BREAK SOLE

∽60∽ 緊急発進


Aソルさえ居れば、ヨーコもミリシアも戦える。
ソラの言葉に、春名は、ふとポケットをさぐった。
手に当たる堅い感触を確かめると、それを握りしめてソラへ尋ねる。
「……ホントに?」
「えっ?」
何がホントになのかと訝しがるソラへ、もう一度、春名は尋ねる。
「Aソルさえいれば、BソルもCソルも戦えるのね?」
「え、えぇ。攻撃の要は近接武器を持つAソルですから……」
戸惑いながらも、ソラの答えに迷いはない。
整備班から何か聞かされているのか、それともクレイへの信頼からくる確信だろうか。
「なら」と春名はソラからソールへと視線を移し、強く頷いた。
「ソールくん、手伝って!Aソルを動かして、二人を助けよう!」
これにはソールも虚を突かれたようで「え!?春名さん、一体何を」と尋ね返したのだが、腕を取られ、把握できないまま引きずられるように格納庫のある方へと走り出す。
驚いたのは皆も同じで、走り出す二人に猿山がマッタをかける。
「ちょ、お、おい、大豪寺!Aソルを動かすって、どうやって?」
振り返る時間さえも惜しいのか後ろを向いたまま、それでも足は止めて春名が答えた。
「キーが、あるの!あとはソールくんがコンソールを動かせればッ」
「え、でも、パイロットスーツがないと動かせませんよ!?」
ソラの制止も途中までしか聞き届けてもらえず、ソールと春名の姿は通路に消えた。


