絶対天使と死神の話

番外編:火と油


ジャンギが最初に選んだチームメイトは、温厚なラジット、几帳面なスタディ、誠実なフロウ、活発なララ、素直なロード。
六人はジャンギをリーダーにして仲良くやっていたのだけれど、教官の思惑により、一ヶ月と経たないうちにララと交代で頑固なソウルズが入ってきた。
人を寄せつけない仏頂面と傲慢な物言いに、最初の頃こそラジットたちはビビりまくりだったものの、ジャンギを間に通した上でなら、次第に打ち解けつつあった。
そんな、ある日。
「た、大変だ、大変だよジャンギくん!」と泡くって廊下を走ってきたのはラジットで、温厚な彼らしからぬ動揺っぷりにはチームメイト全員が驚かされる。
「大丈夫?落ち着いて、お水飲む?」
ジャンギに差し出されたコップを、ぐいーっと一気に飲み干して、落ち着きを取り戻したラジットが言うには。
「スタディくんが、入れ替えになっちゃったんだ。うちのチームとハバティさんのチームとで」
「えっ!?」
スタディは我がチームの攻撃要――ということに一応なっているが、いつも術が発動する前にジャンギが撃退してしまう為、一回として怪物に術を当てていない魔術使いである。
それでも長い目で見れば、いつかは術の発動も早くなろう。
何故教官はリーダーの自分にすら相談せず、勝手にメンバー交代を決めてしまうのか。
ジャンギは内心憤りながら、ラジットに尋ねた。
「ハバティのチームって誰が魔術使いだったっけ?」
初日にクラスの全員が自己紹介を済ませている。
しかし、誰が何処のチームに入ったかまでは記憶していない。
ラジットが答える前に、当の人物が教室へ入ってきた。
「私ですけど」
水色の艶やかな髪を腰の辺りまで伸ばし、細い身体を漆黒のローブに包んだ少女。
彼女こそはジャンギの幼馴染、ミストではないか。
ガタンと勢いよくソウルズが席を立つ。
「ミストだとッ!?」
尋常じゃない反応には、他の面々が驚いた。
「ミストさんが、どうかしたのかい?ソウルズくん」と尋ねるラジットを無視して、ソウルズが猛々しく吼える。
「貴様が入ってくるなど、冗談ではない!教官に直訴して、スタディに戻してもらう!!」
ミストは、しれっとした顔でソウルズの罵倒を聞き流しているが、勢いの激しさには他の面々が押され気味だ。
ジャンギにしても然り、双方を見比べた上でミストに尋ねた。
「え、と。二人は知り合い、なのか……?」
幼馴染は自分だけだと思っていた。
まさか、自分の他にもミストに幼馴染がいたなんて。
しかし、あの通りにナルフライダーなんて苗字の家はなかったはず。
同じ列でなければ、滅多に自宅から出ない少女の幼馴染になりえようもない。
「あれ、ジャンギくんには言いませんでしたっけ?この人ですよ、私の許婚って」
「そいつは俺の婚約者だ!元、だがな!!」
ミストの答えとソウルズの怒号が重なって、ジャンギたちは「え?」と呆けた後。
一、二拍の間をおいて「ええぇぇーーーっ!?」と綺麗な大合唱が放課後の教室で響き渡った。


