Beyond The Sky

イドゥのお誕生日

斬が、ようやく亜人流の誕生日に慣れてきた頃。
「斬ー!明日は俺の誕生日なんだぜ、知ってた!?」
イドゥに叩き起こされた斬が時計を見やれば、針は午前四時を指している。
アルといい、どうしてこうも亜人は早起きなのであろうか。
「イドゥ、誕生日は明日の七時から祝おう」と言い捨て、布団をかぶろうとする斬をイドゥは引っ張った。
「今回は斬にも手伝ってほしいんだ。だから、早く起きて」
手伝うとは何を?
斬は寝ぼけた頭で考える。
会場作りを手伝うんだと脳が理解する頃には、きっちり黒装束に着替えて外に出ていた。
「やぁ、おはよう。ついに君も駆り出されたのか」
外にはハリィら傭兵チームが居て、彼らは毎回律儀にも会場作りを手伝っているらしい。
亜人と特別懇意でもなかろうに何故ハリィたちが手伝っているのかというと、これも共同生活をスムーズにするための一環だと答えられた。
「知っていたかい?誕生日で使うテーブルは基本使い捨てなんだ」とハリィに言われ、そう言われてみると思い当たる節がある。
翌日、綺麗に片付けられた会場を見て、テーブルや椅子は何処へ行ったのかと首を傾げた覚えだ。
テーブルと椅子の一式は、島に生えている蔦を編んで組み上げる。
一通り祝い終わった後は全部燃やしてしまうのが、儀式の〆だという話だ。
宴会の最後で真っ赤に燃え上がる大きな焚き火は、なんとなく斬の記憶にも残っている。
あれはテーブル一式も燃やしていたのか。
「作るのに結構時間がかかるんでね、前日から仕込んでおくんだ」
本来のスタイルとしては男衆が家具の準備を行い、女子供は料理や飾り付けの準備をする。
しかし、年々亜人は全体人口が減ってきている。
島に人間が来たことで誕生会文化が復活したというんだから、人口衰退は深刻だ。
傭兵チームは、どちらも手伝う。
レピアとルクが集落へ向かったと聞かされ、斬はテーブル作りを手伝うことにした。
「編み方を教えておこう。編み物は、やったことがあるかい?」と懇切丁寧なハリィを押しのけて、イドゥが出張ってくる。
「俺が教えるんだ!斬、蔦と蔦の間を通して」
「大丈夫だ」と二人分の親切を断り、斬は頷く。
「編み物なら覚えがある」
まだ若かった頃、幼い頃のジロ達にセーターを編んでやった。
ジロは、あまり嬉しそうではなかったが、他の二人は喜んでくれた。
「あー、それ!覚えているッス」との素っ頓狂な声に驚いて、そちらを見やると、ジロが立っているではないか。
……ジロが?
朝の四時に、起きているだと??
思わず二度見する斬に、イドゥが笑う。
「ジロとスージとエルニーも毎回手伝ってくれているんだぞ、俺達の誕生会準備」
改めて会場予定の場所を見渡してみると、ドンゴロ以外の全員が忙しなく動き回っている。
「……どうして今まで誘ってくれなかったんだ?」
心の声が漏れる斬に答えたのはアッシャスで、隊長の仕事が忙しそうだから遠慮したのだと言う。
「そうか」と小さく嘆息して、斬は皆へ宣言する。
「次からは俺も誘ってくれ。大丈夫だ、毎日きちんと休息は取っている」
亜人による拍手大喝采が起きる中、ハリィがそっと斬へ耳打ちしてくる。
「彼らも本当は君と一緒に準備したかったそうだ。どれだけ君が彼らに好かれているのかが判るってもんだよ」
斬も僅かに微笑んで、喜ぶ亜人を見渡した。
こんな大人数に好かれる日が来るなんて、人生で初めてかもしれない。
あの時、恋人を兄に寝取られた時、やけっぱちになって死んだりしなくてよかった。
地面に座り込んでテーブルを編み始めた斬の膝の上に、イドゥが乗ってくる。
アルぐらい小柄なら、さして重たくもないし邪魔にもならないが、彼は長身だ。
髪の毛がワサワサと顔に当たってきて邪魔なこと、この上ない。
「イドゥ……その、何故、膝の上に?」
