絶対天使と死神の話

番外編:でっかい目標


ジャンギが最初に選んだチームメイトは、教官の思惑により一人ずつ交代させられていった。
片手剣使いのララは同じく片手剣使いのソウルズと、魔術使いのスタディは、やはり同じ魔術使いのミストと入れ替えられる。
弓使いのフロウにも白羽の矢が立ったのは、ミストがジャンギのチームに入って二週間過ぎた頃であった。

教官室を出た後も、フロウは内心の憤りが止まらずにいた。
交代の理由は実力不足だと、はっきり言われた。
弓使いの役目は牽制と援護攻撃にあるが、しかし現状でフロウの牽制が成功した戦闘は一度もない。
援護にしても然り、三十回に一度当たればいいほうで、ほとんどの矢を無駄撃ちしている。
フロウとて放課後の猛特訓に参加している身、入学したての頃と比べたら命中率は少しずつ成長している。
ただし矢を当てられるのは動かない的に限った話であり、実戦で当てるとなると、これが非常に難しい。
なにしろ、プチプチ草は背丈が低くて狙いにくい。
おまけにフットチキンには、軽快なフットワークで避けられてしまう。
現状、戦闘で何の役にも立っていないのだから、総合能力の低いチームへ交代編成させられるのはやむを得ないとしても、交代する相手に不満があった。
自分と交代するのは、斧使いだというではないか。
弓使いと斧使いじゃ役目も立ち位置も全く別物だ。交代させる意味が判らない。
ガラッと開いた扉に、教室に残っていた全員の視線が注がれる。
「あ、どうだった?何の話だったんだ、教官」
ロードに尋ねられて、ぶすくれた表情でフロウは答える。
「……判るだろ?今度は僕の番だったんだよ、メンバー交代。明日からジェイスのチームに移動しろってさ」
「えーっ!?またなの」と驚いたのはラジットぐらいなもので、ジャンギとロードは同時に溜息を漏らす。
「教官はさ、本当は自分で決めたかったんじゃないの?チーム編成」とぼやくロードに、ジャンギも落胆の色を隠さず頷いた。
「生徒の意思を尊重するって話は何処へ消えてしまったんだろうね」
反対に全然ショックを受けていないのはミストとソウルズで、二人の愚痴にミストは肩をすくめる真似をした。
「たった一ヶ月弱でチーム内の実力差が顕著に出ている問題に目を瞑るのは、よくないですよ?ジャンギくん。チームは連携だと言うのでしたら、実力も均等でなければ誰かが必ず足引っ張りになってしまいます。チームリーダーにしたって皆が皆、ジャンギくんのような指導力を持っている訳でもありませんし」
外の世界に出没する怪物は、大体が徒党を組んでいる。
未熟な見習いが対応するには連携必須、誰か一人が秀でていればいいものではないし、逆に誰か一人足引っ張りがいても致命傷になりかねない。
教官は一ヶ月の成長過程を見た上で、実力の合わないメンバー同士を交代させて調整しているのだと思われる。
生徒の意思の尊重――については、最初のチームを決めさせるだけで終わりだ。
この先、もっと遠くまで怪物退治で遠征するとなると、仲良しごっこだけでは生き抜けまい。
そうソウルズに諭されて、それでも残り三人は納得がいかずに黙り込む。
実力が伴わないというのなら、実力の高い人が低い人と足並みを揃えてやればいい。
連携はチームメイトへの信頼でもある。
なら長くチームを組んだメンバーであればあるほど、信頼は深まっていくはずだ。
だが担当教官の決定は自由騎士スクールにおいて絶対であり、生徒に逆らう権利は与えられておらず。
翌日、ジャンギたちの元へ現れたのは、やたら背が高くて横幅も広い、大柄な少年であった。

