ティーガを特訓すると言ったのだ。それこそ寝る間も惜しんでな」
「し、しかし昼間は授業があるから……」
「授業などサボれ」
とても教師役として潜入してきた人間の台詞ではない。
「はぁ……しかし、具体的には何を」
まだ渋るGENの腕をギュッと掴み、キラキラした視線をティーガが向けてくる。
「やろう、GENさん!今すぐやろう、すっごく面白そうだし!で、やっぱ基本は山ごもり?」
「山へこもる必要など、ない」
そう答えたのは、VOLT。
「お前は、俺とGENの全力攻撃を受け止める、或いは受け流すだけでいい」
「全力……」
「攻撃って、ティーガをですか!?」
GENとティーガがハモッた直後、始業を告げる一時間目のチャイムが高らかに鳴り響いた。

特訓は放課後からという結論で話を締められ、一同は解散する。
保健室、或いは教室へ戻る途中、廊下で長谷部先生ことGENがティーガへ話しかけてきた。
「しっかし……女の子に興味ないって、花の高校生が寂しい事を言っているんじゃない」
「だって、しょうがないじゃん。ホントにいないんだから」
ティーガは口を尖らして反論する。
「お前、この任務についた時はガールフレンドを作るって豪語していなかったか?」
GENも負けじと言い返し、ティーガにはソッポを向かれた。
「そんなの、忘れちゃったよ」
むくれてしまったのかと思ったが、そうじゃない。
くるっと振り向いたティーガの目は、悪戯っぽく輝いている。
「俺に小言を言うぐらいだからさ、GENさんは当然モテモテだったんだよね?学生時代」
「なんだよ、急に。モテモテって程じゃないよ、普通だよ」
少しばかり早足になったGENを逃がさじとばかりに、ティーガも早足で追いかける。
「普通って、どの程度?恋人とか、いたの?二股、それとも三股かけちゃってたりして!」
グシシと嫌なスケベ笑いのティーガに対し、GENは、どんどん元気がなくなっていく。
「二股なんてかけていない、普通だよ……」
ティーガは気づかなかったのか、さらに追及しようとしたのだが。
「だから、普通って何?どんな恋人だったのさ、教えてくれてもいいじゃん」
「もう、この話はお終いだ。早く教室へ戻るんだ」
鼻先でピシャンと保健室のドアを閉められて、一気にぶすーっとふくれっ面になった。
「なんだよォ。教えてくれたっていいじゃん、GENさんのケチィ〜ッ」
帰り際、ふとよぎった風景を思い出し、閃いたことを口にする。
「あっ。もしかしてGENさんの恋人って、あの写真立ての女の人だったりして?」
保健室からは何のリアクションもない。違ったか。
チェッと舌打ちすると、ティーガは大人しく教室へ向かう。
恋人がいたこと、それ自体はGENさんも否定しなかった。
どんな人だったんだろう、彼の恋人って。

去りゆく足音を聞きながら、GENはズルズルと床へ尻をつく。
まさか、恋愛音痴のティーガに一発で当てられるとは思いもよらなかった。
長谷部先生として借りている家に置いてある、写真立て。
ミズノに見つかった時は、咄嗟に姉だと説明した。
否、姉なのは嘘じゃない。
しかし、彼女には言わなかった続きがあった。
戸隠 あゆみはGENの姉にして最強のエクソシストであり、同時に戸隠 源次にとっては最愛の女性でもあったのだ。
――そう、最愛の女性、だった。
あの日、依頼に赴いた姉のANIMAを心配して、ついてきた弟の源次を守るため。
身を挺して弟を庇った姉は悪魔に一矢報いたものの、怪我が元で命を散らす。
享年三十四歳。
まだ若く、これからの活躍が期待されていたホープだった。
姉を殺したのは、自分だ。
自分が姉の後をつけたりしなければ、姉は死なずに済んだかもしれない。
悪魔の前で、源次は震えるしかできなかった。
大量の血を吐き、ボロボロにされる姉を見守ることしかできなかった――!
あんな情けない思いをするのは、もう嫌だ。絶対に。
ティーガは、俺を守ると局長に誓っていた。だが、彼を守るのは俺の役目だ。
GENは懐から携帯電話を取り出すと、素早く番号をプッシュする。
やってやる。
勝つためならば、手段など選んでいられない。
今度こそ、俺がこの手で愛する者を守ってみせる。
ティーガも俺を守るという名目の上で、強くなろうと決心してくれた。
姉に代わり、悪魔アーシュラを俺の手で――
いや、俺とティーガの手で葬り去ってやる。
暗く沈んだ瞳のまま、GENは通話先の相手と何やら怪しい交渉を始めた……