ダムダム家は代々、長男が町長の座に収まる。
長男以外は家を出る定めにあり、結婚相手は代々続く名門に限られた。
同い年の子を持つ親同士で話し合って、子供が幼いうちに婚約を取り決める。
子供にしてみたら、たまったもんじゃない。
成人後に結婚しなきゃいけないのは、名門というだけで顔も性格も判らないような相手なのだから。
ミストの場合はナルフライダー家の当主が自ら名乗り出て、長男との婚約が決まった。
それがソウルズだ。
しかし二人はスクールに入るまで、一度も顔合わせをしていない。
そればかりかスクールに入ってすぐ、婚約は本人たちの意思で破棄された。
「親の勝手で決められたんじゃ怒る気持ちは判るけど、遊んだこともないのに破棄しちゃうのか」
決断の早さに驚くロードへ、ソウルズが仏頂面で答える。
「一言二言話せば、大体の性格は把握できる。こいつは到底、愛せる女ではないと」
「え〜?」とフロウやラジットは首を傾げているが、ジャンギにはソウルズの言い分が判らなくもない。
何しろ、この女子は顔だけ見りゃ愛くるしいお嬢さんだというのに、性格は不思議ちゃんなのだ。
ジャンギも幼い頃は何度この顔に騙されて恥をかいたか、思い出すと顔から火が出る黒歴史だ。
友達として遊ぶのだって厄介なのに、結婚したら一生一緒に暮らさなければいけない。
ソウルズでなくとも婚約破棄したくなろう。
いや、そんなことよりも、この不思議ちゃんがスタディとの交代で入ってくるなんて。
断固教官に直訴するべきかと考えるジャンギの耳に、親しげな声が入ってきた。
「ミストさん、これから宜しく。僕ら、まだまだ未熟だけど、連携で頑張ろう」
にこやかに話しかけているのはフロウ、それからラジットとロードもだ。
彼女の本性を知らない三人は、あっさり外見に惑わされている。
ミストはフロウから順繰りに三人の顔を眺めていって、ぽつりと呟いた。
「連携を取るのは構いませんけど、プチプチ草が相手なら私は魔法を唱えませんよ。それでも良ければ宜しく」
これには三人も「へ?」と間抜け顔で固まり、すぐに「いやいや」とラジットが我に返る。
「魔術使いが炎の魔法で倒すのが基本だって教官も言っていただろ。だったら魔法を唱えてくれないと」
「ですが」とミストが言い返す。
「放課後の依頼結果を聞く限りだと、あなた方は何度かプチプチ草を撃退していますよね。物理で」
毎日の放課後では教官から各チームの結果報告を聞かされるけれど、あくまでも結果だけで、どのメンバーが活躍したかまでは教えてくれない。
ミストは、どうして怪物の撃退方法が魔法ではなく物理だと判ったのだろう。
「未熟を言い訳にする人は、戦闘で上手く立ち回れません。私がいたチームの人達も、そうでした。ですが、それでも、あなた方はプチプチ草を何度か撃退している。動ける人員がいる証拠です。そして、その人は前衛だと判断しました。前衛が立ち回れなくては、後衛も動けませんからね」
淡々とした語り口ながらも要点を掴んでいる。
彼女は後衛、魔術使いだ。
前のチームで上手く動けなかったのだとしたら、それはリーダーの采配に問題があるのかもしれない。
「ハバティは的確に指示してくれなかったのかい?」
ジャンギの問いにミストは頷き、ふぅっと溜息を漏らした。
「彼女は私に退治させたかったようですが、物理が効くのなら呪文を唱える必要ありません。前衛で倒すほうが武器と連携の練習にもなって、一石二鳥ですよね」
「ぐだぐだ屁理屈を並べているが、要は自分が楽をしたかっただけではないのか」
ソウルズの追及へチラリと流し目をくれて、ミストは、これ見よがしに肩をすくめてやる。
「ご存知ありませんでしたか?魔法は物理と違って制御が難しいんですよ。制御を誤ると味方にまで被害が出ますしね。怪物一匹撃退するのに魔法を唱えるのは合理的じゃありません。武器を一振りして追い返してください。その為の前衛でしょう?」
可愛い顔から飛び出すのは、ポイズンあふれる前衛への文句と自分自身の術に対する溢れんばかりの自信だ。
ギャップに驚いてしまってラジット達は二の句が継げない。
ハバティもミストが相手じゃ、連携を取れず苦労したに違いない。
自分も相手も初心者だというのに武器で倒せと言ってくるようなのが、よりによって魔術使いとは。
