絶対天使と死神の話

番外編:原田のお誕生日


その赤ん坊が誰の手によって、どうして森に置き去りにされていたのかは判らない。
草で編んだ籠に包まれて、すやすやと眠る幼子を見捨てて帰るには偲びなく道恵と莉麻は赤子を抱えて森を出た。
十七年前の出来事である。


「原田ー!誕生日、おめでとーぅ!」
小島による浮かれた祝言で、原田は叩き起こされる。
あぁ、そうか。もう自分の誕生日がきたのか。
正しくは暫定、仮の誕生日だ。本当の生まれは、いつだか判らない。
幼い頃は本当の誕生日だと信じて疑わなかった。
本当の誕生日ではなかったと気づいたのは、あの二人が本当の親ではないとジャンギに聞かされた時だ。
原田 道恵と葛 莉麻。正晃の知る二人は、どちらも原田姓を名乗っていた。
正晃を拾ってこなくても、いずれは結婚して子を儲ける予定ぐらい、あったのだろう。
だが二人は正晃を息子として慈しみ、寿命を悟った後は何も言い残さずに去っていった。
正晃が抱える誕生日の想い出は、二人との想い出に直結する。
二人がいなくなった後は、極力誕生日を考えないようにしてきた。
小島や水木には教えていないはずだが、何故か二人とも正晃の誕生日を知っていた。
それぞれの親から教えてもらったのかもしれない。
恐らくは町中の大人が知っていたのではないか、と今なら確信を持って言える。
正晃の誕生日は、道恵が彼を拾ってきた日でもあったのだから。
両親が蒸発した心の痛みは、もうない。神坐に話して、わだかまりを断ち切った。
だから、原田は笑顔で受け答えた。
「ありがとう、小島」
「おう!誕生会、お前の好物をメインディッシュにしようと思うんだけど、どの肉がいい?」
肉が好物なのは小島だろうに、肉限定での選択権だ。
「あまり食べられないって、いつも言っているだろ」と反論しつつ、原田は鳥肉を選ぶ。
作るのは小島じゃない、水木だ。彼女なら原田の望む薄味で作ってくれる、絶対に。
「はっらだくーん、お誕生日おっめでとー!」
水木のことを考えていたら、玄関先から元気な声が聴こえてくる。
そんなに大声で叫んだら、近所中に響いてしまうんじゃなかろうか。
まぁ、別に隠す必要もないのだが。
廊下を走って戸を開けた直後、原田はポカンと呆けてしまう。
表にいたのは水木だけではなかった。
「原田くん、誕生日おめでとう。君がアーシスに来た日のことは、今でも鮮明に覚えているよ」
ジャンギが微笑む横では、ガンツが紙吹雪を撒き散らす。
「誕生日おめっとさん、ツルピカくん!今日一日、食べて飲んで騒いで踊って祝いまくろうぜ!」
「今日がお誕生日だったのね、原田くん。水木さんったら、もっと早くに教えてくれればプレゼントも用意できたのに」とジョゼがブーコラ文句を言う横では、意味もなく、ふわさぁっと前髪をかきあげてピコがポーズを取った。
「誕生日おめでとう、原田くん!リーダーに贈る僕のプレゼントは、輝くスマイルだよ。ニコッ☆」
集まったのはスクールの学友ばかりじゃない。
ジャンギの友人も全員揃っていて、とても三人家族用の原田家に収まりきれる人数ではない。
原田の視線を辿って、ジャンギの隣をキープしていたジャックスが笑う。
「お前んチじゃ入りきらねーから、今日はガンツの店で盛大にパーティしようって思ってさ。お前の都合は大丈夫か?」
