絶対天使と死神の話

番外編:俺がお前の盾


自由騎士スクールには、クラス替えがない。
三年間、同じクラスで過ごし、同じチームで戦うのが基本だ。
初日に自己紹介を交わした後、すぐにチーム編成を行う。
名前と所有武器しか判らないような状態で組めというんだから、無茶振りにも程がある。
直感で選んで五、六人のチームを組んだ翌日からは、依頼実習が始まる。
スクールへ入学したばかりのジャンギ=アスカスが選んだのも、自分と気が合いそうな面々であった。
温厚なラジット、几帳面なスタディ、誠実なフロウ、活発なララ、素直なロード。
少々話しただけでも判り易い性格で、この五人となら三年間うまくやっていけるんじゃないかと確信した。
だと、いうのに――


「ララ、お前にチーム変更を言い渡す。ジャンギのチームを抜けて、リクレアのチームへ入れ」
ジャンギチームにメンバー変更を持ちかけてきたのは、担当教官のマギノクスであった。
チーム編成は三年間変更なしとされているはずなのに、交代しろと言われては、ララが納得できるはずもない。
「え、でも……」と戸惑う彼女を睨みつけ、なおも教官が言うには。
「今の状況だと、お前が一番の足引っ張りとなっていると判断した。昨日までの統計を出してみた。プチプチ草との遭遇において、お前は一度も役に立てていない。すべてジャンギのフォロー任せになっている」
「そ、それは」
一年目の見習いは、戦いに不慣れだ。
外の世界にいる怪物は恐ろしいものだと、繰り返し大人に脅されてきたせいだ。
プチプチ草も見た目は弱そうだったのに、飛んでくる球が、あんなに痛いなんて思ってもみなかった。
逃げ回るだけで精一杯だ。ジャンギがいなかったら、何度気絶していたことか。
ジャンギもララと同じ一年目のはずなのに、戦闘対応は迅速で、すべて彼の活躍で怪物を退けた。
役に立っていないのはララだけじゃない。
ラジットはビクビクするばかりで回復魔法を唱えるどころではなかったし、スタディも攻撃呪文が不発の連発、フロウは弓を構えられもしなかった。
ロードは短剣を時たま当てていたが、それだって致命傷には程遠い。
不満げな彼女を睨みつけ、マギノクスが指摘する。
「自分の役目を忘れたか?盾役が攻撃に出ていたのでは、他の者が動けない。おまけに、その攻撃が当たらないのではロードやジャンギも追撃できん。皆の足を引っ張っているのは、お前の身勝手な行動だ」
ララの武器は片手剣、盾で皆を守る立場にある。
だが剣は当たらず盾で守ることすら放棄していたんじゃ、担任に無能と罵られても致し方ない。
「で、でも、盾が抜けたらジャンギくんだって困るんじゃ?」
「心配ない。お前と交代で入るのはソウルズだ」
ソウルズ=ナルフライダー。
リーダーの命令は全無視、常に威圧的な態度で他人を見下し、無謀突進することで悪評高いあいつが入ったって、自分と似たりよったり、いやもっと最悪じゃないか。
「むしろソウルズの抑えとしてジャンギをつけたいのだ。ソウルズは成長株だが、リクレアでは彼を抑えられない。ジャンギであれば、ソウルズの跳ねっ返りも抑えられよう」
思いっきり依怙贔屓での交代だと知らされて、ララは開いた口が塞がらない。
成長株というが、あの傲慢な性格は死んでも治るまい。
ナルフライダー家は代々富豪、要するに教官はソウルズにゴマをすりたいんだとララは解釈した。
眼光鋭い知的な雰囲気を漂わせているくせに、結局は只の太鼓持ちか。教官にも失望だ。
「……分かりましたぁー。ジャンギくん達にも知らせといてください」
めいっぱい反抗の色を剥き出しにして、彼女は渋々了承したのだった。

