
出発前、最後の打ち合わせを行った。
「いいか、私が合図をかけたら作戦開始だ。聖騎士殿は大声で名乗りをあげ、できる限り敵を引きつけるのだ。わかったな?」
「陽動役なら騎士団でも経験済みだ。説明されなくても判っている」
飛鳥とグリフィの会話にオーギュも混ざり込む。
「札は何枚ぐらい剥がせばOKなんだ?それと、剥がし終わったら俺達はお前らの後について壁を乗り越えりゃいいのか?」
「そうだ。くれぐれも遅れるんじゃないぞ。連中は本気で斬りかかってくるのでな」と、飛鳥。
「札は、その、あの……」と言いかけて、シェスカは黙り込む。
連れの二人には言っていない秘密があった。
言うのは憚れた。
降魔へのグリフィルスの反応を見た後だと、さらに言いづらい。
「どうした?札は爪で簡単に引きはがせるはずだ。景気よく剥がしてくれ」
飛鳥に応援されても、「あ、あぁ……」とシェスカは顔色が冴えない。
様子のおかしさにオーギュは首を傾げるが、尋ねる前に飛鳥の合図がかかった。
「見張りが向こうを向いているな。聖騎士殿は向こうの橋まで一気に抜けられるか?そこで名乗りをあげ、敵の目を引きつけられよ」
「任せろ!」
土煙を巻き上げて、グリフィルスが走り出す。
その脚力や、さすがはケンタウロスというべきか、あっという間に橋の向こう側まで辿り着く。
「聖都聖騎士団、グリフィルス=J=ライアント!!ジパンを乱す悪党どもに神の裁きを!この槍を恐れぬ者は、かかってこい!」
どこぞの正義の味方よろしく堂々と名乗りをあげる彼へ、抜刀した侍が我先にと向かっていくのが対岸からでもよく判る。
やがて戦闘が始まるのを遠目に見据えながら、飛鳥が小声で冒険者を促した。
「剥がして欲しい符は正面に見える壁、その足がかりとなる場所だけでよい。我らが乗り越えたら、お前らも必ず壁を登ってついてこい。聖騎士殿に加勢しようなどと考えるな、囮は一人で充分だ……そろそろ頃合いか、行くぞ!」
降魔忍が一斉に動いた。
目指すは前方の壁、その向こうに構えるキョウ城だ!
彼らを追い越す勢いで、オーギュとシェスカも走り出す。
中央で暴れる騎士と戦う軍団とは別に、堀の脇の道から顔を出した者がいる。
「野郎、こっちにもいやがったか!不法侵入は打ち首だぞ!!」
片手に抜き身の刀、見回り組の文字が入った羽織を着ている。
疑うまでもない。見回り組の隊員が、こちらにもやってきたのだ。
「皆、こっちだ!こっちにも曲者がいやがるぞーッ」
「見つかったか、散!」
ばぁっと降魔忍は散り散りに走り出し、動きに惑わされた侍は「ぎょぼあっ!」と槍に貫かれる。
「どこを見ているッ。お前達の相手は、この俺だ!」
中央から一気に突っ込んできたグリフィの一撃だ。
「おのれぃ、馬がちょこまかと!」と追ってくる侍を「馬じゃ!ねぇっ!!」と返す槍で打ち払い、再び中央へ引き寄せた。
「張り切ってんなぁ、グリフィのやつ。よし、今のうちに……っと」
その間に壁へ到着したオーギュは、爪でガリガリ引っ掻いた一枚を引っ剥がす。
忍者は壁から遠く離れて、様子を窺っているようだ。
少し遅れてシェスカも到着。
札をじっと見つめていたが、そぉっと手を伸ばしては引っ込める。
