EXORCIST AGE

act10.学院  海水浴旅行(1)

きたるべき、お泊まり旅行当日。
長谷部先生は、朝の六時に玄関のチャイムで叩き起こされる。
寝ぼけ眼でドアを開けてみれば、そこにいたのは満面の笑顔を浮かべた拓率いる数名の学生。
「セ〜ンセッ、まだ寝てたんですか?新幹線の発車は八時ですよ、急ぎましょっ」
元気なのは拓だけで、他の子は眠そうだ。
露骨に大きなあくびをしている子もいる。
「八時って、お前……」
壁の時計は六時を指している。
「まだ二時間も余裕があるじゃないか」
長谷部先生の不満に拓は口を尖らせて、新幹線の切符を、これ見よがしに見せつけた。
「新幹線のホームにつくまでの時間と、お弁当を買う時間を考えたら、今から出ないと間に合わないッスよ!」
張り切っているなぁ、とGENは内心苦笑する。
もっとも、張り切っているのはティーガだけではない。
「あら津山くん、護之宮さん達も、おはよう!もう準備出来たの?」
GENを押しのけるようにして玄関に現われたのは、化粧まで終えて、すっかり身支度の完了したミズノである。
ぴょこんと頭をさげて、拓が微笑んだ。
「琴川さん、オハヨっす!琴川さんも準備完了っすか。じゃあ、後は……」
皆の目がGENに集中し「き、着替えてくるよ」と言い残し、GENは部屋へ逃げ帰る。
去り際、女の子達の「長谷部先生、すっごい寝癖だったねー」「カワイー」等という声も聞こえてきて。
今さらながら、GENは猛烈な恥ずかしさで死にたくなった。
八時に新幹線ホームへ集合と聞いていたから、もっと時間に余裕があると思って寝ていたのだ。
まさか現地集合ではなく、自分の家に皆が押しかけてくるとは誤算だった。
しかしまぁ、服に袖を通す頃にはGENの頭も冷静になる。
ティーガがこちらへ押しかけてくるのは、当然だったのかもしれない。
生まれて初めての旅行だ。
それも三泊四日という長い期間のバカンスとあっては、あいつが浮かれ気分なのは間違いない。
「生徒会長さんとは現地で待ち合わせなの?」
琴川の質問に、倭月の友達が答える。
「あ、ハイ。先輩達とはホームで待ち合わせてるんです。私達は家も近いから一緒に行こうって事になって」
なんて言っているが、護之宮家と拓の借りているアパートとでは、かなりの距離がある。
強引な拓に引きずられるようにして倭月、それから彼女の友達も一緒になって、こちらへやってきたのが正解か。
「ほぃ、用意できたぞ」
普段着に着替えた長谷部が顔を出す。
「あれ、その髪型……」
何か言いかける拓を制し、琴川が微笑んだ。
「英二、やっぱり貴方は、そっちのほうが決まっているわね。惚れ直しちゃいそう」
「ハハハ、よせよ皆の前で」
ぎこちなく笑うGENの髪は、逆立っている。
長谷部と名乗っている時は、いつも髪の毛を降ろしているというのに、今日だけは普段通りにバンダナまで巻いていた。
恐らくは無意識に整えてしまったんだろう。拓が驚くのも無理はない。
倭月も友達と顔を見合わせていたが、やがて口々に騒ぎ出した。
「お休みの日は、いつも、そういう髪型なんですか?」
「でもペッタリ撫でつけているより、そっちのほうがカッコイイですよ先生!」
「え?」と自分で触って気づいたのか、長谷部も愛想笑いで切り返す。
「そ、そうかな。ありがとう」
「……さて、と。それじゃ、朝食は何処かで食べていきましょうか」
颯爽と琴川が二人分の荷物を担ごうとするのを「あ、俺カタッポ持つっす」と、拓が横から一つ持ち上げて。
一行は、駅へ向かって出発進行。

