BREAK SOLE

∽59∽ ともだち


宇宙空間を音もなく飛来する三つの物体があった。
背に翼を生やした白の機体はウィンサーという。
その傍らを飛ぶのはデリンジャー。右手に盾、左手に矛を持っている。
最後尾を飛んでいくのはイントラ。
全身黄金でド派手な機体は、宇宙の闇の中では無意味なほど目立っていた。
彼らの眼窩に小さな惑星が迫ってくる。
月だ。
手元の通信ランプが赤く光って敵の居場所を教えてくれたのは、つい先ほどの話。
アストロ・ソールに潜り込んだ仲間、白滝竜からの合図であった。
『クーガー、敵を二体、月面上に確認』
通信を受けたデリンジャーのパイロット、クーガーはモニターに目を凝らす。
確かに黄色いのと青いのが二体、月面上で待ちかまえている。
赤い奴の姿が見えないようだが、どうしたのだろう。トラブルでも発生したか?
いや――と、クーガーは思考を巡らせる。
或いはリュウが何かを仕掛けて、赤い機体を出動できなくさせたのかもしれない。
「戦艦は?肉眼では補足できないが、そっちのセンサーで捉えられないか?」
ウィンサーのパイロットへ尋ねると、コクピットに乗り込むジェイ=レイが応える。
『駄目、センサーでは確認できない。奴らのシールドが邪魔しているようね』
考えてみれば、二つのソル以外の反応がないというのは不自然だ。
戦艦が護衛機だけ残して別の場所にいるとは、クーガーだって考えていない。
奴らが反応を断ったのが、この付近である限り、戦艦も絶対ソルの近くにいる。
恐らくは奴らの基地も月の何処かにあり、シールドで覆い隠されているはずだ。
『燻り出すなら簡単な方法があるだろ。ソルを痛めつけてみればいいだけの話だ』
鼻息荒い通信をよこしてきたのは、イントラに乗り込んだシュゲン。
整備員も兼ねているクーガーやジェイと違い、彼だけは正規のパイロットだ。
故に、彼は誰よりも好戦的で野蛮なモノの見方をした。
シュゲンの提案を聞き流し、『クーガー、どうする?』とジェイが尋ねる。
『クーガーが決めて。貴方は私達のリーダーだから』
「どのみちソルは破壊するつもりだ」
きっぱり言い切ってから、黄色と青の機体を睨みつけ、クーガーは二人へ命じた。
「だが、戦艦を誘き出す為にも時間稼ぎをしよう。ジェイは俺と一緒に青を、シュゲンは黄色を頼む。武器を破壊すれば充分だ、あとは適度に殴りつけて様子を伺え。一応は気をつけろよ、奴らの頑丈さは伊達じゃないからな」
脳裏に以前見た映像が蘇る。
宇宙人とソルの交戦を映した記録だ。
火力では圧倒的に宇宙人側が勝っていたというのに、ソルは空中爆発しなかった。
最後の交戦から、それほど月日が経過していない。
向こうの火力は前と似たり寄ったりだろう。
とりあえず気をつけるのは、防御力だけでいい。
『了解』
『へっへ、一対一のお膳立て、感謝するぜ』
そういうつもりで、イントラを黄色い奴へ向かわせるつもりじゃないんだがな。
シュゲンの返事の端に歓喜を感じ取り、クーガーは軽く苦笑する。
好戦的な奴は、時に暴走して味方をも巻き添えにする。
早い話、クーガーはシュゲンの暴走に巻き込まれたくなかったのだ。


