Beyond The Sky

バルのお誕生日

バルウィングスが孵化したのはメイツラグの山脈深く、タージナル洞窟であった。
亜人の母親は洞窟の奥で卵を産み、稚児を連れて亜人の島へ帰るのだ。
幼い頃は集落で両親と一緒に暮らした記憶が、はっきり残っている。
大きくなって、集落での暮らしをバルが窮屈に感じるまでは。


島の若者衆は今、ほとんどが集落を離れて好きな場所で暮らしている。
「バルー!誕生日おめでとーっ!」
今日、バルの誕生日を祝いに集まった面々も、そうだ。
皆にバシバシ肩や背中を叩かれての手厚い祝福を受けながら、バルの脳裏に浮かんだのは幼い頃の誕生日であった。
亜人は幼年期を集落で過ごす掟だ。
いや、本来の掟では一生を集落で過ごすはずが、ラドルとルドゥの決裂をきっかけとして、ルドゥが集落を出ていけるんだったら俺も私もとなって、出入り自由になってしまった。
ある意味、この時点でバルはルドゥに好感を抱いていたのかもしれない。
だから、砂浜で偶然彼の趣味を目撃した後は、すんなり友達になれたのだ。
もっとも、ルドゥの言い分によると違うんだそうだ。
バルが砂の芸術を褒めてくれたからこそ、友達になったのだと言い張られた。
どちらでもいいと思う。友だちになった理由なんて。
ルドゥが、これからもバルと仲良くしてくれるのであれば。
「そこの斬によると、誕生日には贈り物をするのだそうだな。我も用意してみた。なに、戯れの気まぐれだ」等と謙遜しているけれど、ルドゥが渡してきたのは綺麗な青い石を紐でまとめた装飾品で、この石は海の底まで潜らないと見つからないやつじゃないか。
アルかイドゥあたりが、前にそう言っていた気がする。
それに、ルドゥが人間の風習を真似するなんて。
ラドルと決別した最大の理由、それこそが人間の真似をする長への怒りだったはずなのに。
斬と仲良くなってから、彼は変わった。
前よりも他の仲間への態度が柔らかくなったように思う。
今だってガーナに「あれ〜?誰かさんは人間の真似を誰よりも嫌っていたんじゃなかったっけ」と、あからさまな煽りをくらっても即ブレスで対応とはならず、眉間に皺を寄せて「昔は昔、今は今だ」と返せるぐらいには成長している。
アッシャスが肩をすくめて、ガーナを諌めた。
「まぁ、俺たちも似たようなもん持ってきているんだから、言いっこなしだぜ?そういうの」
「判ってる、ちょっとからかってみただけだ」とガーナも頷き、二人揃って大きなバスケットを差し出した。
「バル、これは俺とガーナからの贈り物ってやつだ。お前が北国で一番注文していた酒、ハリイに頼んで買ってきてもらったんだ!」
人間社会で知名度のある傭兵をパシリに使うとは、アッシャスも面の皮が厚くなったものだ。
いや、面の厚さは元々か。ルドゥの変化と比べたら、大した違いじゃない。
バスケットの中身は酒瓶が五本も入っていて、全てがバルの大好きなアル茶であった。
アル茶は茶葉を発酵させて作られた酒で、ほどよい甘味の中に紛れる酸味が気に入った。
何杯もおかわりしているうちに意識が飛んでしまい、メイツラグでは顰蹙の大失態を犯した原因でもある。
それでも一度覚えた味は忘れられず、いつかまたメイツラグへ行きたいと考えていたから、この贈り物は有り難い。
「あまり飲みすぎるんじゃないぞ」と斬に釘を差されて、バルは笑顔で頷き返す。
「おう、飲む時は斬が見張っていてくれれば万全だ!」
「だったら、今一本開けるっての、どう?」と乗ってきたのはドルクで、両手には料理の乗った皿を抱えている。
素早く周囲を見渡した斬に気づき、「あぁ、ケーキ?いらないんだって」と答えるのには、当の本人が言葉足らずを補足した。