和気藹々とおしゃべりしながら歩いていく軍団を、少し遅れて、ついてくる人影がある。
「津山 拓、天都駅へ向かう模様」
男がボソリと話しかけたのは、手元に収まる小型サイズの通信機。
さりげなさを装いながらも男の目は始終、拓を追っている。
尾行しているのは明白だ。
一行を除けば通行人などいないに等しい道を、尾行するのは難しい。
だが幸か不幸か彼らが後ろを振り返る事は一度もなく、揃って天都駅へと到着した。


新幹線のホームが、いやに閑散としているのは気になった。
だが、時間が時間だし……と思い直し、拓がキョロキョロしていると。
「こっち、こちらですわー!皆様〜っ」と誰かに大声で叫ばれて、急いでそちらへ駆けつけた。
呼んだのは、千早だ。桜蘭学院の生徒会長であり、今回の旅行の発案者でもある。
彼女の隣で意味もなく気取ったポーズをつけているのは、副会長の竹隈。
相変わらずブランドもの一色で身を固めており、却って悪趣味に見える。
さらに後方、ゾロゾロいるのは千早の友達兼取り巻きの女生徒達。
右から順に大守 悦子、塚本 京、吉野 文恵。
三人とも千早の同級生、つまりは三年生だ。
こちらのメンバーは、倭月の他に木月と如月。
保護者として長谷部先生と、その恋人も一緒についてきた。
「千早さん、こちらエイさんのカノジョで琴川さん」
「よろしくね、神無さん」
最高の業務用笑顔で笑いかける琴川に、千早も笑顔で受け答える。
「はじめまして、琴川さん。つたない幹事ですが、宜しくお願いします」
最初は拓との二人旅を計画していたのだから、人が増えるのは千早も本意ではなかろう。
笑顔の裏の感情が透けて見えるような気がして、長谷部は、こっそり身震いする。
「土壇場で無理言っちゃって御免な。こいつ、どうしても行くって聞かなくてさ」
それでも社交辞令で謝ると、何故か千早ではなく竹隈が鼻息荒く割り込んできた。
「全く、図々しいにも程がありますよ。僕達は友達同士だっていうのに、先生お一人だけ恋人と一緒だなんて。リア充っぷりを見せつける魂胆ですか?」
この間アーケード街で会った時もそうだが、どことなく、いけ好かない生徒である。
まがい物とはいえ一応先生が相手だというのに、やたら上目線なのも気に入らない。
長谷部は内心ムッときたのだが、表面上は笑顔で切り返した。
「なんだ、俺達がイチャイチャするのを見たいのかい?でも残念。俺も琴川も、そういう破廉恥な行為は苦手でね。今回だって、俺よりこいつが海へ行くのに乗り気でさ」
彼を押しのけ、琴川が笑う。
「私、海が大好きなのよ。英二よりも、ずっとね!」
どっと女の子達も笑って、一人だけ浮いてしまった竹隈は苦み走った顔で吐き捨てた。
「ま、まぁ、そういう理由なら仕方ないですね。でも先生、くれぐれもハメを外したりなさらぬよう」
「そいつは俺の台詞だよ」
間髪入れず言い返した直後、発車を知らせるベルが鳴り響く。
「あ、急ぎませんと」
ホームを走り出した千早を追いかけ、拓が、そっと長谷部へ尋ねてくる。
「ねぇ、GENさん」
「今はエイさんだろ。で、何だ?」
長谷部も小声で聞き返すと、拓は素早く周囲へ視線を巡らせてから言った。
「今日って、やけにお客さんが少なくないッスか?夏休みなのに」
「そうだな……」
ホームに着いた時から、気になっていた。
新幹線乗り場だというのに、いやに人の数が少ない。
というよりも自分達を除けば、いないにも等しい。
一人二人、仕事らしきサラリーマンの姿は見えるが、今は夏休みだ。
旅行へ出かける家族の一組や二組が、いてもおかしくないはずなのに。
「お兄ちゃん、先生、早く早く!」
倭月の声で物思いを断ち切られ、長谷部と拓は慌ててドアに飛び込んだ。
間一髪、二人が飛び込んだ直後にドアが閉まり、新幹線――電王八号は、ゆっくりとホームを発車した。
「もぉ〜、何やってるの、お兄ちゃん。キョロキョロして、何を探していたの?お弁当?」
「ん、あぁ、いや、なんかやけにホームに人が少ないな、と思ってさ」
妹と話していると、嫌味な声が飛んでくる。
「何を言っているんだ、君は」
竹隈だ。さっさと千早の隣に座っておしゃべりしていればいいものを、何故こっちにやってくる?
警戒する三人の前でピタッと止まり、意味もなくモデル立ちした竹隈が言うことには。
「今日、この新幹線は僕達の貸し切りだからな。他の客がいなかったのは、当然だ」
「えっ?」
ポカンとする倭月に、つられて拓もポカンとしてしまったが、すぐに我に返って尋ね返す。
「新幹線を貸し切りって、団体旅行でもないのに出来るモンなんですか?」
フワサッと前髪をかきあげ竹隈が答えた。
「団体だろう?僕達は。千早くん、僕。大守、塚本、吉野の三人組。それから君と護之宮さん、下級生二人に保護者が二人。ほぅら、見ろ。見事に団体様じゃァないか」
一人旅か否かと聞かれたら、確かに団体ではある。
しかし列車を貸し切るほどの人数でもないのは確かだ。
この程度で毎回貸し切っていたら、列車が何本あっても足りなくなる。
「ちょっと、大袈裟じゃないですか……?」
苦笑する倭月を見据え、竹隈は事も無げに言ってのけた。
「大袈裟?何が大袈裟なものか。何処で誰が狙っているのか判らぬ以上、新幹線を貸し切るのは当然だろう」
一体誰が高校生の団体旅行を狙うというのか。
予想しなかった答えに三人は、ますます開いた口がふさがらない。
馬鹿面さげてポカンとする三人を竹隈の目が順繰りに見ていき、倭月をピタリと見据えた。
「千早くんが心配していたのは、君だぞ?護之宮さん。君が何者かに狙われないよう、こうして新幹線を手配してくれたのだ。彼女の計らいに感謝したまえ」
言うだけ言うと、くるりと踵を返して席へ戻っていく。
暫く経って、ようやく我に返った倭月が呟いた。
「私……誰かに狙われているの?お兄ちゃん」
そう聞かれても、拓にだって答えようがないというもので。
「……さぁ?」
ゆるゆると首を振るしかなかったのだが。

