絶対天使と死神の話

番外編:人生の指針


俺が、あいつのチームに編入させられたのは、やる気がないと教官に見られたせいだ。
何でやる気がなかったか、だって?
俺は怪物退治がしたくて自由騎士を目指したんだ。
なのに毎日薬草摘みだ果物収集だってのに連れて行かれてみろ、やる気なんざ一瞬で失せちまう。
まぁ、そんなわけで。 最初に作ったチームから弾き出された俺は、ジャンギのチームに突っ込まれた。


ジャックスがジャンギのチームに入って一番驚いたのは、彼が怪物退治しか引き受けない点だった。
チームを強制的に一新させられて、やけになったのかと思えば違う。
最初に組んだチームは未熟な面子ばかりだったから、怪物退治を遠慮していたのだとジャンギは笑った。
最初のチーム――入学二日目で自由に組めと言われて作るのが、それに当たる。
性格も強さも分からない同じクラスってだけな奴らと、いきなりチームを組まなきゃいけないのだ。
それでも六人集まれば自然とリーダーシップを取る奴が出てきて、依頼をそいつが決める流れになる。
最初は全員戦闘未経験だから、引き受ける依頼も薬草摘みや果物採集がメインとなる。
ジャックスは怪物退治がしたかった。だから、当然のようにチームメイトとすれ違った。
最初のチームで孤立したジャックスを、教官は気の毒に思ったのだろう。
ジャンギのチームに入れと半ば強制的に薦められ、捨て鉢気味に本人が了承して、そうなった。
ジャンギも戦闘は素人のはずだが、今のところ一度も失敗していない。
「ソウルズが守ってくれているからね。俺は後方支援、楽なもんさ」と彼は言うが、同じく後方支援担当のファル曰く、ジャンギは全体の流れを読むのが上手いんだそうだ。
一年目で引き受けられる退治依頼はアーシス周辺に出る怪物だけだ。
現役自由騎士の探索範囲では、街を出て西にまっすぐ進んでいくと森林が広がると判明している。
森林は怪物ひしめく危険地帯で、現役エリートでも手こずっているとの噂だ。
習いたての一年坊が退治できる怪物はプチプチ草とフットチキン、この二種類に限定される。
といってもフットチキンは、どちらかという退治ではなく収集に分類される依頼だろう。
とにかく数が多くて面倒なプチプチ草の一掃を見習いに押しつけて、現役自由騎士は遠距離探索に切り替えた。
戦闘センスのある奴はプチプチ草退治を好んで引き受けたがり、討伐数を競っている。
ジャンギの新生チームは、これまでにプチプチ草を七匹倒している。
クラス内ランキング一位のチームは累計十四匹だから、毎日引き受けているにしては少ないほうだ。
それを問うと、ジャンギは少し悩んだふうに空を見上げてから、断言した。
「プチプチ草退治は戦闘の基本を覚える為にあると思うんだ。数よりも確実に仕留める、それを重視している。ジャックスも、そのつもりで動いてくれ。無謀は厳禁だよ」
チームメイトは棒使いジャンギの他に片手剣使いのソウルズ、回復使いのファル、斧使いのガンツ、魔術使いのミスト、ここに短剣使いのジャックスが入ってバランスの上では、この上なく安定している。
問題は性格面だ。
以前チームを組んでいた連中の話だとソウルズは傲慢の極みだそうだし、ファルにはヤリマンの噂がつきまとう。
ガンツは自己紹介のターンでアホを晒していたし、ミストは何を考えているのか全然わからなくて怖い。
ジャンギしかまともな奴がいないんじゃ、チームを新しくしても上手くやっていける自信がない。
ジャンギがまともな奴だというのは、彼が最初に組んだチームの様子を盗み見ていたから知っている。
彼らはジャンギをリーダーに和気藹々、楽しそうな雰囲気を醸し出していた。
解散させられた後も薬草摘みや果物採集に励んでいるようだが、彼らには彼らのペースがあろう。
「戦闘に自信ありってトコか。隠れて努力するタイプか?」
からかってやると、ジャンギは「まぁね」と素直に頷き、こうも付け足す。
「見習いのうちに完璧に仕上げておきたいんだ。俺の夢は生涯現役だからね」
「生涯現役?一生自由騎士でいたいってか。どんだけ戦闘大好きだよ」
目の前の少年は自分と、どっこいのスリム体型で、あまり強そうに見えない。
選んだ武器は棒だし、後方支援じゃ生涯現役、ソロ活動は難しいのではないか。
ジャックスが怪物退治に逸るのは、自由騎士だった父が怪物にやられて死んだせいだ。
仇を討ちたいんじゃない。
あっさり死んだ父のせいで、幼少の頃は散々近所の悪ガキどもからバカにされた。
誰よりも強くなって、口先しか動かせない連中を見返してやりたい。
「戦闘が好きってわけじゃなくて……偉業を残したいんだ」
困ったような下がり眉で答えるクラスメイトに、ジャックスの片眉は跳ね上がる。
「偉業?英雄になりたいのか」
「うん」とジャンギは頷き、どこか遠くを見つめる瞳で続けた。
「誰も辿り着かなかった場所を探索して、新しい発見をして、一生皆の心に残るような、そんな偉業を達成したいんだ。だからこその生涯現役だよ。生涯をかけないと、遠い場所まで行かれないだろう?」
「へぇー。遠大な計画だねぇ」と、無難に返してジャックスは肩をすくめる。
夢があるのは、いいことだ。ただ、自分には関係ないってだけで。
生涯現役を目指すからこそ、薬草をチマチマ摘むより怪物退治を優先して力をつける。
その考えには賛成だ。
「んじゃあ、さっそくだけど今日も怪物退治、いってみましょうか。俺の心配は必要ないぜ?適当に動かせてもらう」と断ったら、ジャンギは首を真横にジャックスの自由を許さない。
「いや、適当は駄目だ。申し訳ないけど、最初のうちは俺の指示で動いてくれ」
これにはジャックスの声が「ハァ〜?」と裏返り、訝しげな視線を向けられてもジャンギは真っ向受け止める。
「戦闘はチーム連携が命だ。無怪我で依頼を成功させるには、全員の協力が必要だよ。俺が信用できなくても、ひとまずは併せてほしいんだ。慣れてくれば君自身の判断で自由で動けるようになってくるはずだから」
仕切りタイプのリーダーは、以前のチームを思い出して気分が悪い。
しかし戦闘に関して、こちらは全くの素人だ。実戦経験のある奴に従うのは道理か。
「……わかったよ、お前の指揮下で動く。これなら文句ないだろ」
渋々ジャックスは了承し、ジャンギの指示で動くと約束した。

