彩の縦糸

番外・一 霊力修行

闇の中、何度も寝返りをうつが、なかなか寝つかれない。
今、この家には吉敷と源太。二人しかいない――
元々二人で住んでいたのだ。父と母が死んでからは。
何を今更、意識することがあろうか。
もう一度寝返りを打ちながら、源太は天井を見上げた。

明日からは、レオナと共に修行へ旅立つことが決定した。勿論、吉敷の為の旅行だ。
だからだろうか。遠足の前の晩のように、気分が高揚して落ち着かないのは。

――いや、違う。
今の気分と、期待する気分とは、やはり別物だ。
静が居ない。いつもなら、彼女は隣で熟睡しているはずなのに。
吉敷が自信を取り戻すまで、彼女は連れ戻さない。そういう約束を、弟とした。
その余波だろうか。先ほどから下半身を中心に、むずむずと落ち着かない気分になるのは。
「切ないのォ」
誰に言うともなく呟き、股間へ手を伸ばす。
自慰行為など、学生時代以来だ。静と知りあうようになってからは、卒業したと思っていたのだが。
脳裏に思い描く相手は静――それとも、吉敷?いや、この際どちらでもいい。
どうせならと源太は身を起こして、音もなく慎重に襖を開く。
弟の寝顔を眺めながらマスをかくというのも乙じゃろう、とばかりに吉敷の部屋へ向かった。


闇から野太い手が伸びてくる。
そのまま、吉敷の股間をなぞり、竿をしっかりと握りしめた。
ゆっくりと手が上下に動き出す。
「う……んっ、あぁ……」
吉敷の口からは吐息が漏れ、彼の片手がギュッと敷き布団を掴む。
手はますます勢いを早め、かと思えば竿から鈴口へ指が伸び、軽く突いて刺激を与える。
「んぁっ……はぁッ……あっ」
それだけではない。もう片方の手も伸びてきて、念入りに玉袋も揉みほぐし始めたではないか。
闇に浮かび上がる顔は、源太のものであった。
「あっ、あに……き……ッ」
抱きつこうと、吉敷は手を伸ばす。
だが、抱きつけるはずもない。源太はまだ、廊下を歩いているところなのだから。
全ては吉敷が脳裏で描いているだけの、幻であった。

弟の部屋に潜入せんと廊下を歩いてきた源太は、部屋の中から漏れる声に耳をそばだてる。
吉敷の様子が、おかしい。
なにやら胸をときめかされるような、妖しい呻きが聞こえるような?
まさか、また奴らが、件の悪霊使いが吉敷へ何かを仕掛けてきたのであろうか。
しかし、そのような悪い気配など漂ってこない。否、霊の存在すらも感じられない。
「はて。悪夢でも見とるんじゃろうか」
呟くと、源太は吉敷の部屋の襖をそっと開けた。

部屋の中央に敷かれた布団の上に、弟は寝ていた。
熟睡しているようだが、よくよく近づいて見てみると、布団は大きく乱れている。
荒い息をしていた。
目を瞑り、一心に己の逸物を扱いている。吉敷は自慰行為の真っ最中であった。
吉敷でも自慰するのだという事実に、源太は驚いた。
学生になっても吉敷には色っぽい話の一つもなく、大人になっても色恋沙汰とは無縁で。
源太より遥かにモテるだろうに、恋人の一人も紹介された事など、今までに一度もない。
だから吉敷は男女交際、及び性行為には興味がないのだと勝手に結論づけていた。
一体、誰を脳裏に浮かべて、夢の中で致しているのであろうか。
俄然興味が沸いてきて、源太は弟の枕元に、どっかと腰を下ろした。
吉敷の様子を丹念に眺めてみる。
彼は時折何事か呟いているが、声が小さくて、よく聞き取れない。
手を動かすたびに小さく口が開き、何とも色めかしい。乱れた髪も欲情をそそった。
股間のものは、すっかり堅くなり、天井へ反り立っている。
先端からは汁が迸り、どくどくと脈打っていた。
源太の喉が、ごくりと鳴る。
「おぅっと、いかんいかん」
思わず自分の股間を押さえると、すっかり興奮している自身に気付く。
「しかし、随分と成長したもんじゃのぅ。兄ちゃん嬉しいわい」
無遠慮に眺めながら感慨にふけっていると、吉敷の体が、びくんッと跳ね上がる。
起きてしまったのかと慌てたが、そうではなかった。どうやら、限界が近いらしい。
手の動きに合わせて、「あぁっ、んぁっ、あ、あッ」と、吉敷の喘ぎも激しくなる。
再び、ぶるッと体を震わせた時には、手も止まり。
その刹那、白濁したものが勢いよく吉敷の腹と胸に飛び散った。