――その頃。
「食堂室、潜入成功」
スタッフの服に身を包んでいる。
が、明らかにスタッフではない何者かが通信機へ向けて囁いていた。
側には、下着姿に剥かれた女が両手両足を縛られて転がっている。
勿論、口元には猿ぐつわを噛まされて。
袖口から見える腕やスカートから伸びる足は、びっしりと剛毛で覆われている。
偽スタッフの正体は、行く道すがら拓達を尾行していた、あの男であった。
「引き続き、奴らを尾行します」
通話を終えると、男は赤い口紅を唇に塗りたくった。
無論言うまでもないが、口紅は床で転がっている女性の所持品である。
「んーっ、んーっ!」
先ほどから縄を外そうと藻掻いているが、後ろ手に縛られているのでは如何ともし難く。
虚しい抵抗を続ける女性を上から睨み付け、男がボソリと呟いた。
「悪いな、姉ちゃん。アンタの役目、ちょっとの間だけ借りさせてもらうぜ」
ニヤリと笑みを浮かべると、弁当やお茶の乗ったワゴンを押して大股に歩き去っていった……

act10.組織  共同調査

新聞社のビルを出て、数メートル。
不意にSHIMIZUは、歩く足をピタリと止めて立ち止まった。
気のせいだろうか?
さっきから、自分と同じスピードで歩いてくる足音が聞こえるような。
通りはまだ明るいし行き交う人の姿もあるから、同じ方向へ行く人がいても、おかしくはない。
しかし同じスピード、同じ歩調というのは些か変だ。
普通は追い越していったりするもんじゃなかろうか?
今こうして立ち止まった瞬間、後をついてきていた足音も止んでいる。
――間違いない。誰かに、つけられている。
再び歩き出す。足音もついてくる。
SHIMIZUは徐々に早足になり、角で曲がる直前、駆け足になった。
バッと角に飛び込み、すぐさま追ってきた相手に怒鳴り散らす。
「何の用ッ!?用があるなら、声ぐらいかけなさい!」
一瞬息をのむ音が聞こえたが、相手はすぐに肩をすくめて謝ってきた。
「やっべ、気づかれちまったか。さすがはTHE・EMPERORの社員……かな?」
男は長身で、黒いロングコートに黒のズボンと黒づくめで固めている。
手に持っているのは商社マン風の鞄だが、普通の商社マンとは思えない雰囲気を漂わせていた。
「何者なの?一般人ではないみたいだけど」
問い詰めるSHIMIZUへ、男が笑いかける。
「同業者だよ。あんたと同じ」
続けて差し出された名刺を受け取り、SHIMIZUは小さく読み上げた。
「EX・ZENEXT……じゃあ、あなたもエクソシスト?」
「そ」
コクリと頷き、男は名乗りを上げる。
「ペイン・ロード。そいつが俺のコードネームさ」
「ふぅん……」
値踏みするように彼をジロジロと眺めて、SHIMIZUが尋ねる。
「で、ライバル会社の同業者さんが何故私を尾行してきたのかしら?」
真っ向からSHIMIZUの目を覗き込み、ペインは隠しもせず正直に答えた。
「お宅の部長さんに頼まれたのさ。あんたを尾行監視しろってね」
「部長さん?」
「あれ、部長じゃないの?VOLTっていう人」
部長ではないがVOLTというコードネームの人なら、いる。
退治部に所属するSHIMIZUから見て、直属の上司だ。
だが、何故VOLTが自分を監視するというのか?
ペインを問いただすと、意外な答えが返ってきた。
「以前、うちのANIMAってのが、そっちの部長さん……VOLTさんって人にお世話になってさ。その繋がりで頼まれたんだよ、恩を返したいなら手伝ってくれって。うちの会社に謀反者が出たかもしれないから、真偽を確かめるのに協力してくれってね。で、電話を受けた上司に言われて、俺が参上したってわけ」
ANIMA、ANIMA……
どこかで聞いたような気がしないでもない、コードネームである。
いや、しかし、それよりも。謀反者って?
局長は、まさか自分を反逆者だと疑っているとでも言うのか。
断言してもいいが、SHIMIZUには本気で心当たりがない。
ZENONが天都でデヴィットを見たという噂の出所だって、他愛もない。
局長の机へ書類を置きに行った時、机の上のメモに、それらしき記述を見かけただけの事。
走り書きでZENONの名が記してあり、その下に『天馬町→デヴィット?』と書かれていた。
少し頭の回る者なら、そこからZENONが天馬町でデヴィットと遭遇、或いは見たという結論に辿り着く。
