Beyond The Sky

アレックスのお誕生日

親の見栄と虚勢に己の誕生日を使われるようになったのは、何歳の誕生日を迎えた頃だっただろうか。
ともあれ二十歳を迎えると同時に家を出て、黒騎士団の団長に収まって以降は、一度も誕生会を開いた覚えがない。
無論、祝辞をかけてくれる部下は、いる。
表立って誕生パーティーをしなくなった。それだけだ。
派手なパーティーは必要ない。
喜んでくれる人がいるだけで充分だ。
アレックスは心から、そう思った。

「今年もテフェルゼン隊長の誕生日が近づいているわけだけど、今年はパァーッと華やかにパーティーで祝うってのは、どうだい?」
なんて話をジェーンから持ちかけられて、アレンもセレナも目が点になる。
ジェーンは俗物な傭兵あがり、ガサツだという印象を長く抱いていたが、他人の誕生日を華やかに祝いたいなんて心遣いが出来るとは意外に感じた。
ポカンと呆ける貴族二人に、再度ジェーンが声をかける。
「何驚いてんだ、あたしがパーティーなんて持ち出すのは、そこまで意外かい?」
我に返ったアレンが場を取り繕う。
「あ、いや……すまない。そうだな、隊長には日々お世話になっているし、たまには派手な誕生会を仕掛けてみるというのもアリか」
傍らのセレナへ「セレナも良かったら協力してくれないか?君の母上はケーキ作りが得意だと聞いたよ」と話を振るのへは、キリーが茶化した。
「そのケーキは、お前の誕生日で焼いてもらったらいいんじゃねぇのか。挨拶する手間も省けるだろ」
途端にカァーッと耳まで赤くなったセレナが勢いよく立ち上がり、キリーを怒鳴りつける。
「あ、挨拶って!何の挨拶ですの!?」
反逆者の一件以来、二人が交際を始めたなんてのは黒騎士団に所属する騎士なら全員が周知の事実だ。
報告していないから皆も知る由がない、なんて思っているのは当の二人だけだろう。
「ケーキの確保は万全、と。他に用意できるものがある奴ァいるかい?」
ジェーンの問いにガタッと席を立ったのは、新入りのコックスだ。
両手を後ろに回し、直立不動で言い放つ。
「ならば、自分はサックスを演奏しまァァァッす!」
「あ、そういう迷惑なのは却下。あたしが教えてほしいのは、オードブルとプレゼント、装飾の調達だ」
ジェーンに一刀両断されて、すみっこでいじけるコックスの姿を横目にベルアンナが手をあげる。
「では、オードブルと装飾品の手配は私にお任せ下さい。そうしたものを取り扱う商人にツテがあります」
「おっ、いいねぇ。そんじゃ最後はプレゼントだが――キリー、あんたに頼んだよ。隊長から欲しいモンを聞き出してきな」
いきなり自分に振られて驚いたのは、当人だ。
「なんで俺が!?アレンのほうが適任だろうがよ」
「あんたのカノジョ、シェリル経由で聞き出せっつってんのサ。こんぐらい頭を回しなよ」とジェーンにせせら笑われて、キリーは口をへの字に折り曲げる。
簡単に言ってくれるが、簡単な問題じゃない。
隊長はシェリルとプライベートで回線を取り合っていた。
それも、キリーの預かり知らぬうちに。
表向きには銀の聖女、レイザースを救った亜人とのコンタクト手段に見えないこともない。
しかし深読みすれば、彼もシェリルに気があるんじゃないか――そんな予感がしてならないのだ、キリーには。
恋敵だ。その恋敵に向かってプレゼントは何がいい?なんてシェリルに尋ねさせたくない。
だが――ここで拒否すると、今度は冷やかしが自分に回ってくる。
だんまりなキリーを見て、ジェーンが号令をかける。
「キリーが隊長の欲しいモンを聞きだしたら、あたしがプレゼントを調達するよ。そういうことで、解散!」
唐突に始まったアレックスの誕生パーティー計画会議は、お開きとなった。

島の見回り途中、アレックスの懐で通信機が鳴り響く。
画面にはシェリルの名が点滅している。
彼女のほうから、かけてくるのは珍しい。
「どうした。何かあったのか?」
『あのね、ジェーンから聞いたんだけどアレックスって明日が誕生日なんですってね?おめでとう!』
嬉々として祝いの言葉を述べるシェリルは、きっと満面の笑みを浮かべているに違いない。
知らず、アレックスの口元にも笑みが浮かぶ。
間髪入れず「ありがとう」と礼を述べたが、シェリルの通信は、それだけに留まらず。
『それで誕生日には贈り物をあげるのが主流だって、斬が言っていたわよね。アレックスは欲しいものとかってある?』
息が止まる。
亜人に欲しい物を尋ねられたのに驚いたのは勿論だが、相手がシェリルなのにもだ。
欲しいもの。あるにはあるが、とても口に出来そうにない。
君が欲しい――なんて本人に直接言えるほど、アレックスはナンパな性格ではなかった。
ややあって彼が見つけた答えは、実にシンプルな内容で。
「特にない。が、君が好きなものを贈って欲しい」
『そんなものでいいの?』と訝しげに尋ねられて、目に見えぬ会話相手なれどアレックスは頷いた。
「あぁ。君が好きなものであれば、俺もきっと、それが気に入るだろう」
遠回しに控えめな告白と言ってもいいような答えだったが、シェリルには伝わらなかったようで、最初と同じテンションで返された。
『うん、わかった!じゃあ、誕生日を楽しみにしていてね』


そして――当日。
アレックスの誕生会は、亜人の島で盛大に開催された。
二段重ねのホワイトケーキを筆頭に、色とりどりの果物、豚の丸焼き、食べきれないほどのごちそう。
コックスの少々下手くそなサックス演奏が鳴り響く中、シェリルによる手渡しでキリーを模した木彫りの彫刻を贈られて、アレックスは複雑な笑顔で受け取りながら、来年までには欲しい物をきちんと考えておこうと決心したのであった……


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