
ラグナルからギルド員専用のトラベータで飛ばされてきたテトラが、最初に姿を現したのはオオエドの役所内であった。
彼が今まで見てきた西大陸の風景とは全く異なり、まず驚いたのは天井がやけに低いのと、壁が土で塗り固められている点であった。
窓にはガラスではなく、薄い紙が貼りつけられている。こんな窓では冬を越すのも一苦労であろう。
「ひょえー、貧乏くせぇ佇まいだなや」
あちこち物珍しげに見渡すワータイガーを、役所の人間が一斉に取り囲む。
「な、なんでぇテメェ!どっから現れた!?」
槍を突きつけての威嚇に、テトラは慌てて弁解する。
「お、おいらは冒険者ギルドの依頼を見てやってきただよぉッ。ここさジパンで内乱が起きてるっちゅうだから」
「何を言うか、異形の怪物めが!我が国は今、鎖国中だぞ!」
テトラにとってジパンの風景が珍しかったように、ジパン人にとっても獣人は珍しい存在だ。
役人がテトラを取り囲んでわぁわぁやっている最中、今度はレナルディが何もない空間から出現する。
同じく、ラグナル経由のギルド員専用トラベータでジパンへ転送されてきたのだ。
「またか!貴様、異人だな!何しに来やがったんでぇ!」と役人が騒ぐのも当然、レナルディは真っ白な鎧に金髪で、これでもかとばかりに異国の民を強調している。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私はレナルディ=セイナンス=アフラウディア、聖都の聖騎士団長を務めております。風の噂で耳にしたのです……この地で起きた戦いを。救いを求められたとあっては、騎士として助けないわけにもいかないでしょう」
毅然とした態度で話すレナにも猜疑の目を向けながら、役人たちは内輪で話し合う。
「ど、どうする。半蔵様に報告しておくか?」
「いや、しかし城からは何の命令も出てないぞ。勝手に動いていいもんかどうか」
役所の外では、野次馬の人垣が二重にも三重にも出来ている。
キョウにもナゴヤにも行けず、トラベータ封鎖により他の大陸からも隔離され、話題に飢えていたオオエド住民にとって、二人の出現は本人が思っている以上に衝撃を与えてしまったようだ。
レナは改めて人垣に目をやった。
どの視線も此方に興味津々、中には指をさしたりヒソヒソ話している者も見受けられる。
ここで、いつまでも足止めされるのは良くない。
一刻も早く戦乱に怯える民草を助けてやりたくて、本来ならば関わりたくもない他国の内乱へ手を貸す気になったのだ。
とはいえ、ジパンを訪れたのはテトラに半ば強引に誘われたというのもある。
部下のグリフィルスがキョウへ肩入れするといった話も、彼から聞かされた。
グリフィは聖騎士、暗黒信仰のキョウとは相性が悪いのでは?とレナは心配したものの、すでに旅立った後では忠告のしようもない。
案内状をバラク島のギルド窓口で受け取り、オオエド直通のトラベータで転送してもらった。
戦争をやめさせるには、首都の統治者へ掛け合うのが一番だ。
現時点での問題は、役人を説得できるかどうか。異人というだけで殺気立つ面々を、どう納得させるか……
来たばかりで、現状も把握しきれていない。
冒険者ギルドの窓口で受けた説明は、このようなものであった。
ナゴヤの状況は全く掴めていない。
冒険者ギルドがナゴヤヘ送った伝言ワームや調査員も消息を絶っている。
キョウは見回り組が全店舗に入り込み、厳重な見張りを続けている。
城は隊長の壬生が占拠しているという噂が町に流れ、キョウの殿様、及び降魔忍群は消息知れず。
オオエドの城は静観状態にある。
ただし、一部の武士がナゴヤ討伐隊を結成したという動きもあるようだ。
ギルドに依頼を出したジパン人の話では、ナゴヤのゴロツキ軍団『見回り組』が暴動を起こしたとなっている。
ゴロツキを倒す部隊を編成しているのもオオエドだけであり、やはり手っ取り早い解決の鍵はオオエドにあるように思える。
しかし、ここは異国の地。地の利がない点や、現地に知り合いがいないのは厳しい。
役人が気を利かせて、偉い人を連れてきてくれないものだろうか。
そう考えていると、ひょいっと人垣を割って役所に入り込んできた者がいた。
黒い忍び装束をまとっているからには、忍者なんだろう。
覆面はつけておらず、髪の毛を逆立てたりなんかして、忍者の割には目立つ風貌だが。
