Devil Master Limited

アーシュラの雑多な一日 - 1.我、汝と共同作戦

その悪魔は粗暴にして、孤高。
群れを成す事もなければ、誰かの下につく事もなく。
単独行動を主とし、破壊の限りを尽くす。
魔界でも嫌われ者として君臨していた。
だから人間達に強制召喚された時も彼は大いに反発し、大いに暴れた。
熟練の悪魔遣い達に取り押さえられて無理矢理、使役の札を飲み込まされるまでは。


「デヴィット、あれが君に扱えるか私は本当に心配なのだよ」
儀式に立ち会った悪魔遣いは、何度も手を揉み合わせて心配そうに若き青年の顔を覗き込む。
「つらくなったら何でも言いなさい、相談しなさい。私達は、いつでも君の力になってあげるから」
デヴィットと呼ばれた青年は神妙な顔をして頷いた。
「ありがとうございます、タージェさん。でも、ご心配はいりません。僕はきっと、あの悪魔を使いこなしてみせます」
あの悪魔――今は幾重もの結界縄で拘束されている凶暴な姿を一瞥し、デヴィットは内心歓喜に震えた。
召喚の儀といっても、大した悪魔はいないんじゃないかと思っていた。
それが、まさかあんな大当たりを引き当てることになるとは。それも、自分が。
「よいかね、けして悪魔に身を委ねるな、悪魔の全てを信頼してはいかん。私達は常に悪魔より上にある立場、悪魔を使う立場だというのを忘れないように」
「判りました、タージェさん」
心配性の悪魔遣いとも別れ、ようやくデヴィットは悪魔と二人きりになる。
二本角の悪魔は名をアーシュラと言った。
今も凶悪な光を瞳に宿し、凄みを浮かべた表情で、こちらを睨みつけている。
結界縄と飲み込ませた使役の札がなければ、とっくに襲いかかられて死んでいるところだ。
使役の札は契約に応じなかった悪魔や召喚の儀式で暴れた悪魔を、力尽くで屈服させる道具である。
熟練の悪魔遣いが札に術を施し悪魔に飲み込ませることで、体に契約を刻みつける。
契約を断るという選択肢など、最初から悪魔には与えられていないのだ。
召喚された時点で、彼らは強制的に使役悪魔にさせられる。
自分は前もって教えられていたから納得できる。
しかし悪魔側からすれば、どうだろう?
この契約は卑怯ではないか。
そんな考えが、ちらりとデヴィットの脳裏をかすめたものの。
世の中とは、そういう不条理なものだと思い直し、余計な思考を脳裏から四散させた。

魔界に生を受けてから、アーシュラは好き勝手に生きてきた。
食べるものを探す能力には長けていたし、欲しい物を奪う能力も持っていた。
たまに己と同じ種に出会うこともあったが、彼は群れて生きるのを拒んだ。
一人のほうが気楽でよい。
何をするにも。
その日も、アーシュラは獲物を追いかけている最中だった。
あと少しで手に入る、そんな矢先に召喚されて人間界へ呼び出される。
獲物を逃して不機嫌きわまりないところへ人間の手先になれと強制されて、誰が頷けようものか。
彼は暴れた。
建物が崩壊するんじゃないかってぐらい暴れた。
襲い来る悪魔をバッタバッタとなぎ倒し、しかし体力の限界は、いずれくるもので、彼にも例外なく、それは訪れて、あえなくお縄ちょうだいとなった次第である。
複数の悪魔に押さえつけられた状態で口の中に無理矢理、紙のようなものを突っ込まれて飲み込まされる。
嫌な味がした。
そいつは胃の内側に張りついて、アーシュラから逆らう意思を奪おうとする。
人間に危害を加えようとすると、途端に体が内側からキリキリと痛みだし全身を襲った。
駄目だ。
ここは大人しく従うフリでもして、なんとか契約を解く方法を考えねば。
こうしてアーシュラは渋々契約を受け入れて、デヴィットを主と定めることにしたのである。