act16.組織  激突!悪魔 vs エクソシスト

天都空港――
その日、東の地に降り立った異人が一人いた。
「あれほどエクソシストと出会っても、やりあうなと忠告しておいたのに……」
黒真境では、とんと見かけることのない鮮やかな赤毛。
そいつを逆立てた男が、タラップを降りていく。
「とにかくデヴィットかラングリットを探すぞ。ランスロット、奴らの気配は感じられるか?」
ランスロットと呼ばれた者は、男のすぐ後ろを歩いている。
歩くたびにガシャガシャとやかましく鳴ってしまうのは、着込んだ鎧のせいである。
上から下まで、全身を覆い隠す鎧甲冑に身を固めていた。
これでは、男か女かも判らない。
『いいえ、どこかに身を潜めているものと思われます』
涼しげな声色で全身鎧が答え、前方の男が舌打ちする。
「バルロッサとも連絡がつかん。電話の電源を切ってしまったようだな」
全身鎧は素早く周囲を見渡してから、彼に囁いた。
『それはそうと、先ほどから痛いほどの視線を感じるのですが……我々は、もしかして目立っているのではありませんか?エイジ様』
もしかしなくても、すれ違う人という人が皆、奇異、あるいは好奇心に満ちた視線を鎧甲冑と男に向けている。
しかしエイジは、ぞんざいに手を振って「気にするな。我々が西の人間だから珍しいのだろう」と一蹴し、荷物を取りに向かった。