ララ以外のメンバーも、唐突なチームメンバー変更のお知らせで戸惑った。
ララは少々勝ち気な面があったけど、愛想がよく、お弁当をシェアするなどの気配りも出来る子だった。
その彼女が抜けた後は真反対の奴が入ってくると言われて、大いに動揺した。
「これから、よろしく。僕らは弱いけど、お互いに補っていけば、そのうち戦闘も怖くなくなるはずだ。ジャンギくんを中心に、チームワークで頑張ろう」
差し出されたスタディの手をガン無視して、ソウルズが言い放つ。
「俺は貴様らと仲良しごっこをする気はないし、貴様らに期待もしていない。俺は俺で自由に動く。弱気な策で俺の足を引っ張る真似は謹んでもらおうか」
しょっぱなから仏頂面で圧されて、スタディらは震えあがる。
聞きしに勝る自己中だ。
こんなのが盾役では、リクレアも、さぞ苦労したことであろう。
だが、同級生を慮っている場合ではない。こちらに飛び火してきたのでは。
「一人で突っ込むのは危険だよ。せっかくチームを組んでいるんだ、連携でいこう」
頑として言い返すジャンギには、周りが心配した。
「ジャ、ジャンギくん、ここは本人の意志を尊重しよう!?」
泡食うフロウを見つめてジャンギは微笑む。
「君の言い分も判るけど、一人の危機は全員の危機に繋がる。立ち回りが決まるまでは連携で動いてほしいんだ」
「いや、僕は君の指示に従うけど、ソウルズくんは」と言いかけるフロウを遮って、本人が反論してきた。
「ジャンギ、このチームは貴様が一人で怪物を撃退していると聞いた。チームワークが聞いて呆れる……弱小と組んで、連携がうまくいくと本気で思っているのか?」
「まだ慣れていないだけだよ、連携に」と返し、ジャンギはソウルズを見上げた。
「それは君にも言えることだけど」
怯えるでもなく挑戦的な眼にはソウルズも「何だと?」と、いきり立つ。
他チームの活躍は担当教官が教えてくれるのだが、ジャンギチームはジャンギ以外、無能と断言していい。
リクレアのチームも、戦闘でまともに動けるのはリーダーのリクレアぐらいだった。
そしてリーダーだからなのか、頭ごなしに指示してくるのがソウルズの癇に障った。
彼も連携第一だと言っていたが、リーダーと自分以外が全く動けないんじゃ連携もへったくれもない。
片手剣は盾役、皆を守る立ち位置だというのはソウルズも重々理解している。
しかし誰かが怪物に突っ込んでぶった切らなきゃ、逃げられないし撃退だって出来ないのだ。
ソウルズは剣も盾も初心者じゃない。
盾での防御も剣での攻撃も、家のトレーニングルームで引退騎士相手に死ぬほど練習した。
見習いであろうと、初心者という言葉に甘えたくない。
将来自由騎士になろうというんだったら、何故事前に予習しておかない?
ソウルズには同級生の呑気さが苛立たしく感じたし、戦闘でビクつく奴らの愚鈍っぷりにも嫌気が差した。
「本当はララにも、折を見て言おうと思っていたんだ」と前置きして、ジャンギが持論を唱え始める。
「最初のうちは一人が自由な行動に出てしまうと、他の皆も、どう動けばいいのか判らなくなってしまう。けど事前に決めておいた連携どおりに動けば、誰が誰をフォローすればいいのか判って動きやすくなるだろ?」
「しかし実際、誰も動けていなかったではないか!」との恫喝にも動じず、ジャンギは肩をすくめた。
「うん、だってまだ連携の練習をしていないからね。なかなか全員の時間が合わなくて、ね?」
ちらっと見られて、スタディらはオタオタする。
なんだかんだと言い訳して戦闘練習から逃げ回っていたこと、ジャンギは全てお見通しだったのか。
「ご、ごめん……今日からやろう、連携の練習」
一大決心でスタディが申し出たのをきっかけに、俺も僕もとなって和気藹々する中。
「くだらん」と吐き捨てたソウルズへも、ジャンギは重ねて説得する。
「君は強いから、プチプチ草も敵じゃないと思っているんだろ。けどね、遭遇する怪物が常に一匹だけとは限らないし、君がどう動くか事前に判っていれば、ラジットやスタディも、どの魔法を用意すればいいのかが判るんだ。ララが自由に動いた結果なんだよ、これまでの戦果は」
「貴様は判っていたではないか」とソウルズに突っ込まれ、ジャンギが笑う。
「まぁね。だって君と同じで、俺も棒は初心者じゃないから」
その一言を聞いた瞬間、ソウルズは直感する。
こいつは自分と同じ、真剣に理念を抱いて自由騎士を目指している奴だ。
なら、ジャンギが理想とする連携を試してみる価値はあるか?
ジャンギ以外のメンバーが弱小クズというのは気に入らないが、連携が本当に重要なら、クズが混ざっていてもいけるはずだ。
「これだけの人数だし、外でやる?」とのフロウ案に、ジャンギが頷いた。
「授業が終わったら、俺についてきてくれ。練習に使えそうな場所を見つけておいたんだ」
ずっと試したくて仕方なかったのだろう。瞳がキラキラしている。
リーダーシップを取っているが、リクレアとは違うタイプなのかもしれない。
表に出しこそしなかったものの、ソウルズはジャンギの率先力にも期待を膨らませた。

