Beyond The Sky

45話 古代獣ケイナプス

平坦なる世界ワールドプリズ。
世界が誕生して、まもなく異世界より現れたのがドラグーンであった。
彼らは何故、ワールドプリズに現れたのか。
最古のドラグーン、ラヴァランドルの記憶によれば、新天地を求めての次元移動だったとされる。
ドラグーンの住む世界が滅びを迎える前に、新たな生息地を探す必要があった。
だが、新天地を求めて次元移動を繰り返していたのは彼らだけではなかった。
時を同じくして魔族ケイナプスも魔界を抜け出し、自分たちだけが住める真新しい世界を探していた。
両者が同じ地へ辿り着いたのは不幸と言う他ない。
激しい戦いの末にケイナプスは敗北し、ワールドプリズはドラグーンの地になった。
――この地に生まれ落ちた新しい生命が繁殖して知恵をつける日まで。


レイザース城が陥落し、事実上レイザース王国は滅びた。
王家残党は北へ逃げ延びたが、跡地に残った魔族ベリウルを倒さないことには立て直しも、ままならない。
最後の国家ともいえる北の島国メイツラグへ向かった斬一行は、傭兵コハクの案内で古代魔術研究所へと足を運ぶ。
ここでは魔術の他に、亜人や過去のモンスター、創造獣の研究及び再現を行っているという話であった。
建物は意外や広々とした敷地内にあり、とても貧乏国家に建てられたとは思えないほど設備機器も充実している。
「こんな立派な研究所があるってのに軍事利用しないのかよ?」とソウマに尋ねられ、研究員は乾いた笑いで答える。
「軍艦一艘と創造獣の再現、どちらがより低コストで仕上がるかと言ったら、お判りいただけるでしょうか。ここで再現する獣は全て、量産できるものではないのですよ」
ケイナプスは長年、過去の魔術師が生み出した創造獣だというのが研究者内での定説であった。
それが近年、どうやら魔族と呼ばれる異世界の別種族であると判明し、研究も一から見直される。
オリジナルは失われて久しい。
ゆえに"再現"だ。限りなく疑似の生物を作り出して、生態を調べる。
「ケイナプスに関しては多くの書物が残されていました」
「その文献の書き手は誰なんだ?人間が著者なら創作という可能性も捨てきれまい」
斬の問いに研究員は瞳を輝かせて、水を得たりとばかりに知識を披露した。
「著者についても調べたところ、驚くべき事実が発覚しました。なんと亜人です、亜人が文献を書き残した張本人だったのです!」
「亜人が!?」「亜人の書いた本が、どうしてメイツラグで手に入るんだ!?」
皆の驚きを一身に受け止めて研究者は満足そうに何度か頷いた後、疑問に答える。
「亜人は大昔、そう、レイザースが世界統一の野望を抱く前までは、世界各地に住んでいました。やがて本はレイザースの貴族や商人の手に渡りましたが、我々は地道な努力で回収したのです」
文献を読み解くうちに判った新事実は多い。
そのうちの一つが眷属の存在であった。
「ケイナプスはドラグーンと対等に戦える上、手下とも呼べる下位魔族を呼び出せたのです。眷属バルドミアンは個体名ではありません、種族名です。ケイナプス一人につきバルドミアン一体ですね、呼び出せる数は」
バルドミアンの武器ユーゲルハイトは文献によると、バルドミアンの意志に呼応して自由自在に動かせる武器であるらしい。
過去の戦いでは、遠方へ飛ばして槍だけを戦わせることも出来たようだ。
「まさか、この時代に生きたサンプルを捕まえられようとは……しかも、眷属とは会話が出来たそうですね?」
「あぁ。バドには自我があった」と頷く斬へ研究員は輝いた瞳を向けて「ならば」と言葉を繋ぐ。
「この時代に生まれたケイナプスとも、意思疎通できる可能性が出てきました!」
この時代のケイナプス――とは言うまでもなく直系の子孫ラブラドライトだが、彼と意思疎通出来るか否かは疑わしい。
人間だから言葉は通じるけれど、奴は人体実験を繰り返した末に親族や友人を手にかけて逃亡した極悪人だ。
「奴と話し合いができると思ったら大間違いだぜ」と吐き捨てて、ソウマが研究員を睨みつける。
