Beyond The Sky

21周年記念企画:たとえば、こんな海水浴

栄太郎とタオの海水浴

平坦なる世界ワールドプリズは、世界の半分以上が海に覆われている。
となれば、暑い季節に海水浴をしない手はない。
「タオ殿!休暇を兼ねて海水浴へ出かけましょうぞ」
がらっと勢いよく表戸を開け放って里長の家へ飛び込んできた栄太郎を上から下まで、じっくり眺めてからタオが頷く。
「いいでしょう。他の人も一緒ですか?」
「はい。既に皆は準備万端にございます」と栄太郎が手で示す方向を見てみると、浮き輪や籠を背負った下忍らが表で整列している。
大勢参加の慰安旅行を彼が計画してくるとは意外だった。
てっきり、二人っきりのバカンスに誘ってくるかと予想していたのだが。
栄太郎とタオの関係は、打倒レイザースの反乱戦力としてタオを雇った処から始まる。
タオ以外にも募集でやってきた傭兵は数が多く、予算の都合か雇うのは一名に限ると言われ、腕前を試すために栄太郎との手合いをやらされた。
ほとんどの傭兵が一方的に倒される中、唯一勝利したのがタオであった。
それ以降、栄太郎には、なにかとつきまとわれるようになった。
本人は尊敬だと言い張っているが、どうも他の下心があるように思えてならない。
まぁ、いい。部下も一緒に行くんだったら、彼とて暴走すまい。
立場上は忍者の頭目なのだから。


