DOUBLE DRAGON LEGEND

第六十三話 再生と破壊と


戦場と化した森で蠢くのは、獣の姿をした者だけではない。
明らかにMSではない人型の集団もまた、森の中へ入り込んでいた。
腰にボックス、背中にもバックパックを背負った男達が死体の前で立ち止まる。
どの面子も一様に黄色い服へ身を包んでいた。
「拠点より西南、二十八キロ地点。ネストとエンディーナの死体を発見しました」
そのうちの一人が通信機へ報告する。
通信の向こう側からは野太い声が、それに応えた。
『脳は無事か?』
死体の側に屈み込み、別の男が応えた。
「死因は喉に受けた外傷が元のショック、及び出血多量。エンディーナは熱傷が原因ですね」
手にしたナイフをネストの頭へ押し当てると、一気にざっくりと丸く切り裂いた。
ためらいもせず指を突っ込み、脳の様子を確かめる。
「脳への外部損傷は見受けられません」
通信機から指示が飛ぶ。
『では、両方の脳を持ち帰ってくれ』
「了解です」
ボックスを開き、大きなパックを取り出すと、その中へネストの脳味噌を突っ込んだ。
エンディーナにも同じ処置を施して、男達は立ち上がる。
「死体は?」
『いつも通りだ。焼却しろ』
「了解です」と、答える前から仲間は既に火炎放射器を取り出している。
無言の頷きをかわし、誰かがスイッチを入れる。二つの死体は瞬く間に炎で包まれた。

ミスティルとアルムダが死闘を繰り広げるエリアにも、木陰には黄色い服の姿があった。
「アルムダを発見しました。拠点より南、十三キロ地点にて鬼神と戦闘中」
即座に甲高い声が状況を確認する。
『奴の様子はどうだ?リミットは外れているか!?』
上を見上げ、男は通信機へ答えた。
「いえ。リミットが外れた様子は見受けられません……通常モードで戦闘しているものと思われます」
『なんだと?』
途端に相手の声がキーンと一オクターブは跳ね上がり、通信機を手にした男は露骨に顔をしかめる。
少し耳から遠ざけた格好で話を続けた。
「リミットを強制解除しますか?」
今度も即座に返事が来た。
『当たり前だ!無様に負けるぐらいなら、壊れてでも捕縛させろ!』
スピーカーが音割れしているのは、声が甲高いからというだけでもなさそうだ。
「了解です」
返事も半ばに通信を切ると、男は小さく溜息をつく。
「J侯爵の癇癪が炸裂したか?」と苦笑交じりで問う仲間に、男も頷き苦笑した。
「あぁ。リミット強制解除のお許しが出たぞ」
懐から取り出した小さな機械を空へ向けると、男は口の端を釣り上げて嫌な笑みを浮かべる。
「ほら手伝ってやるぞ、アルムダ。俺達旧人類には出来ないお仕事を、頑張ってくれよ?新人類サマ」