「巨大な魔族を呼び出して故郷を滅ぼすような奴だぞ、あれは。金も名誉も奴を動かせない。奴が欲しいのは魔導の知識、それも未知の知識だけなんだ」
「あなたはケイナプスの末裔を詳しくご存知なのですか?」と研究員には質問で返されて、ソウマは頷いた。
「あぁ。遠い親戚だ。尤も、俺以外の親族は皆、奴の手にかかって死んじまったがな」
この目も、と己の両目を指さして険悪な表情で続ける。
「奴にかけられた呪いだ。赤い瞳は死の景色を映し出す……両目やられなかったのは不幸中の幸いだが、生きるハンデを背負わされたのに違いはねぇ」
死の景色?と首を傾げる仲間を一瞥すると、ソウマは目を伏せた。
「言葉通りさ。どの景色も一様に滅んだ姿で映される。生い茂った森林も一面の花畑も、俺の右目には荒れ野原にしか見えないんだ」
「ケイナプスの末裔が遠い親戚にいるという事は……ソウマ、お前もケイナプスの血が流れているのか……?」
話の腰を折ってきたコハクに対し、「どうだろうなぁ」とソウマは肩をすくめて苦笑する。
「少なくとも俺にゃあ、奴ほどの高い魔力はないぜ。血の滲む努力の結果ってやつだ、俺が使える魔法は」
ソウマには眷属がいないし、魔族を呼び出す魔法も使えない。
ラブラドライトとは親戚であっても直接血の繋がりがあるでなし、彼に魔族の血は流れていないと見てよかろう。
話を戻して、と研究員が扉の前で立ち止まる。
「こちらです。静かにお入り下さい」
促されて部屋に入った一行が見たものは、ベッドの上で横たわるバドであった。
意識はない。だが死んでもおらず、胸が上下している。
手足は頑丈な鎖でベッドに繋がれており、胸と腹にも鋼鉄のバンドが嵌められていた。
この部屋で眠るのはバド一人だ。
重傷を負ったタオはメイツラグに渡る前、アルに預けて亜人の島へ向かわせた。
ガンブルクも同様、命こそは助かったものの、重体では逃げることも叶わず、アルの背中に乗せての島直行だ。
アルテルマは手元に残した。万が一、また魔族に襲撃された場合を考えての装備だ。
バドの武器は巨大な箱へ放り込まれ、鉄の鎖で雁字搦めにされた。
箱の表面には魔術の呪文が、びっしり書き込まれている。
よくよく眺めてみれば、バドを拘束する鎖やバンドにも同じ文字が書き込まれており、研究員曰く、動きを封じる魔法をかけたのだそうだ。
ただし古代獣相手に、どれだけ効くのかは判らない。気休めだとも言われた。
「バドには感情もあった。彼はニンジャと心を通わせ、好意を抱いていた」
ポツリと呟き、斬がバドの側へ近づく。
「ニンジャ!本場ジャネスの本物とですか」と驚く研究員へ頷き、そっと少年の頬を撫でる。
すうすうと安らかな寝息を立てて寝ている姿は亜人の島の子供たちと大差なく、あどけなさを残していた。
「ニンジャの方は、今どこに?」と研究員に尋ねられて、ソウマが答える。
「亜人の島だ。バドも、そこに向かったはずだったんだがな」
「なんと!亜人の島ですか。では、こちらへニンジャの方を呼び出せませんでしょうか?」
亜人の島とメイツラグは、ドラゴンで飛んで片道約一時間と割合近い距離にある。
亜人の誰かに頼めば運ぶぐらいはできようが、今の段階で栄太郎を呼んで、どうしようというのか。
ラブラドライトの暗示が解けたのかどうかも判らないまま、バドを起こすのは危険だ。
「眠ったままでバドの正気を確かめる方法がありゃあなぁ」などと、ソウマも難しいことを言う。
「レイザース城の復活には、ラブラドライトとベリウルを何とかしなければいけませんのでしょう?まずは、このバルドミアンを人間の味方につけましょう。無論、危険は承知です。それでも彼を起こした上でニンジャの方、えぇと、お名前は何でしょう?」
「栄太郎だ」と答えて、斬は懐から通信機を取り出す。
「栄太郎さんですか、その方にバルドミアンを説得してもらいます。一度情を通わせている相手でしたら、我々の言葉よりは心に届くはずです」と締めくくる言葉を背に聞きながら、ハリィの通信コードを入力した。