「俺は自分の成長具合が、よーっく判ってっからな。ブレスでケーキを燃やさなくても、毎日腕比べしてるし」
ガーナやアッシャスを一瞥する彼に斬が尋ねた。
「二人とは、いつも仲良しだな。つきあいは幼少期からなのか?」
「ん?あぁ、集落で一緒にいた頃からの仲良し三人組だ」とバルが答える横からドルクが口を挟んでくる。
「いっつも悪さばかりして怒られていたよね!お昼寝中のラドルの髭を抜いてみたり、よそんちの洗濯物を引っ張り落としてみたり」
「なるほど……悪ガキだったのか」と納得する斬に、慌ててバルは言い訳した。
「わ、悪ガキは俺たちだけじゃなかったし!今はもう、立派なオトナだから、んなことしないぜ!?」
「当たり前よ」と、ドルク。
「青年期での誕生日を迎えても、あんな真似していたら全然成長ないじゃない」
バルとアッシャス、それからガーナは三人揃って顔を見合わせ、「へへっ」と反省していないような笑みを浮かべる。
この分じゃ近いうち、また彼らは島を抜け出して醜態を重ねるのであろう。
斬は深い溜め息をもらし、不意に良い案を思いつく。
「……島を勝手に抜け出さないと約束してくれるなら、俺の贈り物を渡そう」
果たして悪魔の選択にバルは難しい顔となり、返事はすぐに出て来ない。
じゃあ贈り物なんて要らないやと言われるのも覚悟する斬の耳に、小さな声での返事が届いた。
「わかった。斬が毎日島に住んでいるんだ。だったら、島の外に出る必要ないもんな」
「俺に会いたくて島を出ていたのか?いや、それは意味が通らないな。メイツラグに俺はおらん」
斬が囁きで返すと、バルは、ちらっと悩ましげな視線を向けてくる。
「メイツラグに行った時は違って当たり前だろ、俺たちは出会ってもいなかったんだから。けど……これからは、斬が一緒にいるなら外に出ても面白くないって思ったんだ」
お酒を飲みに行くにしても、一人で行く気はなかった。
斬を誘って行くつもりだったのだ。
メイツラグの牢獄から救い出されて以降、斬はバルの中で一番の特等席を陣取る存在になった。
はじめて出来た人間の友達というだけじゃない。
これまで人間に抱いていたイメージを百八十度覆す衝撃を与えてくれたのが、彼だったのだ。
人間とは傲慢で意地悪で冷淡で、一度こうと決めたら頑なで、見知らぬ者の話は聞こうともしない。
メイツラグでバルを牢獄へ放り込んだ輩が、全員そうだった。
だが、斬には傲慢も意地悪も冷淡もなかった。代わりに底抜けの温かい慈悲があった。
そもそも、亜人とは不干渉を貫くのがレイザース人の掟だったはず。
禁を犯してまで助けに来てくれた相手を、好きにならないわけがない。
斬を通じて他のレイザース人とも出会って、人間だからと枠に嵌めて決めつけてはいけないとバルは知る。
見解を広げてくれた彼には、どれだけ感謝してもしたりない。
「そうだな、この酒は俺達の友情の始まりだ。それも祝って乾杯しようぜ、斬!」
アル茶をグラスへ注ぐ。
一本では到底全員まで回りきらず、バルは気前よく瓶を全部開けてやった。
構わない。酒は、いつだって飲みに行ける。
きっとバルが誘ったら、斬は断らないだろう。
眉間に皺を寄せつつも了解し、いざとなったらバルを守ってくれるに違いない。
もちろん、こちらだって守られっぱなしでいるつもりはない。
斬が危うくなったら、我が身を張ってでも守る。
彼とは常に互角の関係でありたい。彼と同じ場所に立ち、彼が没する日まで末永く支え合っていきたい。
潤んだ瞳で斬を見つめながら、バルはグラスを掲げて元気よく叫ぶ。
「ハッピーバースデー、俺!俺と斬の友情にもカンパーイ!」
どこまでも澄み通った青空に、グラスの重ね合わさる音が響き渡った――


TOP