アーリアとデューン
アーリアとデューンは同郷の騎士団にて知り合って以降、ずっと信頼関係を保っている。恋人になったのはデューンの告白がきっかけで、いつものように彼の家で夕飯を食べた後だった。
最初は戸惑ったけれど、いつも脳天気な彼の真面目な一面を見た気がして、アーリアは告白を受け止める。
そして運命の日、打倒マギ軍団への旅が始まってから――
アーリアの元へは毎日、デューンに恋人を寝取られたエルフや獣人の苦情が舞い込むようになったのであった。
デューンの浮気癖に関しては、一度きっちり厳しく言ってやりたい。
だが、それで「堅苦しい女は嫌いだ」などと彼に判断されて交流が終わったらと思うと、とても言葉にできない。
勿論アーリアとて騎士団の一人だから、四六時中デューンと一緒にいるわけじゃない。
それでも、一日の終りなり最初なりに顔を併せての他愛ない雑談は日々のルーチンと化している。
ルーチン消滅後の人生なんて、想像に絶する。考えるだけでも涙が出てきそうだ。
どうにかして彼も自分も傷つかない方向で、やんわり浮気癖を抑えるような解決方法はないものか。
エルフと獣人は厳密にいうと他国の住民であって、管轄責任はファインド騎士団長のイワンにある。
なら、イワンに頼めばエルフや獣人との性行為を禁じられる?
いや、しかし、こんな痴情の縺れを友人だからと話すのは、いくらなんでも恥知らずではあるまいか。
デューンがあちこち食い散らかしている件自体を、イワンが知らない可能性もある。
せっかく組んだ同盟が、マギを倒す前に御破算になったら大変だ。
イワンの目が届かない範囲で、エルフや獣人に釘を刺すというのは、どうだろう。
しかし、これにも問題が一つあり、彼らが団長へ相談するかもしれない。
そうなったら、先と同じ結末を辿るだろう。
あれこれ考えてみたが、やはりデューン本人に直談判するしか打つ手がないようにも思えてきて、アーリアは「う〜〜ん……」と頭を抱えて悩みまくった。
よほど唸り声が大きかったのか、「おや、どうしました我が知己よ」と声をかけてくる者がある。
長い顎髭を蓄えて、両手に書物を抱えた初老の男性だ。
顔を上げて、アーリアも表情を崩す。
「あぁ、カムイかい」
カムイはイワンの家に勤める執事であったが、長く遠征から戻ってこない主人の身を案じて途中参戦してきた男だ。
執事なれど種族は人工生命体、ただの一般民ではない。
一通りの戦術と体術を身に着けており、戦場でも、けして足手まといにならない。
何もできないくせに、やたら前線へ出たがる邪魔者アイル王子と比べたら天地の差だ。
「悩みがあるのでしたら、私に話してみては如何でしょう。なにか貴女のお力になれるやもしれません」
隣へ座ってきたカムイをチラリ見、ハァーと大きく溜息をついた後。アーリアは徐ろに話し始めた。
こいつにだったら、相談しても大丈夫だ。
無闇矢鱈に吹聴したり、御主人様へ告げ口するような奴じゃない。
「いや、さ。デューンの奔放さは可愛くもあるんだけど、困った面もあるなぁってね」
「あぁ……判ります、とても。夜な夜な各テントで愛を語る総団長殿のお姿は、私も時折お見かけしておりましたから」
微笑みは絶やさず、しかしながら毒のある発言だ。
カムイの目から見ても、デューンの奔放な浮気癖は目に余るものだったんだろう。
頻繁に他国団員を食い散らかしているのが、まぎれもない事実だと判って、アーリアの頭痛も酷くなる。
「そうなんだよー。どうにかして、とっちめてやれない?何か良い案出しておくれよ」
下がり眉で愚痴ってみると、カムイは、すっと手で制して微笑んだ。
「とっちめるのでありましたら、貴女が直接手を下すまでもありますまい。私にお任せあれ」
具体的にどうするのかを問うと、カムイは笑顔を崩さずに答えた。
「手っ取り早く終わらせるには、アイル王子を動かしましょうぞ。王子は総団長殿に懸想しているとお聞きしました」
「え〜、アイルに話すのかい?あたしが浮気されているってのを!」
