FES

ダークゾーンの末裔

バラク島セントラルパーク「いねむり狼亭」

からん、ころん。
頭上の鈴を鳴らして、ダークエルフの少年が入ってくる。
彼の名はナップ=ダークゾーン。
この夏、冒険者ギルドのガイド員に任命されたばかりで、ガイド員としては新人だが、冒険者歴は、そこそこある。
いねむり狼亭はバラク島の中央にある都市、セントラルパークで老舗を誇る酒場だ。
冒険者ギルドの直営店でもあり、冒険者なら宿泊も食事もタダ。
――という触れ込みを聞いて、やってきたのだ。
「……ん〜〜!酒場に来るの、七年ぶりだなァ……」
まるっきり引きこもりみたいな独り言を呟き、店内を見渡した。
昼間だというのに客が一人もいない。
物音に気づいて厨房から顔を出した、可愛らしい顔のウェイトレスが走ってきた。
「いらっしゃいませ!ランチのご注文ですか?それとも宿泊でしょうか」
「そうだなぁ、まずはエールを一杯ちょうだい!」
「あ、この店では、お酒を出していないんです。お冷を持ってきますね!」
「は?」
酒場なのに、酒は置いていないという。
しかしポカンとするナップを置き去りにウェイトレスは厨房へ戻ってしまい、ナップは納得いかない顔で椅子に腰掛ける。
自分以外誰一人いない店内を見渡しながら、暇つぶしにテーブルの上にあった新聞を手に取った。

――東大陸・ジパンで見回り組が組員を募集中!
――西大陸・ゴルゴル王国にダークエルフ盗賊団が出没!
――西大陸・貿易都市ラグナルで誘拐事件発生か?

