Devil Master Limited

2-2.単独行動

「連中に俺達の存在を知られた以上、まとまって行動するのは危険だな」
車を停めて、ラングリットが言う。
イスラルアは目と鼻の先だ。
デヴィットが反対した。
「バラバラに分かれて潜入しろってのかい?余計危険だと思うがねぇ」
「でも、単独なら怪しまれる可能性も多少は減るわよね」
バルロッサはラングリットの案に賛成なのかもっともらしく頷くと、残り二人にも意見を求めた。
「エイジ、カゲロウ。あなた達の意見を聞きたいわ。分散するか、まとまって街へ入るか」
「僕は散開に賛成ですね。町中で戦うのはリスクが大きすぎます」と、すぐに頷いたのはカゲロウだ。
エイジは少し考え、ちらりとデヴィットを見てからバルロッサへ向き直る。
「デヴィットの言うことにも一理あるが、戦闘を避けたいのは俺も同感だ」
バルロッサが頷き返し、結論を下した。
「なら分散するのね?多数決で決まりだわ。いいわね、デヴィットも」
「ハイハイ、判りましたよ。一人だけ反対していたって意味ないし」
口では文句を言いつつも、デヴィットはさして不満でもなさそうだ。
遠目に街を眺め、小さく呟いた。
「こうして見る分には暴動も起きているようには見えないね。穏やかなもんだ」
街からは煙もあがっていなければ、建物が破壊された様子も伺えない。
もっとも、遠目だから判らないだけで、近くまで寄ってみれば何か変わった状況が見えてくるかもしれないが。
エイジもつられて街を眺め、一同に念を押した。
「切羽詰まるまで遣い魔の召喚は禁止だ。出来るだけ旅行者を装うんだぞ。それと、連絡は社用コードで取り合おう。街の中で集まるかどうかは状況次第だな」
「あいよ。ったく、こんなことになっていると事前に判りゃ〜偽造の身分証明書でも作ってきたんだが……」
ブツブツ文句を言ってから、ラングリットは肩をすくめた。
「ま、今更言ってもしゃーねぇか」
「暴動のニュースは僕達が社を出てから入ってきたんです。どうしようもありませんよ」
カゲロウが慰め、最初に歩き出したのはバルロッサだった。
「じゃあ、私は先に行くから。あなた達は、しばらくしてから移動を開始して」
「おぅ」とラングリットが手をふり、彼女の姿は次第に遠のいていった。
一人去り、また一人と歩き出し、最後に残ったデヴィットは空を見上げて、もう一度呟いた。
「悪魔国家建設中の街か。さて、蛇が出るか鬼が出るか……いや、出るのは悪魔かな?」
イスラルアはデヴィットにしても他の皆にしても、初めて行く土地だ。
土地勘がない場所での戦闘は危険。
カゲロウやエイジの心配は一般論だ。
だがデヴィットは、どうにも嫌な予感がしてならなかった。
僕達は必ず戦闘に巻き込まれるだろう。
ベルベイの足取りを追う限り、それは避けられない運命だ。