「ガンツさんの、お店ですか……?」
首を傾げる原田にはファルが補足した。
「原田くんは、お弁当派なの?スクールの正面に建っているでしょう、ファインファリゼっていうお店。あそこよ」
「えーっ!?」と驚いたのは原田に非ず、小島とピコだ。
「あそこ、ガンツさんが店長だったんですか!」
ファインファリゼは年中繁盛している大人気の食堂だ。
だが、今日は一日貸切にして原田の誕生日を祝ってくれるのだと言う。
ぐるりと集まった人々を見渡して、原田は安堵の溜息を漏らす。
良かった。いないんじゃないかと危惧したが、ちゃんといた。神坐、大五郎、風の三人も。
ソウルズの背後で、ひっそり佇んでいるから最初は気づかなかった。
ヤフトクゥスの姿は見えない。再びホッと溜息をついた原田の肩を、背後からポンと叩く手が。
「ふむ、正晃。今日が君の生まれた日であったか。これは是非とも祝いに加わらなくてはな」
「……って!なんで変態天使が原田くんちにいるの!?」
驚く水木につられて、小島も背後を振り返って騒ぎ立てる。
「ホントだ!いつの間に入ってきやがったんだ、この泥棒!!」
「フッ。次からは窓にも施錠しておくことだ。この家の防犯など、あってないようなものだぞ」
全く悪びれずに無断侵入を認めたヤフトクゥスは原田の横を通って外へ出ると、改めて正面に回り込む。
「さぁ、ゆこう正晃。君のために、そこの樽男が大量の飯を作り置きしておいたようだ」
「誰が樽男だっつの!」と怒るガンツはジャンギが宥める。
「まぁまぁ、いいから。作り置きした料理が硬くなる前に誕生会を始めよう」
「もちろんタダだよな!?」と、これは小島の質問に「当然です。プライベートなお祝いで金を取るほど強欲ではないですよ、ガンツくんも」とガンツではなくミストが答え、ソウルズは仏頂面で皆を促した。
「やるなら早めにやって終わらそう」
あまり祝う気がなさそうに見える態度だが、そもそも彼がこの場にいること自体、原田には驚きだった。
てっきり、ソウルズには好かれていないんじゃないかと思っていた。
彼の愛するジャンギを自分が独り占めしているように、原田には感じられたので。
実際、歩き出したソウルズと一緒に歩いたりはせず、ジャンギは原田の真横を歩いてくる。
「君の誕生日は俺達も知っていたんだが、本人が言わないのに勝手に祝うってのも、どうかなぁと思って今まで静観していたんだ。けど昨日、水木さんに持ちかけられてね。一緒にお祝いしようって。だから、ガンツの店を借りたんだけど……他に予定があったんだったら、ごめん」
町の英雄に頭を下げられて、原田は恐縮する。
お祝いの言葉だけでも嬉しいのに、祝う計画を立ててもらっていたなんて光栄の至りだ。
「いえ」と短く首を振って予定なぞ全く考えていなかったのを告げると、ジャンギは嬉しそうに微笑んだ。
「そうか。原田くんは優しいね。俺も幾つかデザートを作ってみたんだ、どれか一つでも食べてくれると嬉しいな」
優しいのはジャンギのほうだ。一つと言わず、全部平らげたい。
以前彼の家で食べたマイルドな味付けが脳裏に蘇り、思わず涎が出そうになった原田は唾を飲み込む。
水木の手料理じゃなくなったのは残念だが、ジャンギの手料理も原田好みである。
ガンツの料理は、集まった皆が平らげてくれることだろう。