荒い息が次第に収まってゆく。吉敷が、うっすらと目を開けた。
天井が見える。
部屋には、誰もいない。
「………………」
虚しい。
じっと己の体を見ると、胸と腹に、べっとりと白い液がついている。
手探りで塵紙を探り当て、綺麗に拭き取った。
あとで風呂にも入っておこう。飯の前、朝一番でいいか。
今から入ったのでは兄貴を起こしてしまう。
そういえば、今は何時頃なのだろう。
源太と同じように、吉敷も寝つかれないまま夜を過ごしていた。
途中うつらうつらとした時間もあったが、まったく眠った気がしない。
壁に目をやったところで、ぼうっと突っ立っている黒い影に気付き、吉敷は慌てて身を起こした。
先ほどまで、一切気配など感じなかった。ここまで気配を絶つことが出来るとは、一体、何者だ?
「――誰だッ!」
誰何する吉敷に対し、壁際の人物は焦ったように片手をあげた。
「よ、よぅ。吉敷、おはよう」
なんと、声の主は兄ではないか。一旦は安心したものの、今度は別の疑惑が頭をもたげてくる。
源太は襖とは反対側の壁際にいた。ということは、今、部屋へ入ってきたばかりではない。
一体いつから、この部屋にいたのだ!?
吉敷がそれを問いただすと、源太は決まり悪そうにソッポを向いて、ぼそりと答えた。
「いや、その、な?お前が呻き声をあげてるもんだから、悪い夢でも見てるんじゃないかと」
まさか、最初から最後まで見られていたのか?
源太の股間を見た瞬間、疑惑が確信に変わり、怒りと恥ずかしさで兄の襟首を掴み上げた。
「う、呻いてなんか、いないッ!勝手な判断で、人の部屋に入ってくんな!!」
言いながら、前も似たような喧嘩をしたことがある、と吉敷は思い出す。
そうだ、あれは吉敷が小学五年生の頃だ。
五年生ともなれば子供達も色気づき始める年頃で、その年、初めて異性から贈り物をされた。
本音は嬉しくてたまらなかったのだが、そっけない態度で受け取ると、すぐ家に走って帰った。
兄には「入ってくるなよ」と念を押した上で、さぁ、箱の包みを開いてみようとした時。
源太が襖を開けて入ってきたので、大喧嘩となってしまったのであった。
当時も吉敷は兄を怒鳴りつけた。「勝手に判断して入ってくんなよ!」と。
でも兄曰く「入るなと言われると、余計気になる」のだとか。
今回も、そういった理由でか。要するに好奇心旺盛すぎるのだ、源太は。

しかし、今回は見られてゴメンで済む話ではない。

誰にも見られたくない場面を、一番見られたくない相手に見られてしまったのだ。
よもや自分が呟いた言葉まで、この兄は聞きとってやいないだろうか。
「いや、でも、悪夢じゃなくてよかったのぅ。な、な?」
握り拳を固めた弟から本気の怒りを感じ取り、源太は必死で宥めにかかる。
「明日、いや、もう今日か。今日は楽しい旅行だし、ボコボコに腫れた顔でレオナと会うのは勘弁してほしいのぅ」
時計はすでに、五時をまわっていた。一昨日あたりから、まともに眠れた試しがない。
だが酷い寝不足のはずなのに、眠気は、どこかに吹っ飛んでいた。
怒りと羞恥心が、眠気を何処かへ吹き飛ばしてしまったようだ。
「……準備は出来てるのか?七時になったら飯炊いて、八時には家を出るぞ」
乱暴に源太の襟首を放すと、吉敷は手ぬぐいと着替えを持って風呂場へ向かった。
「何処いくんじゃ?吉敷」
尋ねる兄へ顔を近づけると、凄味を効かせて睨みつける。
「風呂だ。絶対に、ついてくるなよ!」