ガラスというガラスが鼻先で全部叩き割られ、ZENONは一階の玄関ホールへ踊り出る。
すぐさま黒い影が、さぁっと追いつき彼へ飛びかかった。
『ニャアッ!真面目に戦う気はニャイのニャ!?』
「うぉっ!」と叫んで間一髪。
凶悪な爪をやり過ごし、ZENONは床を転がった。
「真面目に戦ってやってもいいが、条件があるッ!」
『条件?条件ニャんて出せる権利、お前にあると思って――』
最後までしゃべらせてもらえず、パーシェルは話途中に『へぶっ!』と間抜けな悲鳴をあげて後方へ飛びずさる。
『ンニャ〜、何するのニャ!べぇっ、ぺっぺっ!マズッ、ぶぇッ!』
口の中に苦いものを放り込まれたらしく、くの字に体を折り曲げて苦しむ猫娘を置き去りに、ZENONは再び走り出す。
「こっちだ!ついてきやがれ、猫ッタレ!!」
D番地の廃屋敷へ調査に出かけたエクソシスト達は、思わぬタイミングで悪魔の襲撃に遭う。
半ば偶然の襲撃で、何も考えずに突進してくるパーシェルを現地調達の道具で何とか防いでいる状態であった。
無論、ZENONだって何の用意もなく調査に来たわけではない。
悪魔祓いに使用する道具は一通り、ナップザックに入れて持ってきてあった。
だが、その道具は屋敷を調査している間、危険がないと判断した二階の一室に置いてきてしまっていた。
それに相手はブラックリストに載るほどの、悪名高き悪魔遣いの遣い魔だ。
手持ちの道具少々で、何とか出来る相手ではない。
廃寺へ向かったBASILやバニラと合流し、総勢で戦わない限り勝ち目はなかろう。
既にスザンヌがバニラへ連絡を取っている。
あと一時間もすれば、到着するはずだ。
一時間もの間、ZENON達がパーシェルの猛攻を防ぎ切れれば……だが。
ZENON達にとって唯一幸運だったのは、パーシェルが単独で乗り込んできた点だ。ラングリットは一緒じゃない。
奴と一緒の時に遭遇したのであれば、今頃はZENONもSHIMIZUも命がなかった。
ZENONは急いで隣の部屋へ飛び込むと、足で乱暴にドアを閉める。
ドアの前へ机を引きずって障害にし、それだけでは足りないとばかりにベッドも移動させた。
素早く携帯電話の短縮ボタンを押し、この屋敷のどこかに隠れているはずの後輩を呼び出す。
「スザンヌ、次に猫娘が俺の処へ飛び込んできたら弾幕を張れ!目一杯にだ!」
『わ……判りました!ZENONさん、今は何処に……まだ一階ですか?』
「そうだ!」と答える彼の返事は、扉を蹴破るパーシェルの騒音でかき消される。
『ニャ〜〜!見つけたニャ!死にさらすニャァ!!』
飛びかかってくる猫娘の斬撃を、すれっすれでかわすと、ZENONは大きく後方へ飛びずさる。
かわしたつもりでも、やはり見切れていなかったのか、パラパラと前髪が何本か切られて宙を舞った。
「チクショウ!何やってんだ、あの野郎ッ」
せめて、もう少し時間が稼げれば。
五分でもいい、立ち止まって霊力を溜める時間が欲しい。
先の一撃で、当て身をくらわされたSHIMIZUは一階の廊下に転がっている。
死んではいないが、意識がない。彼女の援護は期待できまい。
一対一のままでは防戦一方だ。こんなの、自分の戦闘スタイルではない。
『お前のクビ、かっきってラングリット様のお土産にしてやるニャ!』
「冗談じゃねぇ、カッ切られてたまるかよ!!」
空をも切り裂く凄まじい乱撃に、ZENONは次第に窓際へと追い詰められてゆく。
「くッ」
凌いでいる両腕は、たちまち傷つき血まみれになったが、ここでガードを下げるわけにもいかない。
『ホラホラホラホラッ、もうあとがないニャ!窓を割って逃げ出す前に、トドメをさしてやるニャ』
調子に乗るパーシェルへ「ハァッ!」と、反撃したのはZENONではなく。
頭の上の天井板がパカリと開いたかと思うと、間髪入れずに目映い何かがパーシェルの目前で破裂した。
『ミャミャアッ!?』
慌てて両目を手でガードするパーシェルだが、しかし光は確実に彼女の目を焼きチカチカさせる。
「よっしゃあ、でかしたスザンヌ!」
ZENONはグッと親指を立てて普段は滅多に言わぬ後輩への褒め言葉を投げかけると、すぐさま霊力を溜め始める。
褒められたスザンヌは、しばし逆さ吊りの格好でポカンとしていたが。
「へっ、ヘヘヘ……あざーっす」
パーシェルの反撃、あるいは両者の戦いに巻き込まれるのを恐れたのか、開けた天井板を掴むと、すぐに二階へと引っ込んだ。
道具は全て取ってきた。
ZENONが、うまくパーシェルを引きつけてくれたおかげだ。
先ほど猫娘の目を眩ませたのは、閃光弾。
殺傷威力は皆無だが、時間稼ぎにはモッテコイの道具である。
ザックの中にある全ての道具を余すことなく使い切れば、霊力で弾幕を張るよりもZENONの役に立つだろう。