これといって少年の気を引く事件もなく、ばさりと新聞を放り投げた時、カランコロンと鈴の音が鳴る。
淡い紫の髪を短めに刈り込んだ目つきの悪い男が入ってきて、閑古鳥の泣きまくりな店内をぐるりと見渡した。
シド=コーエン。冒険者ギルドの白王館にて、師範代を勤めている。
一応ギルド員ということになろうが、白王館にもギルド会議にも、一度も足を運んでいない。
「なんだ……?全員出払っているってか」
小さく呟いた後、男の目が窓際の席に陣取ったダークエルフを捉える。
闇の眷属が酒場へ入ってくるなど珍しい。
いや、ここは冒険者ギルドの直営店。冒険者なら闇族の来店もおかしくないか。
彼も気づき、シドに手を挙げる。
「よぉ、お前も昼飯食いに来たのか?」
「いや、冒険者を探しに来たんだがよ」と言いながら、シドは間近でジロジロとナップを眺めた。
やたら胸元の広いローブを着こなし、あけすけに明るいダークエルフなんてのは、そうそう見かける部類ではない。
ダークエルフといえば大抵は陰気で根暗、人付き合いが悪いと相場が決まっている。
それもこれも、種族差別が原因で。
しかし闇に連なる種族は、度重なる戦争で常に人間と敵対してきたから、差別されても仕方ない歴史を持つ。
「お前、もしかしてダークゾーンの末裔……なのか?」
「おうよ」と気楽に頷き、ナップがにこやかに笑う。
「聞いて驚け!俺のご先祖様は天下に名高い偉大なる召喚師、シャウニィ=ダークゾーンってんだ」
「やっぱりな」とシドは小声で納得し、ナップの正面へと腰掛けた。
「お前が末裔ってんなら、話は早ェ。親か祖父母に先祖の話を聞いた覚えはあるか?」
「え〜?うん。過去に殺傷力の馬鹿高いオリジナル魔法を作っただの、凶悪な使い魔を召喚しまくっただの、戦争で精霊を根絶やし一歩手前まで殺しまくっただのって武勇伝は一通り聞いたよ」
物騒な負の武勇伝を並べる子孫に手で待ったをかけると、顔を近づけて小声で囁く。
「そういうんじゃなくて、だな。お前……魔導の塔に入れるのか?」
「え?入れるけど?」
「そっか」
しばし考え込んだ後、さらに顔を寄せるとナップの耳元で囁いた。
「……禁呪については?」
「うひゃ!」
変な悲鳴をあげて、ナップが身を引く。
「ここで、その話題を出しちゃうの?大胆だね〜、どこで誰が聞いているか判らないってのにさ」
「閑古鳥だろ。誰が聞いているってんだ」とシドが答えた時、お盆に水の入ったコップを二つ乗せたウェイトレスが歩いてくる。
「お冷、二杯お持ちしました〜!」
水二杯コップに入れるだけで、何を手間取っていたんだろう。
「あ?水なんざ頼んでねーぞ」とシドに睨みつけられても、なんのその。
ウェイトレスは笑顔を崩さず、「多分お飲み物を頼まれるかと思いまして、お先に用意してみました!」と答えた。
「水出すぐらいだったら、酒をサービスしろっての」
シドの悪態に、ナップとウェイトレスが声を揃える。
「あ、この店、酒は置いてないらしいぜ?」「お酒はないんです、すみません」
「ハ?」となるシドには、ウェイトレスが重ねて謝った。
「お酒は私もモローも苦手なもので、置いていないんです」
「モロー?」とのナップの問いには「厨房にいるコックです。モロー!ちょっとこっち来て、ご挨拶をお願い」と叫びだし、「いや、呼ばなくていいっつーの。お前らの名前なんざ興味ねぇんだ」とぼやくシドの言い分も無視して、厨房から出てきたのは、ぐりぐり眼鏡をかけた小人族であった。
「こちらが当店のコックにして店長のモローです。そして、私は当店のウェイトレスを勤めています、リプスと申します。お二人は冒険者さんですよね?当店はギルド直営店なので、お料理もお水もタダ!いっぱい注文していってくださいね」
ぺこんっと勢いよくお辞儀したリプスに反応したのは、ナップだけだ。
「あ、やっぱ噂通り全部タダなんだ。んじゃあ、さっそくだけど頼んでいい?あのキプルスのゴマだれサラダってやつ、食べてみたいな」
「キプルスのゴマだれサラダお一つですね。お待ち下さいのことです」
モローが答え、厨房へ戻っていく。
まだ側に立つリプスをジロリと睨みつけ、シドがボソッと吐き捨てた。
「テメェも厨房に引っ込んでろよ。俺達ァ商談があるんだ」
「ふぇ?」
睨みつけられて、涙目になるリプスを庇うかのようにナップが「商談?てか、ウェイトレスさん虐めんなよ〜」と割り込むのへは、あきらかに苛立った調子で席を立つ。
「どかねぇってんなら席を替えるまでだ。こいよ、ダークゾーンの末裔。奥で話そうぜ」