何十分とかからぬうちに、クレイを乗せた偵察機は目的の場所へ到着する。
月から、さほど遠くない位置で浮かぶ廃棄ステーションの中に。
驚いたことに、ステーションの内部には空気が存在していた。
「脱いで」と命じられるまま宇宙服を脱いでいると、視界の隅で動く影があった。
リュウが助手席から操縦席のほうに乗り換えたようだ。
「じゃ、俺はKンとこに戻るからな」
ニヤッと笑う彼に対し、メリットは「えぇ」と短く頷いたのみ。
それでも満足したか、リュウはそのまま飛び立っていってしまった。
クレイには一言も話しかけないで……
散々、死んで欲しくないだの大切な友達だのと言っておいて、ぞんざいな扱いだ。
それとも、これらは全てクレイを動揺させるためだけの言葉だったのだろうか。
ひどい裏切りだ。
血が繋がらないまでも、リュウのことは家族のように想っていたのに。
今まで一度も、このような仕打ちを受けたことがないだけに、クレイの心は荒んだ。
騙されたことは悔しい。
だが、何をどうすれば気が晴れるのか。彼には、よく判らなかった。
リュウを倒せばいい――?
それは多分、違う。
リュウを倒したい、とは思ってはいない自分にクレイは気づいている。
「……随分と大人しいのね」
黙って項垂れていると、メリットが話しかけてきた。
本人の弁を借りるならば、彼女はリュウの補佐役らしい。
補佐ということは、つまりインフィニティ・ブラックの一員である。
切れ長の目はやや吊り目で鋭く、髪もこざっぱりと短め。
かなりの美人と言ってもいい。少し性格はきつそうだが。
宇宙服を脱いだ今は、ゆったりめのシャツを着ていた。下は長ズボンだ。
無言で見つめるクレイを真っ向から見つめ返し、彼女は言う。
「リュウはあなたを大切な友達だと言っていたけれど、それは本当なの?」
頷いていいものやらどうか判らずクレイが無言を通していると、メリットは小さく溜息をついて言い直した。
「そうね、あなたに聞いても判るわけがないか。なら、改めて聞くわ。あなたはリュウを、どう思っているの?あなたにとっても彼は大切な友達?」
おずおずと、だが僅かに判る程度で、クレイはコクリと頷く。
「そうよね。じゃなければ、ここまでついてこない」と、メリットも頷いた。
鋭い目は、まだクレイへ向けられている。
瞬き一つせずに彼女は続けた。
「でもね。大切だと思うなら、黙ってついていくだけが友達じゃない」
彼女は何を言いたいのだろう。
戸惑いの感情が表に出て、クレイは再び項垂れる。
その彼の肩を掴み、顔を無理矢理あげさせると、メリットは言った。
「いいこと?あなたが本当にリュウを大切だと思うのなら、彼を自分の元へついてこさせなさい。それが最良の選択。あなたを彼の好きにさせては駄目」
彼女の口調は、悪いことをした子供を説き伏せる母親のようでもあった。
「……何故?」と尋ねるクレイへは、きっぱりと言い切る。
「彼は、あなたが自分の言うなりになると信じて疑っていない。このまま言うことを聞いていたら、あなたも彼も駄目になる。人として」
人として、かどうかはともかく、このままでは駄目なのはクレイにも判っている。
何としてでもQ博士の元へ戻らなくては、使命を果たせない。

しかし――
リュウをつれていくというのは、リュウをアストロ・ソールへ引き入れるということだ。
メリットとリュウは、インフィニティ・ブラックという組織の同朋ではなかったのか?
リュウが裏切っても構わないのだろうか。彼女はリュウの補佐役であるはずなのに。

クレイの「何故」には、その疑問も含まれていた。
再度、小首を傾げ「何故それを俺に奨める?」と、クレイは尋ねた。
「二人は大切な友達でしょう?」
メリットは真顔で頷き、繰り返す。
「いつまでもリュウの好きにさせていたら、あなたもリュウも駄目になる。時には、あなたが彼を引っ張ってやることも必要。二人の友情のためにも」
間髪入れず、クレイも尋ね返す。
「リュウ兄さんは、俺を死なせたくないから連れて行くと言っていた。今頃はアストロ・ソールがインフィニティ・ブラックに襲われているはずだ」
いくらショックでしょぼくれていたって、それぐらいは予想できる。
リュウが、クレイを連行するためだけに連絡を取ったのではないことぐらいは。
その証拠にメリットも言っていたではないか、クーガーなる人物がもうすぐ到着すると。
彼らが話し合いをしに来たとは思えない。
話し合うだけならば、クレイを急いで連行する必要などなかろう。
コソコソ逃げ去ったのは、要は戦う現場をクレイに見せたくなかったのだ。
「兄さんを連れて帰るのは、危険な場所へ彼を晒すという意味になる。加えて、彼をインフィニティ・ブラックの敵に回すということにもなる。メリットは、それでいいのか?彼の補佐を放棄するつもりか」
即答するかと思いきや、メリットは唇を噛みしめ沈黙する。
しばらく無言で睨み合った後、掠れた声で彼女は答えた。
「えぇ。インフィニティ・ブラックとして活動している間だけは補佐を務めているわ。でも、この行動は組織の活動範囲を外れている。クレイ、あなたを仲間に入れる算段はリュウの独断によるもの。組織は関与していない」
目を伏せ、さらに声は小さくなってゆく。
注意して聞いていなければ聞き取れないほどの囁き声で、メリットは言った。
「彼に懇願され、同情して荷担してしまった。これは私のミス。……ごめんなさい」
よく見ると、微かに肩が震えている。
自分の肩を掴んだ手を外させ、クレイは逆に彼女の肩を抱きしめた。
メリットが体を強張らせるのが肌越しに伝わってきたが、構わず囁く。
「メリットが謝る必要はない。メリットは俺の目を覚まさせてくれた。時には友達へ強く言うことも必要だと、教えてくれた。ありがとう」
ずいぶんと長く抱き合っていたように思う。
しかし実際、抱き合っていたのは十秒にも満たない一瞬であった。
そっと腕の中から逃れると、彼女は目元を拭って、そしてニッコリと微笑んだ。
「敵なのに、ありがとうだの、ごめんなさいだの。私達、おかしいわ」
「何もおかしくない。人間なら素直に感情を表に出すものだ」
真顔で答えるクレイを見て、表情を引き締めたメリットが宇宙服を拾い上げる。
「……さぁ。気持ちが決まったのなら、ここでリュウの帰りを待って。偵察機から彼が降りてきたら、あなたの気持ちを素直にぶつけてあげて」
宇宙服を受け取り、クレイも真剣に頷いた。