渾身の脅しが効を成したか、吉敷が風呂をあがるまで、源太は大人しく台所で待っていた。
いや、台所で朝食を作ってくれていた。
「飯が出来たぞ」
甲斐甲斐しく食器や箸を並べて、ご飯までよそっている。覗きに対する、お詫びのつもりらしい。
図々しく大胆だが、妙なところで小心な兄なのである。
「吉敷。がんばろうな」
にっ、と歯を見せて笑う。
先ほどまでの大喧嘩は、すでに兄の脳内では、なかったことにされているのかもしれない。
「あぁ」と短く答え、差し出された茶碗を受け取ると、吉敷は飯をかっ込んだ。
里見玲於奈とは、駅前で待ち合わせの予定だ。
里見玲於奈――謎の山伏少女である。
自分で自分の事を名前で呼ぶ酔狂な娘だが、源太曰く、霊能者としての実力は折紙付きだとか。
彼女が戦うところを、まだ一度も見ていない吉敷にとっては、今回の旅行は楽しみでもあった。
大婆様や源太とは違う流派の実力者。
旅行の間に、どれだけ力をつけられるかは判らないが、彼女から得られるものは多そうだ。
食後のお茶も飲み終えて、吉敷は立ち上がる。
「どら、出かけるとしようかの」
二人分の荷物を担ぎ上げ、源太も腰を上げた。
「兄貴は先に出ててくれ。片付けを終えたら、すぐに俺も追う」
食器を片付けながら吉敷が言うと、兄は頷き、先に玄関を出て行った。

片付けを終えて走ってきた吉敷を迎えたのは、白いコートの少女であった。
「やっほー!よっしーっ。こっち、こっちィ!」
傍らには、三人分の荷物を担いだ源太もいる。吉敷を含めて三人とも、外来服姿だった。
レオナは丈の長い、暖かそうな白いコートに、ふんわりとした白い帽子を被っている。
普通の格好をして黙って立っていれば、見栄えもよく、可愛い少女といえた。
「はぁ〜……よっしーって、やっぱり格好いいよねぇ。ねぇ源ちゃん?」
吉敷を頭の天辺から靴の先まで惚れ惚れと眺め、レオナは、ほぅ……っと溜息をつく。
突然の褒め言葉に困って、吉敷は自分の衣類を見下ろした。
いつもの普段着に革ジャケットを羽織っただけの、お洒落でも何でもない格好だ。
そこまで言われると、逆に恥ずかしい。
「吉敷は何を着ても似合うんじゃ、男前だからの。むしろ裸でいても格好いいわい」
往来でトンデモ発言をしている兄は、丈の長いコートに山高帽。
黒眼鏡までかけていて、まるで何かの探偵でも気取っているかのような格好である。
だが素で普段着な吉敷と比較すると、源太はまだ、お洒落しているようにも見える。
問題はそれが、彼に全然似合っていないという点だけで。
「ね、ねっ。腕、組んでもいい?」
「なんじゃ、俺と組みたいんか?」
さっと腕を差し出す源太に、レオナはぷぅと頬を膨らませる。
「違うよぉ。よっしーと!」
即座に「駄目だ」「駄目じゃ」吉敷と源太がハモり、レオナは、ますます膨れっ面になった。
「もぅ、よっしーってば照れ屋さんなんだから……あ、汽車が来たね。さっ、乗ろ乗ろ」