悪魔遣いを取り押さえて警察へ引き渡すのが先決か。
それとも悪魔を撃退して、仲間の身の安全を確保するべきか。
なかなか悩ましい究極の二択を前にして、バニラの決断は早かった。
「遅ェ!バンで向かった方が早かったんじゃNe−のか?」
「貧乏揺すりするのをやめろよ、DREAD」
イライラと忙しなく体を揺する同僚を諫めた後、BASILは窓の外へ視線を投げた。
「次、ぐらいですかね。駅で車を拾うとして、豪邸まで何時間ぐらいかかります?」
傍らのバニラに問うと、腕時計へ目をやってから彼女が答える。
「運良く車を捕まえられたとしても最低五十分は、かかっちまうだろうね」
「五十分……」
BASILはゴクリと喉を鳴らし、DREADの貧乏揺すりがピタッと止まる。
「五十分も戦ってたら、あいつら殺られちまうんじゃ?」
「三対一だ」と、目線はまっすぐ外の景色へ向けたままバニラが応える。
「三対一で為す術もなくやられるほど、あいつらをヤワな社員に鍛えた覚えはないよ」
「それは、まぁ……」
ちらりと目配せしあって、BASILとDREADは大人しくなり。
ちょうど、そのタイミングを見計らったかのように次の駅へのアナウンスが入り、三人は立ち上がった。
BASILは尻ポケットから携帯電話を取り出して、SHIMIZUの番号をプッシュする。
スザンヌがバニラへSOSコールを入れてきてから、ゆうに十分は経過している。
あれから何の連絡もないが、きっと今頃は全力でパーシェルとやりあっている最中だろう。
「電話に出る余裕なんか、ないんじゃねーKa?」とDREADにも突っ込まれ、BASILは電話を切った。
ふと前方を見やると、いつの間にか改札を抜けていたバニラがしかめっ面で手招きしている。
「ほら、車が見つかったよ。さっさと乗りな」
「は、はい」
慌ただしく改札を駆け抜け、三人が乗り込むと、車はすぐに発進した。

どれくらいの時間、気を失っていたのか。
緩く頭を振って起き上がると、SHIMIZUは状況を確認した。
額にこびり付いた血は、すでに乾いている。
頭に手をやってみたが、思ったよりも重傷ではないようだ。
携帯電話には着信が一件。BASILからだ。
周囲に人影はない。が、二階からは激しい騒音が響いている。
パーシェルと二人が、やりあっているのだ。
時折、ZENONの怒号も聞こえてくるから間違いない。
ふと、外で車のブレーキが鳴ったような気がした。
続いて足音が近づいてきたかと思うと、玄関が大きく開け放たれる。
「ZENON、SHIMIZU、スザンヌ!無事かぁっ!?」
逆光を背に飛び込んできたのはバニラ、BASIL、DREADの三人だ。
「二階Da!」
「二人とも、二階よ!」
SHIMIZUとDREADの声が重なり、BASILはSHIMIZUの元へ駆け寄った。
「大丈夫か、怪我してんのか?」
「え、えぇ……私は大丈夫。当て身をくらっただけだから」
説明しながら、よくそれだけで助かったものだと自分でも思う。
あの時パーシェルに本気で攻撃されていたら、ひとたまりもなかったはずだ。
完全に死角での不意打ちだったのだから。
何故手加減されたのかは判らない。
まぁ、悪魔の考えることなど人間に判るはずもない。
「ZENON、スザンヌ、バニラさん達が来てくれたわよ!絶対に無茶しないで!!無茶しなくても、勝機が見えてきたから!」
声をはりあげる彼女の横を、DREADとバニラが走り抜ける。
「BASIL、SHIMIZUの手当を頼んだよ!」
すり抜けざま、バニラにそう命じられたBASILは「ハイ!」とばかりに鞄から救命用具を取り出した。
「SHIMIZU、じっとしていろ……うわ、ひどい出血だな。お前、髪の毛が多いから傷が目立たないのは幸いだったよ」
押しつけられたガーゼの消毒液が、今更ながら傷口に染みてきて。
SHIMIZUは涙を滲ませながら、二階へ続く階段を見上げた。
これで状況は四対一。
ベテランのバニラも加わるとなれば、いくらパーシェルといえど苦戦は免れまい。