「ウィーッス!原田正晃くん、お誕生日お・め・で・と・う☆」
ファインファリゼで原田を出迎えたのは、酒臭い息を撒き散らすウェルバーグ町長であった。
すでに何杯も酒を重ねたようで、足はフラフラ、顔は真っ赤な泥酔状態だ。
ホールの片隅で激しく踊っているのは、顔を確認せずとも一目瞭然。
水色の髪に丈の短いスカートとくりゃあ、男の娘ウィンウィンで間違いあるまい。
「うへー。誰だよ、あいつら呼んだの」と店長が愚痴っているからには、勝手に集まったクチか。
ベロンベロンに酔っ払った町長が、薄ら笑いを浮かべる。
「我が町の伝承が拾われし記念日となれば町長たる私が祝わなくて、どうしましょう。それに、パーティにはシャルリアさんも参加すると聞きましたぞ?フヒヒッ♪」
シャルリアさん?と首を傾げるガンツの耳元でジャンギが囁く。
「ピコくんのお母さんだよ。親世代にまで誕生会の噂が広まらなくて良かったな」
飯屋で原田を待っていたのはダムダム家だけじゃない。
チェルシーやサフィアの姿もある。
「お誕生日おめでと、原田クン」と微笑むチェルシーへ原田が「お前も水木に誘われたのか?」と質問で返すと、彼女は「うん。話を聞かされた時、サフィアちゃんも一緒にいて、ね。町長はボクたちが来る前から、いたよ」と答えて寄越した。
然るに水木経由で誘われたのはスクールにいた面々ぐらいで、あとは全員誰かの便乗と思われる。
各々の保護者にまでは、さすがに話が伝わらなかったようだが、町長は何処で間違った情報を掴んだのだろう。
「件の未亡人は不参加ですよ、残念でしたね兄さん」
ミストがゴミでも見るかのような視線で兄へ告げる側では、ファルがパンパンと手を打つ。
「そんなことより、ごちそうを運び込みましょ。手の空いている人は手伝って!」
片っ端から温め直した料理が運ばれてきて、テーブルは、あっという間に料理で埋め尽くされる。
「ほんじゃ、正晃くんの誕生を祝ってカンパーイ!」
「カンパーイ!」の音頭がかかった後は、各自好き勝手に飲むわ食べるわの暴飲暴食が始まった。
誕生日を祝うというより飲み食い目的だったのではと原田が勘ぐってしまうほど、ガンツやジャックスは豪快な飲みっぷりだ。
ひとまず、どんちゃん騒ぎに突入した連中を捨て置いて、原田はテーブルを眺め回して自分が食べられそうなものを探した。
ガンツの作った料理は、どれも味が濃いように見えて手を出しにくい。
それと比べてジャンギの作ったデザートは、どれも淡い彩りで美味しそうだ。
「あ、あぁーっ!フルーツケーキが、あるっ」と騒いでいるのは神坐で、隣の風に「自重しろ。このパーティは原田が主役だ」と窘められても、キラキラした視線はフルーツケーキに釘付けで微笑ましい。
「あれ、神坐いたんだ?」と今更ながら気づく小島の前を横切って神坐の隣に移動すると、原田は小声で囁いた。
「フルーツケーキは神坐さんが全部食べていいですよ」
「え!いいのか?で、でも、ありゃあジャンギが、お前のために焼いたんじゃ」
「今日、祝いの場に来てくださったお礼です」と締めて、今度はジャンギの側に移動した。
「ジャンギさんのオススメスイーツは、どれですか?」
「うーん、そうだね。原田くんは甘さ控えめが好きなんだろう?だったら、あの白いムースを食べるといい」
甘さ控えめが好きだと主張した覚えはない。
以前ごちそうになった時の食べっぷりを見ての推測だろう。
自分の好みを覚えてくれていたジャンギに、ますます原田は好感の高まりが止まらない。
そこへ「正晃、あーん」とスプーンを出してきたのはヤフトクゥスで、すかさず水木が「あー、駄目!原田くんにアーンしていいのは私と小島くんの特権だし」と騒ぎ出し、ジョゼまでもが「特権って何!?私だってアーンさせる権利がほしいわ!」と反応し、小島に「残念だったな、ジョゼ!特権は恋人専用だ」と笑われる。
ピコはピコで「原田くん、さっきからムースばかり食べているけれど、メインディッシュも食べないと栄養バランスが偏ってしまうんじゃないかな」と、お母さん宜しく心配してくれる。
原田はバッサリ却下しようとして少し悩んだ後、語気を和らげる。
「あまり食べられないんだが……鳥肉ぐらいなら、なんとかイケるか」
鳥料理は幼い頃の誕生日にあったメニューで、味が濃くても食べられる唯一の好物といっていい。
あの頃は腹いっぱい飯を食べていた記憶だ。
あまり食べられなくなったのは二人が蒸発した直後からで、心の傷が摂食障害の引き金となったのではないか。
心の闇を解消した今でも、食べられる量は少ないままだ。
きっと食べない期間が長すぎて、胃袋が小さくなってしまったのかもしれない。
少しずつ食べる量を増やしていけば、そのうち胃袋も元に戻るだろうか?
自分の食について、あれこれ考えながら、しっかりジャンギお勧めのムースと少しばかりの鳥肉を口にして、小島や水木たちとの談笑で盛り上がった原田であった。

22/04/21 UP

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