Beyond The Sky

ドルクのお誕生日

亜人の誕生日を祝うのは、これで二回目だ。
だから、会場が結婚式場スタイルになっていたとしても斬に驚きは少なかった。
それはいいとして、今日は誰の誕生日だろう?
庵の前に会場を持ってくるぐらいだから、ドンゴロ様の誕生日?
一人考え込んでいると、ポンと背後から肩を叩かれた。
振り返ればハリィが笑顔で立っている。
「どうしたんだ?難しい顔で考え込んで」
「む。難しい顔をしていたつもりはないのだが……」
「眉間にシワが寄っていたじゃないか。今日は、めでたい日なんだ。そんなしかめっ面は似合わないぞ」
黒装束の隙間を覗かれたらしい。
斬は自分で眉間を触って、皺が寄っていないのを確かめると、手近な椅子へ腰掛けた。
今日が誰の誕生日にしろ、ここで待っていれば自然と判明しよう。


斬が大人しく椅子に腰掛けて待っている間、式場に皆も集まってくる。
ひときわ目立つ格好で最後に姿を現したのはドルウォーク、通称ドルクであった。
なにがどう目立つって、彼女は白いウェディングドレスを身にまとっていた。
今日は誰かの誕生日会だとばかり思っていたが、ドルクの結婚式だったのか。
それでハリィも"めでたい日"だと言ったのか?
いや、しかし相手は誰だ。彼女が特別誰かと仲良くしていた記憶もないのだが。
彼女と歳の近そうな亜人を数人脳裏に思い浮かべていると、ドルクが手にしたブーケを空へ投げる。
そこへ「さぁーケーキの入場です!」と勢いよくワゴンを運んできたのは、バルウィングス。
すかさずドルクがドラゴンへと姿を変える。
哀れウェディングドレスはビリビリに破られて、粉雪の如くふわぁっと会場全体に舞い散った。
唖然とする斬の前で、いつぞやのアルと同じようにドラゴン化したドルクが一息でケーキを吹き飛ばす。
「やったー!ドルク、誕生日おめでとーう!!」「ヒューヒュー♪」
亜人の若者勢は、やんややんやの大喝采。
ふぅっと満足気に溜息をついたドルクの目が斬に留まる。
自然と斬も彼女を見つめ返して、見つめ合うこと数十秒。
「……斬も、なんか言ってよ。祝福の言葉!」
催促されて、改めて斬は自分だけが祝福していないと気付かされた。
「あ、あぁ。おめでとう、ドルク。やぶってしまってよかったのか?あのドレス……」
「あぁ、あれ?あれ、すごいよね。全部紙で出来ているんだって!」と、ドルクは満面の笑みを携えて頷く。
「演出の為に着ていただけ。ああやって舞い散らせるつもりだったの、最初から。どう?驚いた?」
そうだったのか。てっきり誰かと結婚するのかと思っていた。
そう伝えるとドルクは無邪気に「やぁだ、斬ってば。誰と結婚しろっていうのよ」と微笑む。
アッシャスが、やや上ずった声で「お、俺なんかどうだ?」と名乗りをあげたのだが、横合いからバルの大声でかき消される。
「斬なんかどうだ?背丈同じぐらいだし、お似合いじゃん!」
「バカを言うな!」「斬は、ダメー!」
アルと斬の否定が重なり、続けてシェリルが「斬は競争率激しいわよ?ここは手堅く同種を狙っておくべきね。そういう人、いないの?」とドルクに尋ねた。
「いない、いない。全然考えたこともなかったし!」と笑うドルクは、ちらっと意味ありげに斬を見やる。
「そうね、斬はモテモテの引く手数多だもんね。でも、そういう人と結婚できたら、すごくない?」
すごいか、すごくないかで結婚相手を選ばれても困る。
「すごいけど、すごいだけじゃ後が続かないぜ?」と、やけに現実的な発言をかましてきたのはガーナだ。
「やっぱり結婚するなら、好きあっていないと」とバルに話を振って、「って、好きなやつがいない奴に言われてもなぁ?」と呆れられていた。
ここにいる青年層は、まだ誰も結婚したい相手がいないようだ。
だが、やがては誰かと結婚して、どこかの洞窟で卵を生むのだ。
それは、いつぐらいの年齢で行われるのだろう?
首をかしげる斬の耳元でヒソッと囁いたのは、ソウマだ。