汽車に揺られること、長時間。半日の時を過ぎて、彼らはようやく目的地に辿り着く。
中津佐渡からは遥かに遠く離れた、沖長塚おきながつかという名の区域らしい。
滅多に地元を離れることなどない吉敷にとっては、初めての土地だ。
汽車を降りて開口一番、レオナが兄弟へ尋ねてよこす。
「宿に直行しちゃう?それとも、観光名所でも回っとく?」
「観光名所って、何があるんだ?」
尋ね返す吉敷へは、嬉しそうに答えた。
「えっとね。ここらへんは神社が多いんだよ、雲英神宮とか」
有名な神社の名を出す。
水を差すように、源太のぼやきが入った。
「観光もいいが、わしゃぁ腰が痛くてかなわんわい」
吉敷とレオナは肩をすくめる。
「……だ、そうだ。残念だが観光は後にして、まずは宿に直行しよう」
「そうだね」
頷くと、レオナは地に置いてあった荷物を担ごうとする。
何が入っているのか鞄は大荷物で、彼女はフラフラしていて、見ていて危なっかしい。
たまらず吉敷が手を貸そうと腕を伸ばしかけるが、それよりも早く源太が荷物を担ぎ上げた。
軽く兄を睨むと、源太は「お前は気にせんでえぇんじゃ」と軽く笑って歩き出す。
「気にするなって、だって、さっき腰が痛いって」
なおも追いすがると、耳打ちされた。
「お前が、女に気を遣う必要はない。それより、俺とお前の荷物を持ってきてくれるか」
どういう意味だろう。レオナに気遣いは必要ないってことか?
或いは、レオナを気遣う吉敷に対して、嫉妬している?
源太の思惑が理解できず、首を捻りながら二人分の荷物を抱えると。
手ぶらで身軽なレオナの後を、吉敷は黙って追いかけた。

木造平屋の宿に通され、三人は一室に落ち着く。
外から見た時は少々古くさく感じられたのだが、入ってみれば趣のある良い部屋であった。
「お風呂行っとく?それとも、もう御飯食べちゃう?」
またもレオナから提案が出た。
さっきから彼女が取り仕切っているのが、なんとなく気に入らない。
それに――
「その前に、聞きたいんだが」
吉敷が待ったをかけた。
「なぁに?」
首を傾げるレオナへ確認をかねて尋ねる。
「お前、部屋は当然二つ取ったんだろうな?」
なぁんだ、とでも言いたげな顔で、レオナは首を横に振った。
「うぅん。部屋は、この一つしか取ってないよ。だって、そんなお金、ないもの」
「ちょ……ちょっと待て!じゃあ、お前、俺達と相部屋するつもりなのか!?」
いとも簡単に、彼女は頷く。
「うん」
「うん、じゃないだろう!」
見知らぬ少女、それも未成年と一緒に相部屋など。男として、断固抗議する!
さらに吉敷が何か怒鳴ろうとした時、襖が静かに叩かれた。
「失礼します」
宿の仲居が、お茶を運んできたのか。
無言で吉敷を宥めて源太が返事すると、中へ入ってきた。
「本日は、ようお越し下さいました」
頭を下げる仲居へ、レオナは満面の笑顔で微笑みかける。
「いえいえ〜。しばらくの間、お世話になりますね」
しかしながら穏やかな社交辞令をぶった切ったのは、吉敷の怒号であった。
「宿主!」
「いえ、私は只の仲居でございます――」
「なんでもいいッ、なんで俺達が相部屋なんだ!?」
なんでと言われても、レオナがそういう風に部屋を取ってしまったのだから仕方ない。
怒鳴られたって、宿主も仲居も困ってしまうというものだ。
「この宿は、夫婦者でもない男女の相部屋を認めてるのかッ?」
との吉敷の問いには、仲居は首を傾げ、こう答えた。
「いえ、それは法で禁じられておりますから。しかしお客様、男女の相部屋と申されましても」
「源ちゃん。旅館の中を案内してあげる!さ、れっつごぉ〜」
いきなりレオナが立ち上がり、源太の腕を取って立ち上がらせる。
勢いで立ち上がった源太は何がなんだか判らぬまま、室内草鞋を履かされて廊下へ出た。
「あ、おい、ちょっと待てよ!俺は留守番か!?」
勝手に兄を連れ去られた衝撃と、話途中に逃げられた怒りで、吉敷も部屋を飛び出していき。
もう質問は済んだとばかりに仲居も、そそくさと部屋を出て行った。

