絶対天使と死神の話

番外編:好き好き💘ジャンギ様


昔から、憧れだった。
二期上の先輩で、依頼実習は絶対に失敗しないことで有名だった。
援護役の棒使いでありながら、周りの同級生が太刀打ちできないぐらい際立った強さを誇っていた。
仲間のフォローのみならず怪物を一匹残らず撃退する腕前を持ち、どんな強敵が相手でも恐れぬ度胸があり、探索から彼が戻ってくるたびに、町は新しい情報と彼の持ち帰った財宝とで活気に溢れかえった。
だからこそジャンギが自由騎士を引退するきっかけになった最後の旅、怪物に片腕をもぎ取られての惨めな敗走を受け入れられず、彼を崇拝していたエリオットは長い間、苦しんだ。


ジャンギ=アスカスは見習い時代から人望があり、常に人垣の出来る男であった。
物腰穏やかで明るく、誰にでも愛想がいい。
加えて親切で優しく強いとなったら、人気の出ないわけがない。
伴侶の座を狙う者は多かったが、彼は誰とも結婚せず、今に至る。
失った同期に恋仲がいたのでは?とは町の噂に過ぎない。
本人に聞いても、はぐらかされるばかりで、彼は恋愛に興味がないのだと思っていたのだが――
陸とエリオットが原田正晃へのノロケを聞かされたのは、スクール休み明けの翌日だった。
ノロケ、そう称して構わないだろう。
原田の可愛い仕草について、五時間も語られたのだから。
誰とも深い付き合いのない男が始めた、一個人に関する話題だ。
初めの頃こそ興味津々聞いていたのだが、二時間を越えた辺りで、あれ?これ、さっきから可愛いばっか言ってんな?と気づいてからは一気に興味が失われ、最後のほうは何を聞いたか覚えていない。
誰かに鼻の下を伸ばしたジャンギを見たのは初めてで、エリオットは原田正晃なる少年に多大な嫉妬心を抱く。
スレンダーで華奢な体つきだと何度も褒めていたが、エリオットだってスレンダーなほうである。
なのに、ジャンギは一度もエリオットの体格を褒めたことがない。
体格だけじゃない。
あの周期では優秀だった回復使いだからこそ怪物舎の救護士に選ばれたというのに、一度として仕事を褒めてくれたことがないじゃないか。
あの周期――
エリオットが入学した周期は不作の年と罵られた、スクールの黒歴史であった。
サフィア、己龍、ウィンフィルドは引退後に仕事を割り振ってもらえたのだから、優秀な同期であろう。
他は卒業一年未満で引退を決めてしまったり、卒業前に中退したりと、出来の悪さを露呈した。
そいつらは見下されても、しょうがないと思う。
だが自分は、エリオットは三年間、回復使いとして活躍したのだ。
中退したクズ同期よりは、立派に務めを果たしたはずだ。
何故引退したのか?
実入りが悪かったせいだ。
自由騎士として活動するよりも、町の治療所で救護士として働くほうが安定した給料をもらえると小耳に挟んだ。
そういうわけで自由騎士を引退したエリオットの元に、怪物舎での仕事が舞い込んだのは五年前。
救護士として雇ってくれる治療所が見つからず、ブラブラしていた時期での勧誘だったから、喜んで引き受けた。
同じく怪物舎の管理人としてジャンギが勤めると町長から聞かされて、小躍りした。
怪物舎が作られたのも五年前で、前身は学者の研究所だったのをスクール用に移築したとの話であった。
エリオットが生徒だった頃は、模擬戦闘なんてなかった。
即実技で外に放り出されて、何度も肝を冷やした記憶だ。
目を悪くしたのも実技での怪我が原因で、その後の人生では眼鏡必須を余儀なくされる。
今の時代の子供たちは恵まれているが、自分が味わった恐怖を味わわせたくないとも思う。
なのにジャンギときたら、余計なサポートは許さないと言い張って、たびたび二人は意見の相違で対立した。
スクールに通うのは、戦闘未経験の一般人ばかりだ。
彼らに怪我をさせたくないから町長だって怪物舎に救護士を配置したんだろうに、何故、結界や封印で援護するのを駄目と切り捨てるのか。
解せない。まったくもって解せない。
ジャンギは、いつもエリオットに小言を垂れてくる。
必ず言われるのが"命令を守れ"と"俺の言う通りに動け"――この二つだ。
ジャンギの指示では危険だと判断したからサポート内容を変えたのだと何度説明しても、彼は判ってくれない。
ジャンギはエリオットの上司に当たる。
怪物舎の総責任者がジャンギで救護士のエリオットは部下、補助教官の立場だ。