ジャックスが新チームに入って一ヶ月経つ頃には、ジャンギへの信頼は揺るぎないものになった。
彼とチームを組んでの初戦闘はプチプチ草に前後を囲まれる大ピンチに見舞われたのだが、おたつくジャックスと比べてチームメイトは余裕の態度。
ジャンギの指示の下、ソウルズは皆を守る位置で盾を構え、ミストは素早く呪文詠唱。
散弾が止む頃合いを見計らってガンツが飛び込み、斧を一閃する。
盾で受け損なった球の打撃はファルの回復魔法が癒やしてくれて、痛がる暇もない。
後方のプチプチ草はジャンギとジャックスの二人で片付けたのだが、思ってもみないほど体が動いたのは、ジャンギが攻撃のタイミングを教えてくれたおかげだ。
プチプチ草は散弾を発射した後、次の球を飛ばすまでに間が空く。
弾道は常に花弁の直線上であり、上向きなら屈んで避けられるし、下向きなら盾に隠れれば安全だ。
ソウルズが盾役で頑張ってくれたからこそ、プチプチ草の動作に気づけたのだとジャンギは言う。
しかし後でソウルズから聞いた話だと、ジャンギは初回でプチプチ草の動作を見抜いた。
ソウルズとジャンギ以外の面々は初戦闘でガッチガチの緊張、ろくに動けずにいた。
リーダーが指示してくれなかったら全滅必至だったと仏頂面で言われて、ジャックスは驚かされた。
何に驚いたかってーと、傲慢なソウルズや不思議ちゃんのミストがジャンギの指示に従った件に対して。
特にガンツなんて無謀に飛び込んでいきそうなタイプだけに、意外としか言いようがない。
なんで素直に従ったのか、不満じゃなかったのかと尋ねると、ソウルズは最初の頃こそ不満だったが、的確な指示に従ったほうが合理的に戦えると気づいたのだと答えた。
何度か戦闘を重ねるうちに、ジャックスも納得に至る。
初めて見る怪物が相手でもジャンギの洞察力は上をいき、瞬時に敵の動きを完全把握する。
ただ観察力が鋭いってんじゃない。
怪物が次にどう動くのかまでを読みとって、その上で指示を飛ばすのだ。
ジャンギには生まれつき、指導者のセンスが備わっているかのようだ。
生涯現役を目指すだけはある。
こんな奴が同期にいたんじゃ、誰よりも強くなりたいジャックスの夢は叶いそうにない。
本人は前に出る勇気がないから棒を選んだのだと言っていたけれど、いざ前に出て戦ってみれば、易易と怪物の攻撃を受け流してカウンターで下がらせる。
純粋な攻撃力なら、一撃で怪物を切り伏せられるガンツやソウルズのほうが上だろう。
ジャンギは他人との連携を重視しているように感じられる。
動きの一つ一つに無駄がない上、仲間への繋げ方が絶妙だ。
初戦闘でジャックスが怯えずに切り込んでいけたのは、ジャンギの指示あっての成果だ。
それに、戦闘面だけじゃない。ジャックスがジャンギを信頼するようになったのは。
最初に思ったとおり、彼は善人であった。
誰が相手だろうと親切に接し、見習い一年目でクラスの中心人物になっていた。
シモネタでからかっても恥ずかしがるばかりで、ソウルズのように仏頂面でキレたりしない。
かといって冗談が全く通じないわけでもなく、悪ふざけに乗ってくれることもある。
大抵の頼み事は聞いてくれたし、何をするにも一緒の時間が長く続いて、つきあいやすい友人が好きな相手に変わるまで、そう時間もかからなかった。