斬がバドに襲撃された件は、亜人の島で待機していた面々に並々ならぬ衝撃を与えた。
バドを正気に戻す試みには多少の反対意見が出たものの、他ならぬ栄太郎本人が行くと申し出てきては断る術も見つからず。
数時間後にはバフが栄太郎を乗せて亜人の島を出発した。
記憶喪失は今だ戻っていないが、これも本人たっての外出希望である。
向かうのは亜人の研究も行われている場所だし、もしかしたら記憶喪失を治す手がかりがあるのではとの期待も込められて、バフの外出は許可された。
しばし無言で飛んでいたバフが口を開く。
「栄太郎さんは、この戦いが終わったらジャネスへ帰るんだろ?」
「あぁ」
一旦浮かびかけた言葉を飲み込み、バフは何か思案していたようだが、やがて続きを話しだす。
「あのさ、ジャネスと世界各国を結ぶ空の便が出来たらさ、その時は栄太郎さんも亜人の島へ遊びに来てくれよ」
「勿論だ」と頷き、栄太郎の手が優しくバフの背中を撫でた。
「たとえ、お前の記憶が戻って俺を忘れてしまったとしても」
「忘れるもんか!俺、記憶が戻ったって絶対に忘れないよ、栄太郎さんのこと!」とバフは憤り、視線で懇願する。
「俺が忘れないよう、記憶を戻す時は一緒についててくれよ……!」
その目元に光るものを見つけ、もう一度、栄太郎がバフの背中を撫でる。
「あぁ。バフ、お前が記憶を取り戻した後も俺を覚えたままでいたなら、俺はお前の背中に乗ってベリウルと戦おう」
「本当に!?」と、たちまち泣き顔が笑顔になるのを見届けながら、栄太郎は力強く頷いてやる。
「約束だ。バドがそうであるように、バフ、お前も俺の大切な仲間だ」
「よーし!そうと決まったら、さっさとメイツラグに到着して、ちゃっちゃと説得して戻ろうぜ!!」
雲一つない青空をドラゴンは猛スピードで飛んでいった。