いくら、そういうふうに作られているといっても、体力と気力までは無尽蔵ではない。
炎と氷のMSは、共に満身創痍であった。
息を吐き続けたせいか、喉がひりつくほどに痛い。だが、ここで息を止めるわけにはいかぬ。
どちらかが攻撃をやめた時が、決着のつく瞬間だ。
判っているからこそ、どちらも吐くのを止められない。
炎を、或いは冷風を吐き続けながら、一方では爪で、嘴で肉体を破壊しているのだ。
もはや、二人を動かすのは気力しかない。勝利への執念が気力を支えていた。
その均衡が、不意に崩れた。
巧みに旋回してミスティルの目を狙っていたアルムダの体が、ビクッと痙攣する。
なんだ、この衝撃は――
体の内側から爆発しそうなほどの痛みが、己の心臓を締め上げてくる。
筋肉という筋肉が軋みをあげた。
まさか、もう限界が?
嫌だ、俺はまだ戦える。
焦りに急降下して、スレスレのところで奴にはかわされた。
「クッ!」
小さな呻きを漏らして再び急上昇するアルムダを、ミスティルも追いかける。
僅かだが、奴の動きに乱れを感じた。限界が来たのだとすれば、これ以上の好機はない。
そう思っての追撃だったが、すぐに彼は後悔する。
アルムダの動きが、また変わったからだ。
「ッ……GAAAAAAAAAAAA!!!!
グググッと小さく丸まったかと思えば、一気に全身を伸ばして奴は咆吼した。
一気に吹き付ける冷風は今までの比ではない。
凍てつく大地に吹き荒れる寒波――いや、それ以上の冷たさだ。
己の体を見下ろせば、羽の一部が凍りつき始めている。
「――馬鹿な!」
鬼神の炎を凍らせる奴など、これまでにだって一人もいなかった。
いないからこそ、慢心していた部分があったのは認めよう。
しかし、これまで互角だと思っていた相手が急に強くなったのは何故だ?
力を隠していた、そのようには全く見えなかったのだが……
驚愕のミスティルを前に、アルムダもまた、内から来る凶暴な何かに翻弄されていた。
心臓を締め付ける痛みは、とうに限界へ達している。
この痛みに、彼は覚えがあった。
リミット突破――彼のマスターであるU将軍が前に教えてくれた、最終手段だ。
瀬戸際になるまで、けして解放してはいけないと言われている。
一度だけ、言いつけを破って使ったことがある。
ギルギス・デミールと喧嘩した時だ。
喧嘩には勝ったものの、あとでマスターには、こっぴどく怒られた。
だが怒られたことよりも何よりも、アルムダを苦しませたのは後遺症であった。
約三ヶ月、身動き一つ出来ないほどの痛みと熱に襲われた。
以来、どんなピンチに陥ろうと絶対に使うまいと心に決めたのだが……
それが何故、勝手に解放されてしまったのか。誰かが強制的に引き出したとしか思えない。
造られた存在である以上、自分の知らない方法があるのかもしれない。
――と、アルムダに考えることが出来たのは、そこまでで。
後は真っ白な空白が続き、ついには意識が途切れ、四散した。
体中から冷気が吹き出す。
喉から絞り出される獣の叫びを、自分の意志で止めることが出来ない。
冷気はパキパキと鬼神の体にも張り付いて、奴の炎が完全に封じ込められる。
逃れようと急上昇するも一歩遅く、氷に包まれた鳳凰は羽ばたきを途中で止められて、地面に墜落した。
その様子を木陰から眺めていた者達が再び連絡を取る。
「酉の印、捕縛に成功しました。アルムダの肉体は、どうしますか?」
『熱傷は酷いのか?』と、J侯爵。
男は目を凝らし、遠方へ墜落したアルムダの様子を見やる。
「五十パーセント到達、といった処でしょうか。目視で半分ですね」
すると通信の向こう側はしばらく黙り込み、ややあってから答えをよこした。
『半分なら、まだ使えるか……よし、両方とも肉体ごと回収しろ』
「了解です」


燃え広がる炎、次々と殺されてゆく仲間達。
そうした状況を知るのは、その場にいたMSだけであるはずなのに。
ジ・アスタロトにあるR博士の研究室――
正面に壁かけられた巨大なモニターには、同じ景色が映し出されていた。
リアルタイムではない。過去の状況だ。
何故なら、中央で太い腕を振り回している巨大生物がダミー・ライデンだからである。
D・レクシィとの戦いで命を落とした彼が今、生きているはずもない。
「どうかね?我々の研究成果は。人の脳や眼球は死の目前まで見ていたものを記憶しておる。我々は、脳の記憶を映像として再現する事に成功したのだよ」
得意満面に語るR博士の言葉も、司の両耳を素通りした。
表情を強張らせたまま、彼は一時たりとも画面から目を離さず凝視している。
ダミーの一撃で首をやられ、己が作り出した血だまりの中で、ぴくぴくと痙攣するドミア。
肋骨が体を突き破り、一撃の元に命を絶たれたミミル。
ほんの数日前まで一緒に暮らし、話したこともある相手が、次から次へと簡単に殺されていく。
――僕のせいだ。
僕が、途中で戦前離脱してしまったから。
指示を途中で放棄してしまったから、ミスティルや美羽にも危機が及んでしまったのだ……
張り付けられた格好のまま、司は力なく項垂れる。
その横では、なおもR博士が満面の笑みを浮かべて解説していた。
「この記憶は凛々が残しておったものじゃ。残念ながら彼女はDドールとの戦闘でリタイアして、哀れな姿で帰還したがのぅ」
ちらりと彼が向けた視線を追って司も、そちらを見やり、言葉を失う。
黒いコードでモニターと結ばれるケージの中に入っていたのは、人間の脳味噌であった。
正しくは、凛々と呼ばれる者の成れの果てだろうか。
戦いに敗れ、脳だけ回収されたのであろう。
「凛々の肉体は滅びたが、彼女の死は無駄ではない。こうして脳に記憶を残しておいたんじゃからの」
R博士が、ポンポンとケージを叩く。液体の中で脳味噌は、答えることなくユラユラと漂った。
「……君達は……」
俯いていた司のくちから、ポツリと言葉が吐き出される。
「ン?」となってR博士が怪訝に見つめると、顔をあげた司が睨みつけてきた。
「人の命を、何だと思っているんだッ!神にでも……なったつもりなのか?」
司の激高もR博士の心には届かず「ほ」と鼻先で笑い飛ばすと、逆に老人は睨み返す。
「千年前に散々反乱分子を殺戮してきた英雄様が我々を罵倒するとは。我々は同じ穴の狢ではないのかね?共に、人殺しという名の」
R博士を睨んでいた司の目がビクリと怯んだ。まるで、叱られた子供のように。
「違う!僕は、僕達は――」
言葉に詰まり、目元には、うっすらと涙さえ浮かんできたが、怯んだ司に対してもR博士は容赦のない言葉を浴びせ続けた。
「何が違うというのかね?君が殺したストーンバイナワークの者も人間だ。彼らには家族も恋人もあっただろう。しかし君は、それを死という形で無理矢理断ち切った」
「僕は……」
萎れる司の心にトドメを刺したのは、次に来る博士の一言だった。
「それに、君だって元々戦闘データを取る為に作られた存在じゃないか。剣持博士の石板には、そうとはっきり書かれていたよ」
言われた瞬間、本当に息が止まるかと思った。
心臓を鷲づかみにされたような、衝撃。
何だ、何を言っているんだ、この男は?
言われた意味が判らぬまでも、司は反射的に抗った。
「う……うそだ」
声が掠れた。喉に何かが詰まったような感触に、二、三度咳払いする。
だが、嫌なものは取れるどころか司の喉を圧迫してきた。
嘘だ。だってマスターは僕の事を自分の子供同然に可愛がってくれていた。
実験動物だなんて、人間兵器だなんて、一度も言わなかったじゃないか。
それにキースが死んだ時だって、シーザーがいなくなった時だって。
十二の騎士のように脳だけ取り外して持ち帰るなんて場面、司の記憶には残っていない。
「その石板、まだ君達が持っているというのなら」
先回りした「読みたいかね?」というR博士の問いに、司は頷いた。
「見せてもらおうか。マスターの……いや、剣持博士の真意を、僕も知りたい」