月を目指して三つの機体が近づいてくるのを、ヨーコとミリシアは待ちかまえた。
『見たこともない機体ね。新たな強敵のお出ましってやつかしら?』
或いは黒い蜘蛛型の仲間かもしれない。
機体のデザインが地球人のセンスと似通っているのも気になる。
だが、蜘蛛型のパイロットが大豪寺玄也であるならば、それも納得のいく話だ。
「来ます」
猛々しいヨーコに一言で答えると、ミリシアは一歩下がって腰を落とす。
両肩に装着された槍が、鋭い矛先を空へ向けた。
それにしても、この場にAソルが居ないというのは不安で仕方ない。
BソルもCソルも、Aソルの援護を基準にした武器の選択である。
敵が三機で現れるというのは、当然こちらの数に併せてのことだろう。
となれば、三つのうちのどれかは必ず近接戦を得意としているはず。
一機欠けた状態で、しかも反動の激しいBソルと遠距離オンリーのCソルだけで勝てというのだから、博士も無茶を要求してくれるものだ。
『敵が照準内に入り次第、じゃんじゃん撃っちゃっていいわよ!』
不利という言葉を知らないのか、ヨーコだけは威勢がよい。
「了解」
小さく答え、ミリシアは手元のスコープを引き寄せると目に当てた。
大丈夫。訓練では上手くいっていた。
クレー射撃だって九十パーセントで成功したじゃない。
落ち着いて撃てば、当たるはず。うぅん、当てなくては……

基地内ではスタッフ全員が戦艦の発進準備に追われていた。
「いつでも発進は可能です。ですが、砲撃エネルギーの充填が終了していません」
計器へ目をやりミグが淡々と言うのへ、いらだちを隠しきれない様子でT博士が怒鳴る。
怒鳴る相手は勿論ミグではない。各ブースに散らばっている整備スタッフにだ。
「何をやっている?補給作業と同時に充電しておけと命じただろうが!」
『す、すみません。充電中にトラブルがありまして……』
「トラブルだと!?」
怒鳴るT博士へ、整備班リーダーのシュミッドは申し訳なさそうに謝った。
『ハイ。室内に犬が紛れ込んできたんで、感電しちゃヤバイと思って機材を止めました』
犬。犬だと。
犬といえば、あれしかいない。ヨーコの愛犬ラッピーか。
ラッピーの世話は、救護班に任せていたはずだが。何故、エンジンルームに紛れ込む?
『作業中は相手が出来ないからってんで、犬を自由に遊ばせていたそうですよ』
迷惑な。救護班の連中には、たっぷりとお灸をすえる必要がありそうだ。
だが、今はそれどころではない。
「Bソル、敵の攻撃を受けました!右腕破損、ダメージは軽微ですが……でも、でもっ、このままじゃヨーコさんがやられちゃいますぅ〜っ!」
おろおろした様子で、ミクが状況を読み上げる。
前面モニターへ目をやると、Bソルが二機の間でタコ殴りにされているのが見えた。
向こうはソルをいたぶることで、こちらの出現を待っているようである。
「敵の動力は判明したか?」
Q博士の問いに、ミグが頷く。
「メインコントロールはAI方式と予測。先読みによる行動パターンと見られます」
「メイン?ということは、サブは操縦式かのぅ」
Q博士は首を傾げてモニターを見据える。
Cソルも助勢しているが、槍攻撃は相手機に通じていないように見えた。
簡単に弾き返されるか、当たる直前で掴み取られている。動きを読まれているのだ。
Q博士の目線を追い、ミグは淡々と呟いた。
「ミリシア=パプリコの攻撃パターンは単純です。あれなら私にも動きは読めます」
「むぅ。では、ヨーコはどうなのじゃ?ヨーコも単純かね?」
重ねての問いには首を振り、ミグは再び計器へ視線を落とした。
「ヨーコの動きは計器でも追いきれません。しかし相手の読みが、彼女の攻撃を全て予測しています。何故でしょう?」
地球人との度重なる戦闘で、向こうも散々データを取り尽くしているだろう。
それらを打ち込んだ成果か。それにしても、出来の良いAIだ。
攻撃回避は無論のこと、相手の防御を予想した上での反撃まで行えるとは。
「わしらの機体にも一つは欲しいのぅ」
ぽそっと呟くQ博士に、横からツッコミが入る。
「敵の技術を羨んどる場合かッ!それよりもエネルギー充填は、どれだけ入った!?」
唾を飛ばすR博士を冷ややかに見つめ、ミグは答えた。
「三十パーセント。完了まで、あと一時間ジャストかかります」
「全く!」
天井を仰ぎ、T博士が大きな溜息をつく。
「だから犬を連れ込むのには反対したんじゃ、儂は!それを、あの馬鹿娘どもはっ」