「ここがね、食堂。おっきいよね〜」
「うぉー!吉敷が二十人は入りそうじゃのぉ」
「それから、あっちが大食堂。宴会やるときに使うみたい」
「ほほぅ、そっちには吉敷が三十人は入るかのぅ」
「三十人なんてもんじゃないよ、百人は入るんじゃない?」
「おぉっ!そいつは、すごいのぅ」
なんて馬鹿な会話を繰り広げている二人に追いつくと、吉敷は上がった息を整えた。
「おぉ、吉敷。廊下は走っちゃいかんぞ〜」
「う、うるさい。チョロチョロ歩き回りやがって、追いかけるほうの身にもなれってんだ」
あっちへ行ったかと思えば、階段を駆け上って向こうへ。
レオナと源太は身軽に、あちこちを見て回り、そのたびに吉敷は途中で見失って迷子になった。
しかしレオナはともかく、源太は腰が痛いとか言ってなかったか。
源太の様子を見る限り、腰の痛みは何処かへ行ってしまったようだ。
「部屋に帰るぞ」
ぐいっと兄の腕を掴んだ途端、吉敷の腹が音を立てる。
「あれ、腹の音が。そういや、もう夕飯の時間だねっ」
くるりと方向転換し、レオナがまたも軽やかに歩き出す。
その腕も、はっしと掴み、吉敷は彼女を無理矢理立ち止まらせた。
「なぁに?よっしー」
邪気のない笑顔で見つめられ、赤面しながら吉敷は呟いた。
「……俺を、置いていくな。一緒に行こう」
「じゃあさ、じゃあ」
レオナは彼を見上げて、嬉しそうに問いかける。
「腕、組んでもいい?」
吉敷も笑顔で「駄目だ」と首を振り、二人の腕を掴んだまま食堂まで連行した。

食事が中程まで進んだ頃であっただろうか。
宿の主が、雑談の最中に切り出してきたのは。
「そういえば、ご存じでいらっしゃいますか?この山には伝説があるんですよ」
「伝説?」
鹿肉を丸呑みし、酒をかっくらう手を止めて、源太が尋ね返す。
「えぇ」
宿主は強く頷き、なおも続けた。
「山頂に眠る秘刀の伝説でございます」
「へぇ〜。聞いたことないなぁ、聞かせてくれる?」
レオナが相づちを打つと、宿主は嬉々として語り始める。
それは、このような内容であった。


昔、そのまた昔の大昔。この国には、とても偉い坊さんがいました。
坊さんは、神に仕える身でありながら、とてもすごい霊刀を所持していたのです。
霊刀は悪霊を切り裂き、亡霊を浄化する、すごい力を持っていました。
坊さんは、その刀で除霊をし、人々から崇められていたのです。
ある日、沖長塚の高尾山に、とても強い悪霊が住み着いてしまいました。
ふつうの霊媒師には、とても祓えそうにない、強い悪霊でした。
さっそく呼ばれた坊さんは、霊刀を手に山を登り――
そして、とうとう帰ってこなかったということです。
ですが、山から悪霊の姿は消えました。
誰が登っても、霊に悪さを働かれる者はいなくなったのです。
人々は「あぁ、坊さんは悪霊を倒してくれたのだな。でも、相打ちになったのだな」
と思い、いつまでも坊さんが山を見守ってくれるよう、彼を供養してあげました。

〜おしまい〜



吉敷は明らかにガッカリした表情で呟く。
「昔話か……」
もっと具体的な話ならば。
霊能豊かな術師が所持していた刀を山に隠したとかのほうが、よほど信じられる気がする。
レオナが言った。
「でも、何もないところでは煙が立たないように、何もない場所に昔話は残らないよ?」
高尾山というのが、宿の裏に広がる山の名前だという。
「どうせ山には登るんじゃろ?ついでにお宝探しといくかのう!」
何故か源太は、やる気満々だ。持ち前の好奇心に火でもついたのかもしれない。
「山に?なんで」
イマイチ宝探しには気の乗らない吉敷がレオナへ尋ねると、彼女は微笑む。
「霊力を高める修行は山で行うものなんだよ。よっしーだって、森で修行したことあるでしょ?」
ついでだから、と続けた。
「明日は高尾山の頂きまで登ってみる?高そうな山だし、見晴らしは良いかもしれないね」

  
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