どこをどう歩いてきたのか。
細道の連続に、エイジはすっかり方向感覚を狂わされていた。
これもそれも裏道から入ったせいだ。
表門は使えない、規制されている以上。
せめて店の並ぶ通りへ抜けたいものだが、延々と続くのは住宅ばかり。
どの家も風化して、土の壁はボロボロだ。
ちょっとした地震でも崩れ落ちてきそうである。
誰かに道を尋ねようにも、表で遊ぶ子供の姿がない。
だが、暴動が起きているのでは仕方あるまい。
ランスロットさえ使役できれば、道の一つや二つショートカットできるのだが、今はそれもままならない。
似たような景色が続く中、遣い魔の使い勝手の良さを考えていると、不意に誰かの話し声がエイジの耳に飛び込んできた。
「――金を出せば――」
「一銭も――」
「ってことはねーだろうが!お前の顔は――」
声の方向へ歩いていくと、行き止まりでたむろする人影が見えてきた。
エイジは一旦足を止め、家の影から様子を伺う。
手前に男が二人立っていて、奥の路地に押し込められる形で、もう一人いる。
奥の一人は手前の二人に脅されているようでもあった。
「あんた数日前から、この街にいるだろ。金がないなんて嘘が通じると思ったら、大間違いだぞ?」
手前の一人が低い声で脅し、奥の男がおどけて答える。
「ここへ来た時から財布の中身は空っぽでね。相棒がもうすぐ到着する予定なんだが、どうなったのかなぁ」
「とぼけんな!」と、これは手前の、もう一人が怒鳴った。
「無一文で泊まれる宿屋なんざ、どこにもねぇッ。いいから大人しく有り金を出しやがれってんだ!」
胸ぐらを掴まれて、二対一では有り金全部を巻き上げられるのがオチだろう。
面倒に関わっている暇はないが、しかし見捨てて去るのも胸くそが悪い。
好奇心で近づいたことを後悔しつつも、エイジは彼らに近づいた。
「おい」
だが、声をかけた途端。
奥の男がエイジを見るや否や、ぱぁぁっと顔を輝かせて抱きついてくるもんだから、エイジは勿論仰天し、手前の男二人組も驚いた。
「おぉー!待っていたぞぉ、我が相棒ジェインよっ」
男が首を振るたび、無精髭がじょりじょりエイジの頬に当たって気持ち悪い。
文句を言おうと口を開きかけたエイジに、男がそっと目配せしてきた。
話を併せろという合図を。
「そ、そいつが金を持ってんのか!?なら好都合だ、さっさと金を出せ!」
「金さえ出せば見逃してやってもいいんだぞ」
男二人が騒ぐのへは、エイジに抱きついたままの男が応えた。
「ふっふっふ。騒いでいていいのかな?早く逃げないと、とんでもない事になるぞ」
突然の変わり身には脅していた二人組も「な、なんだとぉ」と困惑する。
エイジも然り、この男の自信は何だろう?
自信があるなら、さっさと奥の手を出せば良いものを。
そうすれば、自分が関わる必要もなかったはずだ。
エイジを抱擁から解放すると、ヒゲの男が言った。
「我が相棒ジェインが来たからには、もう、お前達は袋の鼠だ!さぁ、行けジェインよ敵を打ち払え!!」
「えっ?」となったのは二人組だけじゃない、エイジもだ。
しかし、お互いに唖然とした顔で見つめ合ったのも一瞬で。
次の瞬間には、飛んできた何かが激しく白煙を吹き出して、瞬く間に辺り一面を覆い隠す。
「な、何だこりゃあ!?」
「ゲ、ゲホッ!畜生、煙幕だ、煙幕を投げつけやがった!!」
二人組が騒ぐのを横目に、エイジは「こっちだ!」と手を引っ張られ、なし崩しにその場を退散した。

走りに走って、またしても方向が判らなくなってきた頃、先頭の男が家の中へ走り込む。
エイジも一緒に引っ張り込まれ、乱暴に床の上へ転がされる中、バタンと扉の閉まる音を聞いた。
ようやく手を離してもらったのはいいが、ここは何処だろう。
殺風景な家の中だ。
家具と呼べるのは壁を掘って作られた棚ぐらいで、生活用品が一つもない。
少なくとも宿屋ではなかろう。
部屋のサイズから見ても、一人暮らし用の一軒家だ。
「あなたは、一体……」と話しかける側から無精髭が「ハァーッ、良かったぁ!」と大きく溜息をつき、くるっと振り返ると、満面の笑みでエイジに感謝の礼を述べてきた。
「いやぁ、助かったよ!連中に絡まれてヤベーって思ってたんだよ、君が来なかったら一文無しだ」
「はぁ、それは、どうも」
冴えない調子のエイジなどお構いなく、男は床に腰を下ろすと、まじまじエイジを見つめてくる。
エイジも向かい合って、男を見た。
無精髭さえなんとかすれば、それなりにイイ面構えをしている。
人懐こそうな瞳をしていた。
男が話しかけてきた。
「君は旅行者か?」
「あぁ」とエイジは頷き、もう一度尋ねる。
「あなたは?数日前から、この街にいるようだが」
「あぁ、俺はジャーナリストだ。ほい、名刺」
差し出された名刺を見ると【ウィンダム・ウィンダムス ジェイムズ=イヤー】と書かれている。
ウィンダム・ウィンダムスといえば、エイジでも知っている。
大手の雑誌出版社だ。
大手ではあるが古代美術や古代文学といった、あまり一般受けしない古くさい分野を取り扱っている。
エイジの好きな分野でもあった。
「ウィンダム・ウィンダムスの……」
しかし古代専門の出版社記者が何故、イスラルアへ?
エイジの表情を見て取ったか、ジェイムズが顎に手をやり話し始めた。
「俺は今、ネタを追っていてね。しばらく、この街に潜伏しなきゃならない」
思い切って、カマをかけてみた。
「それは……DECADENTと関係があるのか?」
「鋭いね」
ジェイムズはニッと歯を見せて笑う。
「その通り、悪魔国家建設を調べているのさ」
まさかジャーナリストが、あっさりと手の内を明かすとは。
驚くエイジに、ジェイムズがウィンクを飛ばしてきた。
「君は特別だよ、なんといっても恩人だ」
ウィンクを飛ばしてきたばかりじゃない、手までぎゅっと熱く握られた。
相手の馴れ馴れしい態度にエイジは狼狽しながら、じりじりと後退する。
「いや、俺はただ道を尋ねようと思っただけで……あなたを助ける気は全く」
「けど結果的には君に助けられたんだ。何かお礼をしなきゃなぁ」
ジェイムズが潤んだ眼差しを向けてくる。
心なしか頬も赤いし、握られた手は汗ばんで気持ち悪いしで。
このまま黙っていたら、何か良くないことが自分の身に降りかかりそうだ。
わき上がる猛烈な悪寒に耐えきれず、エイジは妥協案を差し出した。
「そ、それなら安全な宿屋を紹介してくれないか?先も言ったが、俺は旅行で来たんだ。今夜泊まる場所が」
「なら、この家に泊まるといい。ここは安全だぞ、連中もここまでは上がり込んでこないし」
「それは、あなたに迷惑がかかる!それに旅行者は旅館へ泊まるべきだ、そうは思わないか!?」
背中がドンと壁にぶつかった。
もう、下がろうにも後がない。
目の前には鼻息の荒いジェイムズ。
何この窮地、早くもランスロットを呼び出さないといけないのか?
焦るエイジの前で、急に真面目な顔になったジェイムズが答える。
「今のイスラルアに安全な宿屋なんてないよ。何故俺が空き家で寝泊まりしていると思っているんだ」
空き家だったのか。
図々しくあがりこんでいるとは、さすがジャーナリスト、神経がぶっとい。
「君、本当に旅行でイスラルアへ?」
疑われている。
エイジは頷き、渋々彼の提供にも従った。
「旅行以外に何があるというんだ……判った。なら、ありがたく部屋を使わせてもらう」
部屋といっても、この家はワンルームだ。
つまり、ジェイムズとは寝食を共にしなければいけないわけで……
「ただし!何かあったら、俺は即座に引き払うぞ。快適に眠れない場所には長居したくないからな」
喜ぶ彼に釘を刺しておくのも、エイジは忘れなかった。