「俺の名はガンツ=クロッカス!知っている奴もいると思うが」
「全員知っていますよ、同じクラスですから」
無駄に馬鹿でかい音量の自己紹介を遮って、ミストが、これみよがしな溜息をつく。
面と向かって溜息こそつかなかったものの、彼女が呆れる気持ちはラジットにも理解できた。
いや、まさか彼が、ガンツが交代メンバーに選ばれるとは思いもよらなかった。
てっきり同じ弓使いで優秀な誰かが入ってくるのだとばかり。
教官は本気でガンツとジャンギが同レベルの強さだと考えているのだろうか?だとしたら、節穴にも程があろう。
ガンツの駄目っぷりは今やクラス中に知れ渡っており、チームリーダーのジェイスへ同情する声も少なくない。
どこがどう駄目なのかというと、まず、第一に頭が悪い。
加えて猪突猛進、一歩歩いたらリーダーの命令を全部忘れてしまうかのような単純脳細胞の持ち主だ。
おまけに大食漢で、腹が減ったら座学中でも弁当箱を開く。
お腹いっぱいまで食べ終わると、でかい屁をこく。
周りの迷惑などお構いなしの恥ずかしい言動と行動の連発で、あれじゃチームメイトは居たたまれまい。
しかしガンツを自分のチームに引き入れたのは、ジェイス本人である。
十七歳とは思えないほどの筋肉質、ぶっとい腕は見掛け倒しの筋肉ではなく、重たい荷車を片手で引き回せる。
他の子が両手じゃないと持てない斧も片手で余裕ときたら、ジェイスがガンツを誘うのも当然の成り行きだ。
入学したてのスクール生徒は、お互いに相手の事など何も知っちゃいない。従って、見た目で決めるしかない。
だが即戦力を期待されていた少年は、ただの単細胞な馬鹿力ってだけだった。
「まさか貴様が入ってくるとはな……教官も老眼に磨きがかかってきたと見える」
ソウルズの嫌味もなんのその、ガンツは馬鹿笑いで聞き流す。
「俺もお前らの噂は聞いているぜ!ジャンギのワンマンチームなんだろ?」
「ワンマンじゃないよ」と言い返したのはジャンギで、にっこり笑うとガンツへ手を差し出した。
「うちはチームワークが信条のチームだ。君にも連携を期待しているよ、ガンツ」
差し出された手をポカンと眺めるガンツに「握手ですよ。知りませんか?人間の交流文化なんですけれど」と、すかさずミストが嫌味を飛ばし、ジャンギが何か言うよりも前にガンツはジャンギの手を握りしめる。
「いや〜俺の噂を知っていて尚よろしくときたか!ありがとうよ、ジャンギ」
「君がうまく動けなかったのは、指示が良くなかったせいだと思うよ」
その言葉は、ぽろっとラジットの口から飛び出した。
「ほう、言うじゃないか。貴様が言うと実感が伴うな、ラジット」
ソウルズに突っ込まれて、ラジット自身も驚いた。
我ながら、思ってもない事を言ってしまった。
聞きようによっては、ジェイスの悪口にもなりかねない。
だが慌てて言い繕う前に、ミストが尤もらしく頷いた。
「そうですね。私と同じで、前のチームリーダーの指示が間違っていた可能性はあります。例えば、片手剣使いと斧使いの役目を混合しているといった」
「まさか、いくらなんでも片手剣と斧を間違うなんて」
ジェイスをフォローしようとラジットが反論するも、そいつを遮るかのようにガンツが笑った。
「よく判ったな!そうだ、ジェイスは俺に防衛させようとしたんだ、皆の盾になれって。斧は、かち割る武器だぜ?盾になりゃ〜しねぇよ」
ジェイスのチームには片手剣使いが居ない。
斧使い、魔術使いが二人、回復使い、槍使い、短剣使いの編成だ。
巨体のガンツを前面に押し出して盾にしようと考えたのは、想像に難くない。
全体のチームバランスを考えるならソウルズとガンツを交換したほうが、お互いに良かったんじゃ?
などと思案に暮れるラジットをそっちのけに、ソウルズが眉間の皺を濃くしながら指摘を入れる。
「噂に勝る単細胞だな、貴様は。斧と大剣は盾にもなり得ると座学で言われただろうが」
「それは咄嗟の判断での話だろ?」と、ガンツも譲らない。
「俺は攻撃に割り当てて欲しいんだよな〜、その為の斧使いだろうがよ」
「まったくもって正論ですね」
ミストはガンツに味方して、ジャンギは、というと。
ソウルズの眉間に浮かんだ皺の数を数えてから、ガンツへ向き直る。
「ジェイスのチームは長距離戦を想定していた。だからガンツ、君を前衛のカバーに置きたかったんだ。斧使いとしての配置で考えるなら悪くないと思うけど、一つ読み違えていた点がある」
「読み違えていた点?」と尋ね返すラジットへ微笑み、ジャンギは頷いた。
「攻撃に出るにしろ防御に回るにしろ、戦闘では本人の性格が色濃く反映される。ガンツは完全に攻撃タイプの性格だ、ソウルズと違って」
ソウルズが防御に向いていると言わんばかりの解説に、ラジットは首を傾げる。
チームに入ってきたばかりの頃は如何にも猛々しく、仲間への想いやりなど微塵も持ち合わせていなかった。
今はジャンギの命令通り防御に徹しているが、本来のソウルズは好戦的な性格なんじゃなかろうか?
「そうだなぁ……こう言えば判りやすいかな?ガンツは前に出て仲間を守るタイプ、ソウルズは近くに寄り添って仲間を守るタイプなんだ。二人の選んだ武器を見れば一目瞭然、そうだろう?」
面と向かって仲間想いだと言われた二人の反応たるや否や。
ソウルズは見る見るうちに頬を真っ赤に染め上げて沈黙し、ガンツは一瞬キョトン?となった後、思いっきり反り返って高らかに笑った。
「俺が仲間想い!そっかそっか、ジャンギは俺をそういうふうに評価してくれるってんだな。いいぜ、気に入った。お前を守る為に粉骨砕身、怪物を砕きまくってやるよ!」
「俺だけじゃなくて、チームメイト全員を守ってくれると嬉しいな」
笑い返すジャンギの顎をすくい上げて、ガンツは至近距離で見つめあう。
心なしか、潤んだ瞳のオマケつきで。
「いや、お前だけだ。お前のためだけに戦う。それが俺の愛、お前に贈る愛の誓いだ!」


チームに入って一日目の告白にソウルズやミストは勿論気を悪くしたし、聞いていただけのラジットや告白を受けたジャンギも驚いたのだが、当のガンツは全く気にせず翌日から毎日ジャンギへ愛の言葉を囁くようになって、ますますソウルズとミストの機嫌を悪化させていったのであった――
22/12/01 UP

End
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