そんな真似をしたら、あのバカは絶対調子に乗って、自分も愛されたいとデューンを口説くに決まっている。
しかしカムイは「いいえ、違います」とアーリアの予想を否定し、続きを告げた。
「貴女が総団長殿に浮気されているのではなく、総団長殿がファインド民に誑かされていると伝えるのです」
自国民を切り捨てる発言にポカーンとなるアーリアへ畳み込む。
「愛する者へ手を出されていると判れば……王子は、必ず浮ついた者共へ制裁を加えるでありましょう」
浮ついたの部分で、こめかみに走った青筋を見て、この男の怒りはデューンへ向けたものではないとアーリアは察する。
遡れば、カムイは主人イワンが一刻も早く帰郷してくれるのを願っての参戦であった。
マギを倒すにあたり、今は色恋で浮かれている場合ではない。
脇道へそれまくりな自国の兵士へ怒りが湧くのは、一国民として当然の感情だ。
「……そうだね、ここらでシャキッと意識を仕切り直す必要はあるかもしれない」
「そうでしょうとも」と、物わかりのよいアーリアにカムイはご機嫌で頷いた。
「王子を説得している間、総団長殿の足止めを貴女にお任せ致します。では」
会釈を残して去っていく背中を見送り、アーリアは己の頬を強く叩く。
「よーしっ。腹を割って……は、無理だけど。あたしも、いっちょビシッと言っておくかァ!」
陣営の一角にこしらえた酒場で二人は腰を落ち着ける。
「んで、話って?」と無邪気に振ってきたデューンを、じっと見つめ、アーリアは切り出した。
「最近あんたに恋人を寝取られたって獣人が騒いでいるんだけど、酷い誤解だよねェ?」
寝取られたと言った直後ビクッと体を震わせたデューンは「だ、だよねぇ!俺が浮気なんかするわけないってのにさ」と笑顔で誤魔化してきて、まだバレていないと思っているのが笑えてくる。
「あたしは、あんたの性格を知っているからいいけどさ。あんたに嫉妬した獣人が、根も葉もない冤罪でイワンを唆すかもしれないって心配しているんだ」
真面目に論を詰めていったら、デューンは「え」と言ったきり、唖然としている。
まさか、こんな事態も想定できていなかったとは、呆れるを通り越して驚くしかない。
「あんただって嫌だろ?身に覚えのないナンパ野郎って難癖をイワンが信じてしまうのは」
再度の揺さぶりで硬直の解けたデューンは、心持ち下向き加減で「う、うん……そう、だね……」と答えるのが精一杯。
脳内では自分の行いを親友に知られる危機感と、全部ぶちまけたら、それはそれで恋人に嫌われる危機感が戦っているのだ。
顔色をなくすほど狼狽えるぐらいなら浮気なんかしなきゃいいのにと思うが、デューンがモテる半分の要素は向こうが勝手に熱を上げてしまう点も大きい。
カムイの『誑かされている』は、全くの詭弁でもない。
顔がよくて強くて誰にでも親切となったら、モテないわけがない。ロイス騎士団内でだって、人気No1なのだ。
デューンが誘いを断りきれないのも、お調子者でお人好しな面が災いしているのだろう。
「だから、さ。仲良くなりたいって、あんたが思うのは無理ないけど。ちょっとの間だけでも、夜、他の人のテントに行くのは控えたほうがいいんじゃないか?変な誤解を解くためにも」
「う、うん。っていうか!俺が夜、皆のテントへ行っていたのは誤解を招くような行動じゃ」
見苦しい言い訳を「召集〜!集合〜!アイル王子から、皆への伝言があるそうです!」と表で騒ぐ声が遮った。
「ん〜?バカ王子の伝言?何を思いついたんだろ」
さりげない仕草で立ち上がったアーリアへ、これ幸いとばかりにデューンが雑談を切り上げる。
「集合をかけるぐらいだし、今後の戦況に関わる重要な策を思いついたのかもしれないぞ。行ってみよう!」
――かくして。
アイル王子直々の『デューンへの粉かけ禁止令』が命じられてから、ファインド騎士団の品性は多少、元の姿へ修正された。
だがデューンからの粉かけは留まることを知らず、アーリアの頭痛を年々悪化させていったのであった……