地球の側に浮かぶ廃屋ステーションのうちの一つ、『ビアンカ』。
廃棄された衛星は、宇宙のゴミとして永遠に地球の周りを回っている――はずであった。
誰かが住み着こう、などと思わなければ。
不意に壁の一角が開き、小さな偵察機を吸い込むと、元の通り入口を閉める。
帰還したのはリュウの乗る小型偵察機であった。
偵察機から降りた彼は、まず辺りを見渡した。
「随分、ガランとしてやがんな」
何機かあったはずの小型偵察機が見あたらない。
そればかりか、人影も少ないようだ。
白のツナギに身を包んだ整備スタッフが一人駆け寄ってきたので、リュウは尋ねた。
「おい、Kは司令室か?」
「おかえりなさい、白滝さん」
スタッフはペコリと頭をさげ、続いて笑顔を見せる。
「はい。ずっと、あなたの帰りを心待ちにしていましたよ」
ひとまずリュウもニヤリと笑みを浮かべ、頷いておいた。
「そうかよ。まッ、随分待たせちまったからなァ。そんじゃ、行ってくるか」
「いってらっしゃいませ。偵察機のほうは整備しておきますね」
笑顔を絶やさぬスタッフに見送られて、格納庫を抜ける。
司令室にも、人影はまばらであった。
「よぅK。俺の土産は、お気に召したかい?」
片手をあげて黒いマントの男へ挨拶をかますと、Kも、こちらを振り向いた。
「君にしては手間がかかったものだな。だが贈り物は素晴らしかったよ、さすがだ」
アストロ・ソールに機械技師として潜入し、奴らの居所を探り出す――
Kがリュウに与えた任務だが、リュウはきちんと自分の役目を終えて戻ってきた。
未だに奴らの地上拠点すら見つけられぬタニオカとは、えらい違いだ。
しかも、リュウは月の補給基地を見つけてきたばかりではない。
クーガーの報告によると、何故か向こうは戦艦もAソルも姿を見せていないという。
恐らくはリュウが何か細工をしたのでは?というのがクーガーの予想であった。
Kも、そうではないかと睨んでいる。だから直接本人へ尋ねてみた。
「奴らの基地はクーガーが総攻撃を行っている。戦艦が見あたらないそうだが」
だがリュウの返事は明確ではなく、彼は「ふぅん?」と呟いた後、かぶりを振ってみせる。
「俺は知らないぜ。奴らのほうでトラブルでもあったんじゃねぇか?」
「君が何か仕掛けたんじゃないのか?てっきり、そうだとばかり思っていたぞ」
なおも尋ねるKへ肩を竦めると、リュウは逆に尋ね返してきた。
「それよかクーガーの総攻撃ってこたぁ、他の奴らも出たのか。何で行った?」
するとKは、彼にしては極上の笑顔を浮かべて、くるりとモニターへ振り返る。
「君の土産と同等の贈り物を、協力者から頂いていてね。見るかい?」
「当然」
リュウが頷くのと同時にモニターは切り替わり、月面基地を映しだした。
宇宙を飛び交うのは、お馴染み、敵の青い機体と黄色い機体。
その他にも金ピカの悪趣味な機体やら、ごっつい装備の機体が飛んでいる。
映像は、出撃していった機体から直接送信されているものらしい。
ウィンサーにはライブカメラがついている、とはKの談。
どれのことかは判らないが、恐らくは画面に映っていない機体がそれだろう。
「こいつは?」と尋ねるリュウへ、どこか得意げにKが語り出す。
「ツイン星人は覚えているな?彼らがプレゼントしてくれた」
「へぇ、太っ腹じゃねェか。で?当然、見返りも求められてんだろ」
さすがはリュウ、話の飲み込みが早い。
見返りは地球だ――そう伝えると、彼は器用に口笛を鳴らした。
「地球ね。なるほど、ツイン星人は移住がお望みか。移住するならするで、もっと他に条件の良さそうな星がありそうなもんだが」
何が悲しくて資源の掘り尽くされた、しかも大気の汚れた星へ移住したいのか。
どうせ星の寿命が近づいているといった理由だろうが、それにしたって。
宇宙船を造れる技術があるんなら、もっと好条件の星ぐらい幾らでも探せるだろうに。
何故、よりによって衰退間近の星なんかを移住先に選んだのか。
ツイン星人本人にも聞いてみたいが、それはひとまず置いておく。
今は他に話しておきたいことがあったのだ。
モニターの向こうでは、青と黄の機体が金色の奴らに劣勢を強いられている。
敵の手数は二機のみでAソルは居ない。
当たり前だ。Aソルを動かすパイロットは、現在向こうには不在なのだから。
ちらと横目で戦況を確認しつつ、リュウは話を切り出した。
「ところでな、お前に折り入って相談があるんだが」
「なんだ?」
Kは、すこぶる機嫌が良さそうだ。これなら大丈夫、とリュウは続ける。