宿屋の問題も無事に――とは言い切れない不安が残るものの、一応片付いた。
ジェイムズが言うには、今、イスラルアは大変な状況にあるそうだ。
DECADENTと名乗るテロリスト軍団が突如街を奇襲してきたかと思うと、瞬く間に役所の建物が占拠されてしまった。
今じゃ街の中をテロリストが堂々とうろつき、遊ぶ金ほしさに旅行者や住民を襲う連中まで出てきている。
ジェイムズに絡んでいたのもDECADENTのメンバーだったと聞かされた時には、エイジは内心残念に思った。
あいつら二人を捕らえれば、内情が詳しく判ったかもしれない。
だが、単独で仕掛けるのは危険だ。
一人で行うのは情報収集だけに徹した方がいい。
「連中は総勢何名いるんだ?」とのエイジの質問に、ジェイムズが答える。
「さぁなぁ……街をうろついている人数だけでも十人以上は目撃したよ」
とにかく、と熱い視線をエイジに向けて彼は言った。
「極力、連中には近づかないほうがいい。君は美しいから誘拐されてしまうかもしれないぞ」
また背中が悪寒でゾワゾワしてきた。
褒めているつもりなのかもしれないが、あまり嬉しくない褒め言葉だ。
「俺が美しいかはともかく、警戒しておくに越したことはないだろうな」
速攻で役所を占拠するぐらいだ、それなりに人数は揃っていよう。
恐らくは武器も所持している。
思案するエイジに潤んだ眼差しが向けられる。
またしても頬を薔薇色に染めたジェイムズが、こちらを見つめている。
「いや、美しいよ。この手で君を抱きしめた時に判ったんだ、君の身体はとても華奢で繊細な」
「今は美意識の違いを論争している場合じゃない」と気持ち悪い反論を言葉途中で退け、エイジが言う。
「俺が安全にイスラルアを観光するには誰かの協力が必要だ」
本音では嫌だが、背に腹は代えられない。
仕方なく、本当に仕方なく、エイジはボソッと付け足した。
「あなたに道案内を頼みたい。俺より先に来ていて色々街の事を調べている、あなたになら可能だろう?」
「もちろん!任せてくれ!!」
がちぃっ!と激しく汗ばんだ両手で手を握られた瞬間、心底エイジはジェイムズの協力を仰いだことを後悔したのだが、そうとは知らぬジェイムズは興奮で鼻息を荒くしながら改めてエイジに尋ねてきた。
「そういや、まだ名前を聞いていなかったな。君の名は?」
本名を名乗るかどうか迷ったが、結局のところエイジは正直に答えた。
「エイジだ。エイジ……ストロン」
答える前、もし彼のほうで聞き覚えがあったらどうしようと悩んだのだが、まったくの杞憂だった。
ジェイムズはエイジの名にもストロン家にも反応せず、代わりに別の言葉を宣った。
「エイジ、エイジか、君に相応しい名前だ。エイジ……いいねぇ、美しい」
彼のおつむの中では全てが美しいものに変換されるらしい。
この男と組んで、本当に大丈夫なのか。
選択肢のない状況に、脇腹が痛くなってきたエイジであった。