バニラ達が到着するよりも前、ZENONとパーシェルの戦いは膠着していた。
実力では明らかにパーシェルのほうが上であるのに、スザンヌの妨害――いや、援護のせいで、なかなか致命傷を与えられない。
ZENONは逃げるのをやめ、真っ向から霊気の弾を飛ばしてくる。
霊力で拳をコーティングして殴るだけが、エクソシストの攻撃手段ではない。
ベテランともなれば溜めた霊力を放出して霊気の弾を作り上げ、遠方の敵を狙い撃ちすることだって出来るのだ。
常人には見ることも、発生時の微かな音を聞くことも出来ない。
だが当たれば例え人間だとしても痛いし、怪我もする。
もちろん無限に放てるようなものでもなく、霊力の放出は精神と肉体に多大な負担をかける。
それだけに、威力は絶大だ。
致命傷とまではいかなくても、パーシェルの動きを止めるぐらいなら何とかなろう。
ただし全弾きちんと、相手に命中すればの話だが。
「……クソッ。ちょこまか逃げやがって……」
仁王立ちのまま霊気弾を周囲に浮かせながら、ZENONは肩で荒い息をつく。
スザンヌが実にいいタイミングで、突っ込んでくるパーシェルを牽制してくれるから保っているようなものの。
本気になった猫娘のスピードはZENONの動体視力を遙かに上回るスピードを見せ、もはや勘で狙っているような状態だ。
その本気のパーシェルを勘で妨害しているスザンヌも、すごいといえば、すごい。
ただ彼の妨害は本当に援護という他はなく、せいぜい水をかけてビビらせたり、バーナーガスで威嚇して驚かす程度のものである。
ZENONにしろスザンヌにしろ、このまま何時間もぶっ通しで続けられる自信がない。
『ほらほらっ、おっにさん、こっちら〜だニャア〜♪』
ZENONにしてやられていた時は逆上して前後が見えなくなっていたパーシェルは、今やすっかり余裕を取り戻している。
本来、霊弾は相手の生命波を追跡する事も可能なのだが、パーシェルは当たる直前で壁や家具など別の物に身を隠す。
おかげで衝撃は全て家具や壁にいってしまい、奴は無傷というわけだ。
「くそ……このままじゃ消耗戦だ、埒があかねぇッ」
消耗戦どころか、一方的にZENONばかりが消耗している。
『光の弾が少なくなってきたニャ。もう打ち止めニャ?あれだけ大口叩いておいて、だらしない男だニャ!』
「うるせェ!!」
腹立ち紛れにブッ放した霊気の弾は、壁にすぅっと吸い込まれて無駄撃ちに。
とん、と壁を蹴って猫娘が身軽な反撃に出る。
『もう、お前との遊びには飽き飽きニャ!上にいる奴も、あとでキッチリとどめを刺すから逃げたら駄目ニャ!』
まっすぐ突っ込んでくると見せかけて、右や左へ忙しなく壁や床を蹴って飛び回る。
ZENONはもちろん、スザンヌも動きには翻弄され、ついに残像までもが見えるスピードに達した瞬間。
真後ろに出現したパーシェルは、勝ち誇った笑みを浮かべる。
『これで、終わりニャ♪』
鋭い爪がZENONの背中に迫る!危うし、ZENON!?

――だがッ!