「今、俺が念動式ロボットを造れる――といったら、お前、どうする?」
軽い調子で言われ、Kは、そのまま受け流す。
「造れるのか?なら、今すぐにでもお願いしたい処だな」
あまりにも軽く言われたせいか、リュウの言葉を本気とは取らなかったようだ。
懐から小さなメモリを取り出すと、リュウは再度同じ言葉を口にした。
「つっても俺が造れるのはコンソール球とパイロットスーツだけだがな。カトルの爺さんが設計図をコピーさせてくれたんだよ。馬鹿なジジィだぜ」
「カトルの爺さん?誰だ、それは。君の知りあいか」
尋ねつつ、Kの目線も机に置かれた小型端末へ注がれる。
だが黙って見つめられ、ようやく彼もリュウが本気で言っているのだと判ってきた。
「恐れ多くもアストロ・ソールの総責任者だぜ?近所の爺さんと一緒にすんな。ま、向こうじゃQ博士って呼ばれてるみてぇだがな。その爺さんのハードディスクからデータを引っこ抜いてきたんだ、感謝しろよ」
べらべらと忙しなく話しながら、端末を勝手にメインコンピュータへ接続する。
メインモニターに何かの設計図らしき画像が、一面に映し出された。
「データは他にもあるぜ。人工人間の作り方とか。ま、これは俺達には必要ねぇだろうけどよ。でな?話はまだ終わってねぇぜ」
設計図に見入るKの肩をポンと叩き、リュウはニヤリと口の端をつり上げる。
本題は、ここからだ。
「これだけの手土産をタダでくれてやろうってんだ。少しばかり、俺のワガママを聞いてもらえるか?」
ニヤニヤするリュウへ、微塵の疑いも持たずにKは即答した。
「いいとも。何が欲しいんだ?」
彼としては、敵の基地を見つけるついでに少々攪乱してくれれば上々だったのだ。
まさかリュウが基地を見つけた上に、貴重なデータまで持ち帰ってくるとは思わなかった。
待ってましたと言わんばかりにリュウは頷いた。
「仲間に加えて欲しい奴がいるんだ。大人しいばかりか、素直で可愛いときた。それだけじゃない、念動式ロボットを動かせる能力のオマケつきだ。会えばお前だって絶対、気に入るぜ」
だが自信満々なリュウの一言は、唖然とするKには受け入れてもらえそうもなかった。
「…………なんだって?」
一体何を言い出すのか、とばかりにKはポカンと見つめ返す。
仲間に加えたい奴がいる、だって?
有望な同志を見つけていたというのか。
いやいや、ここは宇宙だ。地球ではない。
そうそう、そんなものが簡単に見つかる場所ではない。
もし人材を見つけるとしたら、それはアストロ・ソールの中になるわけで……
まさか、彼は、アストロ・ソールの誰かを引っこ抜いてきたと言うつもりか?
くらりと目眩を感じ、Kは目元を指で押さえた。
小さく舌打ちが聞こえる。要領を得ないKへ、リュウが腹を立てたものらしい。
「あのな、念動式ってのは特別な力を持つ奴にしか動かせねェ機体なんだ。俺達には当然ながら、そういうのは一人もいない。それは判るな?根回しのいい俺様は、そこまで考えて人員も向こうからパクッてきたってわけよ」
目元を押さえつつ、Kは呻いた。
「それは……つまりパイロットを一人盗んで、いや、拉致してきたというのか?」
「そういうこった」
Kの目眩は、どんどん酷くなる。
白滝竜は優秀な奴、その評価を早くも下げねばならないようだ。
パイロットなんて奴らは、博士にもっとも近い存在ではないか。
博士に近い存在というのは、つまり、組織の意義を最も理解している人物だ。
裏切るわけがない。ましてやリュウに説得されて、賛同するとも思えない。
「……そいつは、理解しているのか?自分の行動を。仲間を裏切るということは当然、こちらの志へ同意を示したんだろうな?」
念のため尋ねると、リュウは少しばつが悪そうに答えた。
「残念ながら、まだ未練たらたらでね。だが、俺の言うことなら素直に聞く奴だ。宇宙に出ようって誘った時は、ちゃんとついてきたしな」
それに、と慌てたように付け加えた。
よっぽどKが険しい表情に見えたのだろう。
実際、彼の顔は刺々しいものに変わりつつあった。
「こっちの趣旨には興味津々だったぜ?聞こうって姿勢を見せていた」
冷たい目で応えると、Kは彼を突き放す。
「興味があるだけでは駄目なんだ。裏切りは許されない」
なおも食い下がろうとするのを視線で制し、びしっと言い切った。
「君が、どうしてもそいつを仲間に加えたいのであれば完璧に説得しろ。その上で連れてこい。でなければ、君ごと組織を追放するぞ」