「よぉ、今日どっか寄ってく予定ある?ないんだったら、俺んチでチュッチュイチャイチャしようぜ」
今日も何度目かの交際アタックをかまして、ジャンギには、やんわり「うーん、予定はないけど君の家に寄るのは、また今度にしよう」と気のない返事で切り替えされて、一日が終わろうとしていた。
ジャンギに恋人がいないのは分かりきっている。
ちゃんと自分で調べたのだ。
ミストは単なるご近所の幼馴染だし、ファルのヤリマン餌食にもなっていない。
クラスメイトは、ほぼ全員がジャンギと親しい。
しかし粉をかけた奴は今のジャックスみたいに、全員やんわりお断りされている。
恋愛に興味ないのだとも予想されるが、ミストの兄ウェルバーグの与太話を信じるのであれば、ジャンギは幼い頃ミストが好きだったらしい。
だが、あの自意識過剰な若ハゲの情報なんぞ、どこまで信用できるか判ったもんじゃない。
ミスト本人がアピールしてこない以上、ウェルバーグの妄想百パーセントと捉えてよかろう。
ジャンギが恋愛に興味ないんだったら、それでも構わない。
俺が興味を持たせてやる。
今日という今日こそは、絶対にチューして振り向かせたい。
これほど誰かに恋い焦がれる日が来るなんて、自分でも驚きだ。
教官の薦めに乗ってよかったと思う。
ジャンギと同じチームになって、それまで朧気だった人生の目標が、きっちり定まったんだから。
誰よりも強くなりたいのは、もう諦めた。
今後の目標はジャンギを陰日向で支えられる、そんな懐の大きな人間になる。これしかない。
もちろん、ただの自己犠牲で終わりたいとは思っていない。
ジャンギに、ジャックスが頼れると認識されなきゃ意味がない。
ここ一番で頼りになるなら、単なる友人では駄目だ。恋人こそが、心の支えになろう。
ジャンギとは朝から晩までベッドの上でイチャイチャチュッチュして、可愛い声で甘えられたり弱い部分を教えてもらったり愚痴や泣き言なんかも聞かせてほしい。
まんべんなく皆に優しいけれど、ジャンギは、けして他人に弱みを見せない。
そこんとこが、もっと彼と深い仲になりたいジャックスとしては唯一の不満である。
弱い部分を曝け出してそ真の友人、いや、恋人と呼べるのではなかろうか。
「なんだったらジャンギの家でもいいから、イチャイチャしようぜぇ〜」
いつもよりしつこく食い下がって抱きついてくるジャックスを、ジャンギは邪険に振り払ったりせず窘める。
「もう、ジャックスは甘えん坊さんだなぁ。なら俺の家で武器練習するのは、どうだい。イチャイチャする暇もないぐらい、猛烈なトレーニングを用意してあげるよ」
表情と口調は穏やかなれど、言っている内容は超スパルタだ。
アスカス家に限らず、富豪の家には地下にトレーニングルームがある。
地上に音が漏れないので、秘密の特訓をしても、ご近所にバレない。
「そこに俺を誘いこむってこたぁ、秘密の特訓がお好みかグヘヘ。いいぜ、トレーニング乗ってやろうじゃないのグヒヒ。そんで休憩時間になったら念入りにマッサージしてやるよウヒヒ」
「下心が思いっきり表に漏れているよ」とジャンギは苦笑、踵を返す。
「マッサージを受ける側にならないよう、体力配分に気をつけて訓練するんだぞ」
チームを組んで一ヶ月、ジャックスとのシモネタ満載会話にも慣れた態度だ。
一ヶ月、口先だけで襲われたことがないからナメきっているんだろうが、今日の俺は一味違うってのを思い知らせてやる。
悪人さながらに邪悪な笑みを浮かべて、ジャックスはジャンギの後をついていく。