「なんか、ふわっとくるらしいぞ。亜人の結婚期って」
「ふわっと?」
「あぁ。集落の長が言っていたんだが、ある日突然ふわっと好きになって卵を生むんだと。ふわっとのタイミングは大体決まっているっていうから、あいつらの恋愛は産卵期と連結してんのかもな」
それはまた漠然としているようで、きっちりスケジュール管理された恋愛期だ。
ソウマがラドルから聞き出した情報によると、亜人の恋愛期は好きになってから卵を生むまでが一気に行われる。
あくまでも恋愛は生殖本能であり、結婚しても夫婦生活といったものは存在しない。
卵を生む前も生んだ後も、特に住処を同じにすることもない。
ただし、極少数の例外を除いて。
「……シェリルの親か」
ポツリと呟いた斬へ「あぁ」と頷き、ソウマは遠目に彼女を眺める。
シェリルは片親が人間だった。
故に生活基準は人間社会をベースとし、結婚からの夫婦生活が存在した。
今はまだ未来予想ではしゃぎあっている青年層も、いつかはふわっと恋に落ちて卵を生むのだろう。
誰に恋愛期がきても、祝福できるよう心がけておこうと斬は考えた。
「ね、ね、斬!斬からのプレゼント、欲しいなぁ〜?アルにプレゼントしたみたいに、私にもないの?」
いつの間にやら擬態へ姿を変えたドルクにせっつかれて、斬は我に返る。
祝い事の最中だってのに、つい自分の思考にのめり込んでしまった。
斬とソウマが話している間に酒とごちそうも運ばれており、周りはすっかり宴会ムードだ。
プレゼントと言われても、手持ちであげられるものは少ない。
一番古いアイテムは、この間アルにプレゼントしてしまったし、他にあげられそうなものはあっただろうか?
「えへへ。斬、困っているね。こういう時は一番簡単なプレゼントがあるんだよ?」と、ドルク。
思いつかず、きょとんとする彼に続けて言い放った。
「ほっぺにキス」
「は?」
「もぉ〜、鈍いなぁ。それじゃニブチンな斬に代わって私がお手本、してあげるね」
止める暇もありゃしない。
ずずいっと近寄ってきたドルクに、むちゅっと覆面の上から頬に唇を寄せられては。
「あー!ズルーイ!!」とアルが叫ぶ横では「ずるい、俺もしてみたいのに!」と問題発言がイドゥの口を飛び出し、人間たちを慌てさせた。
「え!?イドゥって男の子だよね?」「亜人は性別関係なく恋愛するのか!?」
場が大きくざわめく中、ドルクは満足そうな瞳で斬の強張った視線を受け止める。
「次の誕生日では斬から、おねがいね。軽くチュってするだけでいいんだから」
「ま……待て、ドルクは、それでいいのか!?こんな軽いノリでキスを」
めちゃくちゃ動揺する斬を「キスったって、たかがホッペチューでしょうが」と遮ったのはバージだ。
「こんなん、子供でもするよねぇ」とレピアまでもが呆れ目で斬を見やる。
「ホッペチューで動揺するって、コミュ障童貞じゃあるまいし。あんただって、それ相応にいい歳いってんだろ?」
「そうそ、たかがのホッペチューだよ」とドルクも悪戯っぽく笑う。
「……けど斬がしてくれるなら、一生分の思い出になるんだから」
小さく呟かれた意味深な発言に、またしても斬は動揺する。
まさかと思うが、やはりドルクは俺を恋愛対象として見ているのか!?
そうした疑問への返事は、もちろんない。本人に直接訊きでもしない限り。
しかし亜人の強引さを考えると、訊くのは自滅を意味する。
斬は私が気になるの?じゃあ、結婚しよ!なんてなったら、止めようがない。
無言の置物と化した斬を横目に、ドルクは皆を促した。
「さぁさ、今日は私の誕生日!おめでたい日なんだから、もっと飲んで騒いで食べて踊ろうよ。ただし、翌日倒れない程度にね!」
アルの誕生日と同じぐらい、いや、それ以上の盛り上がりを見せる座に巻き込まれながら、あと何回、誕生会という名の一日宴会が行われるのだろうかと斬は酔っ払った頭で考えたのであった……


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