FES

ジパン狂乱

壱の陣:ナゴヤ編

ラグナルのギルド員専用トラベーターにより、楼が飛ばされてきたのはナゴヤの外れにあるチャイナロスという区域であった。
チャイナロウスとインディゴはナゴヤの中にありながら独特の文化を持ち、例えナゴヤの殿様であろうと、この二つの地域のやり方に口を出すことはかなわず、内乱においてもナゴヤの中でチャイナロウスとインディゴだけは平穏を保っていた。
実際チャイナロウスとインディゴを統制しているのは、インディゴ内に里を持つと噂される柳一族である。
しかし、その事実を知る者はジパンにおいても数少ない。


突如ジパンの上空へ出現した楼は難なく着地を決めると、人垣に囲まれる前に立ち去る。
大通りに来た辺りで歩調を緩めた。
目にも眩しい看板がひしめき合う町並みに見知った顔を見つけ、なにげない調子で近くの食材店に入ってやりすごす。
見知った顔とは、すなわちナゴヤの忍びである劫火であった。
もちろん普段は忍びと判る格好ではない。紺色の着流しを羽織っていた。
劫火と町人の話を盗み聞きした処、こんな会話が聞こえてきた。
「じゃあ、壬生の野郎はこっちに戻ってきてやがるんだな?」
「そうアルよ。なんべんも姿を見かけたのコトね。劫火サン、あんたサンは城に戻ってないのコトか?殿様も心配してるんちゃないのコトね?殿様にはお会いしたか?」
「……殿はご病気だ。おふれは見ただろ?」
「アイヤー、劫火サンがそういうならホントのコトだったアルか!てっきり見回り組が流した嘘かと思っていたアル」
ナゴヤの殿、堀田 清志狼きよしろうは病気で伏せている、ということになっているらしい。
二人はまだ話していたようだが、楼はその場を離れた。

楼よりも、かなり後に遅れて出現したのは月斗だ。
突如出現した月斗は瞬く間に大勢のチャイナロウス住民に囲まれたが、相手が月斗と判ると、すぐに人垣は退いていった。
地元人の特権か。
「せめて、何しに帰ったんだ?ぐらい聞けっつーの!」
本人は少し不満のようだが。
ざっと辺りを見回してみるも、先に行ったはずの楼は見あたらない。
「もう行動開始したってか?んじゃあ、俺も行動開始と行くか」
すっかり野次馬の退けた大通りを、てってけ走っていく。
向かう先は自宅、川流河童拳の道場がある方角だ。