放課後、町外れの空き地に集まった面々は、さっそく練習に入る。
「俺を怪物と見立てて動きの基本を覚えよう。実際に攻撃する必要は、ないからね」
軽く冗談を交えるジャンギに「当然だよ」と笑うロード。
そこへソウルズの無粋な発言が割り込む。
「真似だけでいいのか?攻撃も練習せねば使い物にならんぞ」
「本格的だね」とジャンギは受け流して、他の面々を促した。
「ソウルズの案でいっても俺は構わないけど、皆はどうかな?俺相手じゃやりづらいんじゃないか」
「う、うん、確かに。君に矢を射るなんて、とても出来ないよ……」
フロウが怖気づくのを見て、ソウルズの心には失望が浮かぶ。
ここでやらないとしたら、こいつは何処で弓を射る練習をするつもりなのか。
やはりクズは脳みそまでクズが詰まっている。実戦で体が動かないのも道理。
「だよなぁ……じゃあ、こうしよう」とジャンギが思いついたのは、矢に細工をする方法だった。
鋭い矢じりを取っ払って、代わりに飴玉を重りにつける。
「これなら当たっても痛くない、よね?」と喜び、フロウが弓を構える真似をした。
「魔法は回復だけにしよう。まずは物理を練習だ!」とはスタディの弁で、またも怖気づいたのか?とジト目で見やるソウルズを尻目に、ジャンギが提案する。
「スタディも唱えていいよ。大丈夫、魔法を避ける練習もバッチリやっていたからね」
「ジャンギくん、やっぱ秘密の特訓してたんだぁ……それで強いんだね」
ラジットは惚れ惚れジャンギを見つめ、見つめられたほうは恥ずかしそうに視線を外す。
「皆をフォロー出来るようになっておこうと思っただけだよ、別に強くはないさ」
謙遜するなんて、全然リーダーらしくない。
リクレアは自信家だった。ソウルズを頭ごなしに抑えようとしてくるぐらいには。
「さっさと始めるぞ」と場を仕切るソウルズに、ジャンギが苛立った様子はなく。
「やる気満々だね。それじゃ、まずは俺の考えた防御策から教えよう。まずは盾役のソウルズが前に出て――」
むしろ嬉々として語りだした。
そこからはジャンギの指導で連携布陣の練習が始まったのだが、どれだけフロウやロードが言われたとおりに動けなくても、スタディやラジットの魔法が不発続きでも、ジャンギの熱意は衰えを知らず、練習は真夜中になるまで続けられる。
家で地獄の特訓をしていたソウルズですら肩で息をするほどの運動量、最後の方ではソウルズとジャンギ以外の全員が地べたに寝転がってダウンした。
全身泥だらけになったし、体中の筋肉が悲鳴をあげている。
服は上も下も汗で、びっしょりだ。
だが、そんなことが気にならなくなるほど、ソウルズは驚愕と感動で打ち震えた。
ヘッポコなクズと見下していた面々が、最終的にはジャンギの布陣どおりに動けるようになった事実を前にして。
運動量こそスパルタだが、ジャンギの指導は懇切丁寧、短所を責めずに長所を伸ばす方針だった。
それでヘッポコヘタレな面々も、やる気を出して、こんな時間まで付き合えたのだ。
ジャンギは自由騎士になるより、教官になるほうが向いているのではあるまいか。
彼にだったら、従ってやってもいい。そんな気になった。
ジャンギ考案の布陣は何パターンか用意されていて、どれも穴がない。
必ず、誰かが誰かをフォローできるような位置に置かれている。
この通りに実戦でも動けるんだったら、何が出てきても勝てるんじゃないかと思わされた。
一年目で、これだけの実力を持つジャンギだ。
絶対、理念を持った自由騎士になるだろう。
その時に彼の盾となれるのは、自分しかいまい。


新チームになってからの初実戦では、緊張のあまり動けなくなったヘタレメンバーに足を引っ張られつつも的確な動きを見せるジャンギにソウルズの尊敬は否応なく高まっていき、やがて尊敬が愛へと変化を遂げたのは、スタディとの交代でミストが彼らのチームへ入ってきた時であった。
22/04/22 UP

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