Kの言う追放――
インフィニティ・ブラックからの追放とは、すなわち”死”である。
何しろ裏切られること自体が、組織の死を意味している。

ただ追放しただけでも同じだ。外に出た連中が余所へ情報を漏らさないとは限らない。
ならば、話したくとも話せないようにしてしまえばいい。つまり、殺してしまえば。
彼らはアストロ・ソール以上に、存在を知られてはならない組織なのだ。
少なくともアストロ・ソールを討ち滅ぼし、完全勝利を果たす日までは。
今のリュウは死刑を宣告されたようなものだ。
それでも彼は青くなって慌てふためいたりはせず、平然と受け応える。
「OK。じゃあ一旦あいつの処へ戻るから、吉報を待っていろよ」


「Cソル、上腕部に被弾。ダメージ七十パーセントを超えました」
ミグが淡々と状況報告をする中、別の通信が割り込み、誰もがハッとなる。
通信は格納庫からだ。
T博士の指示によりカリヤが応答すると、画面に映し出されたのはソールであった。
「ソール、何をやっておる!持ち場を勝手に離れるんじゃないッ」
思わずR博士が叱咤するも、彼は素知らぬ顔で聞き流し、逆に怒鳴ってきた。
『博士、Aソルのパイロットスーツは何処ですか!?』
「クレイの脱ぎ捨てたスーツなら、格納ブースのロッカーにかけておいたです」
ミカが即答し、モニターに一瞬ちらりと映った人影に仰天する。
「ハルナ!?ハルナ、そこで何をやっているのです!」
「ハルナちゃんじゃってぇ!?」
Q博士やU博士もモニターへ詰め寄り、皆して画面を凝視した。
向こう側にいるのはソールだけではない。春名もいた。
二人揃って乗っているのはAソルだ。
Aソルの起動キーはクレイが所持しているはずだが、どうやって乗り込んだのだろう。
「クレイが渡したのではありませんか?ハルナはクレイの恋人ですもの」
ミクが呟き、思い当たるふしがあったかQ博士も天井を仰ぐ。
「なるほどのぅ」
ぐいっとQ博士を押しのけ、R博士が尚も怒鳴りつける。
「それで、二人してAソルに乗って何をやらかすつもりじゃ!今すぐ降りろ!!」
その剣幕は指導者である以上のものを感じ、メディーナは、そっと肩を竦めた。
R博士にとっても、ソールは不肖の息子なのであろう。
博士の息子が命令違反を犯したとあっては、皆に示しもつかない。
だが答えたのはソールではなく、春名であった。
『Aソルを起動させます!Aソルさえ出れば、皆も戦えるんでしょうッ!?』
「ば、馬鹿者!どうやって動かす気じゃ!ソルは念動力のある者でなくては」
『ソールくんが!念動力で動かします、だから発進許可を出して下さい!!』
「ソールじゃとぅ!!?」
R博士は絶句し、彼を押しのけてU博士が春名を宥めに入る。
「ソールでは無理です、体力が続かない!降りなさい、ハルナさん!!」
春名が何か答えようとする前に、ぬっとソールがモニターの前を塞いだ。
落ち着いた声で、博士の忠告を否定する。
『……大丈夫です。いけます』
一旦は画面から消えていたが、ロッカーからスーツを取り出してきたらしい。
ソールは、しっかりパイロットスーツを着込んでいた。
「無茶するんじゃない、ソール!君はクレイほど体力も精神力も」
『勝手に決めつけないで下さい……!どのみち、戦艦が出るまで待っていたらヨーコもミリシアもやられてしまいます。それでいいんですか?皆さんは』
U博士の言い分をピシャリと押さえ、ソールは押し殺した口調で詰問する。
不意に誰かが最後尾、デトラのいる発着ブースへ指示を出した。
「デトラ、Aソルを発進させる。出口を開いてくれ」
誰もが彼に注目し、T博士が叫んだ。
「ドリク!」
立ち上がり、デトラへ命じたのは艦長のドリクソンであった。
突然の命令に動じることもなく、デトラは『了解』と短く答え、射出口を開く。
「馬鹿な!待て、勝手な真似をするんじゃないッ!」
R博士も慌てて止めたが、黒人のオペレーターは詫びるでもなく言い返してよこす。
強い視線には後悔も反省も一切浮かんでおらず、闘争心がむき出しになっていた。
『仲間がピンチなんだ。助けに行くのは当然だろ?あたし達の守る相手は何だ……?地球人、じゃなかったのかィ』
かと思えばAソルを振り返り、彼女は大声で声援を投げかけた。
『さぁ、ソール!あんたの実力を、あの石頭どもに判らせてやんな!貧弱な身障者なんかじゃないって事を、あいつらにも見せてやるんだ!!」

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