遠慮がちに尋ねると、イドゥは「えへへー」と笑って斬を見上げた。
「いつもアルがやってんの見てさ、俺も一度やってみたかったんだ。斬って優しいよね、それに一緒にいると安心する……アルが好きなの、よく判るよ」
立て続けな褒め言葉に斬が目を丸くしていると、イドゥは一層、身を擦り寄せてくる。
「俺も斬が好きだよ。大好きだ。なぁ、俺と島で一緒に暮らそうよ。これから先も、ずっと」
「ずっとは、無理だ」と小さく答えて、斬の視線は編み目に集中する。
おしゃべりに夢中でいると、うっかり段を間違えそうだ。
「どうして?」と、イドゥ。
「ギルドがあるからな」と斬は答え、期待外れであったろう返事の慰めにイドゥの頭を撫でてやった。
「永住は無理だが、定期的に島へ遊びにゆく。それでは駄目だろうか」
「……うん。いいよ、それでも」と頷き、イドゥはぎゅっと斬の身体に手を回して抱きつく。
「ねぇ、斬。斬は男と女、どっちが好き?」
予想しなかった斜め上の質問が飛んできて、斬は軽く固まる。
男女のどちらが好きか、だって?
斬が男だというのは、イドゥも当然認識していると思ったが……
答えられない斬に気づいたか、イドゥが言い直す。
「あ、ごめん。好きって言っても恋愛じゃなくて、単純に男と女のどっちのほうが仲良くしやすいのか聞いてみたかったんだ。俺は断然女だなー、だってアルを見てみろよ、女のほうが素直じゃん?」
アッシャスやバルだって斬にしてみれば充分素直でつきあいやすいと思うのだが、イドゥのボーダーでは違うのだろう。
亜人の男衆は殆どが彼より年上だし、年下となると集落の幼子やアルぐらいしか残るまい。
要するにイドゥは従順な年下が好きなのだ。
年下なら自分の言うことを聞かせやすいし、兄貴分として威張れもする。そういうことだ。
斬は「俺は男のほうが比較的、仲良くしやすいかもしれん」と無難に答えて、一つ目のテーブルを完成させた。
「男〜?どうして」と不思議がる少年の頭を撫でて、微笑む。
「同性だと自分と似た感性の者が多く、意見を合わせやすいのだ。イドゥとだって仲良くなったつもりだが、違ったか?」
ぱぁぁっと顔を輝かせて、イドゥも頷いた。
「違わない!俺も斬をマブダチだと思ってるー!」
親友にまでなったつもりはないのだが、喜びに水を差すこともあるまい。
ぎゅぅぅっと力強くイドゥに抱きつかれながら、斬はテーブル作りに専念するのであった。
「あーっと、マスター!テーブルは四十個ぐらいで充分だ。先に言っとくのを忘れたな、悪い」とソウマに止められるまで、延々と。
暗かった周りは、いつの間にか煌々と明るくなっており、太陽が顔を出している。
今日も空の訓練が待っている。テーブルばかり作っていられない。
いや、テーブルは、もう間に合っているんだったか。あとは椅子だ。
斬は立ちあがり、尻についた土を払う。
ずっと座っていたせいか、膝が少々痺れているようにも感じる。
だが、こんなのは大した疲労じゃない。これから始める防衛団の訓練と比べたら。
「椅子も全部揃っている。マスターは防衛団の訓練に精を出してくれ。残りの飾り付けは俺達でやっておくから」と仕切るソウマを遮って、斬は断っておく。
「誕生会は明日なのだろう?俺にも最後まで手伝わせてくれ。訓練後、俺の分担を残しておいてくれると助かる」
「訓練後じゃ、叔父さんだって疲れているんじゃ」と心配するジロにも、力強く頷いた。
「大丈夫だ。俺の体力を侮るんじゃない。それに、イドゥの……マブダチの誕生日準備を、俺がやらなくてどうするんだ」
「斬……!」
感極まったイドゥが斬の首に両手を回して、勢いよく抱きついてくる。
それを見咎めたアルやドルクが「ズルーイ!イドゥ、距離近すぎーっ」と騒ぎ立てて、今日も騒がしい島の一日が始まった――


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