教官は、きっとハバティの心労を考えて、無難なスタディと交代させてあげたのだ。
その代わり、ジャンギに厄介事を押しつけて。
「まぁ、君の言いたいことは判るよ、けど怪物と戦わないんだったら、どこで魔法を練習するんだい?」
歯切れが悪いラジットと比べて、ミストの屁理屈は軽快に回ること。
「魔法を練習するだけなら、家のトレーニングルームで好きなだけ。それに怪物が複数であれば術を唱えますよ。私が回避したいのは、たった一匹如きの怪物に魔法を使えと命令される事態です。聡明なリーダーなら、私の主張も理解してくれますよね」
話を振られてジャンギが返したのは、たったの一言。
「君の魔法は、たった一匹が相手でも制御できないのかい?」
皮肉に驚いたのは、ラジットたちだけではなくソウルズ、それから言われたミストもだ。
いや、ミストが受けた衝撃は同級生よりも上だった。
幼い頃は滅多なことじゃ命令に逆らわなかったジャンギくんが、ここで逆らってくるなんて!?
「ふむぅ……成長しましたね、ジャンギくん」
不満げなミストを一瞥し、ソウルズが勝ち誇る。
「一匹相手に手こずるような術使いが、本番で複数相手に戦えるとは俺も思えん。サボろうとしていると思われたくなければ、貴様も連携に参加しろ」
些かムッとした表情でミストも、やり返す。
「あなたにだけは言われたくありませんー。聞きましたよ、リクレアくんのチームで足を引っ張りまくる盾役がいたって噂を。まぁ、そんな雑魚でもジャンギくんのおかげで多少はマシになったようですけど」
「誰が雑魚だと!?」
いきり立つソウルズをロードやフロウが「だ、大丈夫だよ、僕達は君を雑魚だなんて思っちゃいないから!」と宥め、ジャンギはミストを嗜める。
「君も人のことは言えないだろ?ハバティに迷惑かけていると教官は判断したから、スタディと交代させたんだ」
「違いますよ?」と、ミスト。
違うって何がと問うジャンギを制して、彼女は真相を明らかにした。
「教官は言っていました。私とスタディくんを交代させるのは、スタディくんがハバティさんと同じ程度の実力だからだそうです。実力のあう者同士でチームを組んだほうが成長も早くなるんだと、あの眼鏡は、そりゃあもう、自信満々言い切りました。スタディくんとの交代が私だったのは、私がジャンギくんと同じぐらいの実力という結論になりますね」
一体あの眼鏡、いや教官は何を以て生徒の実力を見極めているのだか。
こちらは全員一年目、スクールへ入学したばかりのヒヨッコだというのに。
「スタディは、その説明で納得したの?」と、これはフロウの質問で、ミストは澄まして頷いた。
「眼鏡教官は伸びしろのある面々を早期成長させたいのでしょう。スタディくんは詠唱の遅さを指摘されまして、本人も思い当たる節があったようですよ。素直な彼ならハバティさんの命令にも従順でしょう」
「素直じゃない自覚があるんだ」と、ジト目になるジャンギへも微笑む。
「えぇ。でも、ジャンギくんの命令だったら訊いてあげますよ。と・く・べ・つ・に」
特別を強調した含みある言い方に、ラジットやロードは「え、何?ジャンギくんもミストさんと知り合いだったの!?」と大騒ぎ。
「えっと、ただの幼馴染で」と言いかけるジャンギの肩に寄りかかり、ここぞとばかりにミストは反撃した。
頬へ唇を寄せる真似までオマケにつけて。
「ジャンギくんは私にとって特別な存在です。許婚ではないのが残念なほど……ね?」
「ちょ、ちょっと、ミスト!?顔、顔が近いからっ!」
たとえ演技だと判っていても、からかっているだけだと理解していても、相手は愛らしい容姿の美少女だ。
真っ赤になって泡くうジャンギをヒューヒュー♪と、ロードやフロウが囃し立てる。
それらを眺めながら、黒く淀んだ嫉妬の炎がソウルズの心の奥底でメラメラと湧き上がった。

その炎が爆発したのは、そう遠くない未来。
プチプチ草との遭遇でジャンギをこき使おうとするミストへブチキレると同時に、ソウルズは己のうちに燃え滾るジャンギへの愛を確信したのだという――
22/05/05 UP

End
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