絶対天使と死神の話

番外編:ピコのお誕生日


今日という、この日こそ自分が最大に輝ける日。
いつも自分は輝いているのだけれど、誕生日は自分こそが主役である。
普段より一層、賑やかな催しにしなければ。
これは使命だ、美しく生まれついた自分の――


誕生日の招待状を貰った原田と小島と水木は、ピコの家にお邪魔した。
チームメイトでありながら、彼の家へ行くのは今日が初めてだ。
片親暮らしだし自分たちの家と大差ないだろうと高を括っていたのだが、いざ到着してみると小綺麗な一軒家で三人は驚く。
この辺――生活保護区外にしては珍しく、庭まであるではないか。
富豪から見りゃ猫の額ほどの狭さだろうが、貧乏人にしてみれば庭があるというだけで一種のステータスだ。
その庭に、白いテーブルと椅子が何セットか置かれており、植木には色とりどりの装飾が施されている。
「さすが一人息子の誕生会、豪勢だなぁ〜」と感心する小島の横で水木が、ぷぅっと膨れ面になった。
「うちも一人娘のはずなのに、ここまで豪勢な誕生会、一度もやってくれたことないよ」
「そりゃー財力の差だろ。ピコんちって意外と裕福だったんだな」
軽口を叩いて周囲を見渡しているうちに、ぞろぞろと来賓が集まってくる。
ほとんどが女性ばかりで、男は原田と小島ぐらいじゃあるまいか。
やがて華やかな音色をハーブが奏で始め、横手から気取った足取りでピコが登場した途端。
庭は一斉に「ピコ様ー!」「お誕生日おめでとうございまーす!」と、女性の黄色い声援で包まれた。
ジャンギの人気を凌ぐのではないかと思われるほどの大盛況っぷりだ。
彼が女性に人気だと知っていたつもりの原田でも、実際に目の当たりにするとビビッてしまう。
声援ばかりではなくプレゼントと思わしきブーケの束や紙吹雪までもが飛び交う中、無駄に華麗な動きで椅子へ腰掛けたピコの元へ女性が押し寄せる。
「ピコ様、お誕生日おめでとうございます!」
「いつにも増して、お綺麗なのは一歳お歳を召されたから!?あぁん、あまりの色気に私、卒倒してしまいそうです……フラッ」
「ピコ様の為に用意した、この一品。どうかお受け取りくださいませ、私の愛と共に!」
下は四つぐらいから上は四十歳ぐらいまで、年齢バラバラな女性が声を揃えてピコを褒め称えている状況は些か異常じみているが、どの女性も瞳を輝かせてピコを見つめており、下手な軽口は叩けない。
ふと、水木は気がついた。
「あれ?ジョゼちゃん、いないね。招待されなかったのかな?」
「そういや、そうだな……富豪だから敬遠したのか」
首を傾げる小島に「単にジョゼ側の都合がつかなかっただけじゃないか?」と原田も推測を話していると、本日の主役が此方へ歩いてくる。
後ろにぞろぞろ女性の軍団を引き連れて。
「やぁ、三人とも今日は来てくれてありがとう。今日は僕が生まれた奇跡の日だ。存分に楽しんでいってくれたまえ」
意味なく気取ったポーズの彼へ小島が空気を読まずに質問する。
「ジョゼがいねーんだけど、誘わなかったのか?」
「あぁ」と頷き、ピコは悩ましげな視線を虚空へ向けた。
「彼女は原田くん一筋だからね……僕を好きじゃない人を誘うのは迷惑になってしまう。だから、遠慮させていただいたよ」
それを言ったら原田たち三人も、さほどピコに入れ込んでいない。
同じチームの同級生だから友達というだけの繋がりである。
恋愛面に関しちゃ三人も、それぞれピコより大切な人がいるからジョゼと大差ない。
ピコは、一体どこでボーダーラインを引いているのか。独特の基準があるのかもしれない。
「アーステイラなら、そこにいるよ」
先回りしたのかピコが指さした先には、いつもの白いドレスに花カチューシャをつけたアーステイラがケーキを頬張っているのが見えた。
主役より先にケーキを食べるとは何事か。
まぁ、ピコが怒っていないのだから、先に食べてもいいんだろう。
「……ピコはアーステイラが一番好きなのか?」
ぽつりと呟いた原田に、三つの声が重なった。
「違うよ、ピコくんが一番好きなのはピコくんだよ!」
「違うだろ、ピコが一番好きなのは自分だろ!」
「いいや、僕が一番好きなのは僕だよ。それは君もご存知だろう?」
背後では女性軍団が「さすがピコ様、ご自身を何よりも愛する、その姿勢……あぁ、素敵すぎます!」と感動しており、原田は驚かされる。
彼女たちはピコに振り向いてほしくて追いかけているんだとばかり思っていたが、そうではなかった。
自分がピコの一番じゃなくてもいい。
彼が存在する、その美しい姿を見せてくれる、少しばかり話しかけてくれるだけでも彼女たちは充分満足する。
どうにも理解できない世界だが、一番が一人じゃない原田に口を出す権限はない。
これもまた、一つの愛なのだ。あえて名付けるなら、崇拝愛だろうか。
ひとまず、原田は手持ちのカバンから箱を取り出す。
「これ……誕生日のプレゼントだ。俺達三人で作ったんだが、よかったら受け取って欲しい」
ぱぁぁっと顔を輝かせて、ピコは嬉々として受け取った。
「ありがとう!しかも、手作りとは気が利いているじゃないか。最高のプレゼントだよ」
そこまで喜ばれるとは三人の誰も予想しておらず、思わず水木が聞き返してしまったほどだ。
「ピコくんは手作り品が好きなの?」
「違うよ」と首を真横に、ピコが訂正する。
「君たち三人の手作りだからこそ、嬉しいんじゃないか。これぞ友情の証だね」
友情でいいんだったらジョゼも招待してやりゃーよかったのにと原田は思うのだが、彼女の家は富豪だし、プレゼントが手作り品じゃない可能性は限りなく大だ。
ピコも、それを警戒して彼女をあえて誘わなかったのだろう。彼女が原田を好きなのを代弁として。
ピコは箱から取り出したフルーツケーキを、いろんな角度から眺め回している。
「う〜ん、どこから見ても完璧だ。完璧すぎて食べるのが勿体ないぐらいだね。だが、食べるのを惜しんでいたら腐ってしまう……それは、もっと残念なことになるだろう。よし、これは一番最初に、ここにいる全員で味わうとしようじゃないか。皆も、それでいいかい?」
最後の問いは贈り主の三人へ向けたもので、三人は揃って頷いた。
「それでは」と、これまで静かに佇んでいたピコの母が、果実酒の入ったグラスを高く掲げる。
示し合わせたように参加者もグラスを回し合い、全員に行き渡ったところでピコの母が厳かに号令をかけた。
「ピコの成長と、未来を祝って。乾杯!」
あちこちでカチンとグラスの合わさる、澄みきった音が響き渡った――

22/06/03 UP

End
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