言うなれば、情報を漏らしたのはZENONでもSHIMIZUでもなくVOLT自身ということになろう。
「そう……私は疑われていたのね」
「で、実際のところは、どうなの?」
興味津々尋ねてくるペインへ、冷たい視線を向けると。SHIMIZUは語気を強めた。
「裏切っていないし、今後裏切るつもりもないわ。不注意な噂で誰かを惑わした件については反省しているけど」
どうせミズノが告げ口でもしたのだ。あの女、可愛いフリして油断のならない。
「じゃあ、新聞社へ顔を出したのは、どうして?」
さらに突っ込んだ質問をしてくるペインをジロリと睨み、SHIMIZUは辛辣に言い返す。
「そこまで貴方に教えなきゃいけない義理なんて、ないはずだけど?」
「でも、部長さんの命令じゃあナイんでしょ?」
ペインも然る者。ニコニコしながら、懐から携帯電話を取り出した。
「命令でもないのに会社へ無断で新聞社に、一体なんの用事だったのかなぁ〜」
ついでに、といった調子で付け加える。
「聞いてるよ?THE・EMPERORって、任務がない時は天都へ来ちゃいけない社則なんでしょ」
話さなければいいのに、ついつい気になってSHIMIZUも尋ねてしまう。
「誰から聞いたのよ。VOLTから?」
「んーん。源次から」と言ってから、ペインはペロリと舌を出した。
「あ、いけね。うっかり本名で呼んじゃった」
「源次って?」
普段滅多に、エクソシストの本名なんて耳にするもんじゃない。
つい興味が先走り尋ねてしまったSHIMIZUに対し、ペインもあっさり暴露した。
「GENだよ、GEN。だいぶ前に、お宅の会社へ移籍しただろ?」
お互い、プロのエクソシストらしからぬミスである。
「あいつとは今も友達でさ。こないだ有休取って遊びに誘ったら、そんな話を聞かされたよ」
「そう……なの。苗字は?なに、源次っていうの」
と聞かれて、改めて自分のミスの重大さに気づいたペインは、べぇっと舌を出して誤魔化した。
「それはナイショ!あ、俺が本名バラしちゃったのもGENにはナイショにしといてね?」
疑惑の相手に交渉とは、なかなかトンマなヤロウである。
SHIMIZUは少し考え、流し目で相手を見やった。
「あ、そ。教えてくれたら、私が何の為に新聞社を訪れたのか教えてあげてもいいんだけど?」
「マジ?戸隠 源次っつーんだけど!」
ちょっと誘いをかけただけで、どうだろう?この対応は。
本来コードネームで呼び合っている会社の社員は、絶対に本名を明かしてはならないという暗黙の掟がある。
それを、ほいほい他人に話してしまうなど、ペインの社会人としての常識を疑ってしまう。
VOLTも追跡相手の選択を間違ったんじゃなかろうか。
まぁ、相手の上司経由でペインに依頼が来たそうだから、全てがVOLTの責任というわけでもないけれど。
「トガクシ……ね」
珍しい苗字だ。
しかも、どこかで見た、或いは聞いた覚えのあるような気もする。
これだけ珍しければ何処で見たのかも覚えていそうだが、思い出せそうで思い出せない。
「ね、教えたんだから、そっちも教えてよ!でないと、あることないこと報告しちゃうよ?お宅の部長に!」
急かされたので、SHIMIZUは素直に答えてやった。
GENの本名と違って、こっちの情報は大した価値がなければ隠す必要もない。
「噂を聞いたのよ。桜蘭学院に悪魔の使いっ走りが来るかもしれないっていう、ね」
「悪魔のツカイッパって、デヴィット=ボーン?奴が何で、天都の私立学校に来るんだよ」
当然ながらペインは首を傾げ、SHIMIZUも己の推測を語ってみる。
「表向きは親善大使という扱いになっているわ。ま、裏で人に言えない活動をするのは間違いないでしょうけどね」
「で、それを確かめる為に新聞社へ?あ、でも何で新聞社?確かめるなら学校へ行った方が早いんじゃ」
「学校が一口噛んでいなかったら?それに、気になる記事もあったのよ」
SHIMIZUが雑誌を取り出すよりも早く、ペインが、あっと小さく声を上げた。
「黒真ジャーナルの、あの記事?あれなら俺も見たよ。薄暗がりにデヴィットが立っているヤツだろ?」
これにはSHIMIZUのほうが驚いてしまい、思わず大声で尋ね返してペインには怒られる。
「って、やっぱりアレはデヴィットだったの!?」
「シィッ!……声が大きいよ」
とにかく、これ以上は立ち話もなんだから……と、誘われて。
SHIMIZUはライバル会社の同業者と共に、喫茶店へと立ち寄った。