激闘が繰り広げられている地点から、さらに離れた未開の地。
デキシンズとレイは廃墟と化した研究施設の中にいた。
遥か大昔にMSを研究するという名目の元に建てられて、伝説のMS『白き翼』を生み出した施設でもある。
所有者の名前は剣持穣治。
十二真獣を作り出したとされている男だが、彼の名は意外や一般には知られていない。
そして彼の所属する組織、ディクションも。
デキシンズとレイの両名は、MS化して潜り込んでいた。
既に幾つかのセキュリティシステムが動いているのを確認した後であり、カメレオンの尻尾には焼けこげた跡もある。
迂闊に赤外線へ足を踏み入れ、レーザーで火傷したのだ。
「気をつけろ。ここから先は罠の連続だ」
先を歩くフェレットが振り返る。
デキシンズの目には見えない罠も、彼女の目を通せば丸見えだ。
至る所に赤い線が張り巡らせられ、一見は歩ける場所などないように見える。
しかし所々に隙間を発見し、レイは手招きでデキシンズを呼び寄せた。
「見ろ――といっても、お前には見えないだろうが、線と線の間には僅かな隙間がある。私が指示するから、お前は線を連続で飛び越え、上手く隙間に着地しながら向こうにある」
「えっ、俺が行くのかい?」
レイの説明を遮り、カメレオンはクルクルと瞳を回転させる。
困った時に、彼がよく見せる癖の一つだ。
「向こうにある、スイッチを切断しろ」
彼女は聞く耳持たず、最後まで説明を終えてからデキシンズを振り仰ぐ。
「お前は、私に焼きイタチになれというのか?」
「あぁ、いや、そうは言っていないけどさ」
慌てて撤回するデキシンズなど見もせずに、レイは前方を睨みつける。
「私だって、お前のようなオッチョコチョイに行かせるのは気が進まない。だが、私の歩幅では隙間まで飛び越えられぬ。お前の身長と歩幅なら確実に飛び越えられる」
赤い線は、フェレット状態の時にしか見えない隠されたトラップだ。
人に戻れば歩幅は合うだろうが、代わりにトラップが見えなくなってしまう。
ここを切り抜けられるのは等身大のカメレオンであるデキシンズ一人しかいないと言い聞かされて、すっかり機嫌をよくしたデキシンズは自分の胸をドンと強く叩いた。
「よし、俺に任せろ!必ずスイッチまでゴールインして切ってみせるぜ」
誰かに頼られるというのが、こんなにも心を弾ませるとは。
いや、心ばかりではない。
レイの指示に従って線と線を飛び越えるデキシンズの動きにミスは一度もなく、無傷でスイッチをオフにすると、彼は上機嫌でレイの元まで戻ってきた。
「どうだい?俺だって、たまには役に立つだろ」
カメレオンだから表情にこそ出ないものの、デキシンズが有頂天なのには、すぐ気づいた。
声が妙に弾んでいる。K司教に褒められた時の様子と、実にそっくりだ。
デキシンズほど感情の判りやすい奴もいまい。レイは小さな笑みを口元へ浮かべる。
「そ、それで……もし、良かったらホッペにキスを」
言いかける彼を置き去りに、フェレットは奥へ進んでいく。
「行くぞデキシンズ。この罠など、ほんの入口に過ぎない。我々の目指すものは恐らく地下にあろう」
ワンテンポ遅れてカメレオンも走り出す。
「ま、待ってくれよ〜」
やがて二つの影は、廊下を曲がって奥へと消えた。