これにはナップも一瞬ポカンとなるが、さっきの話の続きをしたいんだとすれば、確かにリプスに聞かれるのはマズイ。
ここがギルド直営店なら、彼女も当然ギルド員であろう。
冒険者ギルドは【禁呪】に関して全面禁止を言い渡している。使うのは勿論、探すのもご法度だ。
「んじゃ席替えるけど、リプスちゃんはついてきちゃ駄目だよ」と笑顔で断り、シドの座る奥へ移動した。
「あ、はい……」
何がお客の機嫌を損ねた原因なのかが判らず、リプスは寂しげに立ち尽くす。
そんな彼女をまるっと無視して、シドは先の話を続けた。
「シャウニィ=ダークゾーンの残した遺産……その一つが合成魔法だが、現在は【禁呪】扱いになっている。こればかりじゃない。奴が使ったとされる強力な魔法は全て【禁呪】扱いだ。だから、ずっと末裔を探していた。末裔なら遺産の場所も知っているんじゃないのかと思ってな。あァ、もちろん遺産ってのは魔法だけじゃない。奴の書き残した全てを指しているんだが」
「なんのために?」
純粋な疑問だ。
今は、特にこれといって不穏な空気が漂っていない。
凶悪なモンスターがいるわけでもなく、世界は至って平和だ。
新聞だって小さな事件は報じているけれど、大きな戦争の噂はない。
「本に書かれていない真実を知りたいんだ。俺の生まれる前、この世界で何が起きていたのかをな。ついでに、宝探しは金にもなる」
そう言って、シドはニヤリと笑う。
「まァ、何をやるにも資金は必要なんでな。一石二鳥の歴史探索ってわけだ」
「へぇー。ってことは、遺跡荒らしやってんだ?」
「ほれ」と手渡されたのは彼の冒険者カードで、だいぶボロボロに傷んでいたが、職業には闇商人と書かれていて、職務に冒険者ギルド所属師範代とある。
「えっ?お前もギルド員だったの!?」
「まぁな。遺跡荒らしは職じゃねぇ、趣味の範囲だ」
カードをナップの手からもぎ取りつつ、シドが逆に尋ねてきた。
「つぅか、お前もギルド員なのか?名簿で見かけた覚えがねぇんだが」
「今年の今月なったばっかなんだよ!やー、同業者かぁ〜。よろしくなー、えーと、シド?」
バンバン気安く肩を叩いてくる手を疎ましげに払いのけ、シドは一応注釈を入れておいた。
「同業者っつっても、こっちは師範代だ。本部で出会うこたァ、まずねぇと思うぜ」
「え?師範代?ってことは、武闘家なのか?え、けど闇商人なんだよな?」
混乱するナップを呆れ目で眺めながら、シドが答える。
「俺がマスターした武術に目をつけた冒険者ギルドがスカウトしてきやがったんだ、白王館っつーとこで武術を教える先生やれってよ。まァ、やる気がしないんで一度も行ってねぇんだが」
「へー、へー、人は見かけによらないな〜!強いんだ、お前!すっげぇー!」
ナップにはキラキラ称賛の瞳で見つめられて、シドは困って視線を逸らす。
尊敬されるのは苦手だ。武術が、これまでの旅で尊敬の対象になるほど役に立った記憶もないのだし。
「あ、そうだ。これ、俺のカードね。末裔じゃなくて名前で呼んでくれると嬉しいんだけど」
ニコニコしながら手渡された冒険者カードは、四隅にゴテゴテと輝く星のデコレーションがつけられた鬱陶しい何かに劣化しており、裏面にも本人が描いたと思わしき謎の絵が二重三重にもカードを台無しにしている。
「…………」
絶句するシドを覗き込みながら、ナップは得意げに語った。
「どう?ダッセー冒険者カードが俺の手で綺麗に生まれ変わったのを見た感想は!」
「いや……あァ、いいや。ナップか、判った」
心なしか目眩がしてきた。
最悪なカードを本人に返すと、気分を変えるべく窓の外へ視線を逃して、二度三度深呼吸。
ようやく気を取り直したシドは、懐から一枚の地図を取り出す。
「お互いの身元証明も終わったところで本題に入ろうぜ。こいつは俺が情報屋から買い取った地図なんだが、ダークゾーンの末裔に関する財宝の在り処らしくてな」
ちょうどタイミング悪く、遠くの席でモローの声が聞こえた。
「キプルスのゴマだれサラダ、おまたせしましたのことですよ。近寄っては駄目だそうですので、ここに置いておきますです」
途端に「ずいぶん遅かったじゃん、いっただきまーす!」とナップはモローのほうへすっ飛んでいき、再びの目眩がシドを襲う。
こんなガキと手を組んで、はたして【禁呪】は入手できるのか。
しかしダークゾーンの末裔を名乗る人物は、彼しか連絡が取れない。
もう一人、末裔を名乗る人物を知っているのだが、そいつは目下消息不明で連絡のつけようがなかった。
――選択肢がない。
ナップがサラダを食い散らかすさまを遠目に眺めながら、シドは覚悟を決めた。


おしまい