絶対天使と死神の話

番外編:卒業までに百人斬り!


こうも間を置かず次々メンバー交代させられていっては、ラジットにだって薄々判っていた。
次は自分の番が来るんだと――

ジャンギ=アスカスが自由騎士スクールに入学して一年目に選んだチームメンバーは、温厚な回復使いのラジット、几帳面な魔術使いのスタディ、誠実な弓使いのフロウ、活発な片手剣使いのララ、素直な短剣使いのロード。
しかし一ヶ月経たずしてララはソウルズと、スタディはミストと、フロウはガンツと入れ替えになる。
そして今日、ラジットは担当教官のマギノクスに呼び出され、嫌々ながらも教官室へ足を運んだ。
「ラジット。何故自分が今日、ここへ呼び出されたかは判っているな?」
切り出し口上な教官の問いへ頷き、ラジットは「僕は誰と交代なんですか?」と尋ねる。
それには答えず「お前は今日付でジャンギのチームを抜けてベンのチームへ移動しろ」とだけ命じた教官に、ラジットは再度問い返した。
「判りました。それで、かわりに入るのは誰なんですか?」
「それを、お前が知ってどうする?お前には関係なかろう」
質問に質問で返されて互いに睨み合ったのも数秒で、教官の鋭い眼光に押し負けたラジットは目を逸らす。
「用件は、それだけだ。判ったら教室へ戻れ」
追い払われるように教官室を出て、廊下を歩きながらラジットは考え込む。
これまでのパターンだと皆、自分と交代する相手を聞かされていたようなのに、僕だけ訊いても教えてくれないのは何故だろう?
もしかして、実力不足ではなく何か別の理由での交代なのだろうか。
ただ、その何かが何かと問われると、ラジットには全く思いつかないのであった。