「ウチには、写真鑑定って部署があってさ」
席に座るなり、ペインが話の続きを始める。
二階席の中でも、特に奥まった席だ。
ここなら誰かに話を盗み聞きされることも、あるまい。
「そこで写真を限界まで引き伸ばして確定したんだよ。あの写真にうつっているのはデヴィットで決まりさ」
「もう一人は?」と尋ねるSHIMIZUへ首をふり、興味なさそうにペインが答えた。
「知らない。ジャーナルの記者じゃないのぉ?」
「問題は、デヴィットが本当に悪魔布教の為に天都へ来たかどうか、よね」
「それと」
彼女の疑問へ付け足すように、ペインが言った。
「あの写真を撮った現場は、何処かってね」
天都じゃないの?と聞き返すSHIMIZUを、ちろりと一瞥し、ペインは水を一口飲む。
「天都は天都だろうけど、天都のどこら辺かって話だよ。何の特徴もない裏路地じゃ場所特定もできやしない」
「桜蘭へ向かう途中だったとすれば、首都の近くじゃないかしら」
「首都の近くで揉め事?俺だったら、んな馬鹿な真似はしないけどね」
SHIMIZUの推理を一笑に伏して、彼は窓の下を眺めた。
午後の事業が、そろそろ終わる時間帯だろう。
ぼちぼち、帰り道を急ぐ人の姿も見え始めている。
「ヤツは一人だったのかな?一人で天都にやってきたのかな」
「一人で来る理由が思いつかないわね。でも首都に悪魔が現われたという話も、最近は聞いていないわ」
「悪魔と一緒とは言ってないさ」
またまた鼻で笑われ、さすがにムッと来たSHIMIZUが言い返す。
「じゃあ誰と一緒に来たと思っているのよ」
「決まってるだろ?仲間だよ、Common EVILの連中とさ」
考えもしなかったが、考えてみればペインの言うとおりだ。
デヴィットが単独行動する必要性など、ないのだから。
おまけに今回に限っては、堂々と天都から招待されている。
彼が同僚を呼びつけたとしても、なんら不思議ではなかった。
「向こうが団体様でくるとなると、こっちはトコトン不利ね……」
「デヴィット一人でも厄介だってのに、ね」
二人して辛気くさい溜息を、はぁっと漏らしてから、どちらともなく顔をあげ互いの顔を見交わした。
「お互いの上司にかけあって、連携プレイでも取ってみる?」
「……そうね、いずれ、そうなるでしょうね」
やれやれと、もう一度溜息をつき、SHIMIZUは目の前の男に言った。
「それとVOLTには、ちゃんと報告してちょうだい。私は謀反者なんかじゃないって」
「OK,判ってるよ。安心しとき?その代わり、そっちもGENの本名を誰かにバラさないようにね」
お互いに頷きあって店を出た。