レイザース城跡地には現在、ベリウルが再構成した巨大な建築物が出現していた。
城ではない。雲を突き抜けるほどに天高く聳える塔だ。
そこらに散らばる瓦礫の山を材料に作り上げた、ベリウルの新しい住居である。
新築の塔にはラブラドライトも一緒に住んでいる。
ジェスターが仲間に引き入れた魔術師は、かつてレイザース首都で大事件を起こした犯罪者であるらしい。
何百もの人間を実験台と称して殺害し、指名手配となった後は騎士団と親族をも手にかけて逃亡した。
レイザース軍が総力を上げても見つけられなかった人物とジェスターが出会ったのはファーレンの南に浮かぶ群雄諸島の一つ、地元の住民がクラーケン島と呼ぶ無人島であった。
島の周辺にクラーケンが度々出没するので、この名がついたという話だが、ジェスターが潜り込んだ頃にはクラーケンなど一匹も出やしなかった。
代わりに海賊船が多々出没していて、別の意味で近寄りがたい海域になっていた。
海賊船に乗って島へ潜伏したジェスターは同じく潜伏していたラブラドライトと出会い、意気投合する。
ラブラドライトはクラーケン島で魔術実験を行っていたのだが、レイザース王国の転覆計画を抱くジェスターに強く興味を惹かれた。
彼と一緒に行動していれば、いずれ魔界を訪れる機会も出てくるのではと期待した。
ラブラドライトの最終目的は魔界への門を開き、向こう側へ渡ることにあった。
ケイナプスの記憶が魔界を懐かしみ、ラブラドライト自身も魔界が自分の本当の故郷なのではと考えた。
物心つく頃から、彼には不思議な過去の記憶があった。
生まれ育った場所はレイザース首都でありながら、紫色に染まった空と荒れ果てた大地の夢をよく見た。
夢の中での自分は一本角の生えた巨大なモンスターで、レイザース近郊では見かけたことのないモンスターの肉に噛みついていた。
ある時は空に向かって吠えていて、ある時は荒野を四本の足で走り回っていた。
この夢は何なんだろう?僕は何故、こんな夢を見るのだろう。
誰に話しても紫色の空なんて見たことがないと言われ、一本角のモンスターにしても然り、親もが空想ではないのかと一笑に付した。
やがて青年に育った彼は、王立図書館に足を踏み入れて一本角の正体を知る。
通称・一本角。古代獣ケイナプス。
大昔の魔術師が生み出したとされる魔法生物――
その名を読んだ直後、太古の記憶が彼の内に蘇る。

我は遠い昔、ドラグーンに破れし魔族ケイナプス。
この地を我が物にせんが為、後から生まれし種族と交わり、いつかは種族の復活を果たすと誓った。
時は成った。
我が子孫、ケイナプスの子よ。
まずは殲滅せよ、この地に巣食う種族全てを。
全てが消滅した大地にケイナプスの楽園を築くのだ。

脳裏で突如響いた声に最初はラブラドライトも混乱したし、頭がおかしくなったのかと困惑する。
だが実家の倉庫、その奥で眠っていた家系図を見た瞬間、彼の思考は一つの結論に至った。
自分は間違いなく魔族の血を引く末裔だ。家系図に書き込まれた記述を信じるのであれば。
自分の名前から順繰りに遡っていって、最初の先祖まで辿り着くまでの途中に見つけたのだ。
マドリア=ケイナプス。
いかにも曰くのありそうな名字の横に、小さな文字で書かれた"魔族"の二文字を――


「考え事か?」
何度目かの声に現実へと引き戻されて、ラブラドライトは顔をあげた。
声をかけてきたのは、真緑の髪の毛を伸ばした男だ。
無論、ワールドプリズの原住民ではない。
擬態を取り、人間と同じサイズになった魔族ベリウルであった。
「バルドミアンが失敗するとは……」と小さく呟き、ラブラドライトは思案に暮れる。
アルテルマは人の手に渡った。今頃は持つべき人物の元へ届けられていよう。
眷属の気配はぷっつり途絶え、何度呼びかけても応答しない。
どうも薄い膜のような、靄のかかった場所にいるようで、こちらの呪文が通らない。
眷属まで封じられた今、打つ手は、もう何もないのかもしれない。
それでもまだ、魔界に想いを馳せる自分がいる。
魔界の門を開くには、膨大な魔力を必要とする。
その為に作った魔力還元装置は一時レイザース騎士団に隔離されてしまったが、今は我が手元に戻っている。
ベリウルの放った魔力をアルテルマが弾き返すとして、その方向を還元装置へと誘導してやればいい。
門が開いたら即、魔界へ飛び込もう。その後は死んだって構わない。
どうせ騎士団に捕まってしまえば死刑を免れない身だ。
一か八か、奴らの最終手段を己の目的に使ってみようとラブラドライトは考えた。


23/12/16 update

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