「如何いたした?皆の衆」
「げぇっ、半蔵様!?いつ、こちらにいらしたんでございますか」
役人が驚くからには、きっと偉い立場にある人だ。
「これだけ大騒ぎになっていれば、気の利いた者が拙者に報告を入れにくるというものでござるよ」
「も、申し訳ありませんっ。報告しようとは思ったんですが」
役人の言い訳を右から左へ聞き流し、半蔵が人当たりのよい笑顔を浮かべる。
「して異国の皆々様方は、オオエドに何用でござろうか。観光であれば拙者が見どころを案内致すでござるが」
「観光ではありません」と断り、レナは敬礼する。
「私の名はレナルディ=セイナンス=アフラウディア。ファルゾファーム島の聖都聖騎士団長です。ジパンで起きた内乱を終結せんが為、オオエドの統治者との話し合いの場を希望しております。貴殿はオオエド城へ仕える方でございますか?統治者への謁見は」
ずらずらと用件を述べるレナを遮って、半蔵が会釈した。
「その前に拙者も名乗りをあげて宜しいか?」
「知ってるだぁよ!」と大声をあげたのはテトラだ。
「伊賀忍術の師範代で、半蔵っつぅんだろ?おめぇ」
かくいうテトラも白王館で我流の斧術を教えている。
半蔵の姿は、ガラの悪そうな青年と何度か衝突しているのを見かけた。
「おぉ、異国の民にも知られているとは拙者も有名になったものでござる」
ニコニコ喜ぶ半蔵へテトラが名乗りを上げる。
「おいらァ、ラガナート=テトラっちゅうだよ。そっちの姉ちゃんとおんなじで、ジパンの揉め事を解決しにきただ。おめェさ、地元民なんだったら詳しい事情を教えてくんろ」
田舎者丸出しの質問に、やはり半蔵はにこやかに状況を話し始める。
「そうでござるか。現在ジパンは鎖国中でござるが、冒険者ギルドには各国直通のトラベータが設置されていると小耳に挟んだ記憶がござる。お主たちも、それでやってきたのでござろ?なら、状況を説明しておかねばなるまいよ」
その前にと、ぐるり周辺を見渡してから、二人を役所の奥へ案内した。
役所の奥には座敷があり、レナとテトラの二人は半蔵と向かい合せに座る。
「まず、レナルディ殿の要求、オオエドの統治者に会わせろとの事でござるが、それは無理でござる。何故なら殿は今、ナゴヤへお忍び旅行中でござるからな」
「内戦が始まろうというのに、お忍び旅行……ですか?」
訝しむレナへ「左様」と頷き、あっけらかんと半蔵は言う。
「
「その、見回り組ってなぁ、なんなんだべ?」と、テトラ。
半蔵は腕を組んで答えた。
「うむ。歴代続く私設部隊だと聞いてござる。ナゴヤ城を守る侍とは別口のようでござるな。隊長は壬生
「そのような輩が徘徊するナゴヤへ統治者が出かけるというのは……危険ではありませんか?」
レナの懸念へも「なぁに、心配は無用。拙者の配下が同行してござる」と、半蔵は呑気なものだ。
「んで、だ。討伐隊は牽制するだけで攻め込んだりしねぇだか」
テトラに問われ、半蔵はブンブン手を降った。
「せぬせぬ。しては戦が起きてしまうでござろ?あくまでもオオエドを防衛する隊でござる」
と言っている側から役人が駆け込んできて、驚愕の報告をかましてくる。
「一大事でございます、半蔵様!犬神様のご子息が討伐隊を引き連れて、ナゴヤへ向かったとの事!」
半蔵も、この報告には顔色を変えて立ち上がった。
「何と!?犬神殿は討伐隊に殿の旅を知らせてなかったのでござるか!?」
「いえ、確かにお伝えしました。その場には私も居合わせておりましたから……恐らくは、血気はやる九重のご子女が暴走したのではないかと。九十九様は、前々より見回り組に敵意を持たれておりましたし」
察するに血気はやる隊員の一人が先走ったのだろう。
「すまぬ、お二人方は今すぐ追いかけて、討伐隊の足止めをお願いしたいのだが」
今から追いかければ追いつくかもしれない。
半蔵に促されるまでもない。レナも立ち上がり、頷いた。
「いきましょう。ですが私達には、どの方がそうか判りませんので、半蔵様には道案内をお願いします!」
「承知した!」
颯爽と飛び出したレナに続いて、半蔵も飛び出してゆき。
「……お、オイラもいくだぁよ、待ってけろ〜!」
テトラは、しばしポカーンとしていたが、ややあって状況を把握できたのか役所を飛び出した。
-弐の陣へ続く-