結界縄をとかれても、アーシュラの緊張は解けなかった。
少しでもデヴィットに敵意を持てば、例のキリキリがくると予想できたからだ。
「やぁ、怖い顔をしているね」
目の前のニヤケ顔は、アーシュラの気もしらんとニヤニヤ笑いを浮かべている。
「最初に言っておくがね、僕は上下関係ってやつが大嫌いだ。だからね、君も僕をご主人様と崇めなくていいんだよ」
おかしなことを言う。
悪魔遣いとは悪魔を使役するご主人様だ、と儀式で何度も他の奴らが説明していたではないか。
「僕は君と友達になりたい。いや、友達というのは少し違うかな?僕は君の相棒になりたいんだ」
薄ら笑いを浮かべて言われても、ちっとも信用できない。
元々人間など信用するに値しない。
だが、ここは信用するフリをしないと駄目だ。
反抗的と見なされたら罰が下る。
腹から全身に渡って体を縛りつけてくる例の痛みは、経験した者にしか判らない苦しみだ。
まったく、嫌な呪いをかけられてしまったものだ。
『相棒、とは?』
「一緒に仕事をする仲間さ。僕は君のやりたそうな依頼を見つけてくる。君は、それを君のやり方で片付ける。どうだい、簡単だろ?」
『ふん。ならば貴様を殺す依頼を引き受けてもらおうか』
尊大なアーシュラに怒るでもなく、デヴィットはあっさり受け流す。
「それは無理だ。そんな依頼は入ってこないからね」
『依頼主は我だ』
「それも無理だな。悪魔遣いは悪魔からの依頼を受け付けない」
『何故だ?』と片眉をあげる悪魔へ、デヴィットは微笑んだ。
「悪魔を使って悪魔を倒すのが我々の仕事だからさ」
『我に同族殺しをしろと命ずるか』
「おや、これは驚いた」
些か大袈裟にデヴィットが飛び退いてみせる。
「君は魔界にアーシュラありと噂された悪魔だと聞いたけど?散々悪魔をブチのめしてきた君が、今さら同族殺しを恐れるのかい」
確かに同族――厳密には同族ではないものの、悪魔なら何人も倒してきた。
だが、それは目的あっての結果だ。
闇雲に殺し回ったのではない。
『目的もなしに殺せと?』
「目的なら、あるさ。討伐指定の悪魔を倒せば依頼主が助かるんだからね。誰かの迷惑になっている悪魔を倒すんだ、言わば世直しだよ」
いけしゃあしゃあと言い放ち、デヴィットはアーシュラを見据えた。
「もちろん、それは人間側で見たエゴに過ぎないんだけどね。でも君に選択肢はない。君にだって食べ物は必要だろ?食べ物はタダじゃ手に入らない。なら、どうするか?働くしかないってわけさ」
『戦って勝ち得れば良いだけだ』
ふいと視線を逸らすアーシュラだが、視界の片隅ではデヴィットのニヤニヤ笑いを捉えていた。
「君の体内に張りついた札が、それを許してくれればいいけどねぇ」
奴の言うとおりだ。
人間に危害を加えようとすれば、地獄の苦しみが待っている。
「ここは人間界だ。君の住んでいた魔界じゃァない。人間界で何かを得ようとするならば、真面目に働いて金を稼ぐのが一番手っ取り早いんだよ」
それに、と彼は付け加える。
「アーシュラ、君にとってもいい条件だと思うけどな。君は戦うのが大好きなんだろ?だから、戦いは全て君にお任せするよ。僕は君のやり方に一切くちを挟まない。倒そうが殺そうが、解決方法は、お好きにどうぞ」
『ほぅ……』
なら、好きにやらせてもらおう。
悪魔と言わず、全てのものを破壊してやる。
その結果、このニヤケ面が、どのような反応に出るのか。楽しみであった。


――かくして。
デヴィットとアーシュラの受けた初依頼は廃屋ビルに住み着いた悪魔を倒す簡単な依頼だったはずなのだが、終わってみれば廃屋ビルが倒壊しニュースで報じられる結果となった。
だが、デヴィットは上機嫌であった。
始末書を書くハメになったというのに、それでも彼はゴキゲンであった。
「素晴らしいパフォーマンスになったよ!この調子で、次も頼むぜ相棒」
浮かれる主人へアーシュラが首を傾げる。
『パフォーマンス?』
アーシュラとしてはデヴィットが困るさまを見たかったのだから、大いに当てが外れた。
まさか喜ばれるとは。
いや、実際デヴィットは困った立場になった。
上司に散々怒られて、始末書だけで済んだのは奇跡のようなものだ。
だが、なんでもデヴィット曰く。
「いい宣伝効果になったってことだよ。あれを見てね、この会社には強い悪魔がいるって評判になったんだよ」
ほら、これ見てご覧と言われて、差し出された液晶モニターをアーシュラは覗き込む。
やたらハイテンションの文章が躍っている。
それも一つや二つではない。
『……これは?』
「とある掲示板の反応さ。みんな、君を褒め称えている。無論、やり過ぎだと眉をひそめる連中もいなくはないんだがね。でも、そんなのは少数意見さ。現に、あれだけの騒動になっても僕はクビにならなかった。それは、僕を名指しで指名してくる依頼が舞い込んできたからだ」
満足そうに液晶モニターを引っ込めると、今度は上着の内ポケットから紙を取り出す。
依頼書だ。倒して欲しい悪魔の居場所と、その悪魔が犯してきた所業。
そして、引き受けて欲しい悪魔遣いの指定欄にはデヴィットの名前が書き込まれていた。
「君と僕の実力を多くの人が買ってくれたんだぜ、これを喜ばずして何を喜ぶっていうんだい。さぁ、僕はどんどん退治の依頼を引き受けるから、君はどんどん倒してくれ。周りの被害なんて気にするな。加減をしていたら、君がやられてしまうかもしれないからね」
くだらぬ気遣いをする。
元より、加減などする気はない。
戦いは正々堂々、互いの実力を出しあうのが礼儀というもの。
『気遣いなど無用だ。我は我で好きにやらせてもらう』
「その意気だよ」とデヴィットには褒められたが、もう、アーシュラは彼の言葉に耳を傾けていなかった。
次の依頼では、もっと大きな事態を引き起こしてやる。
デヴィットが人間界にいられなくなるほどの、大事件を。