――まいった。
正直、富豪のトレーニングルームをナメていた。
下手したらスクールで受ける実戦、怪物退治の依頼よりも厳しいんじゃなかろうか。
四方八方不意討ちで飛んでくる小さな球を避ける事に始まり、床から飛び出す槍攻撃に加えて頭上からも槍が降ってきて、最後のほうは悲鳴をあげて床を転がりまくるしかなくなった。
アスカス家で、たっぷり絞られたジャックスは、指の一本すら動かせずにへたばった。
「ほら、だから言っただろ?体力の配分には気をつけろって」
同じ訓練を受けていたはずのジャンギは、息こそ切らせているものの自分の足で立っている。
「回避こそ最大の防御ってね。ジャックスは最初から、いいセンスを持っているけど、この訓練を続ければ、もっと強くなれるよ。ホントは秘密の訓練なんだけど、思い切って誘ってみてよかった」
「いやもう、槍しか記憶にねぇわ……つぅか」
ジャックスは横たわったまま、ちらりとジャンギを見やる。
「お前、いつもこんな特訓やってたのかよ。秘密ってこたぁ、ソウルズやガンツにゃ内緒か?」
「教えても意味がなかったからね」と、ジャンギ。
「彼らは前面に出て打ち倒すスタイルだしね。この訓練は素早さ信条な人の為にある。そう、つまり君のような」
にこっと微笑まれて、柄にもなくジャックスの胸がキュウンッと高鳴る。
この一ヶ月で彼の笑顔は見慣れたつもりになっていたが、毎回微笑まれるたびに過剰な期待をしてしまう。
おまけにジャンギときたら可愛く微笑んだだけに留まらず、ころりと真横に寝転んでくるではないか。
「俺には生まれつきの才能が全然なくて、この訓練で必死に伸ばしたクチだから……才能のある人が時々羨ましくなるんだ。ジャックスは才能があるんだから、もっと伸ばさなきゃ勿体ないよ」
「お、おう」
首を伸ばせばチューできそうな顔の近さに、ジャックスの鼻息は昂りまくりだ。
「これからも皆には内緒で、一緒に秘密の訓練をこなしていこう。今はソウルズとガンツにお任せな前衛だけど、そのうち絶対ジャックスの立ち回りが生きてくるようになってくるから、ね」
「お、おぅ。つか、なんでお前、俺の立ち回りに気合入れてんだ?やっぱ俺のことがスキ」
「せっかく六人いるんだ」とジャックスの世迷い言を遮って、ジャンギが言う。
「誰かに頼りっぱなしのワンマンチームにしたくない。チームメイト同士で足りない部分を補って戦える、そんなチームになれたら最高だと思わないか?」
「お、ぉぅ……」と頷きながら、ジャックスは己のうちに落胆と苦笑を覚える。
こんなに接近して二人っきりだというのに、ジャンギの心は、いつだって目標に一直線だ。
きっと今は恋愛に寄り道なんて、している暇がないんだろう。
仕方ない。チーム全体が彼の指示なしでも動けるようになってから、再度アタックし直すとしよう。


以降は好き好きラブアタックを控えめにしたジャックスであったが、二年目に入ってジャンギが隣のクラスのレナと交際を始めた時、絶望に瀕した勢いで屋上から飛び降りて、スクールの伝説と化したという――
なお、飛び降りても彼は怪我一つなくピンピンしていた。
これもジャンギとの訓練の賜物であろう。
22/03/06 UP

End
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