ジャンギも模擬戦闘なしの即実技経験者だから、疑似戦闘は内心生ぬるいと思っているのかもしれない。
しかし模擬戦闘がなかったせいで、過去のスクールでは中退者が続出だったんじゃないか。
スパルタすぎる途中経過に耐え切れず、エリオットの同期は大半が挫折していったのだ。
今の子に、あんな挫折感は必要ない。
必要なのは、長く自由騎士を続けたいと思う気持ちだ。
過保護だと笑われてもいい。
町の繁栄を守るためなら、いくらでも泥をかぶろう。
だが、それはそれとして。
原田正晃がジャンギに依怙贔屓されているのは許せない。
自分は一度も褒められたことがないのに、原田は失敗しても慰められて褒められたりしているのが二倍悔しい。
今年はメンタルケア担当だとかいう名目で陸という小僧が着任した。
こいつもジャンギにゴマを擦っているのがミエミエで、あてつけがましく命令を忠実に守る様にイラッとくることはくるのだが、原田と比べたら所詮はモブである。
原田は一生徒の分際でありながら、ジャンギの新居にも招かれたというではないか!
ジャンギの手料理を食べさせてもらい、捻挫の手当まで受けたという。
憎い。もはや嫉妬を通り越して憎悪の対象だ。
ジャンギはエリオットが四十度近い高熱を発しても、見舞いにすら来やしない。
ジャンギが新居に引っ越したとエリオットが知ったのは、住所変更届けの書類を怪物舎で見つけた時だ。
新居に引っ越したのは、ウィンフィルドのストーカー行為が原因らしい。
あの馬鹿はスクール時代のみならず、引退後もつきまとい行為を続行していたようだ。
ともあれエリオットには引っ越した事すら教えてくれなかったのに、原田は自ら招いたのだ。
実際に会ってみたが、どこがジャンギの萌えを掴んだのかが理解できない。
ひょろっと貧弱な体躯を晒した、ツルッパゲの少年だ。
目つきの悪い三白眼で、お世辞にも可愛いと言えない容姿である。
こいつと比べたら、眼鏡のおかげで理性派知的に見える自分のほうがイケメンなのではないか!?
――まぁ、イケメンは言い過ぎとしても、原田よりは自分のほうがカッコイイのではとエリオットは悦に入った。
戦いでは意外やテキパキと仲間へ指示を飛ばしており、それでいて詰めが甘く素早くもなかったから、結界で援護してやった。
そうしたら、またジャンギの小言が発生して、ひとしきり口喧嘩になった次第だ。
本当はジャンギのいうとおり、原田だけは重傷にしてやったって良かったのだ。原田だけは。
しかし原田だけ庇わなかったら、周りの子供たちは不思議に思うだろう。
それに、いくら憎くても子供だ。
やはり子供がボロボロになるのは心苦しい。
結果としてピコがボロボロになり、エリオットは胸が痛んだ。
水木の詠唱について愚痴ったらジャンギには嫌味を言われて口論が過熱化していき、頭に血がのぼり過ぎたエリオットは、つい口走ってしまった。
あなたが好きだ、と。
五年間、一度も本人の前では口にしなかった秘めたる想いだ。
最後の探索でジャンギが敗走した事実を長い間、受け止められずに悩んだりもしたけれど、それでも彼に対する崇拝はエリオットの胸に残った。
怒涛の勢いによる告白を彼はどう受け取ったか、家へ遊びに来いと言ってくれた。
手料理も振舞ってくれるという。
告白してよかった。
いや、こんなタイミングで言うつもりは更々なかったのだが、言ってしまったんだから仕方ない。
告白したからには、恋心も解禁だ。
明日からは、五時間ノロケが霞むぐらいベタベタつきまとってやろう。
そしていつかはジャンギの恋人となり、結婚して、ベッドの中で心ゆくまでエッチ三昧の生活開始だ。


その日、エリオットは憧れの新居へお邪魔した。
そして酒に酔った勢いで、ジャンギの胸へ飛び込んだりした。
勿論そのままベッドインとはならず、目突きで眼鏡をパリーンされた。
眼鏡は使い物にならなくなったが、後悔していない。
ずっと憧れていたジャンギの家で、肌と肌を触れ合ってのふざけあいだ。
これも恋人フラグの一本目とカウントしてよかろう。
眼鏡は英雄に破壊された記念品として、ガラスケースに入れて飾っておこう。
朦朧とする頭でエリオットは、そんな計画を巡らせる。
やがて床の上で豪快なイビキをかきはじめた後輩に呆れながらも、ジャンギはエリオットを、そのまま寝かせてやったのだった。
21/08/13 UP

End
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