『ニャアアァァァ〜〜〜!!!?』
無数の光の弾が横合いから壁を突き破って飛んできたかと思うと、猫娘に全発被弾する。
『ニャ、ニャンニャのニャ……?』
勢いで反対側の窓まで吹っ飛ばされ、よろめきながらも立ち上がったパーシェルの瞳に映ったものは。
目も眩まんばかりの無数の光、霊力弾の光に包まれた小さな老婆の姿であった。
ナリは小さいが、これまでの相手とは格段に違う威圧感が伝わってくる。こいつは、強敵だ。
「Yo,猫娘とやりあっていたのかYo?Hey,ZENON!生きてっかァ〜?」
老婆と一緒に入ってきたドレッドヘアーが場違いに手を振り、反対側で仁王立ちするZENONの霊気が、ふっと弱まった。
「よかった、バニラさん……間に合ってくれて、本当に……」
ともすれば膝から崩れ落ちそうになる彼へ、バニラの叱咤が飛ぶ。
「まだ気を抜くのは早いよ、ZENON。まずは、この猫娘を完膚無きまで叩き潰しておかなきゃねぇ」
冗談ではない。
デカブツやドレッドヘアー程度の霊能者が何人来ようとパーシェルの敵ではないが、この老婆が加わるとなると話は別だ。
さっきの霊弾、全てこいつの物だろう。当たった箇所がズキズキと酷く痛む。
まだ目的の巫女を見つけてもいないのに、こんな処で、これ以上無駄な怪我を負うわけにはいかない。
そうだ、こんな寄り道をしている場合では、なかったのだ。
一刻も早く、ラングリット様の探す巫女の血を見つけなくてはいけなかったのに。
偶然立ち寄った場所で偶然エクソシストの気配を見つけ、つい逆上してしまった。
だが運良く、窓のほうへ飛ばされた。
窓ガラスを割って逃げれば、こいつらも、すぐには追ってきまい。
脚力には自信もある。
数秒で以上の考えを素早くまとめると、パーシェルは背後の窓へ視線を流す。
思い立ったら、後の行動は早かった。
『ニャッ!』
パリーンとガラスは四散して、パーシェルは表に身を投げ出す。
「野郎、逃げるたぁ卑怯じゃねェKa!」といったドレッドヘアーの罵声を背に、悪魔は一路逃走。
あれよあれよという間に、小さな影は遠ざかり。
やがて地平線の彼方に消えてしまった。

「やっぱ、逃げ帰った先は廃寺ですかね?」
SHIMIZUの手当てを終えたBASILとも合流し、一同は屋敷の玄関ホールに集合する。
「かもしれない――が、違うとも考えられるね」
「と、言いますと?」
スザンヌの促しに、バニラは一同を見渡した。
「悪魔は、どうしてラングリットと別行動を取っていた?一緒にいたほうが能力も上がるのに」
「あ……」
「捜し物があるっつってましたよね、前に、ハゲ野郎が」と、答えたのはZENON。
息も絶え絶えに座り込み、己のシャツで全身に浮かんだ汗を拭いている。
「そうだ。そいつを、探していたのかもしれない。ラングリットに命じられて」
バニラも頷き、ドアから表を眺めた。
ここへ来た時のタクシーは、すでに返してしまった後だ。
徒歩で駅まで戻る頃には、ラングリットも廃寺を撤退してしまっているかもしれない。
「一刻も早くラングリットの居場所を見つけ出さないと、もっとヤバイ事態を引き起こしかねないよ」
「あいつらが、この街を出て行くって可能性は?」とは、SHIMIZUの問いに。
しばし考え込んだバニラが出したのは、一つの決断だった。
「そうさね、いったん本社に戻って社長に報告がてら、今後の方針を仰いだほうが良さそうだ。ZENON、SHIMIZU、あんた達は本社に戻って報告してきな。他のメンバーは今まで同様、ハゲの行方を追うよ」
この決断には当然のごとく、ZENONとSHIMIZUの両名が反発する。
「俺が、このマヌケ女とリタイアですって?冗談言わねぇで下さいよ、バニラさん」
「私だって、この程度の怪我でリタイアなんて冗談じゃありません!私はまだ、戦えます!!」
「怪我を甘く見るんじゃないよ、SHIMIZU」
ビシッとSHIMIZUへ言い返してから、ふっと表情を和らげて、バニラはZENONを見る。
「ZENON、お前もだ。あのパーシェル相手に、よく一人で頑張った。だが霊力の使いすぎは、お前が思っているよりも肉体に負担をかけるもんだ。いいから、しばらく休みを取るんだね」
およそ、これまでの彼女からは想像もつかぬほど優しい声色で囁くと、残りの三人を促した。
「さぁ、行くよ三人とも」
ポカーンとするZENONやSHIMIZUと同じように、BASIL達も口を大きく開けてポカーンと呆けていたのだが。
「お、Oh,Yo」
「は、はい、ただいま!」
「ま、待って下さいよ〜、バニラさん!」
声をかけられ我に返ると、先を行くバニラの後を慌てて追いかけた。