生活ブースにて待機する面々にも、焦りは現れていた。
猿山はソールに掴みかかり、いらだちをぶつける。
彼は早く宇宙人と戦いたがっていた。ゆえに、怒りが表面化してしまったものらしい。
「どういうことだよ!なんで戦艦は発進しねぇ!?エネルギーは満タンなんだろ!?このままじゃ、ヨーコとミリシアがやられっちまうだろうが!」
猿山の腕を乱暴に振り払い、ソールは襟本を正す。
「僕に怒っても仕方ないでしょう。博士達の判断です」
コンソールの前で待機していたソラも、仲裁に加わった。
「そうです!それに、トラブルもありましたから。砲台のエネルギーが」
「砲台?砲台なんて、ついてたっけ?」
有樹が間抜け発言をし、ソールに呆れられる。
「戦艦下部に格納されていますよ。完成直前の勇姿をご覧にならなかったのですか?」
「見てないよ。あの時は、それどこじゃなかったもん」
ぶぅと有樹は口を尖らしたが、すぐ視線はソラへ向けて尋ねる。
「で、砲台のエネルギーって何?エネルギー砲なの?カッコイイ!」
「はい。充填に時間はかかりますが、とてつもないパワーだと博士は言っていました」
嬉しそうに答えるソラと有樹の会話に割り込んだのは、秋子だ。
整備助スタッフの彼女にも、砲台の話は初耳であった。
そういや荷物を運び入れる作業の間は、シュミッドとジョンの姿が見えなかった。
もしかしたら、彼らが砲台にエネルギーを注ぐ担当だったのかもしれない。
「でもさ。そのエネルギーが溜まってないってのは、どうして?補給作業は完了してたんじゃなかったっけ。てか、充填作業は補給とは別物?」
「いいえ。同じです」
少しだけソラは表情を曇らせ、視線を床に落とす。
「実はトラブルがありまして……子犬がエンジンルームに迷い込んできたんです」
「犬!?」
驚きの声をあげたのは猿山達ばかりではなく、ソールにも初耳だったようだ。
構わず、ソラは説明を続ける。
「エンジンルームで全てのエネルギーを管理しているのですが……砲台にエネルギーを充填中、子犬が紛れ込んでくるというハプニングがありました。それでシュミッドさんが命じて、充填作業を中止したんです。そのせいで、砲台のエネルギーは溜まっていないまま放置されました」
「どうしてすぐ、作業を再開しなかったのです?」
きつい眦でソールが睨んでくる。
まるで、作業をおろそかにしたのはソラのせいだと言わんばかりの目つきであった。
睨まれたほうは肩を竦め、おどおどと答える。
「電気を砲台エネルギーへ変換するだけでも時間がかかるのだと、ジョンさんはボクに教えてくれました。休憩時間を使って、それをやるのだと。でも休憩時間は一時間も経たないうちに終わってしまいました」
それに、とモニターを見つめて独り言のようにソラは呟いた。
宇宙空間ではBソルが二体に挟まれ、いいように殴られている。
槍を連続発射するCソルの攻撃は、まったくと言っていいほど敵に当たっていない。
「例え戦艦で援護できなくても、Aソルさえいれば、もっと善戦できるはずなんです。BソルとCソルはAソルがあってこその援護機なのですから」

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