一ヶ月が経つ頃にはデヴィットとアーシュラの名前は、すっかり業界で知れ渡るものとなった。
有頂天のデヴィットとは異なり、アーシュラは憂鬱な表情で考え込んでいた。
このままデヴィットの奴に使われっぱなしでいるのは、我慢がならない。
しかし奴の言うとおり、腹の中の呪縛が行動を制限しているのも確かだ。
これがある限り、どこへ逃げても安息の自由などない。
デヴィットの側にいれば、ひとまず食い扶持は何とかなる。
奴が金を肉に変えて貰ってくるからだ。
アーシュラの主食は生肉だ。
それも、店では売っていない類の肉である。
初めの頃こそ大人しくデヴィットの配給する牛豚を食べていたのだが、ある依頼で偶然、死者が出た。
討伐対象の悪魔を倒す際、巻き込んでしまった初の被害者だ。
実際に、その人間を殺したのは討伐対象の悪魔だ。アーシュラではない。
その時に、デヴィットのほうから言い出したのだ。
「証拠隠滅しちまえ」と。
奴曰く、無関係の死者が出たとあっては評価に傷がつくらしい。
倒すのは、あくまでも標的の悪魔だけ。
他は殺してはいけないのだとも言われた。
ビルを破壊した時は宣伝になると喜んでいたくせに、人間とは勝手なものだ。
もし、殺してしまったら――?
そう尋ねるアーシュラに、彼は言った。
証拠とは残さなければ証拠として認められないのだと。
死体を処理するのに手っ取り早い方法といえば、一つしかない。
そう、悪魔であるアーシュラならではのやり方で。
彼は人間の死体を食べた。
すると、どうだろう。
これまで食べてきた牛や豚なんかとは比べものにならないぐらい、おいしいではないか!
思わず欲心に満ちた目でデヴィットを見やると、彼はおどけて後退した。
「おっと、僕を食おうなんて思うなよ?君の体には詛いがかかっていることを、お忘れなく」
アーシュラ自身が肉を得ようとすれば、得る前に呪縛で倒れよう。
だが、デヴィットが探してくるのであれば――?
問題ない。呪縛は発動せず、肉も得られる。
アーシュラはデヴィットに命じた。
どんな依頼でも引き受ける、ただし貴様は肉を用意しろ。
それも極上の肉だ、判るな?
デヴィットは「肉なら今までだって買ってきてやったじゃないか」と不満に口をとがらすが、すぐに言い直した。
「あぁ、そうか。なるほど、判ったよ。非合法なやり方になるから、少し時間はかかるかもしれないけどね」
以降、肉による繋がりが発生し今に至るわけだが、食べ物で釣られたという見方もある。
それが大いにアーシュラのプライドを傷つける原因となっていた。
人間如きに餌でこき使われる身分に、いつまでも甘んじていていいのだろうか?
自分には、もっとやるべきことがあったのではないか。
だが、その"やるべきこと"とは?
そう尋ねられると、アーシュラにも答えられない。
振り返ってみれば、何と漠然とした生き方であろうか。己の生涯とは。
欲しいものを奪い取り、食べたいものを食す。
これでは動物となんら替わりがない。
アーシュラは愕然とした。
――ならば。
人間界で、生き様を見つけるのも悪くない。
デヴィットと共に行動を続けているうちに、見えてくるものがあるやもしれない。
依頼は何でも引き受けてこいと命じたが、デヴィットが拾ってくる依頼は討伐ばかりだった。
まぁ、いいだろう。それでも構わない。
戦いの中でも、得られるものがあるだろう。
それまでは、せいぜい遣い魔のふりでもして大人しく使われておいてやろう。
己の目標を見つけるまでは……