浮かない顔で戻ってきたラジットを見たロードは、どうしたのと尋ねるかわりに「今度は誰と交代なんだ?」と核心を突く。
「それが……判らないんだ」
「えっ?」と驚いたのはロードのみならず、チームメンバー全員だ。
「判らないって、眼鏡野郎は教えてくれなかったのかよ?」
ガンツにも尋ねられて、ラジットは素直に頷いた。
「誰と交代するのか尋ねたんだけど、お前が知る必要ないって言われたよ」
「どうして隠すんだろう」と首を傾げるジャンギには、ミストの「サプライズじゃないですか」といった適当な相槌が返ってくる。
「もしかして、交代じゃなくて只の人数調整だったりして?」
ロードの推測は、即座にソウルズが跳ね除けた。
「なわけあるか。チーム編成は、どこも六人までだぞ」
「んで、お前は誰んとこの移動になったんだよ?」
ガンツの問いに「ベンの処だよ」と答えながら、あのチームのメンバーをラジットは思い浮かべようとして、全く覚えていないことに気がついた。
ベンは知っている。
いつも気難しそうな表情を浮かべた、ガリ痩せ男子だ。
パッと見て相性が悪そうだと思ったから回避したのに、ここで一緒にされるなんて。
「ベンのところは確か回復使いが一人いたな」と呟いたかと思いきや、すぐにソウルズが「何だと!?あいつが交代メンバーだとッ、ふざけている!」と大声を出すもんだから、ジャンギ達は驚かされる。
「だ、誰なの?ソウルズくんの知っている人?」とラジットが尋ねれば、仏頂面で返された。
「あぁ、知っている。素行の悪さに関して言えば、貴様のほうが数倍マシだという点もな!」
「えぇぇ……不良なのかなぁ、誰だろ」とロードが引け腰になる中、ミストがソウルズに尋ねる。
「素行が悪い、というだけでは絞りきれません。その方の名前を教えてください」
ソウルズはジロリとミストを睨みつけてボソッと吐き捨てた。
「ファル=ミフラチーノ。ある意味では、貴様よりも最悪な女だ」
途端にガンツが「ゲェーッ!あのビッチがチームに入んのかよ」と騒ぎ出す。
「び、びっち?」と育ちの良いラジットやジャンギは聞き覚えのない単語にキョトンとし、同じく育ちが良いはずのミストは何かを悟った顔で溜息をついた。
「あぁ……あの人でしたか。あの人と比べるのは、ラジットくんや私に失礼ですよ」
「ミストも知っているのか……具体的にいうと、どんな子なんだ?」
ジャンギの疑問と、教室のドアが勢いよく開いたのは、ほぼ同時で。
「きゃ〜〜っ、No1イケメン人気者のジャンギくんと一緒のチームになれるなんて超・感・激☆」
甲高い奇声と共に誰かが飛びついてきて、「わぁ!」と驚くジャンギから、即座にソウルズが飛びついてきた誰かを引きはがす。
「入って早々、リーダー相手に馴れ馴れしくするんじゃないッ。貴様には距離感というものがないのか!」
「ぶ〜っ。ソウルズくんってば、き・び・し・い。でも、そんなとこもクールで格好いいのよねぇ〜」
叱られているというのに、全然反省していない。
ジャンギは改めて、抱きついてきた相手を上から下まで眺める。
ふわっふわで柔らかそうな桃色の髪の毛を長く伸ばし、やや垂れ気味の目元は優しそうな印象を与えてくる。
胸は大きく、腰はくびれて、お尻はふっくら。
同年代の少女と比べると出る所は出て引っ込む所は引っ込んでおり、如何にも男子の興味を惹きそうな体つきだ。
尤も、ジャンギとしてはミストのすらっとしたスマートな体つきのほうが好みなのだが……
ジャンギの視線を受け止めて、ファルがにっこり微笑んだ。
「改めて、よろしくねジャンギくん。今日から貴方のものになる、ファルでーすっ」
「あ、あなたの"もの"っ!?」とロードが叫ぶ手前でジャンギも目を丸くして「え、えっと、チームメイトは"もの"じゃないよ?」と言うのが精一杯。
「まったく……下品ですねぇ」
ミストは小声で蔑まし、ガンツも天井を仰いで教官への愚痴を吐き捨てる。
「こんなの入れて、俺らのチームワークをガタガタにさせる気かよぉ」
よそのチームで問題児だったミストとガンツが、ここまで嫌がるからには、このファルという少女、もしや見かけと反して面倒な性格なのであろうか。
いや、第一印象で何もかもを決めつけるのは早計だ。
まずは自分で彼女の性格を見極めようとジャンギは考えた。
「よろしく、ファル。うちはチームワークが信条だ。だから、君にも布陣を覚えてもらう」
「布陣?あなたとの組手なら喜んで朝までやっちゃう!」
再びビタァッと距離を縮められ、ジャンギが驚くよりも前にソウルズが引きはがす。
「だ・か・ら!馴れ馴れしくするなと言っている!!」
どうにも心配な距離感だが、チームから外されたラジットに口を挟む権利はない。
ラジットは小さく頭を下げて「それじゃ、ジャンギくん……今までありがとうね」と別れを告げるとベンのチームの元へ歩き去っていき、ジャンギも依頼の貼られた掲示板の側へ移動する。
「うちは退治が主体だけど、今日はメンバーが入れ替わったばかりだし収集を選んでおこう。放課後には連携の練習をするからファルも集まってくれると嬉しいな」
にっこり微笑んだジャンギの手を両手でしっかり握りしめ、ファルが至近距離で頷いた。
「任せて!連携はジャンギくんとの組んず解れつ、上になったり下になったりするんでしょう?うふふっ、ついでにチュッしちゃったりなんかして」
「だーかーらー!」とソウルズに襟首引っつかまれてファルが引き剥がされるのを横目に、ミストがジャンギに囁いてくる。
「大丈夫ですか?ジャンギくんは彼女の前後左右に立たないほうが安全かと思います」
これまでソウルズとガンツとロードを前衛に置き、ジャンギは中衛、後衛にミストとラジットを置いていた。
回復使いと魔術使いを守る立ち位置でもあり、これを崩すと、どちらかが危なくなってしまう。
「いや、左右はともかく前には必ず立つから無理だよ」
ミストの提案を跳ね除け、ジャンギは薬草収集の依頼書を選んだ。
「さ、行こう。簡単な依頼だから、午前中には終わるだろう」と号令をかけるジャンギの横は右にソウルズ、左にガンツが固めて、ファルの入る隙間もない。
無論、依頼中も常に彼を守る布陣が敷かれ、ファルに接近する暇を与えない徹底っぷりであった。