駅に入り、改札口へ向かう途中。
「あら、珍しい」
ぽつりとSHIMIZUは呟き、たった今すれ違ったばかりの相手を目で追った。
托鉢だ。最近は、田舎でも滅多に見かけなくなった。
黒い法衣に、首からは数珠をぶら下げている。
つるりと剃り上げた頭が、太陽の光を反射して目に眩しい。
男は口の中で小さく呟きながら、時折手元の木魚をポクポクと叩いて歩き去っていった。
「……何宗派なのかしらね」
彼の宗派が何だったとしても、特に重要ではない。
少なくとも、会社へ戻るSHIMIZUにとっては。
もっとも呟いた彼女自身とて、さして興味があったわけでもなし、さっさと改札を抜けて電車へ乗り込んだ。
会社最寄りの駅につくまでの間、少しウトウトしかけていたSHIMIZUはガクッと顎が落ちて目を覚ます。
同時に脳裏へ閃くものがあり、つい「あっ!」と小さく叫んでしまった。

戸隠 あゆみ。
そして、ANIMA。

不意に浮かんだ二つの名前には、確かに見覚えがあったのだ。
十数年前、天都の公道で無惨にも惨殺死体となって発見された女性がいた。
女性の名前は戸隠 あゆみ、三十四歳。
綺麗な女性ね、可哀想に。
新聞に載った生前写真を見て、そう、母と話した覚えがある。
死体が発見されて、しばらくしてからベテラン悪魔祓いとして名を馳せていた女性が引退した、という噂を聞いた。
そのエクソシストのコードネームが、ANIMAではなかったか?
ANIMAと、戸隠 あゆみ。そして、戸隠 源次……
GENはANIMA引退の噂が流れた数年後に、THE・EMPERORへ移籍している。
戸隠なんて苗字、そうそうあるものではない。
きっと、何かの繋がりがある。
途中下車したSHIMIZUは、その足で別の場所へ向かう。
会社ではない。天都にある、住民管理区役所だ――