「何やってんだ?さっさと剥がせよ」とオーギュに急かされても、「う、あぁ」と返事は覚束ない。
どうしよう。
この札は神聖効果があって、闇の眷属には触れない。
本来無属性の人間である飛鳥でさえ無理なのだ。宗派が邪神であるが為に。
「十四枚も俺一人じゃ剥がせねぇぞ!さっさとやれっての」
もう一度オーギュに催促されて、シェスカは意を決し、札に手を触れた。
――直後。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁ!!!」
札に触れた手がドロォッと解けて、絶叫をあげる羽目に。
「は?えっ、お前、何だ、その反応!?」
驚いたのは隣にいたオーギュのみならず、遠目に様子見していた降魔忍者もだ。
「何……まさか、あやつ闇の眷属だったのか!」
その、まさかだ。
シェスカは闇の種族、純血のナビ族ラカである。
冒険者ギルドの名簿にも記載されているのだが、グリフィルスは何も言っていなかった。
だがオーギュが中央へ目をやると、彼もしっかり驚いていた。
忘れていたんじゃない。
面識がないから、ギルド員のシェスカと同一人物だと気づかなかったのだ。
「くそ、お前が囮になりゃ〜よかったんだ!」と今更言っても遅い。
オーギュが四枚目を引っ剥がした時、対岸を走っていた見回り組の隊員が到着した。
「おどりゃあ、何さらしとんじゃあ!」
振り下ろされた凶刃を、オーギュはスレスレで避ける。
「どへぇ!こっちゃテメェに構ってられねぇんだ、あっち行ってろ卑怯者ォ!」
「うるせぇ、この無断侵入野郎が!全員命はないと思えェッ」
「まずい、あいつらがやられたら!」と叫んで忍者の一人が壁方向へ走り出した。
「待て、志摩!我々までが戦ったら囮の意味が」と止める飛鳥を振り切って。
志摩が駆けつける前に、橋の袂には見回り組の援軍が参上。
着くなり着物の胸をはだけて雄叫びをあげた。
「てめぇら皆、ブッ殺したるわ!!」
「後藤、血圧あげすぎんなよ!まずは符を剥がしちょる目障りな連中から斬る!!」
隊員の一人が走り出そうとするのを、横から飛び込んで邪魔する者がいる。
「させるか!」
「ちぃぃッ、邪魔すんなぁ!てめぇら降魔は後で血祭りにあげたるあぁぁぁ!!」
血走った目で振り回す刀を軽く避けて、志摩はオーギュへ怒鳴った。
「奴らは私に任せろ!早く符を剥がしてくれ、頼む!!」
返事をする暇すら惜しく、オーギュは二枚まとめて引っ剥がす。
彼の剥がした場所、そこだけが符だらけの中で、くっきりと浮かび上がっている。
「よし、そろそろ飛び越えられよう!いくぞ、腎蔵!」
散り散りになっていた忍びが、その場所を目指して走り出す。
彼らが狙われないよう、オーギュは少し離れた場所まで走っていき、そこでもビリッと引っ剥がした。
「うっだらぁ!!」
蹲ったままのシェスカは刀が身体をたたっ斬る直前、みょーんと薄く伸びて難を逃れた。
「ぎょぇっ!何じゃい、こいつぁ!?」
獣人やケンタウロスだって奇異の種族だったのだ。
古くは闇の一族と呼ばれたラカの特異体質には、斬り掛かった侍も恐怖で一歩退いた。
――すまない、すまない、二人とも。この失態は第二の囮で埋めさせてもらう!