押しくら饅頭からジャンギが解放されたのは放課後、スクールの近くにある手頃な広場へ移動した後だ。
「……ふぅっ。さ、それじゃ布陣の練習を始めようか」
ジャンギは襟元を緩めて涼しい空気を入れる。
今日の依頼は、やたらガンツとソウルズが接近してきて暑苦しいったらなかった。
「も〜っ、皆仲良しさんなんだからァ。でも、入ったからには私だって皆と同じぐらい、うぅん、それ以上にジャンギくんと仲良くなっちゃうぞ〜」
最も可愛く見える角度でファルはガッツポーズを決めて、ジャンギにウィンクを飛ばしてくる。
依頼中、それとなく彼女を観察してみたけれど、きちんと目的の薬草を集めていて問題なかった。
ファルは単に距離ゼロというだけで、さして問題児ではないんじゃないか――
そんな予感がする。
だが、その数分後、自分の予感が如何に楽観的であったかをジャンギは思い知ることになる。
メンバーを定位置に立たせて、ファルをラジットのいた場所に立たせてから「これが今までの布陣なんだけど」と後ろを向いた瞬間を狙いすましたかのように、ファルが「あぁん、ジャンギくんのお尻って、すっごく形がいいのよねぇ」などと妙な褒め言葉と共に、ジャンギのお尻を両手で撫で回してきたとあっては。
「ひゃあぁぁっ!?」
ジャンギの口からは大音量の悲鳴が飛び出して、「貴様ッ!」「やめろってーの!」と前衛二人が振り向く頃には、ミストが杖でファルを殴った後であった。
「いったぁ〜〜い!ミストちゃん、本気で殴ったァ〜」
「当たり前です。ジャンギくんのお尻は気安く撫で回していいお尻ではありません」
「だったら、こっちはオッケ?」
巨乳とは思えぬほど身軽な動きでジャンギに近づくや、ファルの触ったポイントは胸の上。
正確には服の上から乳首をクリクリされて、ジャンギは「ひぃぃっ!」と悲鳴をあげるしかない。
いくら先読みに長けた彼といえど、皆の前で堂々とセクハラされる展開は予想できなかったに違いない。
一人動けずにいたロードは、ポカンと大口を開けて一連の流れを見守った。
ファルさんの素行が悪いっていうのは、つまり……エッチってこと?
鬼の形相で「貴様!いい加減にしろ」と怒鳴るソウルズの横では「このクソビッチ、調子乗ってんじゃねーぞ!」とガンツも額に青筋を立てて怒鳴りつけ、ファルを乱暴に押しのける。
しかしファルもさる者、押しのけられた側から三度ジャンギとの距離を詰めてきて、下腹部、膨らみの部分をモミモミ両手で揉みほぐす。
「依頼中ずぅっと気になっていたんだけどぉ〜、ジャンギくんってば、ここも形がいいのよねぇ♪ねぇジャンギくん、チーム編成記念に私と繋がりましょ?野外で皆に見られながらっていうのも、あぁん、そそるわぁ。ゾクゾクしちゃう!」
そればかりかズボンを脱がそうと引っ張ってくるもんだから、ジャンギは必死に抵抗する。
「だ、駄目だって、下ろしたら見えちゃうだろっ!」
「いいのよ、見えたって。だって今から私と繋がるんだからァ」
「つ、繋がるって何の話だ?とにかく、ズボンを引っ張るのをやめてくれ!」
「もぉ〜、見たいんだってばぁ。ねっ、皆だって見たいでしょ?ジャンギくんの、おちんちん」
果たして、ニコニコしながら振り向いたファルを待っていたのは。
ソウルズの拳骨とガンツの張り手、それからミストの杖とロードの「ジャンギくんに恥をかかせるんじゃなーい!」といった怒号であった。
チームメイトの総攻撃でキュゥッと気絶したファルを見下ろしながら、ソウルズが吐き捨てた。
「判ったか、ジャンギ。この駄馬を飼いならすのは骨だぞ」
だが「このビッチにゃ恋人を寝取られたりするだけじゃなくて人前でキスされたり、服を脱がされた被害者もいるって噂だぞ。今からでも遅くねぇ、ラジットと交代し直してもらおうぜ」とのガンツの提案には首を真横に、ジャンギは断言する。
「いや、教官は何か思惑があって俺に彼女を充てがったんだ。なら、その挑戦を受けてやる」
「正気か!?」と驚く仲間を見渡して、ジャンギは頷いた。
「どんな子だって、連携が取れるようになれば素直になる。君たちが、そうだったようにね」
ソウルズやガンツがウグッとなる中、全く過去を反省しないミストが「今のような攻撃を受け続けるんですよ?大丈夫ですか、涙目のジャンギくん」とからかい半分に心配してくるのにも、力強く頷いて答えた。
「攻撃を受けたくなければ、事前察知で避けられるようになればいい。いいだろう、三年間のうちにファルの攻撃を避けきってみせるから、君も俺を応援してくれ」

そして三年と言わず一年のうちにセクハラ攻撃を事前回避できるようになったジャンギには、ファルを含めたチームメイト全員が舌を巻いたという――
24/01/02 UP

End
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