「いやっほーう!海だ、海でござるー!」
真夏の海は忍者をも開放感に浸らせるのか、つくやいなや下忍は皆、忍び装束を脱ぎ捨て褌一丁で飛び込んでゆく。
タオは、あっという間に浜辺で取り残されてしまった。
傍らには鼻息を荒くした栄太郎がいて、身の危険を感じる。
いそいそと荷物から油を取り出して両手にトプトプ取り出しており、栄太郎に泳ぐ気は微塵もないようだ。
タオは上着を脱ぎ捨て、早足で水際へ向かう。
「タ、タオ殿、泳ぐのでございますか!?」
追いすがる悲鳴じみた問いには蔑みの視線を向けて、タオは頷いた。
「海水浴とは海で泳ぐことだと僕は解釈していましたが、違いましたか?」
「違いませぬ!では、一緒に泳ぐと致しましょう」
栄太郎は、どこまでもタオに対して腰が低い。
どれだけ邪険に扱っても、子犬のように従順な態度を崩さない。
歳は栄太郎のほうが上だ。白髪の混ざり具合からして、父親ぐらいの年齢ではないかと思う。
一度きりの手合いに勝ったからといって、そこまで敬意を払われる意味が判らない。
これまで負け知らずだったんだろうというのは、自分以外の傭兵が全員負けた点からも予想できる。
だからといって一人の剣士に負けた程度でヘコヘコしているようじゃ、打倒レイザースは成し得ないのではないか。
不意に背後から抱きつかれるも、考え事をしていたせいかタオは反応が遅れた。
「タ、タオ殿。失礼ながら、貴殿は泳ぎが得意ではないと見える……俺に任せていただければ、貴殿を飛魚の如し腕前にまで鍛え上げてみせましょうぞ」
「ちょ、ちょっと、何をするんですか。やめてください」
抱きかかえられては、泳ぐ以前に身動きが取れない。飛魚になる前に土左衛門になってしまう。
「タオ殿が溺れぬよう、身体を支えているに過ぎませぬ。泳ぎの基礎は浮力にござる、俺の手に身を委ねて力を抜いてくだされ」
「結構です、僕は僕のペースで泳ぐのが好きなんです、ほっといてください!」
イラッときたタオは、思いっきり水中で蹴ってやった。
何をって、栄太郎の金玉を。
「ほぐぉ!」と悲鳴一つあげて沈んでいったが、知ったこっちゃない。自業自得だ。
「ぶはぁ!タ、タオ殿、申し訳ございませぬ、今のは、ほんの茶目っ気で!」
すぐに浮かんできた栄太郎をジロリと睨み、タオは辛辣に突き放す。
「中年が茶目っ気なんか出したって可愛くないんですよ。泳ぎの特訓も必要ありません。じゃれあいたいんでしたら、僕ではなく下忍の皆様とご自由に」
これだけズバズバ言っても栄太郎にブチキレるといった選択肢は存在しないのか、平謝りするばかりだ。
「ご容赦を、タオ殿!俺は貴殿と海水浴を楽しみたいのです、部下にも予め断ってあります」
「でしたら普通に泳いで下さい。僕に余計な真似をせず」
泳ぐスピードを上げても、栄太郎は楽々ついてきて引き離せそうにない。
他人へ伝授したがるだけあって、泳ぐのは得意なのであろう。
なんとなく忍者は修行ばかりしているイメージがあるのだが、彼らにも水場で遊ぶ程度の暇はあったようだ。
のんびりペースに戻したタオは、つかず離れず横に並んで泳ぐ栄太郎を盗み見る。
頭目なだけあって、極限まで鍛えられた肉体だ。
それでいながら素早さはタオと互角、打ち込む力も半端なく重たかった。
タオが勝てたのは、親子ほどの年齢差が決め手だったと言えよう。
或いは序盤、手加減されたので体力を温存できたおかげかもしれない。
そうだ。栄太郎は最初、あきらかに手を抜いていた。
後半は彼も本気を出してきたから互角の戦いになって、ギリギリの体力差でタオが勝った。
何故、手加減したのか。暇なうちに問いただしておきたい。
沖合の岩場にあがって、「ふぅ……」と小さな溜息をつく栄太郎へ単刀直入切り出した。
「栄太郎」
「はっ、なんでございましょう?」
「僕を雇う時、何故最初は手を抜いていたんですか」
前後のフリなく問い質された栄太郎は一瞬ポカンとなったものの、割合すぐに答えを出す。
「あぁ……それは、タオ殿が思った以上に若かったからでございます」
「なるほど。見た目で弱いと見下したんですね」
「見下しとは少し違いますが……」と栄太郎は言葉を濁し、ややあって微笑んだ。
「若い身で武者修行へ出た、その心意気を潰したくなかった。ですから手心を加えました。しかし、負けた今となっては余計なお世話でしたな」
実力を測りたいから手合いをしたのに、手心を加えていたんじゃ意味がないではないか。
栄太郎の真意はタオの理解が及ぶ範囲ではなかったが、若さゆえにナメられていたんじゃないというのだけは薄々判った。
タオは自ら話題を変える。
「栄太郎は若い頃から里で修行を?」
「はい。幼き頃は武者修行に出るといった考えが、思いつきませんでした。ですからタオ殿が羨ましくなり申す時も、ございます」
そのように笑顔で褒め称えられては、くすぐったくなってくる。
「少し休んだら、浜辺へ戻って西瓜を食べると致しましょうぞ。そ、その後は……肌を、焼きませぬか?拙者、この日の為に取り寄せた美肌油がございまして」
しかし真面目が続かないのは彼の短所、タオが相手だと、どうも下心が表へ滲み出てしまうようだ。
栄太郎の誘いを最後まで訊かず、タオは腰を上げた。
「西瓜ですか、いいですね。なら、さっさと戻りましょう」
「これさえあれば、タオ殿の真っ白い柔肌を傷めず綺麗に焼け……って、タオ殿ォォ!?」
ざばざば泳いで去っていくタオの後を、栄太郎が慌てて追いかける。
大丈夫。日は、まだ高い。
海水浴は始まったばかりだ。
寝転がったタオの背中に油を塗りつける想像をしては何度となく溺れかけて海水をガブ飲みしながら、栄太郎は淫らな妄想に浸るのであった――

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