地下へ降りる前にもあった数々のトラップを潜り抜けた二人は、降りた先で、やっと名残らしきものを発見する。
研究施設だった頃の名残だ。
赤や黄色のランプが点滅する、大きな機械が壁際にビッシリと並んでいる。
「……やっと中核へ辿り着いたか」
呟くレイへ、デキシンズが尋ねる。
「なぁ、剣持博士の研究を調べるって言ってたけど、具体的には何を」
「決まっている」
とん、と身軽に機械の上へ飛び乗ったフェレットが答えた。
「初代十二真獣に関する資料だ。K司教の読みが正しければ、必ず此処にも残されているはずだ」
「初代……十二真獣の?じゃ、じゃあ、ここに」
デキシンズの喉が、ぐびりと嫌な音を立てる。
生唾を飲み込み、カメレオンは部屋一帯を見渡した。
「ここに、英雄様の赤裸々な秘密が隠されているってわけか!」
「また、英雄様か」
レイが苦笑する。
「十二真獣と言うと、お前は必ず『白き翼』へ辿り着くのだな」
無論、白き翼の秘密も探らねばなるまいが、十二真獣は戌の印だけではない。
子、牛、虎。十二人全ての創造、始まりを調べなくては意味がない。
人工生物の作り方に関するプロセス自体は、既に剣持博士の残した石板から得ている。
だが、石板には剣持の苦悩と後悔も一緒に記されていた。
K司教は、それに疑問を感じたという。
何故、戦争に勝利するほどの能力を持つ人工生物を創り出した彼が苦悩せねばならなかったのか。
何故、彼は十二真獣を世に送り出したことを悔いたのか。
十二真獣こそ次の時代の『新しい人間』だと考えるK司教にとって、剣持自体の存在が謎となった。
剣持という男個人について、そして初代十二真獣の育成方法に興味を持ったのであろう。
彼にとって十二真獣は、ただの実験動物ではなかったのか、否か。それも調べるよう命じられている。
そんなものを調べてどうするんだ?という疑問が当然のように、レイの脳裏には浮かんだ。
それでも命じられた時、彼女はあえて反論しなかった。
K司教にはK司教の考えがある。それを自分が知ったところで、何にもならない。
その辺りの立場を彼女は弁えていたのである。
何でも馬鹿正直に聞き返すダミー兄さんやデキシンズ達とは、違うのだ。
レイは小柄な分、身体能力は、どうしてもネストやキャミサと比べて劣っている。
その差を、彼女は頭脳でカバーしたいと考えた。
機械の上を歩き回って投影スイッチを探していたレイは、ついに目当てのものを探り当てると、手持ち蓋差に座り込んでいたカメレオンを促した。
「デキシンズ、多分これが映像を出力するスイッチだ。見ていろ」
フェレットが飛び乗ると、カチリと小さな音を立てて電源が入る。
瞬時に立体映像が中央に映し出され、レイとデキシンズは同時に唾を飲み込んだ。
幼い子供だ。
黒髪の少年は真っ白なシャツを頭からスッポリとかぶり、あどけない笑顔を浮かべている。
「……戌の印……!」
レイの呟きにデキシンズも小さく頷いた。
「これが……英雄様の、幼少の砌ってやつか」
今だってスマートだが、幼い頃の少年ツカサは本当にちっちゃくて、抱きかかえて頬ずりしたいほど愛らしい。
映像のツカサが不意にフェードアウトしたかと思うと場面が急に切り替わり、中央に映し出されたのは慌ただしく走ってきた白衣の男と待ち受ける白衣の女性。
『やったぞ!とうとう【優等生】の因子が発生した』
興奮気味に叫ぶ男を、女が窘める。
『そうはしゃぐんじゃないわよ、ジョージ。まだ確定するかどうかも判らないのに』
『なに、俺の仮説は正しかったんだ。戌の印に、必ず因子は生き残る』
鼻息荒く興奮してはいるが、男の瞳は生き生きと輝いている。
ジョージと呼ばれた件から考えても、男が剣持博士であるのは間違いない。
レイとデキシンズは固唾をのんで、続く映像に集中した。

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