心の中で何度も謝罪を繰り返しつつ、シェスカはオーギュへ向かった見回り組隊員の前へ回り込む。
「うおおぉぉぉぉ!!!化物がぁ、死にさらせぇッ!」
水平に薙ぎ払われた刀を「ひょぉっ!」と伸縮で避けると、反撃で大剣を振り回す。
剣は隊員の肩にぶち当たり、奴の足を止めるのに成功した。
「やりよるやんけぇ、このバケモンがぁぁっ!」
足止めに回ったシェスカを見、降魔忍は壁を乗り越えて向こう側へ消えてゆく。
全員が乗り越えたと思える頃合いを見計らって、オーギュはグリフィへ声をかけた。
「この場はあいつに任せて、俺達も行こう!」
しかし「無理だ!」と即座に返ってきて、何が無理なんだと訝しがる友にグリフィが叫ぶ。
「援軍を全部片付けるまで、俺は動けない。予定通り、お前とシェスカで行くんだ!」
囮どころか援軍を全てぶっ倒すつもりだ。
だが見回り組の動きを見ていると、確かに援軍の殆どがグリフィルスを目印に集まっている。
「くそ……グリフィ、必ず生きて合流しろよ!」と言い残し、オーギュも壁を越えていった。
残るはシェスカだが、隊員を引き寄せながら中央へあがってくる。
「あとはよろしく、聖騎士殿!」と声を掛けられて一瞬だけ眉をひそめたものの、すぐにグリフィは頷いた。
「任せろ!」
シェスカも降魔忍の足がかりを使って、壁を乗り越えていった。
壁を越えても、城までの道のりは遠い。
「オーギュ、シェスカ!お前らは町ん中へ散れ!」と腎蔵に命じられ、二人は咄嗟に手前の角を曲がる。
「待ちィや、こらァッ!」と猛る見回り組を振り切った後は、手近な納屋へ転がり込んだ。
「グリ、フィルス殿は、どうやって壁を越えるつもりなんだ……?」
息を切らせながら尋ねてくるシェスカへ「組員の通ってきた道を使うんじゃねぇのか」と答え、オーギュは彼女を眺め回す。
こうして座っている分には、普通の人間に見える。
否、彼女が札に触るまで、人間だと信じて疑っていなかった。
闇の眷属なら何故そうであると、一番最初に断ってくれなかったのか。
少し考え、グリフィルスの姿が脳裏へ浮かんだオーギュは何度も首を振る。
「す、すまない」と涙ぐむ彼女へ憐憫の目を向けて、「いい、言えなかったんだろ」と慰めた。
聖都の騎士は半数以上が善教信徒だ。どこまでも気高さを求め、邪悪を嫌う。
闇であるというだけで、滅しにかかる者もいるぐらいだ。
その潔癖さについていけなくて騎士団を抜けたオーギュは、時として闇の種族へ同情してしまう。
シェスカとはラグナルのトラベータ前で行き先が一緒だと判明したのだが、聖騎士がいたんじゃ言うに言えまい。
「けど、次から無理なことは無理だと先に教えてくれよ」
「あ、あぁ。判った」
ぐすっと涙を拭ってシェスカが頷き、一件落着したところでオーギュは仕切り直す。
「ここでのんびりしているってのも無駄な時間だよな。町の様子を探っておくか」
「い、いいのか?下手な真似をしたら、あいつらの足を引っ張るんじゃ」と怯えるシェスカへ「なら、お前は此処で待っていろよ」と言い返してから、納屋をゴソゴソ荒らして泥で汚れた手ぬぐいを見つけた。
「こいつで難民のフリができりゃあいいんだが……」
手ぬぐいを頭に被り、レザーアーマーを脱ぎ捨てる。
「わ、私も行く。名誉挽回させてくれ」
やっと涙の止まったシェスカも家探しに加わり、埃を被った布を身体に巻き付けた。
「なんだ、気にしてんのか?作戦は成功したんだ、お前の名誉も汚されてねぇさ」
軽口を叩き、オーギュは扉に隠れて気配を探る。
例の羽織を着た連中が一人もいなくなった隙を見計らって、さりげない足取りで表へ出る。
「お前は、あっちを見に行ってくれ」と道の反対側を指すと、ぶらぶら歩いていった。
「……よ、よし」
大剣を納屋の中に立てかけて、変装の済んだシェスカも表へ出た。
武器がないのは心細いが、大剣を背負った難民なんているはずもなし、いざとなったら逃げるしかない。
ちらりと壁のほうを見たシェスカは、オーギュの去った方角とは反対へ走り去った。
-参の陣へ続く-