月斗が自宅へ向かった頃、楼はどこへ向かっていたかというと――
チャイナロウス中央より遠く離れた山道を歩いていた。
山道から更に外れ、道無き道を歩いていく。
その足取りは意外にもしっかりしており、どこへ続いているのかも判っているようであった。
それもそのはず、彼は自分の故郷、柳一族の里へ向かっているのである。
生まれ育った場所ならば、知っていて当然だ。
柳一族はジパンのどの城にも仕えないまま、300有余の年を過ごしてきた。
戦乱に巻き込まれることもなく、里は平穏を保っている。
楼が里に入った時も、変わらず静かな風景を見せていた。
里の人々と会話を交わすことなく、楼は長老の館へ直行する。
入るや否や、開口一番に尋ねた。
「ジパンの現状はどうなっている?」
奥の座敷に陣取っていた初老の男が、すぐさま答える。
片目の潰れた半分白髪の中年だ。名をひいらぎという。
元頭目であり楼の実父でもある彼は、今は頭目を引退して隠居生活を送っている。
「現在は均衡状態を保っておる。先に攻め込んだのはナゴヤだ……オオエド城側近の武士は静観を決め込むつもりのようだが、血気はやる一部の若者が討伐部隊を組んだようだ」
「彼らの名は?」と、楼。
「二刀流白刃剣の師範、九重 九十九。それから犬神の小倅も一緒だ。奴らが中心となって配下の武士を集めておるようだ」
犬神の子息といえば一人しかいない。真之丞だ。
「犬神 十之助は?」
「動かぬ。側近は静観を決め込んだと言ったばかりだろうが」
少し考え込んだ後、楼は再び尋ねた。
「降魔は全員投降したのか?キョウの城が落ちたと聞くが……」
「いや。頭目他、一部は逃げた。正しくは脱獄した。冒険者の力を借りて、な」
「冒険者の名は判るか?」
柊は、かぶりを振った。
「名は判らんが、異国の者だという報告は受けておる。顔が獣だという話だ。少なくともジパンの民ではないな」
獣人はジパンにいない。
だが何故、余所者であるはずの獣人が降魔忍群を助けるというのか。
「降魔の頭目と連絡が取りたい。彼がどこへ潜伏しているか判るか?」
柊はまたも、しかめ面で頭を振る。
「判るようであれば、奴らは忍び失格だ。気になるなら、お前自身が探してみろ。お前なら探せる」
買いかぶり過ぎだと、楼は思う。
しかし、彼らを見つけないことにはキョウの城が落ちた原因も判らない。
「……やるしかないか。降魔を探すには封魔の力がうってつけだが、封魔はジパンにいるのか?」
「いや、内乱が始まるよりも前からずっと、姿を見ておらぬ。いないのではないか?」
もうここで聞く情報はないと見切りをつけて、立ち上がる楼に柊が話しかける。
「行く前に紅葉にも会ってやれ。お前がおらんで、寂しがっておったぞ」
楼は無言で頷くと、長老の部屋を後にした。
離れの突き当たりに楼の義妹、紅葉の部屋がある。
紅葉は窓の外をぼんやり眺めて時間を潰していたが、入ってくる足音にハッと振り向き、瞳には輝きが戻ってくる。
「兄様!いつ お戻りに?見て下さい、里の木々もすっかり色づいて。そうそう、母様が兄様の為に忍服を新調して下さいました。私も」
「悪いが、世間話は内乱の終結後にしてくれ。今は力を借りたい。お前の力を貸してくれるか……?」
世間話を無愛想にぶった切られても、妹は嬉々として頷いた。
「もちろんです。私の力は兄様の為にあるのですから」
「では、降魔の生き残りを捜し出して欲しい。降魔が無理ならキョウの落武者でもいい。俺は、その間に見回り組を探ってくる」
「判りました。必ずや、キョウの亡命者を捜して参ります。兄様も、お気をつけて……」
二つ返事を残し、紅葉の姿は部屋から消えた。
楼も部屋を出て、里をも後にする。
向かう先はナゴヤ。その中心部にある見回り組の駐屯所だ。

一方、道場へ戻った月斗は。
「只今凱旋!羅 月斗〜っ。かっぱっぱ―――ッ!」
奇声と共に道場の扉をぶち破る。
そしてポーズをビシィィィッ!と、決めた。
一拍の間を置いて、道場内から歓声が沸き起こる。
「師範、お帰りなさい!」
「いつ、こちらへお戻りに?」
「まーまー。戦争が始まったって聞いて、慌てて戻ってきたんだよ。ところでオヤジはドコ?」
ぐるりと道場内を見回してみても、両親の姿は見えない。
門下生の一人が応えた。
「あ、先生の親父殿でしたら今はお城に行ってます!」
「へ?城?何で?」
「何でも武術の先生が必要とかで、強制的に呼び出し食らったんですよ」
「オヤジなんか連れていっても役に立たねーだろうに。そんで、城ってナゴヤ城?」
「えぇ。でも実際に教えるのは見回り組の連中にでしょうから、たぶん詰め所のほうにいるんじゃないですかね?」
といった会話の後、月斗は道場を出た。
次に向かうのはナゴヤ中央、見回り組駐屯所だ。


-弐の陣へ続く-